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一話

「ど、どうでしょうか?」


 いつも通りの朝、いつもと同じように朝食を摂ろうとした俺の前にあらわれたのは、何とも言えない見た目の料理の数々だった。……なんといえばいいのか、普段の料理を誰が作っているかなどとは考えたこともなかったが、明らかに今までとは違う人が作ったと一目でわかる料理の数々がテーブルの上に並んでいた。


 丸い食器の中を満たしている、水のような無色透明の液体。どこまでも透き通ったその液体は、噂に聞くフィンガーボウルとかいうものだろうか。手を洗うためだけの水で、知らずに飲むと恥をかくとかいう。……いや、多分だがこれはスープだろう。中に野菜の切れ端に見えなくもない様な小さな何かが浮かんでいることだし。


 中央にある黒い塊――ひとつの面だけでなくあらゆる面が真っ黒なその塊――はおそらく肉を焼いたものだろうか。……焼きすぎて焦げてしまった――それにしても限度があると言えばそれまでなのだが――のであろうそれはまだ分からなくもないのだが、なぜその塊が三つも四つもあるのだろうか。


 他にもパスタのようなものやリゾットのようなものもあるが全体的に色というものがなく、食卓の上が白と黒と透明のモノクロカラーで占められており、一目見てあまり食欲が湧くものではない。そんな中、バスケットに入ったパンだけが色も形も美しく、唯一テーブルの上で異彩を放っていた。


 顔を上げると、目の前では長い銀髪を動きやすいように結い上げたエレミアが、こちらの表情を恐る恐る伺っている。その隣ではイヴが何とも言えない表情で佇んでいた。


 ……なるほど、今日の朝食はエレミアが作ったってわけか。


「……あぁ、……うん」


 とりあえず、目の前にあるスープのようなものをスプーンですくい、口に運んでみる。具がほとんどないのは、煮込まれて無くなってしまったからなのか、それとも最初から入っていなかったのだろうか。水のように透明なスープは香りもなくほとんど味がしないことから考えると、どうやら最初からこれしか入っていなかったようだ。一応何か野菜のような風味がしないでもないのだが、まるでお湯を飲んでいるかのような無味無臭っぷりだった。


 一体これに対してどうコメントしていいものか。悩んでいると、目の前から一段階沈んだ声が聞こえてきた。


「……やっぱり、美味しくないですか」


「ま、まぁ他のもあるし……」


 ……そう言ってから気付いたが、これってまずいって言ってるようなものだな。そんな苦笑いをごまかすようにパスタのようなものを食べてみることにした。


 水分を吸っているためか、うどんのように太い麺は、食べようとフォークで持ち上げただけでだけで麺自体の重さに耐えきれなかったのか、ボロボロと途中でちぎれてしまった。とりあえずフォークに残っている短くなったその麺を口にしてみるが、まるで歯ごたえというものが感じられない。


 まあ、一口にパスタといっても山ほど種類があるらしいし、こういう麺なのだろうか。それとも俺が勘違いしていただけで、これはパスタではなくなにか全く別の料理なのだろうか。


 気になることはあるがひとまずそれは置いておいて肝心の味は、……麺本来の小麦の味をしっかりと感じられる一品だな。麺以外の具を加えず極限まで調味料を使わないことにより、素材の味を最大限に引き出している。


 ……というかこれはただの茹で過ぎて柔らかくなったパスタだな。パスタソースがないから麺の味しかしない。味も食感も麺以外の具すらないのに一体どうやってこれを食べろというのか。


 そんな俺の表情を読み取ったのか、さらに落ち込んだ声でエレミアが呟いた。


「……ダメだったんですね」


「……」


 目を逸らしながら、視界に入ったリゾットのようなものに挑戦してみる。これがダメだったらやっぱりあの真っ黒な塊を食べなくてはいけないのだろうか。あれは確実にダメなやつだと思うのだが。……エレミアはメインとおぼしきそれを食べて欲しそうな顔をしているように見えなくもないが、多分気のせいだろう。


 リゾットのようなものにスプーンを入れると、乳白色の米が同じく乳白色の液体の中で舞い踊っている。スープの中に米が浮いているような状態だった。俺がリゾットと言われて思い浮べるのものよりも、米に対して明らかに水分の量が多すぎる気がする。


 ……まあ、リゾットの中にはそういうものもあるのかもしれないが、そんなことより気になるのはさっきのスープと同じく色も香りもついていないという事だ。いや、正確に言えば米の白い色と匂いはついているのだが、それ以外に何か入っている様子がない。白く濁ったスープのようなものの中で、同じく白い米が水分を含んで大きく膨らんでいる。


 気になることはいろいろとあるが、考えていてもしょうがない。案ずるより産むがやすし。今までの経験上、まずかったとしてもダメージを喰らうほどではないほどではない。……明らかに身体に悪そうな黒い塊を除いては。覚悟を決め、スプーンを口に運んだ。


 ……うん、これはちゃんとした料理になっている。紛うことなき……おかゆだな。風邪をひいたときや胃腸が弱っている時は、消化が良く体も温まるこれを食べたいものだ。……風邪をひいた時でさえ、何かしらの味が欲しいとは思うところだが。


 ……しかし、なぜこんなにも味というものが全くしないのか。味が薄いとかいうレベルじゃなく、素材の味しかしないのはなぜなのか。もしかして、レトナーク王国ではこれが普通の味付けとか……。


「……味見とかしたの?」


 俺のその質問に対して、彼女は質問の意味すらよく分かっていないような返答をした。


「味見……って何ですか?……もしかして、毒見のことですか?それならしてないです。しなくちゃダメでしたか?」


 ……もっと根本的なところの問題かもしれないな。料理というものの基礎すらわかっていいないような……。そもそも彼女はなぜいきなり料理を始めたのだろうか。……そう言えば昨日、食事中に何か考えていたようだったが……。


 まあそれは置いておいて、俺が料理を教えてあげたほうがいいのだろうか。でも何となくエレミア自身が遠慮しそうだし、俺自身も料理が得意というわけでもないからなあ。まあ、簡単なものなら作れるだろうが、少なくともこっちに来てからいつも食べてたような料理は作るのも教えるのも無理だし……。というかそもそも別に彼女が無理して料理を作る必要は……。


「おっはよ~」


 そんなことを考えていると、二人の少女が食堂の中に入ってきた。紺桔梗色の短い髪にカチューシャをつけた少女セトがこちらを見つけると小走りで、黄唐茶色のショートカットの髪に眼鏡をかけた少女オシリスが後から音をたてず静かに歩いてきた。


「お、そう言えば今日の朝食はエレミアがやるって言ったんだったな~」


 セトがそう言うと、オシリスも続けて口を開く。


「でも本当に料理のこと、教えなくてもよかったの?」


 二人の問いかけに目線を逸らして黙り込むエレミア。それを不思議そうに見た二人は、俺の後方から回り込むようにテーブルの上の料理を覗き見た。


「……」


 テーブルの上に広がっている料理の数々を目にして、二人とも苦笑いのような表情で顔を引きつらせている。……さっきは俺もこんな顔をしていたのかもしれないな。


「この、……パスタ? みたいなもの、なにもソースがかかってないけど何か味付けはしてあるの?」


 俺の右側に来て、テーブルの上のまるで皿にもっただけのうどんのようなパスタをつつきながら、セトがエレミアの方を向く。


「味付け……? パスタはゆでるものですよね? パスタは茹でるだけでできるから簡単だって聞きました……」


「いや、茹でただけじゃ何も味がしないだろ~?何かソースをからめて食べないと。……そもそも茹で過ぎて麺がふにゃふにゃになってるし」


 首を傾げながら何が悪かったのかまだよくわかっていないような様子のエレミア。そんな彼女にを見て、セトはため息をつき肩を落とすことしかできない。


「……なるほど、他に必要なものがあったんですね。……道理で思った通りの見た目にならないと思ってました」


 俺の左側に来て、セトと同じくテーブルの上の透明なお湯に野菜の欠片が浮かんでいるスープをスプーンでかき回しながら、オシリスが呆れた様な声でエレミアに尋ねる。


「こっちの……スープ? 透き通ってるんじゃなくて本当に透明だよ? ……というか匂いもほとんどしないんだけど……」


「私の食べていたスープには野菜の欠片みたいなものが入っていたので、浮かべてみたのですが……。もしかして、これも何か他に入れなくてはならなかったのでしょうか? 確かに色が出ないなとは思っていたんですが……」


「……お湯に野菜の欠片を浮かべてもスープにはならないから。そもそも調味料って知ってるよね?」


「……調味料、ですか。あの塩とか砂糖とか……ですよね?名前だけなら知ってます。……どれがどれかよくわからなかったので使えませんでしたけど……」


 セトとオシリスはエレミアの言葉を聞くと、二人とも頭を抱えて大きなため息をついた。


「……やっぱりあたしたちが教えたほうがいいんじゃないか~?」


「いえ、クリス様の妻としてこのくらい自分でやらなくちゃダメですから!」


「それで被害を被るのは父様なんだけど……」


「大丈夫です!次は、次は絶対成功させますから!」


 そういってエレミアはこちらに背を向け、キッチンの方へと歩いて行ってしまった。その目はかすかに濡れていたような気もしたが、俺がどうにかできるようなことではない気がして、声をかけることができなかった。


「……まあ、頑張ってねお父さん。いろいろと大変だろうけど」


「……ただ、どんな理由があれ、女性を泣かせるのは男として最低ですからね」


 セトとオシリスは、何かかわいそうなものを見るような、憐れみのこもった目線で俺を見つめた後、ずっと黙っていたイヴを引きずって三人でどこかへ行ってしまった。


「……何を頑張るんだよ……」


 一人きりになった食堂に俺の声が寂しくこだました。

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