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四話

 動きやすい服に着替えてきたアリシアとエレミア、村を発見したエオスとレト、それにフェニックスのもとに向かう途中に会った、イヴとその他二人の計八人でその亜人の村へと向かう事にした。あまり大人数で向かうと警戒させてしまうかもしれない。あくまで俺たちは話し合いに行くのだ。


 その他の二人とは、鉄色のすこし癖のついた肩まである髪が特徴の少女ポモナ、思色のセミロングの髪をツインテールにしている少女ミネルヴァの二人である。



「こ、これがフェニックスか。……ずいぶん大きいんだな。さ、触っても大丈夫かな?」


 庭でフェニックスを見ると、アリシアは駆け寄った。周りをグルグルと回りながら、手をそわそわさせている。


「……触ってもって、今からこの子に乗ってその村に行くんですよ」


 イヴがそんなアリシアを見て、なぜか優越感を感じている表情を浮かべている。その自慢げな態度は、どこか子供っぽいが気付いているのだろうか。初めてみた時はイヴもかなり興奮していたと思ったのだが、気のせいだったのだろうか。心の中ではそう思うが口には出さない。


 俺が目の前まで行くとフェニックスは頭を下げ体をできるだけ水平にして、俺たちが乗りやすいように体勢を変えてくれた。やはりピーちゃんはとても頭がいい。あとでご褒美にドラゴンの肉をあげるとしよう。



 前回は青い海の上を飛んだが、今回は緑の森の上を西に向かって飛んでいた。海と同じように変わり映えしない緑の絨毯が眼下に広がっている。


「それで結局どこに行くんでしょーか?」


 ポモナがまだよく事情がわかっていないような表情で尋ねてくる。俺たちが外に出る際、イヴとミネルヴァと三人で歩いていたところにちょうど出会って、そのままついてきただけなのでこれから何をするのかを理解していなかった。


「今から森の中にあった村に行くんだよ」


「その村の人たちをやっつければいいってこと~?」


 ミネルヴァが首を傾げながら、可愛らしい表情でとんでもないことを提案してくる。……冗談で言っているんだよな。


「……いや、そんなことしないから。今回は少し話をするだけだよ」


「あなたたち、勝手なことをしたら許しませんからね」


「は~い」


 四人が呑気な声で声を合わせてそう答えた。イヴがにらみを利かせているが、正直あまりよく伝わっていないようだ。



 未だによく事情が呑み込めないような表情でポモナが尋ねてくる。


「でもさぁ、結局亜人って何なの?」


「亜人は……」


 亜人といえば、……そういうキャラとしかいえない。人間とは異なる種族。ゲームの中の事にそれ以上の疑問は持たなかった。設定としてはいろいろあったが、そこまで人間と違う亜人なのだと意識したことはない。ただファンタジーによく出てくる設定だなという感想しか思い浮かばなかった。


「……そうだな、話しておかなければならないだろう。亜人について、そしてレトナーク王国との関係についても」



 一口に亜人と言っても、いろいろな種族がいる。彼らは総じて人間よりも戦闘能力が高いが、あまり他種族と関わろうとしない。コミュニティを作り、その中から出てくることはあまりなかった。


 人間と彼ら亜人の一番大きな違いは、欲望の強さだろう。亜人の代表ともいえるエルフがそれを体現している。


 人間は何か一つを手に入れると、もっとほかの物も手に入れたくなる。その無尽蔵の欲望を以て、この世界で最も繁栄しているのが人間であった。欲しいものがあるなら、それをどうしたら手に入れることができるかを考える。その中で全く新しいものを生み出したり、あるいは他人の物を奪う事もある。人間を人間たらしめているのはその無尽蔵の欲望であり、それが今の繁栄を生み出しているのだ。


 一方亜人は、人間に比べてあらゆる欲望が少ない。領土欲が薄いので、ただある地域に引きこもっていればよい。金欲が薄いので、人間の貨幣経済に参加する意味もない。所有欲が薄いので、何かを手に入れたいとも思わない。征服欲が薄いので、土地を自らの手で開墾することも最小限にとどめ、できるだけ何もしなくても周りの自然の中で手に入れられるものだけで生活する。そして、種族として繁栄したいという欲求も性欲も薄いため、子供を多く作ることもない。



「……そうなのか」


 ゲーム内にもそんな設定があったのかもしれないが、少なくとも俺は知らない。そもそもそこまで設定について詳しく調べたこともないしな。


「……問題なのはその亜人たちとレトナーク王国の関係なんだ」


 そしてアリシアは話し始めた、亜人に関するレトナーク王国の歴史を。もっとも、亜人たちと言ってもミゼリティ大陸にいたのは、エルフとドワーフだけだったらしいが。



 レトナーク王国が建国された際、亜人たちも数自体は少なかったが国内に存在した。彼らは彼ら独自の村を作り、人間たちとは一定の距離をとって暮らしていた。彼らは領土としての王国の中に存在はしているが、社会としての王国の中には存在していなかった。彼らは彼らの中で独自に法を定め、それに従って生きていたので、王国の法の下には存在していないのだ。すなわち王国にとって彼らは隣人だったかもしれないが、少なくともレトナーク王国の国民ではなかったのである。


 もちろん王国の長い歴史の中では、その微妙な関係性について変化させるべきだという意見もあった。簡単に言えば彼らと関係を強化し、あわよくば彼らをレトナーク王国の国民として受け入れるべきだという意見だ。その代表とも言えるのが、初代国王ヨシュア・レトナークである。


 ヨシュアは彼らと個人的に友誼を結んでいたが、国家レベルでも友誼を結べないかと考えた。彼自身に、亜人たちをレトナーク王国の民として認め、王国の中に組み込むという考えがあったのかどうかはわからない。だが、当時の王国はレンブランク帝国から独立したばかりで、とにかく国としての力を求めていた。帝国に対抗できる力を。そんな中で目をつけたのが亜人たちだった。


 彼らが創り出すアイテムは当時の人間には作れないものばかりで、非常に高く売れた。もし彼らと仲良くなり、その貴重なアイテムを格安で譲ってもらえるようになったら、それを共和国や教国に売りさばいて、外貨を獲得することができる。つまり、王国の経済力を増加させることができるのである。


 また、彼らしか作れない武器や防具などは、直接的に兵士たちを強化する。初めて魔法金属を使いこなせるようになったドワーフ、初めて装備に魔法効果を付呪できるようになったエルフ。彼らの創り出す装備品は雑兵を精鋭に変え、精鋭を一騎当千の豪傑に変えた。それになにより、戦闘能力が高い亜人の兵士の力が欲しかったのであった。


 もっとも、その計画は今までの生活を変えたくはない亜人たちからの反対の声を押さえられるような、欲望の薄い彼らに賛成と言わせることができるほどのメリットを提示できなかったことで頓挫してしまった。



「それからしばらくは今まで通りにお互い不干渉の関係だったんだ」


「う~、さっぱりわかんない」


 ミネルヴァ頭を抱えながらそう言っている。だが、もはや理解する気もなく遠くの景色を見ているポモナよりはまだ話を聞こうとする姿勢がある分、まだましかもしれない。


「ふふっ、少し難しかったかもな……。その関係が変わったのは、レトナーク王国第四代の国王ノア・レトナークの時代だ……」


 当時、レンブランク帝国が再び軍備を整えてレトナーク王国に侵攻するという噂があった。そこでノアは周辺諸国、特にルズベリー教国との関係性を強化しようとしたのだ。レトナーク王国と同じようにレンブランク帝国と国境を接しているブレジアス共和国とは、今まで何度も帝国に対する共同戦線を張ったりして、蜜月の関係が続いていた。


 だが、レンブランク帝国と直接国境を接していないルズベリー教国とは、あまり友好的な仲とは言い難く、交易も細々としかしていなかった。決して険悪な中というわけではないのだが、教国はあまり国外の状況に興味がなく、帝国はもちろんのこと王国とも共和国とも積極的には関わろうとしない。ミアラント教という一神教の宗教を国教にして、砂漠と火山が国土の半分以上を占めるという厳しい環境の中で助け合って暮らしている。その排他的な生き方はどこか亜人たちと似た様な雰囲気だった。


 そんな彼らと協力して帝国に対抗するためにはどうすればいいか。もちろん彼らだってブレジアス共和国とレトナーク王国が征服されれば、次は自分たちの番だとはわかっていた。ゆえに協力しないという選択肢はない。ただ、彼らは協力に対して一つの条件を付けた。それが亜人の排斥である。


 ミアラント教の教義は数多いが、特徴的なものは選民思想である。詳しいことは省くが、彼らはミアラント教の信者を上位、それ以外の人間を中位、亜人たちを下位の存在と認識していた。彼らは国土の貧しさゆえに自らが貧しい人々だという事を認識はしていたが、全ての人々を厳格な社会階層に分離することで、形の上だけでも自分たちが上の存在だと思い込み、仲間意識をより強くしたのである。


 そして、その亜人たちを憎むことで、さらに自らの結束を深めようとしたのである。古来より国をまとめるには敵を作るのが最も簡単だった。だからこそ、自らより社会階層が下の癖に、自らより優れた生活を送っている――と彼らは思っている――亜人たちを敵と見なしたのである。


 ノアは悩んだ。本当にこの条件を受け入れてもいいのだろうか。個人的な感情としてはあまり気は進まない。だが、王が考えるべきなのはまず第一に国民の幸福である。そして彼ら亜人は国民ではない。


 結局、彼はその条件を受け入れることにした。亜人たちはどうせ協力してはくれない。現にルズベリー教国に協力を求める前に、亜人たちにも助力を求めているがやはり断られている。レトナーク王国はブレジアス共和国とともに、亜人たちをこのミゼリティ大陸から追い出すことにしたのである。


 だが、決して無差別な殺戮を行ったわけではない。亜人たちに無数の巨船を作ってやり、それに乗って別の大陸へと移住することを強制したのである。もちろん彼ら亜人たちは反発したが、大陸中の亜人が一か所に集まったならともかく、一つ一つの村の人数は多くても数百人前後だ。その程度ならいくら亜人たちの戦闘能力が高くても数の暴力で勝つことができる。彼ら亜人たちはその命令に従うしかなかった。


 もっとも、本当にほかの大陸にたどり着けたのかは定かではない。そもそも他大陸の実在は多くの人たちによって認められているが、実際に行ったことのある人はほぼいない。船乗りたちは、遭難したときに偶然たどり着いたこともあるらしいが、ほとんどの人がそのまま帰ってくることはなかった。他大陸の情報すら全く耳に入って来ないのでどんな環境なのかもわからない。この時代になっても他大陸との交流はほぼないと断言してもいいほどだ。ミゼリティ大陸に住む人々にとって、他大陸とはまさに海の果てにある別世界という認識だった。


 ……結局のところ、その時の戦いではそんなに大きな戦いはなく、せいぜい小競り合い程度の規模だった。だがそれ以後、王国は後ろをあまり気にせずに、帝国とだけ戦線を構えることができるようになったのだ。



「……それで、どうなったんですか?」


 イヴが続きを急かした。アリシアは何とも言えないような、答えづらそうな顔で答える。


「船で海に出た亜人たちがどうなったのかはわからない。だが、少なくともこのミゼリティ大陸ではそれ以後、亜人の姿を見ることはなくなった。……今回見つかったのはその時にミゼリティ大陸から外に出ず、魔の森の中に逃げ込んだ者たちだろうな」


「……そんな亜人たちの村に君が行くのはまずいんじゃないのか」


 彼女は、亜人排斥を決めた国の国王であり、ノアの直系の子孫でもある。


「……そうかもしれないな。だが、現実にそこにいるというのに見て見ぬふりはできない。とにかく一度彼らと話してみたいんだ」


 アリシアは揺るぎない目でそう言った。彼女の中には既に関わらないという選択肢がないのだろう。


「……話してどうするんだ?」


「それは……、まだわからない」


 なんともあやふやな答えだ。彼女自身もどうしたいのかがわかっていないような表情だった。


「……そうか」


 ならば俺はどうなのだろうか。亜人たちの村を見つけたと聞いて飛び出してしまったが、亜人の村に行ってどうするのか。彼女と同じく答えが出ていなかった。



「わ、私も頑張ります!」


 沈黙の中、なぜかエレミアの声が響いた。


「……何をですか?」


「え? え~と、……すみません」


 冷静なイヴのツッコミが入る。イヴはじっとエレミアを見つめているが、エレミアはその目線に完全に萎縮してしまった。イヴはそんなことかけらも意識していないだろうが、傍から見ている限りでは、イヴがエレミアをいじめているようにも見えた。

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