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三話

 クラウディア殿が帰った後の応接室で、アリシア・エレミアと三人でテーブルを囲む。だが、話をするのはもっぱら俺とアリシアでエレミアは未だに下を向いていた。何度かアリシアが会話を振るが、返事の一言だけしか返さない。


 ……まさか、マリッジブルーとかいうやつなのだろうか。仮にそうだとしても、なんと声をかければいいのか。歯の浮くようなセリフも思いつくが、もちろん本当に口に出すことはできない。心の中ではいろいろなことを考えていても、実際にはアリシアと世間話をしているだけだ。……もしかしたらエレミアもそう言う状況なのかもしれないな。


「……そういえば、いいのか? 帰らなくても」


「まあ、あまりよくはないんだが……。エレミア、そろそろ顔を上げたらどうだ。ずっと恥ずかしがっててもどうしようもないぞ」


「……はい」


 エレミアはゆっくり顔を上げるが、俺と目が合うと途端に目線を彷徨わせる。そのまま俺がじっと見ていると、目線をあちこちに彷徨わせながら時々ちらちらとこちらを盗み見ていたが、最終的にはまた顔を下に向けてうつむいてしまった。


「……あぅ」


 エレミアがこうなってるわけは恥ずかしがってるからなのだろうか。だが、それだけでこんなになるのだろうか。疑問は尽きないが、エレミアのことをよく知っているのはやはりアリシアの方だ。その彼女が恥ずかしがっているというのだからそうなのだろう。


「はぁ……。この結婚を仕掛けた私が言うのも何なのだが、この子ははたして上手くやっていけるのだろうか。……今更不安になってきたな」


「……うぅ」


 アリシアはエレミアの方を向いてじっと見ているが、やはり目線は合っていない。エレミアは一応目線を上げようとするのだが、こちらを見た途端にまた目線を下げてしまった。


 ……俺がエレミアのことをじっと見ているからいつまでたっても顔を上げられないのだろうか。だとしても、これから結婚するんだから慣れてもらわないと困るんだが。


「……これは重症かもしれないな」


 天を仰ぐように上を向き、アリシアはソファに背を預けた。その言葉にエレミアは体をますます小さくする。俺は一体どうするのが正解なのだろうか。そんなことを考えていると、不意に物音が遠くから聞こえてきた。



「パパ~っ! 大変だよ~っ!」


 騒がしい音をたてながら応接室に飛び込んできたのは、黒紅色の長い髪がところところではねている少女エオスと空色のロングヘアで前髪を一直線に切り揃えている少女レトだ。エオスがレトの手を引っ張り、引きずるようにして入ってきた。


「どうしたんだ、騒がしいな。……何か問題でも起こったのか?」


 エオスは手を振り回し必死になって俺に何かを伝えたいようだが、話を聞いてもその発言は要領を得ない。その様子からは何かを伝えたいのだろうとは分かるのだが、肝心の何が言いたいのか全く伝わってこない。


「それが、なんといえばいいか……。とにかく私たちは見つけてしまったんです」


 レトはマイペースといえばいいのか、ゆっくりとした口調でそう語る。エオスはそんなを焦燥感にあふれたヤキモキした表情で見ていた。とりあえず、彼女たちが探索に出ていたら、何かを見つけたらしいという事はわかったのだが……。その何かがわからない。


「そうだよっ! 大変なんだよっ! 森の中にいたんだってば!」


「何がいたの?」


 エオスはレトの言葉を遮るように言った。だが、彼女の言葉も足らなさ過ぎて結局何が言いたいのか分からない。そんなことをしているうちに、だんだん俺も彼女のもどかしい思いを受け取り、何とも言えないジリジリとした思いを抱いていた。そんな状況でも相変わらずゆっくりとした口調でレトが説明しようとする。


「う~ん、いたというか、あったというか……。一言で表すならば……う~ん……。村? のようなもの? でしょうか」


「村? まさか森の中に人がいたのか」


「……その話、詳しく聞かせてもらいたいな」


 真剣な表情をしたアリシアがソファから身を乗り出し、会話に参加してくる。……娘たちのいう事が本当ならば、彼らは王国の民となるのだろうか。というか、俺自身は王国の民なのか、そうではないのか。面倒そうなことはすべてアリシアに丸投げしてしまったのだが、本当に問題なかったのだろうか。……今更何か言われてもどうすればいいのかはわからないが。


「その村がなんかおかしいんだよ。なんか……とにかく変な人たちがいたんだってば!」


「変な人ってどういう人?」


「どういう人……う~ん、何といえばいいでしょうか。……みんなとてもすらっとして背が高くて、スタイルのいい人たちでした。全員肌は白くて髪の毛は金色で……。それから、人数はそんなに多くありません、せいぜい数百人ほどでしょうか。……そういえば、耳がちょっと尖ってたような気もします」


「尖った耳……。 ……まさか亜人か?」


 考え込んでいたアリシアだったが、何かを思いついたように呟く。その表情は驚きと言う感情が大半を占めているが、かすかに苦悩のような感情も見て取れた。


 ……亜人か。それは、俺やアリシアのような人間以外の、人型の種族の総称である。……すくなくとも『エイジオブドラゴン』の世界では。


 『エイジオブドラゴン』では、亜人の町ルグミーヌがこの屋敷のすぐ近くにあった。その街にはエルフを中心とした亜人たちが多く住んでいたが、それ以外はこのミゼリティ大陸に亜人ははいなかったはずだ。


 亜人は確か、人間よりも長く生きるために、人間よりも戦闘能力が高いことが多い。このミゼリティ大陸よりレベルの高いフィールドやダンジョンの存在する別の大陸に住んでいる者がほとんどだった。


 そして、娘たちの話を聞く限り、その村はエルフの村だろう。二人に話を聞くと、どうやらその村があったのは森の西端。『エイジオブドラゴン』では蠱毒の洞窟というダンジョンがあった付近らしい。フェニックスであれば一時間もしないうちに着くだろう。


「それでみんなはどうしたの?」


「中に入ろうとしたら、村の人が入れてくれなかったからとりあえず帰ってきたんだよ」


 そう言ったエオスの表情からは先ほどまでの焦燥感は全くなくなっていた。まるで伝えなければならないことは全て伝えたとばかりの雰囲気だ。


 ……だが、亜人たちとどういう関係を結ぶべきなのか。わずか数百人と言っていたし、そこまで大きくはない、彼女たちの言う通りの“村”なのだろう。そんなに小さい集落ならば、産業にも期待できないから、こちらに交流するメリットはないし、特に下手に出るべきではないだろう。……だが、積極的に敵に回すようなことをしても何の意味もない。とりあえず、味方にはならなくてもいいが、敵に回さない位の距離感を作れたらそれが最もいいことだろう。


「なるほど……。とりあえず行ってみないとわからないな」


「わかりました。大体の位置はわかっていますのでピーちゃんに乗って案内しましょうか」


 レトのその言葉に俺が立ち上がると、アリシアも立ちあがる。


 ……そう言えば彼女もいたんだったな。何か面倒なことになりそうだし、あまり彼女が彼らに深入りしなければいいのだが……。


「私も行くぞ。……可能性は低いかもしれないが、もしかしたら君のように隣人になれるかもしれないからな」


 アリシアはこちらを向いてそう言うが、その目線は俺ではなくどこか遠くを眺めているような雰囲気だった。



「……あのっ! ……私も行ってはだめでしょうか」


 今までずっとうつむいていたエレミアが、はっきりとした声でそう言った。驚いて彼女の方を向くと、真っ直ぐな目線で俺の方を向いている。目線があっても目をそらさないその真剣な表情に、先ほどまでの恥じらいはない。……いきなりなんでそんなことを言うのかは分からないが、その決意は固そうだ。


「……う」


 ……と思ったが、やはりじっと見つめていると彼女の方から目を逸らされてしまった。下ではなく横を向いたのが変化といえば変化だろうか。耳まで真っ赤にしているが、意地でももう下は向かないようだ。……だが、なぜ村に行きたいのだろうか。


「だが……」


「……私からも頼む」


 アリシアに頭を下げられて頼まれるとダメとは言いづらい。……まあ、どうして一緒に行きたいのかはわからないが、村に行って少し話を聞くだけだろうし、無理に村の中に入ったりしなければ危険なことはないだろう。


「……行きたいなら早く準備してくるといい。そのドレスじゃ動きにくいぞ」


 俺がそう言うと、エレミアはぱあっと花が開いたような笑顔を浮かべた。



 エントランスで、一旦城まで帰って着替えようとしているアリシアを引き留め、気になったことを聞いてみる。エレミアは既に〈虚空の抜道〉を使って城に帰っているので、ここには二人しかいなかった。


「……なんであんなに張り切ってるんだ?」


「……よくわからないが、多分君にいいところを見せたいんじゃないか?」

「亜人の村に一緒に行くことが、いいところなのか?」


「……案外、何も考えていないかもしれないな。夫婦なんだからいつも一緒にいるべきだとか思って」


「……なんだそれ」


 何か亜人について思うところがあるとか、アリシアのように政治的な目的があるとか、エレミアの突然の意思表示には何かそう言った理由があるのかと思ってたのだが……。アリシアのそんな答えに思わず力が抜ける。


「……世間知らずなところがあるが、見捨てないでやってくれ。頼む」


 俺はアリシアの言葉に力なく頷くことしかできなかった。

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