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二話

 一旦、ヒートアップした場を落ち着かせるためにみんなでソファに座り、テーブルを囲む。俺と同じソファには二人によってエレミアが俺の隣に座らされ、テーブルを挟んだ向こう側のソファにはアリシアとクラウディア殿が座った。


 すると部屋の中の様子を見計らったようにイヴがお茶を持ってきたので、全員でそれを飲んで一息つくことにした。個人的にはイヴもこの席に一緒にいてほしかったのだが、どうやらこういう話し合いの席にはあまりいたくないようで、さっさと部屋から出て行ってしまった。


 一息つき頭を冷やしたクラウディア殿は、何かを思い出したような顔をした。俺の顔を窺いながら、どう聞いていいのかわからないような顔を浮かべていたが、意を決したように尋ねてくる。


「……そういえば、あのレベッカさんという方とは何もないのですか?」


 クラウディア殿は先ほどから続けて、結婚を妨害するような発言ばかりしている。もちろん結婚を破談にしたいと思っているわけではなく、よほどエレミアのことが心配なのだろう。親となった俺には、少しだけその気持ちがわかった。


「いえ、レベッカは俺と結婚する気はないと思いますが……」


 昨日もレベッカ自身がそう言っていたし、いつもそんなそぶりも見せない。そもそも、彼女は何がしたいのかさえ全く分からないが、とりあえずこっちに不利益はないのでこの屋敷に住み着いているのを許可しているといった感じなのだが……。


 だが、レベッカは俺の相手だと見られているってことだろう。確かに、よく考えてみれば未婚の男女が一つ屋根の下で暮らすとなればそういうことだろう。まあ、正直俺はレベッカを同じホテルに泊めているだけくらいの考えだったが。……いろいろあったことも確かだが、あれ以降は特に何もしてこなかったこともある。


「……そうなのですか」


 俺の返事を聞いてもクラウディア殿は未だに完全には納得いっていないような表情だった。……もしかしたら、レベッカを追い出さなければならないのだろうか。エレミアと結婚してもレベッカがこの家から出ていくことはないと思うというようなことを言ったが、クラウディア殿は曖昧な返答しかしなかった。……そのことについて考えていたわけではないらしい。


 だが、これ以上俺に何かを聞くのはやめたようで今度は隣のアリシアに絡んでいる。


「……あなたがこんなに結婚を急いだのは帝国が攻めてくるという噂があるからではないのですか。クリス殿にまた力を貸してもらおうなどと考えていませんか?」


「……確かに結婚を急いだのはその噂に影響されたことではない、とは言えないな。だが、決してクリスの力を当てにしていたわけではなく、国を一つにまとめるために行うというのがその理由だ。……そもそも、今回の戦争は軍部が威信を回復するための戦いでもある。直接的な戦闘でクリスの力を借りるつもりはない」


 クラウディア殿が疑いの目線を投げかけても、アリシアの態度に揺るぎはない。クラウディア殿は少々考えていたようだが、一息つくとさっぱりとしたような顔を浮かべた。


「……わかりました、この結婚について私からもう言う事はありません。……クリス殿、エレミアをどうかよろしくお願いします」


「……よろしくお願いします」


 クラウディア殿は立ち上がり、俺に向かって深々と頭を下げる。俺の隣に座って、ずっと黙り込んでいるエレミアもそれにつられて立ち上がり、深々と頭を下げた。どう反応していいのかわからず、アリシアの方に目を向ける。俺と目が合った瞬間、彼女も座ったままだが頭を下げてきた。


「こ、こちらこそよろしくお願いします」


 俺にできるのはただ一緒になって頭を下げる事だけだった。



 だが、レンブランク帝国が攻めてくるなど初耳だ。本当に大丈夫なのだろうか。……まあ本当に危なくなったら彼女から助けを求めてくるか。まだ噂だと言っているし、実際に攻めてくるかどうかもわからないしな。そんなことよりも目前に迫っている結婚式について聞かなければならないことが山ほどある。


「結婚式について聞きたいことがあるんだが……」


「ああ、そうだったな。いろいろあって話が横にそれてしまったが、今日はその話し合いをするために来たんだ」


 アリシアが思い出したように言った。……こんな朝から何の用かと思えばそう言う事だったのか。


「……当日の私たちの衣装はこのドレスでよろしいですか?」


 クラウディア殿が立ち上がり、その場でくるりと一周する。どことなくいたずらっぽいその顔はアリシアが時々浮かべるこちらをからかうような表情にそっくりだった。


「えっ、よくお似合いだと思いますが……」


 なんでそんなことを俺に聞くのだろうか。俺がダメだといったら別のものになるのだろうか。……もっとも、三人ともとても似合ってるのでそんなことを言うつもりはないが。


 とりあえず、声をひそめてアリシアに尋ねる。結婚式などしたこともないのに、いきなり王族相手など本当に大丈夫なのだろうか。今更足がすくんでくる。そんな不安を吹き飛ばすために、アリシアを質問攻めにしてしまいそうだった。


「俺はどういう服装で出席すればいいんだ? そもそもいつ、どこでするんだ? 礼儀作法とか何も知らないんだが大丈夫なのか?」


「……君はあまり目立つことは好きではないだろう? 王都で開かれるパレードにさえ出てくれれば、結婚式は身内だけでもいい。衣装も君の好きなものでいいが、なにか仕立てたいというなら職人を紹介するよ」


 不安がる俺を励ますように、アリシアはそう言った。その顔は自身に満ち溢れている。どうやったら彼女のように、こう……ピシッというか芯を通したような姿というか立ち居振る舞いができるのだろうか。やはり背負うものがあり、なおかつそれが大きければ大きいほどそうなっていくのだろうか。自分自身で想像しても、自分がそうなっているところが全く想像できない。


 だが、パレードにさえ出れば、結婚式は身内だけでいいって……。王妹の結婚式なのにそんなものでいいのだろうか。逆にかなり不安になってきた。アリシアの堂々とした様子に騙されているのではないのだろうかという考えさえ頭の隅に現れる。


「……だが、それでいいのか? 王国のしきたりとか、結婚式に関していろいろな習慣とか決まり事とかがあるんじゃないか?」


「今回はあくまで王族が降嫁するというだけだからな。王族に婿入りとか嫁入りするんだったらかなり面倒なことが多いが。……今回は君にエレミアが嫁入りするんだから、結婚式は君の都合に合わせたものでいいよ」


 アリシアのその言葉を聞いて、かなり安心した。ただでさえ、祝儀とか披露宴とか引き出物とか結婚式のことがよくわからないのに、この世界にはまた独自の習慣があるかもしれない。もし、アリシアたちが国を挙げて手伝ってくれるとしても、大勢の人の前でうまく結婚式をこなせる自信がなかった。


「そうか、それは助かる。個人的には身内だけの結婚式がいいんだが、……でもエレミアの意見を聞いてないな。エレミアはどんな結婚式にしたいんだ?」


「……わっ、私ですか? 私はクリス様と結婚できるならなんでも……。別に結婚式は上げなくても……」


 彼女はうつむいたままそう言った。相変わらず、昨日から全くエレミアと目線が会わない。


「う~ん、微妙に困る回答だな。……まあ、いいか。できるだけ身内だけで簡素に済ませたいと思うんだが、エレミアは誰か招待したい人はいないのか?」


「え~と、母様と姉様以外には……。特にいないです」


「アリシアとクラウディア殿はどうですか?」


 二人にもふってみるが、反応は薄い。特に呼びたい人はいないようだ。


「私たちはあくまで呼ばれる側ですから。クリス殿とエレミアが呼びたい人たちだけでいいのではないでしょうか」


「君は誰か呼ぶのか?」


「俺は、娘たち……とレベッカだけかな。……でも千人出席するならそれだけでそれなりに大きな結婚式か。それだけでもいいかもしれないな」


「なら決まりですね。……式を行うのはこの家の庭でいいですか? 私が頑張ってセッティングしますので」


 両手を軽く叩き、嬉しそうに微笑むクラウディア殿。おしとやかで貞淑なイメージがあったのだが、案外子供っぽい一面もあるのだなという印象を受けた。


「……ですが、クラウディア殿自らそんなことをなさらなくても」


「いいんです、娘の結婚式なのですから、私にやらせてもらえませんか?」


「そこまでおっしゃられるなら……」


「それでは準備があるので私はこの辺で帰らさせていただきますね。……クリス殿、どうかあの子をよろしくお願いします」


 クラウディア殿は去り際にそう言って深々と頭を下げた。

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