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十話

 いつものように食堂で食べる夕食の席には、いつもと違いアリシアとエレミアの姿もある。せっかくなので二人も夕食に誘った。……何の躊躇もなく、アリシアは独断で決めてしまったが、本当に良かったのだろうか。城にいる人たちに連絡もしていないようだったが。


「これは……もしかして噂に聞く“かれー”なる料理か?」


「ああ、口に合うかどうかわからないが……」


 今日の夕食はもちろん俺の作ったカレーだ。昼間に手に入れたペースト状のカレールーを使い、ニンジン、ジャガイモ、タマネギを入れたシンプルなビーフカレー。味見をしてみたが、あのカレールーは多分甘口。


 カレーを作るためだけに今日は遠い島まで香辛料を取りに行ったので夕食はカレーで当然なのだが、その他の料理はシンプルにサラダのみだ。……というかカレー以外の献立を全く考えていなかった。カレーがほぼ完成してからその事に気が付いたが、今日の夕食は俺が作ると言ってしまった手前、今更娘たちに他の料理を作ってくれとは言いづらい。なんとか俺でもすぐに作れるサラダだけ作ってごまかそうとしたのだが……。


 ……もし、カレーが口に合わなかったらどうしよう。カレーのおかわりならたくさんあるが、カレーが口に合わないとサラダしか食べるものがない。そんな俺の心配をよそに、三人は躊躇なくカレーをスプーンで口に運んだ。


「……うん、おいしい。なかなか独特な味だが、この香辛料が食欲をそそるな。なによりこのごはんとの相性が抜群だ」


「……もしかして、私より料理が上手い……?」


「……あ、ぅ」


 三者三様の反応が返ってきたが、おおむね受け入れられているようで良かった。まともに感想を述べているのがアリシアだけというのは微妙だが、レベッカは俺が料理が出来たという事に衝撃を受けているだけで、エレミアは俺と目線が会った途端顔を真っ赤に染めて下を向いてしまったが、料理自体はどちらにとっても好印象のようだった。


 アリシアもレベッカも、もう先ほどの結婚の話は全て終わったとばかりにまるで何事もなかったような雰囲気を出している。そのあまりの変わらなさは、さっきまでの出来事が夢か幻かと思うほどだった。


 一方エレミアは今になって恥ずかしくなってきたのか、俺と目が合うだけで頬を染めてうつむく。その反応だけが、結婚という事実を現実なのだと思わせる唯一の変化だ。……だが、そうあからさまに恥ずかしがられるとこっちも意識してしまうので、できればやめてほしいのだが。



「“かれー”には大量の香辛料が必要だと聞いたが、そんなに多くの香辛料をどうやって手に入れたんだ?」


 まだ少しギクシャクしている俺とエレミアの間の空気を無視するように、アリシアがそう言った。果たして彼女は雰囲気を気にしないほどマイペースなのか、それともわざとなのか。


「今日ピーちゃんに乗って南の島に香辛料を取りに行ったんだよ」


「南の島? まさか外の大陸に行ったのか!?」


「いや、違うよ。そんなに遠くには行ってない。船で行っても半日もかからない位の距離のところにある島々だよ」


「へぇ、そんなところに香辛料が取れる島があるのか。……ここから南の海岸に港でも作れれば、交易で稼げそうだな。まあ、南の平原に都市を築くことができればの話だが」


 アリシアは興味がなくなったようにそう言った。今までの王たちが、開拓に失敗してきているから今後も無理だと思っているのだろうか。……そう言えば、俺もスぺリナ川からこっち側に勝手に入るなとか言った様な気もする。もしかしたら、俺のせいで諦めたのだろうか。


 ……だが、南の平原に都市、海岸に港か。まるで『エイジオブドラゴン』の亜人の都市ルグミーヌだな。ルグミーヌが交易で栄えたのかどうかは知らないが、さすがに先見の明があるということか。


「……そうだ、香辛料の取れる植物をいろいろ持ち帰ったから、栽培してみてくれ。お土産がわりだ」


 だが、どうやって育てるのかは俺にもわからない。植物なら土晶石を一緒に埋めとけば何とかなるだろうが、その分金はかかる。……まあアリシアなら何とかするだろう。そもそも、彼女にあげた後のことまで面倒は見きれない。


「分けてくれるのか、……ありがとう。絶対に栽培を成功させてみるよ」


 いつの日か、調味料が少ないこの国で香辛料が一般的になり、辛口のカレールーが開発されることを信じて。



「……でも、ピーちゃんってなんだ?」


「ピーちゃんはフェニックスの名前だよ。ペットにして飼ってるんだ」


「かなり大きいけど、結構可愛いのよ」


 あの大きさのモンスターを可愛いというのは抵抗があるが、確かにすり寄ってくる様子は小動物的だ。……自分の巨体も考えず思いっきりじゃれついてくるので、思いっきり踏ん張らなくては押し倒されてしまうのだが。


「フェニックス!?」


「ああ、そうだが……」


 アリシアはとても驚いているが、そんなにフェニックスが特別なのだろうか。確かにこのミゼリティ大陸では竜種の次に強いモンスターである。だが、『エイジオブドラゴン』では、特に重要なクエストに関わるわけでもなく、そこまで重要なモンスターと言うわけでもない。


 そう考えた時、ふとアリシアにもらった紋章を思い出した。たしかあのデザインは黒い竜と赤い鳥が向かい合うように描かれていたはずだ。あの黒い竜は、おそらく山脈に住むドラゴンなのだろうと思っていたが、あの赤い鳥がいったい何なのかはわからずじまいだった。


 もしかして、あの赤い鳥はフェニックスを表していたのだろうか。アリシアに聞いてみると、どうやらその通りらしい。黒い竜がどんな敵にも負けない王国の強さを、フェニックスがどんな困難に立ち向かっても絶対にあきらめない王国の心を表しているらしい。


 どちらかというと竜がその圧倒的な力ゆえ恐れられているのに対し、不死鳥はその強さもだが、なにより死なないと言う不死性を崇拝されているそうだ。


「フェニックスと言えば竜に対抗しうる唯一の存在。死しても生まれ変わるという伝説のモンスター。……でもまあドラゴンを倒せたならフェニックスを手懐けることも可能かもしれないな……」


 アリシアは何とも言えないような顔で俺を見ている。その顔に呆れた様な感情がこもっているのは見間違えではないだろう。……いわれなき冤罪を受けているような気がする。


「……ピーちゃんはレベッカが手懐けたんだから、俺は関係ないぞ」


 アリシアは最近どうも俺のことを常識外れな人間だと思っているのではないか。確かに彼女たちから見れば常識外れな力を持っているが、その他はいたってまともな人間だ。いくら俺でもモンスターを飼おうなどと言う発想はしない。


「……レベッカが? ……もしかしたら君には魔物を操る“天賦”があるのかもな」


 アリシアはレベッカに向かってそう言ったが、レベッカも何を言われているのか分からないような表情をしている。俺は聞きなれない単語をアリシアにそのまま聞き返した。


「“天賦”?」


「“天賦”というのは特定の人間が持つ、普通の人にはできないことができるようになるという特殊な才能のことだ。それを開花させると、まるで別人のように強くなれるという。が、どうやって開花させられるのかはわかっていない。……君の人形作りも“天賦”だと思っていたんだが違うのか?」


 ……それは、もしかしてジョブの事ではないだろうか。そう思って、冒険者のシステムとジョブについてアリシアに話した。冒険者とはすなわち、世界を冒険するプレイヤーのことであるが、……もちろんゲームのことは伏せている。


「だが、その“じょぶ”とやらはどうやってなるんだ?」


「どうやって……?」


 『エイジオブドラゴン』では、特定のキャラに話しかけ、特定のクエストを受注しクリアするだけで自動的になれたが、はたしてあれはどうやっていたのか。


 ちなみに人形遣いになるためのクエストを依頼してくるのは、『謎の人形遣い』という名前の、ローブで全身を隠したキャラだった。他のジョブはちゃんと名前が付いたキャラなのに、人形遣いだけは名前も容姿さえも分からないのはなぜだったのだろうか。


「……だが、なるほど。冒険者、か。……それを南地区でどうにかすれば、スラムの問題も解決するかもしれないな……」


 アリシアはまた難しい顔で考え込んでいた。食事の時間にまで政のことを考えなくてはいけないとは大変だなと他人事のように思った。



 夕食後、アリシアはエレミアを連れ、急いで帰るようだ。そういえば俺が夕食に誘ったが、アリシアはそのことを城に連絡を入れている様子がなかったな。もしかして城の中では大騒ぎになってるかもしれない。


「それじゃあ、今夜はエレミアを連れて帰るからな。一週間以内に結婚式を挙げる予定だから準備はしておいてくれ」


 準備をしておいてくれとは言われても、何を準備すればいいのか分からない。とりあえず、……指輪だろうか。材料は土台のプラチナと宝石はダイヤモンドがあるし、それならば自分で作れる。


 だが、そもそも一週間以内に結婚式を挙げることなんてできるのだろうか。王家の結婚式ともなると、しきたりとかいろいろ時間がかかるのではないだろうか。……もしかして、結婚の話を俺にする前に全てお膳立ては整っていたのか。


 とりあえず、今は急いでいるようだし明日にでもゆっくりアリシアに話を聞こう。そう思いながら、エントランスで二人を見送った。

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