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八話

 家に帰るとイヴになぜか応接室まで連れて行かれた。落ち着いた雰囲気の応接室の中にいたのはアリシアとエレミアそしてレベッカ。女三人寄れば姦しいとはよく言ったもので、碌に話したこともないはずだが旧知の友人のように楽しそうに談笑していた。


「やあ、おかえり。お邪魔してるよ」


「お、お邪魔してます」


 俺の姿を見つけると、ソファに座りティーカップ片手にくつろいでいるアリシアはのんびりとそう言ったが、エレミアはこっちを見た途端、直立不動になり、あきらかに俺に遠慮をしている。……楽しかったところを邪魔してしまっただろうか。どうも気まずい空気が流れる。その空気を嫌がったようにエレミアが口を開いた。


「あ、あの私……娘さんと遊んできます!」


「……じゃあ、私も行くわね」


「あ、ああ。よろしく……」


 エレミアは、応接室から逃げ出すように飛び出していってしまった。レベッカもその後を追いかけるように部屋を出る。応接室の中には、俺とアリシアの二人だけになってしまった。


 娘と遊ぶって、いったい誰とどこで遊ぶんだろうか。……まあ、レベッカが付いてるから大丈夫か。


「はぁ、まったくあの子は……手段と方法を間違えていないか? ……いや、母上が言うには手段と思ってはいけないんだったか……」


「……何の話だ?」


「いや、何でもないよ……」


 なぜかアリシアは頭を抱えていた。



「ところで、何か問題があったのか?」


 アリシアが座っているソファとテーブルを挟んで向き合う位置にあるソファに座り、多少声を落としてそう聞いた。


 どうしてアリシアとエレミアがこの家ににいるのだろうか。何か俺たちに力を借りなければならない事態でも起こったのだろうか。……まあ、談笑していた時点で多分そんなに大変なことはないと思うが。


「いや、特に用がないからこうやって遊びに来たんだよ。……まあ、ないとも言えないんだが」


 アリシアは一旦否定した後、何かを思い出したように口を濁した。アリシアが俺に話してこないということは、それほど切迫していない問題か、あるいは彼女自身が解決しなければならない問題なのだろう。もっとも、相談されたところで政治の事だったらさっぱりわからないんだが。


「……やっぱりここはいいな、すごく落ち着く。……王女になってからというもの、城の中では息の詰まることばかりだ」


 アリシアは大きく息を吐き、ティーカップを両手で口の前に抱え、部屋をぐるりと眺める。その様子はリスか何かの小動物っぽい動きだ。いつもの凛々しい姿とは異なっていて、すこし弱々しい印象も受ける。


 やはり、人の上に立つという事はそれだけストレスとかプレッシャーがすごいのだろう。おそらく弱みを見せられる相手もあまりいないに違いない。……だからと言って俺に愚痴られても困るのだが。


「……大変そうだな」


「……済まないな、愚痴を言うつもりではなかったんだが」


 

 アリシアと二人で応接室に取り残されたが、意外に二人の会話は弾んでいた。こんなに美しい少女と二人で話すなんて、以前はほとんど経験がなかった。だがこの世界に来て慣れたからだろうか、美少女と二人きりで緊張もせずに普通に世間話というものが出来ていた。


 ところどころでポツリポツリと会話が途切れたりもするが、その沈黙が流れる時間さえ焦ったりはしない。緊張どころか、むしろどこかホッとするような、会話のない沈黙の時間すら安心して過ごせるような雰囲気が二人の間には流れている。


 途中でイヴが俺の分のティーカップを持ってきてくれたが、どうやら長居をする気がない様で、置くとすぐに部屋を出て行ってしまった。その際になぜかこちらを一瞬だけ見たのだが、あれは何だったのだろうか。



「ところで、……レベッカとは何かあったのか?」


 わずかに途切れた会話の後、アリシアはニヤリと笑いながらそんなことを聞いてきた。その笑顔はいたずらに成功した子供のような無邪気さだが、いまそのニヤケ顔を見るとどうしてもドミニクのニヤケ顔を思い出して、何とも言えない気分になった。


「何か……とは?」


 できる限り動揺を外に見せないようにそう答えるが、アリシアの真っ青な瞳で見つめられていると、どこまでも見透かされているような気分になってしまう。目を見られないように横を向いた。


「……レベッカに初めて会った際、彼女がわずかに持っていた影のようなものが、先ほどは全く見られなかったからな」


 ほんのひと時会うだけでそこまで相手のことがわかるのは、何かの魔法なのだろうか。それともドミニクが言っていたとおり上に立つ者には必須の能力なのだろうか。……少なくとも俺にないことだけは確実だが、それは人生経験が足りないからなのか、そもそも俺には手に入れられないものなのか。


 ここまで鋭く人を見抜く力のあるアリシアに対して、俺如きが演技をしたところで無駄だろう。俺にできるのは沈黙を守ることだけだった。


「……」


「……ふふっ、まあいいや、話を変えよう。君は今、結婚をする気はないのか? 別に相手はレベッカに限らないんだが……」


 アリシアは息をつく際に一瞬だけ笑った。だが、すぐにさっきまでのリラックスした雰囲気から一転し、真剣な表情を浮かべる。俺は何を言っているのかとっさに理解できず、彼女の方を見る時に少し奇妙な顔をしてしまったかもしれない。


「……なんでそこでレベッカが出てくるのか分からないが、とりあえず今すぐに結婚する気はないよ」


 確かにレベッカとはいろいろあったが、いきなり結婚なんて心の準備ができていない。そんな心の準備が出来ていないのにいろいろしたのかと言われれば言い返せないが、とにかく今すぐにレベッカと結婚するには問題が山積みだ。……そもそも俺自身が彼女と結婚したいのかどうかもわからない。


「そうか。……そもそも、君にとってレベッカとはどういう存在なんだ?」


「そうだな……、どういう存在なんだろうな……」


 あれからいろいろ考えているのだが、どうしてもしっくりくるような答えが出ない。友人のようであり、家族のようであり、娘の友人でもある。どれも本当でありどれも正確ではないような気もする。


「……とりあえず、今は結婚する気がないんだな?」


 アリシアは腕を組み、難しい顔をして考え込んでしまった。首を傾げ、目をつぶりながら、本気で悩んでいるようだ。


 なぜ俺の結婚のことで彼女がそんなに真剣に考え込む必要があるのだろうか。俺が結婚しないのがそんなにいけないことなのだろうか。


「……君が誰かと結婚したくて、なおかつその相手がいないのなら……ぜひともエレミアと結婚して欲しかったんだが」


「……え?」


 突拍子もない申し出に理解が追い付かない。なぜいきなりエレミアと結婚するという話になったのだろう。アリシアの考えていることがさっぱりわからなかった。


「姉である私が言うのも何だが、あの子はいい子だ。心優しく人に気配りもできる。少々押しが弱いのは短所かもしれないが、結婚すれば男性をたてるいい奥さんになるだろう。あの子はどちらかといえば母上に似ているから、多分母上と同じ位には体も大きくなるだろうし……」


 確かに彼女ならいい奥さんにはなりそうだが、今肝心なのはそんなことではない。なぜかは知らないが、アリシアは俺とエレミアを結婚させたいようだ。ここではっきりと自分の意見を言わなかったら、なし崩し的に決まってしまうかもしれない。


「だからと言って、いきなりそんなことを言われても……。彼女の意思だってあるだろうし……。そもそも王族の結婚なんてそう簡単に決まる事じゃないだろう」


「決まるよ。……いや、決める、か。君が受け入れてくれるなら、今すぐにでも婚約を発表したいくらいだ」


 そう言うアリシアの目はどこまで行っても真剣だった。じっと見つめても少しも目線が揺らぐことはない。


「……本気で言っているのか?」


「ああ」


「……なぜそんなに急いでいるんだ? 彼女はまだ十五だろう。……それとも今、俺と結婚させたい理由があるのか?」


 俺の言葉を聞くと、アリシアはかすかに目を伏せた。


「……私の指導力不足のせいだが、まだ国の中には君を恐れている存在が多い、特に軍部には。……よくわからない人物をそのまま野放しにしてもいいのかという意見も依然根強い、こちらは君の力をよくわかっていない者に多いが」


「……なるほど」


 ある程度は予想していたことだが、俺にはどうやって解決したらいいのかがわからない。ここで俺が彼らに何の言葉をかけても意味はないだろうし、声をかけなければやはり少しも改善しない。俺ができることなど、少なくとも俺が思いつく限りではなにもなかった。


「……それらの声を静めるのに一番簡単で、効果のある方法。それは王家の人間を婚約させてつながりを作ることだ。エレミアと結婚すれば君の地位はある程度保障される。……君の自由もある程度制限されるが」


 一瞬、妹を人身御供にするようなアリシアの言葉に怒りを覚える。だが、彼女がそんな決断をしなければならないのも俺のせいといえば俺のせいなのだ。なにも思いつかない俺の代わりに、解決方法を提案してきたアリシアに感謝こそすれ、怒ることなどしてはいけない。


「……だからと言って、そんな政略結婚みたいなことをエレミアにさせてもいいのか? 君はエレミアを犠牲にするようなことは認めないと言っていたはずだ」


「君とエレミアの結婚は女王の私としての希望でもあるが、あの子の姉としての私の希望でもある。よくわからない人間と結婚させるくらいなら、君と結婚させた方がずっと安心できるからな。……それに奥手なあの子が自分から相手を見つけられるのかという不安もある。行き遅れにはさせたくない」


 アリシアのエレミアを思う気持ちはよく伝わってきた。だが、こんな重要なことを今すぐ決めるわけにはいかない。……こういうところが優柔不断なんだろうか。途切れた会話をつなぐこともなく考えているうちに、誰かが応接室のドアを開け中に入ってきた。

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