七話
「だからぁ、これは絶対財宝の手がかりだって! 間違いないよ」
石竹色のショートカットで八重歯が特徴の少女、アイアが両手を広げ大きく振り、俺に訴えかけてくる。だが、そんなこと言われたってどう反応すればいいのか。
今は二つ目の島の砂浜に降りて、空から見た平原まで歩いているところだ。いきなり平原に降り立つと、地面に生えている植物を傷つけてしまうかもしれないので、少し離れた海岸に降り立ってから歩いて向かっている。
「わかったってば」
「む~、信じてませんね! これは絶対海賊の財宝につながる何かです!」
濡羽色の長い髪を後ろで二つの輪にしている少女、タシュミットがそう言って手に持ったものをこちらに見せてきた。財宝を探索していた娘たちが見つけたのは、一見してゴミにしか見えないような、柔らかく薄い土まみれの汚れた何かだ。よく見れば何かの布のようにも見えるが、あまりにもボロボロでよくわからないし、できれば触りたくもない。話を聞くと、あの島の一番標高の高い山の頂上に埋められていたらしい。
どう見ても海賊の財宝にはつながりそうにないが、彼女たちはなぜか確信があるようだった。……まあ確かによく見るとどうやら自然にできたものではなく、人工物のような気もしてくる。でも、どうやったら海賊の財宝とつながるのだろうか。そんなことを考えているうちにどうやら平原についたらしい。
「よし、着いた。……俺はここでまた植物採取しているから、また探索したいならしてきていいよ」
一面が緑に覆われている平原についた俺はそう言って周りの探索を始める。一面の平原と言っても単一の植物で覆われているわけではなく、少々背の高い草や黄色い花をつけている草、白い花をつけている草など様々な植物が競うように自生している。平原の中央には小さな池があった。
三十分もしないうちに、クミンとコリアンダー、それにフェンネルという植物も見つかった。三つとも葉っぱが細くとてもよく似ていて、同じく種子を乾燥させて香辛料にするのだが、はっきり言って俺には見分けがつかない。似た様な植物を片っ端から調べていって、それぞれ数十株ごと根こそぎ採取した。
「あれ? みんな探索に行ってなかったの?」
もう十分採取したので終わりにしようと顔を上げると、近くにはまだ三十人全員が残っていた。集中していて気が付かなかったが、どうやら財宝探索班は探索に行っていないらしい。彼女たちは少し離れたところに座り込んで、地面に置いてあるゴミのようなものを見ながらうんうん唸っている。はっきり言って俺の用事は終わったので、後は彼女たちの財宝探索だけなのだが、あの様子ではもう少しかかりそうだ。
「いえ、海賊の財宝にたどり着くためにはこれをどうにかしないといけないんですが、一体どうすればいいのか……」
「パパも一緒に考えてよ~」
タシュミットはどうすればいいのか考え付かないようで、アイアは考えることを放棄して泣きついてくる。……用事も終わったし、それくらいには付き合ってあげてもいいかもしれない。だが、今のままのそれには触りたくない。どこかで土だけでも落として欲しかった。
「そんなこと言われてもね……。とりあえず土まみれで何だかわからないから、あの池で洗ってきたら?」
「……うん、そうだね」
ぞろぞろと財宝探索班の少女たちが池に向かって歩き出した。俺も彼女たちが戻ってくるまでに、少々遅いが昼食にしようと思い立ち、平原のいい位置を探し始めた。
「……なんだ?」
財宝探索班以外の娘たちと一緒に、平原に座り込んで昼食を取っている。食事の一挙手一投足をじっと見られることにはもう慣れた。遅い昼食をかきこむ様に食べていると、いきなり周囲の空が赤く暗くなった。まだ夕暮れ時には早いし、そもそもそんなに一瞬で空の色が変わるわけがない。周囲を見渡すと、上空から平原の中心の池に向かって光の柱が降りているのが見えた。その光景に背筋に冷たいものが走る。
……俺が「あの池で洗ってきたら」なんて言ったから、あそこには娘たちがいるはずだ。もしかしたら娘たちが俺のせいで危険な状況に巻き込まれたのかもしれない。焦燥感に駆られながら急いで池まで駆けつけると、何とも言えない状況が俺を待ち受けていた。
そこにいたのは武具に身を包んだ無傷の娘たちと、地面に転がる何かの布に包まれた人の全身の骨らしき物体。それから水に濡れていて、鎖でぐるぐる巻きにされている宝箱。いったい何があったのか全く理解できない。だが、とりあえず彼女たちが全員無事なことに安心した。
「やった~! 財宝ゲット~! じゃあ開けるよ~」
アイアとタシュミットを含む財宝探索班の娘たちは宝箱の前に集まって、宝箱をぐるぐる縛っている鎖をほどこうと躍起になっている。急いで開けようとしているのか、力をこめて無理やり外そうとしているが、なかなかほどけない。何だかわからないが、とりあえず俺も宝箱を開ける様子を見守る。
「……これって何なんですか?」
宝箱の中から出てきたのは鏡だった。楕円形のアンティーク調な壁掛け鏡は、周りの金属部分がくすんでおり年代を感じさせるが、こちらを映している鏡部分は少しの曇りもなく新品同様だ。特に変わったところは見つけることができない。
何だかわからないが、娘たちの言う通り、これが海賊の財宝なのだろうか。とりあえず、〈賢者の眼鏡〉でその鏡を【アナライズ/鑑定】してみると、どうやら魔道具のようだった。
〈空蝉の魔鏡〉 鏡の中に手を入れて鏡に映したアイテムを掴み、取り出す
ことで、鏡に映したアイテムをコピーすることができる。
ただしコピーできるのは素材アイテムのみで、武具や生き
物などはコピーできず、素材アイテムが貴重なほど魔石の
消費も大きい。
……もしかすると、これは結構貴重な魔道具なのではないだろうか。素材であればなんでも増やせるというのはまさに破格の能力だ。これで、在庫が残り少なくなっていてどうしようかと本気で頭を悩ませていた味噌と醤油などの調味料の類も何とかなるだろう。
素材アイテムが貴重なほど魔石の消費も大きいらしく、『エイジオブドラゴン』では普通に魔石を売った金で素材アイテムを買った方が安いのだろうが、この世界ではまさに財宝と呼ぶにふさわしい魔道具だった。
これさえあればあんなに山にイオレースを取りに行かなくても良かったのではないかと思ったが、代わりに魔石を取りに行かなくてはならないからあまり意味はないか。
「あ~楽しかった」
「また宝探ししたいね~」
彼女たちはその鏡が魔道具であると知ると、もう満足したようで見向きもしなくなった。海賊の財宝を探すことに興味はあるが、財宝そのものには興味がないらしい。もうこのカナリッジ諸島ですることはないとばかりの雰囲気を出している。
「それで、結局何があったの?」
詳しく話を聞いてみると、どうやら本当に海賊の財宝を見つけ出したらしい。娘たちがさっきの島で見つけたあのゴミみたいなものは、実は地中に埋められた海賊旗だったようだ。……今その海賊旗は人の骨を包んで地面に転がっているのだが。
その海賊旗をこの池に浸したところ、空から光の柱が池の中央に降りてきて、池の中から宝箱を脇に抱えた骸骨が現れた。骸骨は娘たちの持っていた海賊旗を奪い、我々の宝を手に入れたければその力を示せと言ったなどと言ったそうだ。娘たちはその骸骨を瞬殺してしまったらしい。そこに俺たちが駆けつけたようだった。
そこまで話を聞き、もはやだれも見向きもしていない打ち捨てられた骸骨に目を移す。海賊旗に覆われた骸骨は、どこか無念そうな表情をしている気がしないでもない。……娘たちに瞬殺されたとはいえ、こいつは多分ボスモンスターだろう。こいつの出現条件はあの海賊旗を池に浸すことだったのか。
……この骸骨はどうしてあげたほうがいいのだろうか。考えたが、どうせこんな骨の素材なんていらないし、多少かわいそうな気もするので、元通り池に沈めてあげることにする。海賊旗に包まれたまま池に向かって放り投げると、空中でこちらを向いた頭蓋骨がなんとなく感謝をしているような気がした。
俺の用事もこの子たちの財宝探索も終わったので帰ろうか。そんなことを考えていると、歩き出した俺の足が何かに躓いた。足元を見ると、さっきの宝箱とは別の宝箱がある。こんなものあっただろうか。……考えられるとしたら、あの骸骨のドロップだろうか。
娘たちはそれに気付かず、帰るためにフェニックスのいる方へと歩いて行く。俺が一番後ろなので、俺に気づいて足を止めたり速度を緩める子もいない。とりあえず、早く開けてみんなに追いつかなくては。そう思い、宝箱を開けた。
「これは……、なんだ?」
宝箱の中から出てきたのは、瓶詰めにされた茶色のペースト状の何かだった。正直に言って見た目は悪く、できればこのまま捨ててしまいたいほどだ。……これは何なんだろうか。瓶のふたを開けておそるおそる匂いを嗅ぐと、懐かしい香りがしてきた。
「……まさか」
そのペースト状の何かを指ですくい、覚悟を決めて舐めてみる。口の中に広がる独特の風味、それはまさに俺が求めていた味だった。
「はぁ、今までの苦労は何だったんだろうな……」
どう考えてもそれはペースト状のカレールーだった。せっかく苦労して香辛料を一つ一つ集めたのにこの苦労は何だったのか。どっと襲ってきた疲れに肩を落としながら、家に帰るために歩き出した。




