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五話

 エントランスから外に出ると、丘の上から遠くに亜人たちの都市ルグミーヌの外壁がみえる……ことはなく、目の前に広がっていたのは鬱蒼と茂る木々であった。

 木々の高さは十メートルを超え、樹海の中にマイホームが埋もれているような光景である。木の天辺の部分が見えないような大きな木々の茶色の幹達、その木々達の天辺を隠すように緑の葉を広げる小さな木々達、木々達に巻き付いて伸びる蔓、地面を覆い隠すシダ。緑と茶色だけが目の前に広がっていた。前に歩き出そうとしても、獣道すらない密林はどうやって進んでいいのか分からない。


「あれ……? この家って丘の上だったよな?」


 とりあえずそう近くにいる長い支子色の髪をストレートに伸ばした、カチューシャが特徴の少女、ブリジットに尋ねた。


「うーん、外に出たことないからわかんない、イヴ姉様なら知ってるんじゃないかな」


 娘たちの中で、イヴだけは少々特別な立ち位置である。イヴは俺が人形遣いのジョブになった時に作った最初の人形であり、俺がレベル百になってこのマイホームに引きこもるまでずっと一緒に冒険してきた唯一の娘であった。もっとも、特別といってもほかの娘たちと強さや性能が違うわけではない。人形の強さは唯一、人形遣いの現在のレベルによって変わるので、レベル一から一緒に成長していったイヴも、レベル百になってから作った娘たちも強さは同じである。イヴが特別なのは一緒に過ごした時間・経験を持つからであり、それゆえイヴは娘たちの中でのリーダー、まとめ役のような存在となっていたようだ。


「ええと……、私の記憶では丘の上に立っていたはずですが……」


 イヴは頬に手を当て、首を傾げながらそう言った。


「そうだよな、うん」


 自分の記憶に同意を得られ、少し安心したが同時に不安も覚えていた。どういうことだ? ここは『エイジオブドラゴン』の世界じゃないのだろうか。

「どうしたの? お父さん」


 父親の不安そうな顔を見て心配になったのだろう、ブリジットが気遣うように話しかけてくる。また心配をかけてしまったか、父親が不安そうにしてはまずいよな。そう内心で反省し、これ以上心配をかけないように明るい声で答える。


「いや、なんでもないよ。でもこれからどうしようか……」


 その時、上から耳をつんざく爆発音がした。


「っ~!なんだ!」


 上を見上げるとそこには炎の化身がいた。燃え上がる炎のような二本の角、黒く光る爪を持った四肢、蝙蝠のような翼、全身を覆う赤い鱗は一つ一つが揺らめく炎のよう、わずかに開いた口の中からは炎がちろちろと漏れ出している。その巨体が、木々をへし折りながら着地すると大地が揺れ、咆哮で空が震えた。周りの木々を一切考慮することもなく、ただ己の体のみで居場所を作り上げる。密林に降臨した炎の王とでも言うべき存在だった。


「紅蓮竜……っ」


 イグニートドラゴン、別名を紅蓮竜、体長は五メートルほどで、ゲーム内でのレベルは八十九、『エイジオブドラゴン』ではこの辺に出現することのないはずのモンスターで、一対一では俺が勝てないレベルの相手である。にもかかわらず、呆けたようにそのドラゴンを見つめていた。ゲームとは比較にならない存在感、まるで神話の中から現れたような存在に見とれてしまっていたのである。

 そして、突然の登場と同様に終演も突然訪れた。我に返ると、ドラゴンの真っ赤な頸から真っ赤な血が吹き出していた。断末魔を上げながらゆっくりと巨体が倒れてゆく。地に伏したドラゴンの死骸を見ると、傷は首だけでなく全身に刻まれている。どうやら娘たちが助けてくれたらしい。


「大丈夫ですか? お父様」


「ああ、大丈夫だよ。ありがとう。みんなも怪我したりしてない? してるんならすぐに直すよ」


 いつのまにか、木で出来た弓と薄い金色に光るバトルドレス――胸当てと前面の空いたスカートが一緒になった防具――をつけたイヴが隣に来ていた。ほかの娘たちも武器はそれぞれ違うが、バトルドレスは同じものをつけている。どうやらみんな無事のようだ。娘たちの武器も防具も俺が自分で作ったものである。防具がみんな同じだといまいち面白くないな、まあ薄い金色に光ってきれいなんだが。そんな場違いなことを考えながら目線をドラゴンの死体へ移す。


「これ、どうしましょうか」


 秘色色のロングヘアで物静かそうな、少し舌足らずな声の少女エスリンが死体をつつきながら少し舌足らずな声で話しかけてきた。

 『エイジオブドラゴン』ではモンスターの死体を解体することでモンスターの素材を得られ、そのモンスターの素材から武器や防具を作ることもできた。そういえば、『エイジオブドラゴン』ではモンスターがアイテムをドロップする際は宝箱が出てきたが、ここではどうなるのだろうか。


「これ、解体しなきゃならないのか……、まあ解体スキルは持ってるしとりあえず、帰ってきたら俺が解体するよ。……でも本物はかっこいいなあ、剥製にしてエントランスに飾りたい。できるかどうかわからないけど、インテリアだったら大工スキルでなんとかならないかな」


 生産スキルとは、ジョブのレベルアップによって得られるスキルではなく、アイテムを創り出すための技術である。生産スキルにはジョブと同じようにレベルがあり、一般的にスキルが高いほど、高級かつ高価値な製品を作り出すことができるようになっている。

 生産スキルとしては、金属製の武器や防具を作る鍛冶スキル、布や革製の防具を作る裁縫スキル、木やモンスターの素材で武器や防具を作る細工スキル、貴金属や宝石などを使って装飾品を作る彫刻スキル、家を建てたり家具を作る大工スキル、武器や防具に魔法効果をつけたり魔法のアイテムである魔道具を作り出すことができる付呪スキルの六つが九十レベルを超えている。ちなみに生産スキルにはこのほかに、ポーションなどの薬品類を作る錬金スキル、一時的に能力値が上昇する食事を作ることができる料理スキル、料理やポーションなどの原料の植物を育てることができる農耕スキルなどがあるが、これらは初期レベルのままである。

 解体スキルは生産スキルの一つであり、レベルを上げることでよりレアな素材をより多く入手することができたり、ユニーク装備をドロップしやすくなるスキルである。敵を倒して解体するたびに経験値が入るので、普通に冒険をしていれば、勝手に百レベルまで上がっていることの多いスキルであった。ちなみに俺も百レベルである。


「解体するんですか? なら私がやります」


 エスリンがなぜかわからないが、静かに闘志を燃やしている。俺の持っていた解体用の剣をするりと抜き、ドラゴンの死体へと向かっていく。


「え? い、いや俺がやるよ」


 もちろん娘がドラゴンの血まみれになった姿をあまり見たくないということもあるが、なによりこんな世界に来たからにはこれから死というものがずっと身近になるだろう。モンスターも殺さなければならないだろうし、時には人間さえ殺さなければならない状況に陥るかもしれない。そういうとき、躊躇して取り返しのつかないことにならないために、こういうことにも慣れておきたい。娘の提案を断るのは心苦しいがそう言った。


「いえ、お父様は見ていてください」


 しかし、エスリンは俺の言うことを聞かず解体を始める。あっという間にドラゴンの死体がバラバラになっていく。肉、骨、内臓、鱗のついた皮。その状況を見てきれいというのも何だが、きれいに切り分けられていく。


「だが……、うっ」


 その凄惨な光景に生理的嫌悪を覚え、吐き気を催す。もしかしたら、最初にエスリンにやってもらってよかったのかもしれない。もし、俺があそこで最初から解体をしていたら本当に吐いていただろう。


「大丈夫? お父さん」


 おそらく青い顔を心配してくれたんだろう。そう言って、ブリジットは背中をさすってくれる。そうしている間にだいぶぐちゃぐちゃの死体にも慣れてきたのか、吐き気も治まってくる。


「これ、剥製にできますか?」


 解体を終えたエスリンが、鱗のついた皮を引きずってくる。肉はきちんとそぎ落とされているようだ。もしかして俺が剥製にしてエントランスに飾りたいなんて言ったからこんなことをしたんだろうか。


「うーん、作り方がよくわからないから今のところは保留だな。でもありがとう」


 そう言ってエスリンの頭をなでる。顔に少し血がついているが、それでもこのすべてを温かい気持ちにさせる笑顔にとって、玉にきずにはなり得なかった。



「しかし、なんでこんなところにドラゴンがいたんだ?」


 『エイジオブドラゴン』の世界ではこのあたりのモンスターのレベルは六十前後、間違ってもレベル八十九のイグニートドラゴンが出てくるエリアではない。やはり、ここはゲームの世界でもないのかとクリスは不安になるがすぐに考え直す。父親が不安がると娘たちにまで影響があるだろう。これは『エイジオブドラゴン』の世界でもなくて、全く違う世界なのかもしれない。そうなると『エイジオブドラゴン』に対する知識はこれからの生活に全く役に立たないということになる。だがまあ、どちらにせよ進んでみないと調べることができない。


「とりあえずこのまままっすぐ進みたいな。記憶通りなら都市へつながる街道に突き当たるはずだから」


 そう先に進む方法は、さきほどドラゴンが示してくれた。ドラゴンはあの巨体で木々をなぎ倒し、空から地面に着地した。この獣道すらない密林を進むためには、前にある森を切り開きながら進むしかないだろう。これはこの森を脱出するまで時間がかかりそうだな。そう思うが、ほかに方法が思いつかない。散策を期待していた娘たちには悪いが、今日はできないかもしれない。


「えーと、だからこの目の前の木々を切り払いながら進んでくれると助かる。まあ、切り払わなくても進めるかもしれないが、この森で迷子になりそうだからね。……頼んでもいいかな」


 そう娘たちにお願いをする。俺が何とかできるのなら、自分でやりたいのだが、あいにくそこまでうぬぼれてはいない。こんな森の中から出るのに一生を費やしてしまうかもしれない。そう思い、素直に娘たちに力を借りることにした。


「はーい」


 娘たちは元気に返事をする。どことなく嬉しそうだ。娘たちはいろいろな武器を持っているが、その中でも武器自体が大きく、叩き切ることに特化している武器を持つ、エスリンとブリジットが一番前に出る。エスリンの武器はツヴァイハンダーと呼ばれる、全長一・八メートル、刀身は一・五メートル、四キロほどの重量を有する、刀身は細身であるが巨大な両手剣を持っている。ブリジットはグレートソードと呼ばれる、全長一・五メートル、刀身は一・二メートル、同じく四キロほどの重量を有する、ツヴァイハンダーより全長は短いが、刀身が太い巨大な両手剣を持っている。どちらも持ち主の身長よりも大きい剣で、銀色ではなく黒く輝いている。


 二人は横に三メートルほど離れて立ち、剣を体の横に構える。そして、静かに集中し始めたので、何をしているんだろうかと思った瞬間、その剣が振るわれた。かろうじて見えたのは、二つの剣から飛び出すように前に発射された二つの何かが、一つになって前方の木々をなぎ倒していった光景だけであった。あれは……、何かのスキルなのだろうか。まあ何なのかは分からないが、前方百メートルほどの全てが扇形になぎ倒されている。そのなぎ倒された木々などをほかの娘たちが左右に放り投げる。一分ほどで百メートルほどの、倒された木で左右を囲まれた道が完成した。これならあまり時間がかからずに先に進めるかもしれない。そんなことを考えながら、もう次の百メートルを切り倒している娘たちに遅れないよう走り始めた。

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