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五話

 翌日、俺は空を飛んでいた。もちろん一人でではない。大空を優雅に羽ばたくフェニックスの身体の上に座るようにして、上空の少し肌寒い、しかし澄んでいる空気を肺の中に取り込む。頭の上には雲一つなき青空と太陽が、眼下には変化のない一面の青い海が広がっており、テレビでしか見たことのない様な圧倒的な光景だ。


「うわあ~」


「高すぎなの~!」


 すぐ右隣では、藤色のセミロングでヘアピンが特徴的な少女、ナンナがどこまでも続く水平線を見渡しており、左隣では芥子色の長い髪をリボンでツインテールにしている少女、ノートがキラキラと目を輝かせながら変わり映えのしない海を見下ろしている。同じようにその他の娘たちもフェニックスの背中で、目的地に着くまでの時間を思い思いに過ごしていた。だが、さすがに三十人も乗っているとフェニックスも重そうだし、その背中も密集して非常に狭い。


 ちなみにレベッカは来ていない。一体いつも家の中で何をやっているのかと思ったら、掃除・裁縫・料理などの家事を一から娘たちに教わっているらしい。……自分のできないことをできるようになりたいと思うのはもちろんいいことなのだが、そのために自分よりはるかに幼い少女たちに、恥ずかしがらずに頭を下げてお願いをすることができるのは彼女のいいところかもしれない。



 本日の散策は少し遠出して、大陸の南西にあるカナリッジ諸島に遠出している。無数の島々からなるカナリッジ諸島は、その大部分が熱帯のジャングルに覆われた小さな無人島群である。特出して対象レベルの高いフィールドでもなく、そこでしか手に入れることのできないアイテムなどもないのだが、このカナリッジ諸島の密林では香辛料を手に入れることができた。


 ミゼリティ大陸の中で、この香辛料を産出するのはブレジアス共和国の大森林のみである。今のレトナーク王国ではそれを輸入するしか手に入れる方法がなく、香辛料の値段が非常に高価だ。一部のハーブ類ならばレトナーク王国にも自生しているのだが、一般的にスパイスと言われるような刺激と辛みを持つ種類の香辛料は、完全にブレジアス共和国からの輸入に頼っていた。


 ……なぜそんなことを知っているのかというと、先日唐突にカレーライスが食べたくなったので、たまには俺が自分で料理をして振る舞おう――もっとも、食べられるのはレベッカだけなのだが――と思い立ち、首都ディアリスに買い物に行ったことに端を発していた。


 東地区で買い物をして、ジャガイモ、ニンジン、タマネギなどその他の材料は見つかったのだが、どうしても香辛料だけが見つからない。本当はカレールーをそのまま欲しかったのだが、さすがにそこまでは贅沢を言えず、香辛料から作る本格派カレーを作ろうと東地区を延々と探し回っていたのだがどこへ行っても見つからなかった。ちなみに、使用する香辛料は『香辛料からつくる本格派カレー』という、図書館にあった本を参考にしている。


 思い切って野菜を売っているお店の人に聞いてみたりもしたのだが、そんな高価なものはうちでは置いてないと言われてしまった。その際に優しい店主さんにさっきの情報を教えてもらい、香辛料が売っている店も教えてもらったのだが、その店に行ってみるとカレー作りを断念せざるを得なかったのである。


 ……カレーを作るのには数多くのスパイスを使わなければならないのに、その店は品ぞろえが悪すぎてほとんど種類がなく、なおかつ非常に高い。少しの量しか入っていないのに、数万ルコンなどというあり得ない金額だ。しかし、あの人の良さそうな店主さんが紹介してくれたんだから、ここが一番いい店なんだろう。だったらこの店がおかしいのではなく、レトナーク王国での香辛料の適正価格がこの値段なんだろう。


 その日は結局、娘たちとレベッカの作った食事をとった。決しておいしくないわけではなく、満足していないわけではなかったのだが、どうしてもカレーが食べたいという思いが収まらない。その思いは日増しに強くなり、どうにも抑えがたくなっていたので、誰かに見つかるのを覚悟して飛行船でブレジアス共和国に侵入し、大森林に行こうかとも真剣に考えていた。


 そんな中で、フェニックスがペットになった。その羽ばたいている様子を見ていた際にカナリッジ諸島のことを思い出したのだ。カナリッジ諸島は無数の島から成り立っているが、その島々をワールドマップや上空から見ると羽ばたく鳥のように見える。……まあそれだけの話なのだが、同時にカナリッジ諸島でも香辛料が産出されることを思い出し、フェニックスの背中に乗せてもらって香辛料を取りに行こう、そう決意したのであった。



「あ! あれがそうじゃないですか!」


 ずっと水平線を眺めていたナンナが真っ先に声をあげた。うつらうつらとまどろみかけていた意識が、その大声でたたき起こされる。まだ眠い目をこすりながらその指さす先を見ると、うっすらとだが確かに島影のようなものが見えた。


 外見からは見分けがつかないが、おそらく羽ばたく鳥の頭の部分にあたる島だろう。カナリッジ諸島の一番北にある島であり、島の大部分が森におおわれている。かろうじて砂浜の海岸は見えるが、島の中心に向かうにつれて標高が高くなり、森も深くなっている。島の名前は知らない。


「ねえねえ、あの無人島には何があるの?」


 おなじくずっと眼下の海上を眺めていたノートも、既にその島影には気が付いているようで、そんなことを聞いてきた。話し込んでいたり遊んでいたりしていた娘たちも俺の近くに集まって来て、さっきまで静かだったフェニックスの背中の上がにわかに騒がしくなってきた。


「う~ん、そうだな~。……まあ、いろいろあるけどまずは森かな」


「ふ~ん。……島のどこかに海賊のお宝とかあるのかな~?」


 ノートが唐突にそんなことを呟いた。いきなり何を言っているのかと思い彼女の顔を見る。彼女の表情は笑みを隠し切れず、その目は期待で輝いており、よく見ると身体が武者震いのように小刻みに震えている。今にでもフェニックスの背から飛び降りて、無人島まで突撃しそうな雰囲気だった。


「か、海賊?」


「海賊は無人島に自らの集めた財宝を隠すらしいです。この本に詳しく書いてありました!」


 ナンナもノートと同じように目を輝かせて島を眺めている。その手にはいつの間にか『海賊の財宝を探せ!』などといういかにも胡散臭い本が握られていた。借りて少し中を見ても、世界のどこかの島には海賊が隠した財宝が眠っている、などという何の根拠もなければ何の有益な情報もないゴシップ誌のような本だ。


 ……もしかしてこの二人はこれに影響されたのだろうか。個人的にはこんなところに海賊の財宝などはないと思うが、夢を壊すようなことをわざわざいう事もないか。


「まあ、確かに無人島だけど……。でもそんな本どこから持ってきたの? 図書室のカギは俺が持ってるはずだけど……」


 この子たちは本なんて持っていないはずだ。……少なくとも俺は図書館以外に屋敷に本を置いていない。だとすればやはり、図書館から持ってきたのだろうか。


 あの図書室には未来や異世界の知識が詰め込まれている。この世界に生きる人がそれを知った衝撃は計り知れないものがあるだろう。娘たちならともかく、レベッカには絶対に見せないようにしなければいけないのでカギをかけ、俺以外が入れないようにしたのだが……。


「いえ、この本はレベッカさんがディアリスで買ってきたらしいです。無人島に探検に行くって言ったら持ってきてくれました」


 レベッカがどうしてそんな本を持っていたのだろうかと不思議に思い、いまいち想像がつかなかったが娘がそう言うんならそうなんだろう。特に気にすることはなかった。



「そろそろ到着だよ。お父さん、準備はできてるの?」


 フェニックスが目的地へと向かっていた滑空状態から、大きく旋回しつつ高度を落とし始めるようになる。するとノートは、今にもフェニックスの背中から飛び降りそうなほど落ち着きを無くしていた。


「ちょっと、あぶないってば」


 俺が今にも落ちそうなノートを抱きかかえようとするが、フェニックスの背中から身を乗り出し、梃子でも動きそうになかった。仕方ないので服をつかんでおくが、この子が本気になったらすぐにでも振り払われそうだ。

 十分に高度が下がり、フェニックスが着地のために大きく羽ばたきながら、島の砂浜に向かって降りている。地上から五メートルほどの高さになったころ、ノートは俺の手を振り払って背中から飛び降り、そのまま森の中に突撃していってしまった。


「あははは……。私が追いかけますねッ!」


 そう言ってナンナも飛び降り、森に突撃して行ってしまう。ちらりと見えたその目はノートを連れ戻す義務感というよりも、冒険への好奇心のほうが勝っているように思えた。


 とりあえずフェニックスが着地してから地面に降りる。ここまで俺たちを乗せて長い距離を飛んできてくれたピーちゃんの頭を撫で、感謝の意を示してからアイテムポーチの中のドラゴンの肉の塊をあげた。ピーちゃんは肉食性で、特にドラゴンの肉が大好物らしいというのがこれまでの共同生活で分かった、数少ない情報だった。


 周りを見れば、他にも落ち着きなく二人が消えていった森の中を見つめ、行きたそうにそわそわしている子たちが他にもいる。……そんなに海賊の財宝を探したいのだろうか。せめてこのカナリッジ諸島にあるという伝説とか宝の地図とかがあるならわかるのだが。


 このカナリッジ諸島は俺の家の周りより対象レベルが低く、俺一人でも別に問題はない。このカナリッジ諸島に来た目的はもちろん香辛料もあるのだが、ここら辺の敵は下級の魔石を落とすので、お金稼ぎにもなるという理由も多少はあった。


「みんな探検したいならしてきてもいいよ」


 問題となる可能性があるのはボスモンスターだけだが、あいにくここのボスモンスターがどのような敵かも知らないので対処しようがない。……まあどうにかなるだろう。そう思い、全員を自由行動にした。

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