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四話

 その部屋は、太陽の光が差し込むための大きな窓が一つあるだけの、少々物が多すぎて汚らしい部屋だった。夏の陽ざしはこの時間になっても燦々と窓から照り付けている。俺はまだ夕食の前の自由時間に、寝室のすぐ隣のアトリエに来ていた。

 アトリエと言ってもそんな立派なものではなく、そこそこ大きいテーブルとイスが一つずつとアイテムに魔法効果を付呪するためのエンチャントテーブル、その他にはごちゃごちゃとした道具が壁の棚にもテーブルの上にもあふれかえっている。


 タロスとの死闘で準備不足を反省した俺は、きちんと装備を整えることにした。といっても、あのド派手な絡繰師一式を常に装備するというわけではない。あれは確かに自動人形の性能を最大限に引き出すという点では、人形遣いの最高装備といえるかもしれないが、人形遣い本人の強さはそれほど強化されない。


 連れて歩ける自動人形が一体のみの『エイジオブドラゴン』でならともかく、今の何人でも一緒に旅ができるような状態で、自動人形の性能を最大限に引き出さなければいけない状況はほとんどないだろう。


 もちろん、例えば竜の巣などレベルの高い地域に行くという際なら、それらを着て準備を整えるつもりだ。だが街中であんなものを着ていたら、逆にトラブルに巻き込まれやすくなってしまうだろう。



 とりあえず、アクセサリ類は今まで装備していたものはそのままでいいだろう。あらゆる被ダメージを十パーセント減らす〈守護天使の指輪〉と、全ての能力値を五パーセント上昇させる〈熾天使の首飾り〉をテーブルの上に置く。窓から差し込む光を反射して、二つがキラキラと煌めいている。


 実感としてはいまいち効果がよくわからないが、ゲームの中でもそれなりにレアで強力な効果を持つアイテムだし、何よりいつもつけていても気にならないのが一番だ。ユニーク装備なので、強力な魔法効果を持っている反面、これ以上別の魔法効果をつけられないのが欠点でもあるが。


 それら二つを身に着ける。〈熾天使の首飾り〉を首に、〈守護天使の指輪〉を右手の中指に嵌める。そして、新しくアイテムポーチから〈妖精の指輪〉を左手の中指に嵌めた。あらゆる即死魔法を完全に防ぐ効果を持っている指輪だ。何の飾り気もなく、少しリングの幅が大きい指輪で、銅のような素材で作られていた。


 『エイジオブドラゴン』では、両手に一つずつしか指輪を装備できず、片手に二つ以上装備すると、その二つの指輪同士が魔法効果を打ち消しあって、何の効果も発揮しなくなるという設定だった。まあ多分この世界でも同じだろう。もうこれ以上指輪はつけられないと思ったほうがいい。



 次はアダマンタイト製のローブを取り出し、テーブルの上のアクセサリの脇に置く。タロス戦でもその防御力を発揮し、攻撃から俺の身を守ってくれたローブ。物理攻撃にはめっぽう強く、斬撃・刺突・打撃、あらゆる攻撃に対して耐性を持つアダマンタイト製のローブ。だが、未だに何の魔法効果もつけていないそのローブに、一体何の魔法効果をつければいいのだろうか。


 もちろん後で魔法効果を変更することもできるのだが、そのためには毎回魔石が必要である。魔法効果の強力さは、魔石の強力さに比例するので、強い効果を発揮させるためには最上級の魔石が必要になる。ただでさえ、娘たちの動力として最上級の魔石が足りないっていうのに、そんなに無駄に使うことはできない。


 散々迷った挙句、全属性耐性+二十パーセントと魔法耐性+三十パーセントを付呪することに決めた。装備に魔法効果を付け加えるためのスキル、生産スキルの一つである付呪スキルが八十を超えると、自作装備というプレーヤーの作りだした装備の中でも、自分の作った装備には二つの魔法効果が付けられる。


 全属性耐性とは、あらゆる属性に対する耐性をあげるものだが、これのいいところは魔法使いの魔法やモンスターの特殊な攻撃だけではなく、あらゆる属性に対する耐性がつくことである。火属性耐性があるので熱さを軽減しタロス戦の時のような熱中症にもなりにくく、氷属性耐性があるので寒さを軽減することもでき、これがあれば過酷な環境へ行ったとしても、外環境の影響も多少は和らぐだろう。二十パーセントまでしか上げられないのが、欠点といえば欠点だが。


 もちろん全属性ではなく一つの、例えば火属性耐性のみにすれば、+百パーセントにして火を無効化することはもちろん、+二百パーセントにすれば火でのダメージを吸収して自らを回復することも可能になる。もちろん、火属性以外に効果はないが。あるダンジョンを攻略するためなど、特殊な場合においてはそのほうがいいのかもしれないが、ここはあらゆる状況を想定した汎用的な魔法効果にしておいたほうがいいだろう。


 一方、魔法耐性とは魔法そのものに対する耐性であり、弱化魔法など属性のない魔法に関しても効く一方、モンスターのブレスなどの特殊な攻撃に関しては効果を発揮しない。もちろん魔法を使ってくるモンスターもいるので、一概に無駄ともいえないが、この魔法効果はどちらかというと人間相手に効果のあるものであった。


 二つ目の魔法耐性+三十パーセントは、隠密性能アップとどちらにするか迷ったのだが、結局少しでもダメージを減らす方にした。ちなみに隠密性能アップとは、自分の存在を見つかりにくくするものだが、常時発動するタイプなので使いどころが難しい。フィールドやダンジョンのような敵しか現れない場所や暗殺や諜報などをする際ならともかく、街中ではあまり使いたくない。街を歩いている際に自分の存在に気づかれずに人とぶつかったり、他人と一緒に歩いているのにいつの間にか自分を見失われたりするのは勘弁してほしいからだ。



 ローブをエンチャントテーブルの上に置き、最上級の魔石の魔力を使いながら、ローブに刻印を刻んでいく。刻印と言ってもローブ全体にわたるような大きなものではなく、手のひらより小さなものだ。だが、その刻印は小さいながらもとても細かい線が張り巡らされている。刻印は魔法効果によって一つ一つ違い、見る人が見ればこの刻印を見るだけでどんな魔法効果があるのかもわかってしまう。


 少しの間違いも許されないほどの細かな作業を、ゆっくりと時間をかけながら少しずつ完成させる。ほんの少し線の長さを間違えたり、余計に線を引いてしまったりしたら、魔法効果が得られなかったり、別の魔法効果になってしまう。もうひとつ魔石を使って最初からやり直しになるのはいろいろな意味できつい。二つの刻印が終わったころには、すっかり日が落ちて部屋の中が真っ暗になっていた。



「……よし」


 刻印の終わったローブを身に着ける。これで防御に関してはかなり強化されたはずだ。どんな攻撃を喰らっても、アイテムポーチからポーション類を取り出して飲む時間くらいはあるだろう。一撃で死にさえしなければ、ポーションがぶ飲みでどうにかなるだろう。


 あとはローブの中に絡繰師一式を着れば、最終装備の完成である。自分の守りを固めて死なないようにしつつ、娘たちの能力を最大限に生かす。どんな相手にも負ける気はしないが、そんなに強い相手と戦う気もないので、今のところは常に絡繰師一式を装備するつもりはない。もしそんな場面があるとしたら、それはかなり追い詰められた場面かあるいは自ら危険なところに行く時か。そのどちらかだから、できれば来ないことを祈っている。普段は刻印を刻んだアダマンタイト製のローブと〈熾天使の首飾り〉〈守護天使の指輪〉〈妖精の指輪〉の三つがあれば大丈夫だろう。



 ついでにイヴの矢も作っておこうと考え、製作を始める。もっとも、朝のフェニックスとの戦いで矢が尽きたわけではなく、矢の材料を少し変えてより強い矢を作るつもりだ。家の周囲の森の木と、ラルズール山で取れた鉄は今までに使っていた矢の材料と変わらないが、矢羽をフェニックスの羽根に変える。


 このフェニックスの羽根は別にピーちゃんの羽を無理やりむしって取ったのではなく、ピーちゃんと戦った際、ピーちゃんが飛んだり跳ねたりしたときに自然に落ちたものを一つずつ拾い集めて溜めたものだ。……庭にも結構落ちていたので、もしかしたら娘たちがむしったものも多少はあるかもしれないが。


 既に木は丸く棒状に、鉄も矢じりの形になっているので、後はフェニックスの羽根も一緒に組み合わせるだけだ。棒状の木に鉄の鏃をかぶせるようにはめ込み、反対側にフェニックスの羽根を張り付ける。拾った羽根なので形がバラバラだったが、どうにか百本ほどの矢を作ることができた。


「ふぅ……」


 さっきの刻印ほどではないが集中していたので、割と短時間で終わった。完成した矢を見ると、燃えているような矢羽がとても美しく、思わず放つのを躊躇してしまうほどだった。


 しばらくその矢を眺めていると、遠くから俺を呼ぶ声がする。どうやら夕食の時間のようだ。だがいつまでたっても、この部屋には誰も入って来ない。部屋の外、遠くの廊下で何回も俺を呼んでいる。……もしかして俺がどこにいるかわからないのだろうか。慌てて部屋を飛び出して、探しているであろうレベッカのもとに向かった。

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