二話
不死鳥フェニックス。空から飛んできたモンスターはドラゴンではなかったが、だからと言って油断できる相手ではない。俺が一対一で戦うにはかなりきついレベルだし、なによりレベッカを守りながら戦わなければならない。まあ、イヴなら一対一でも倒せるだろうし、そこまで心配しなくてもいいとは思うが。
この辺りのフィールドのボスであるフェニックスはレベル七十七でタロスより高く、山脈にいるドラゴンたちを除くと、このミゼリティ大陸最強のモンスターである。『エイジオブドラゴン』での出現条件は、確か二人以上五人以下のパーティーで一定時間同じ位置に留まるというものだった気がする。俺とイヴ、レベッカの三人パーティーだと認識されたのか、あるいはこの世界では条件など関係なく運なのか。それはわからないが、少なくとも目の前に近づいてきているフェニックスは本物である。
そのフェニックスが俺たちの上空で羽ばたきながら、こちらを見つめている。翼の先から先まではおよそ十メートル、頭の先から長い尾羽の先までも同じくらいの長さであり、もし地面に降りてきたらこの広場がフェニックスの身体だけで埋まってしまいそうなほどだ。
胴体の部分は黄色っぽく、体毛によって体の表面を炎が這い回っているように見える。一方翼や尾羽の先は赤っぽい色で、先に行くにつれて羽そのものが燃え盛る炎にしか見えなくなっている。体の中で炎を纏っていないのは、太く短いくちばしと四本の鋭い鉤爪を持つ足だけだが、どちらも炎などなくても簡単に人を殺すことが出来る凶器だ。
上空から睨み付けてくる様子は、どう見ても友好的な雰囲気ではない。巨大な翼で羽ばたくたびに強風が吹き荒れ、地上には砂埃が舞っている。地上五メートルほどで降下するのをやめ、羽ばたきながら空中で一定の高さに静止していた。大きすぎる巨体を比較的緩やかな羽ばたきのみで浮かせるという、明らかに科学法則に反しているその飛び方はやはり魔法が関係しているのか。
……というか空を飛ばれると、俺が何もできないからやめてほしい。一応〈海竜の水弾〉が一発だけなら撃てるが、それ以外に攻撃する方法がない。いくら腹部にダメージを喰らっていたとはいえ、タロスの腕ごと胴体を貫くほどだから、〈海竜の水弾〉の威力はすごいんだろうが、いまいち使いどころがわからない。……というかあんなのを俺は喰らったのか、よく生きてたな。
風切り音の後に甲高い鳴き声が響き渡った。どうやら既に戦闘が始まっているらしい。とりあえずレベッカに近づき、かばうように前に立つ。一応アイテムポーチから〈海竜の水弾〉を取り出し、手に持っておく。使うなら絶対にはずさない場面だけだ。
「イヴちゃんは大丈夫なの?」
レベッカが見つめる先では、イヴとフェニックスの一対一の戦いが繰り広げられていた。空中で静止するように羽ばたきながら、口から火の玉を吐き続けるフェニックス。その火の玉をひたすら動き回り避け続けながら、わずかなスキをついて矢を放つイヴ。その動きは戦いというより、舞踏のようだった。美しい。
心情的には俺も戦いに加わりたいが、レベッカを一人にすることはできないし、何より地面に降りてくれないと攻撃できない。……ここで〈海竜の水弾〉を使うべきだろうか。ちょうどフェニックスは空中で静止するように動かない。射撃に自信などないが、いまならこの距離でも当てられるだろう。……だが、下手すればあの火の玉の嵐がこちらにも飛んできて、レベッカを守り切れないかもしれない。
「……私のことはいいから、イヴちゃんに加勢してあげて」
その苦悩を見透かしたかのようにレベッカはそう言った。本当ならこの戦場から逃がしたいところだが、周りの森に逃げ込んだところで他のモンスターにあったら何の意味もない。それならまだ、この見晴らしのいい広場で俺がかばっている方がましだろう。
「……わかった」
〈海竜の水弾〉を構え、未だに空中で静止しながら口から火の玉を吐き続けるフェニックスに狙いを定める。現在のフェニックスの向きは、こちらから見て真横を向いており、完全にこちらのことが目に入っていない。イヴができるだけこちらから狙いを遠ざけるように動いてくれたようだ。
……チャンスは一回だけだ。大きく息を吐き、かすかに震える手で照準を定める。羽ばたきと共に上下している翼ではなく、胴体そのものを撃つつもりで狙い、引き金を引いた。噴出した水流は真横から翼に当たり、バランスを崩したフェニックスは木々を押しつぶすように地面に墜落する。追撃をしようと距離を詰めると、そこにはさきほどまでとは全く様子の違うフェニックスの姿がいた。
フェニックスはうつぶせに倒れているが、上体だけ起き上がってじっとこちらを見つめている。だが、その目にこちらへの敵意のようなものが全く感じられなくなっていた。こちらを見る目線に込められているのは、自らの愚行に対して慈悲を求める懇願か、あるいは強者に対する畏敬の念か。とにかくフェニックスにはもはや抵抗するつもりはないようだった。
すぐ触れ合える距離まで近づいても、ただじっと見つめてくるだけで、もちろん攻撃もしなければ威嚇をすることもない。こんな相手を倒してしまっていいのだろうか。どうすればいいのか戸惑っていると、後ろからレベッカの叫び声が聞こえた。
「待って!」
振り返るとレベッカがこっちに向かって走ってきた。彼女が一体何をしに来たのか。制止しようとしたが、レベッカはそのままフェニックスの目の前に進み、あろうことかその頭をなではじめた。それに対してフェニックスはレベッカが頭をなでやすいように頭を下げ、なでられている間も大人しくしている。まるでペットが飼い主になでられているような光景だ。
「これは……」
いつの間にか隣に来ていたイヴも不思議そうに首をかしげていた。俺と同じようにどうしてこんな状況になっているのかわからないといった表情だ。
確かに『エイジオブドラゴン』には、モンスターを手なずけて味方にする獣使いというジョブがある。そのジョブについている人ならフェニックスを手なずけることも可能だろうが、まさかレベッカが獣使いなのだろうか。まあ、鞭を片手に調教するというのは、確かにレベッカのイメージにはあっているのだが。
アイテムポーチから〈賢者の眼鏡〉を取り出して、レベッカを【アナライズ/鑑定】してみるが、アリシアと同じようにジョブの名前は出ず、レベル十一とだけ出ていた。やはり獣使いのジョブについているわけではないらしい。
……まあ、なぜフェニックスがレベッカに懐いたのかはわからないが、こちらに襲い掛かって来ないならわざわざ殺すこともないか。いろいろ考えているうちに面倒になってきたのでそう結論付けたあと〈賢者の眼鏡〉をアイテムポーチにしまうと、レベッカがとんでもないことを言い出した。
「……ねえ、この子飼っちゃダメかしら?」
レベッカは初めて会った時と同様に腕を組みしなだれかかってきた。娘とは違い、明らかに俺に媚びた様子でボディタッチをしながらお願いしてくる。娘たちのお願いは断れないが、これなら断ることができる……ような気がしないでもない。
あらためてフェニックスの方を見る。飼うには少々大きすぎるような気もするが、庭はとても広いので、家庭菜園をやっているといっても四分の三以上は手つかずの空き地になっている。なので、フェニックスが羽を伸ばせるほどの十分に広いスペースはもちろん、その巨体が自由に歩き回れるほど大きな場所もある。
だが、一体何を食べさせればいいのかとか、飼うために知っておくべきことや、そもそもフェニックスのことを何も知らないのに飼うのはどうなのだろうか。……まあ今まで野生で生きていたんだから、鎖なんかでつながなければ勝手に餌とか取って来るのかもしれないが。
「あの子たちもきっと飼いたいと思うはずだわ。ねえ、イヴちゃん」
レベッカは自分のおねだりがあまり効果を発揮していないと思ったのか、娘たちを味方につけることにしたようだ。
「う~ん、まあそうかもしれませんね」
レベッカだけならともかく、イヴまでそんなことを言い出したらさすがになにがなんでもダメというわけにもいかないだろう。改めてフェニックスをペットにするという事について考える。
『エイジオブドラゴン』では、獣使いと言う職業があるからかもしれないが、モンスターをペットにすることは設定上もそれほど珍しいことではなかった。そもそもモンスターというものが、ただ魔石を体内に持っている動物というだけで、別に人を殺すために存在しているというわけでもない。
それ故、別にモンスターをペットにすること自体について反対しているわけではない。ただ、あまりにもそのモンスターが大きく、強いことが問題なのだ。もしフェニックスが突然暴れ出したりしたらどうするのだろうか。少なくとも俺やレベッカではとてもじゃないが抑えきれない。
だが、利点もあるのは確かだ。フェニックスの強さなら、ドラゴン以外には負けることがないだろうし、番犬がわりにはなる。その大きな背中に乗せてもらえば便利な飛行手段となる。空飛ぶ飛行船より小さくドラゴンに見つかりづらいだろうし、空飛ぶ飛行船よりも速くたとえ見つかったとしても逃げることもできるだろう。……それに娘たちにとってもペットを飼うという事は、情操教育の効果もあるだろうし、生きがいの一つになるかもしれない。
しばらく悩んでいたが、最終的には娘のお願いがあったこともあり、許可することに決めた。
「……わかった、飼ってもいいよ」
「ありがとうクリス、愛してるわ」
レベッカはそう言うと、俺の唇に熱烈なキスをしてきた。急いで引きはがして、唇を腕で拭うが、イヴは見たことのないほど冷ややかな目線でこちらを見ている。
「……早く帰ろう。朝食の時間に遅れちゃいそうだ」
いたたまれなくなったので、ジョギングを途中でやめて帰ろうとすると、フェニックスが鳴き声を上げた。立ち上がって翼を大きく広げ、こちらに何かを伝えようとしているようだ。
……そういえばさっきの戦闘のダメージは大丈夫なんだろうか。一応最高ランクのポーションを取り出し、水流が当たった部分に振りかける。フェニックスは嬉しそうに鳴き声を上げ、顔を擦り付けてきた。
「……もしかして、乗せてってくれるのかしら?」
レベッカがそう尋ねるとフェニックスは頷き、背中に乗りやすいように体を前に倒して、体勢を低くした。三人が乗ってもまだまだ広いスペースがある大きな背中は、炎が這いまわっているように見えるが熱さを感じることはない。前からイヴ、レベッカ、俺の順番に乗ったが、イヴはレベッカに後ろから抱きしめられた際にものすごく嫌そうな顔をして俺の顔を見ていた。……一体何だったのだろうか。
フェニックスが大きく翼を羽ばたかせて空に飛びあがる際は、多少上下に揺れたが、一度高く飛び上がると非常に安定していた。乗っている俺たちが落ちないように配慮してくれているのか、別にしがみつかなくても安定して乗ることができる。わずか一分ほどの空の旅だったが、これだけでペットにして良かったと思えるような、また乗りたくなる楽しくて快適な飛行だった。




