プロローグ
まだ明けきらない早朝の寝室に、控えめなノックの音が響き渡る。大きなベッドの上で全裸で抱き合って眠っていた男女。そのうち、女はその音に目を覚ましたが、男は無反応のまま幸せそうに眠っている。
「ふぁ~い」
あくびをしながら女がそう返事をすると、扉の空く音と共にまだ幼さの残る美少女が入ってきた。彼女は、ベッドから起き上がって上半身裸のまま大きく伸びをしている女を見ると、一切の表情を消す。
「……何しているんですか、レベッカさん」
表面的には無機質な、しかし内心では様々な思いがうごめいているような、抑揚のない声でイヴはレベッカに尋ねる。だが、レベッカはそんなイヴの反応を全く気にせず、何事もないようにあっけらかんと答えた。
「ん? 背伸びだけど?」
レベッカが身じろぎするたびに柔らかそうにプルプルと揺れている、大きく形のいい胸。両手に収まりきらないほど大きい釣鐘型の胸は、一応同性であるイヴの目さえも引き付ける。
お父様はこの胸にたぶらかされたのだろうか。そんなことを考えながらイヴが羨望と嫉妬を込めた目で見ているとレベッカがいたずらっ子のような笑みを浮かべる。
「ふふふ、そんなに胸ばかり見て、おっぱいでも吸いたいの?」
「ありえません!」
色々と怒りに任せて言いたいこともあったのだが、今のやり取りで毒気を抜かれたイヴ。彼女は改めてレベッカと父親のことを考えてみる。まあ、確かにレベッカのことは嫌いではなかったが、それとこれとは別問題だった。
ちなみにレベッカの下半身とクリスの全身は掛布団のせいでイヴには見えなかったが、クリスの娘たちの中でも一番大人びているイヴには、布団の中がどうなっているかも、昨日何があったのかも大体推し量れてしまうのだった。
イヴは大きくため息をつき、『だからあの子たちは子供なんだ』とか『こうなることは目に見えていたのに』とか『多数決などなければ』などと床に座り込みながらぶつぶつと呟いている。
そんなに嫌がられているのだろうかと思い、レベッカはどうにかイヴに機嫌を直してもらおうと話しかけた。
「……そんなに拗ねないでよ。別に私のことを母親だと思ってくれなんて言わないわ。でも、結局今の私とクリスじゃこうするしかないのよ。……私はあなたたちがうらやましいわ」
「……言っている意味がよく分かりません」
膨れたままの顔でイヴは答える。その子供らしい表情にレベッカは微笑むが、ふと真面目な顔になって口を開いた。
「ねえ、愛ってなんだか考えたことがある?」
「愛……、ですか? ……よくわかりません」
いきなりそんなことを聞かれたイヴは目を白黒させている。
「そんなに難しく考えなくていいのよ。……あなたたちはクリスの事愛してるんでしょう」
「そう……、ですね、愛してると思います。……でもそれとあなたの言っている愛とは……」
イヴの言葉が終わらないうちに、レベッカは話し出す。胸にあふれる思いをすべて吐き出すように。
「私は結局のところは同じだと思うわ。……愛っていうものは、相手と一つになりたいものなのよ。だから体を重ねたり、言葉でお互いの心を話し合ったりするの。……そうしないと不安だから、私も含めてね」
「あなたも……ですか。……でもどうして私たちがうらやましいんですか?」
イヴは不思議そうな顔で尋ねると、レベッカはクリスの横顔を眺めながら口を開く。その顔には羨望とも嫉妬ともつかない表情が浮かんでいた。
「あなたたちはそんなことをしなくてもクリスと通じ合っているみたいだわ。まるで、体とか心とかよりもっと深いところ、例えば魂そのものがつながっているみたい」
「たましい……。よくわかりませんが、私は体も心も全てお父様に作っていもらいました。魂というものがあるとしたら、それもお父様に作ってもらったのでしょう。……そう言う意味では私たちはお父様の一部であるとも言えるかもしれません」
イヴは胸に手を当て、目をつぶった。レベッカに言われたことを改めて考えてみると、心の中が温かいもので満たされるような気がした。
「……私はクリスの事愛してると思う。でも、あなたたちほど深くつながっていないわ。この屋敷での生活は楽しいことばかりだけど、ふとした瞬間に孤独を感じることがあるの。私だけがつながっていないんじゃないか、一人ぼっちなんじゃないかって。だから、せめて体だけでもクリスとつながっていたいのよ。……やっぱりダメかしら?」
未だに寝ているクリスの頭をなでながら、レベッカはそんなことを言う。その目は真剣な表情をしていたので、今更ながらイヴも彼女の思いが本気であることを知った。
「……なるほど、まあ私の気持ちはともかく、頭では理解しました。……それを認めることがあなたにとっても、そして多分お父様にとっても一番いいことだという事も。……その代わりお父様が嫌がるようなことだけはしないでくださいね」
「……ありがとう」
レベッカは感極まったのか涙をこらえられないようだった。泣いているところを見られたくないのか、うつむいているが体が震えている。イヴはどうしていいかわからずおろおろとするばかりだった。
「……それから、もうあなたも家族みたいなものですから、遠慮なんてしないでください」
レベッカが落ち着くと、イヴが横を向いて呟くようにそう言った。その顔は照れているのかほんのり赤みを帯びている。
「ふふっ、ありがとう。……でも、クリスとは仲良くなれたけどほかの子とはまだ仲良くなってないのよね。遠慮しないでっていうんならそうさせてもらおうかしら」
泣き止んだレベッカはイヴを抱き寄せ、そう言った。子供のような笑みを浮かべ、イヴの未熟な体をまさぐり始める。イヴは最初は抵抗していなかったが、段々顔を引きつらせていった。
「は、離してください、なんか手つきがいやらしいです。……まさか私たちともそんなことをするつもりじゃないでしょうね」
「あら、私はどっちもいけるけど。それにあなたたちとも仲良くなりたいし……」
その言葉を聞いた途端、イヴは無理やりレベッカを引きはがし壁際まで後ずさりする。自分の腕で体を抱きしめ、信じられないものを見るような表情でレベッカを見ていた。
「き、危険ですね。……レベッカさんの相手はお父様に任せましょう。それじゃあ朝食の用意をしますので失礼します」
乱れた服を直しながら、イヴは脱兎のごとく部屋から逃げ出した。レベッカはその姿を微笑みながら見送り、未だに起きないクリスの顔にいたずらし始めるのだった。




