エピローグ
「さて、準備はいいな」
人を見下したような目をしている金髪の男、ピエール・セルトーが手下の屈強な男たち三人を集めて、最後の作戦会議を行っていた。
時刻は夕暮れ時で、場所は東地区の路地裏。ちょうど東地区の大通りからも徐々に人が消え始める時間帯で、大通りは帰りを急ぐ人がちらほらと見かけられる。
「目標はあの娘たちだ」
ピエールたちは東地区の路地裏に隠れながら、大通りを歩いている二人組の少女、エンキとエンリルを指さしていた。
「いくらあのローブ野郎が強いと言っても、人質を取ればそうそう襲い掛かっては来れない」
――ピエールは諦めていなかった。レベッカの借金一億ルコンを取り立てることを。それだけの金があればこの組織を更に大きくすることが出来る。それにあれは俺が借りさせた金だ。それをいきなりドミニクがチャラにするなんて言っても納得できるわけがない。
――ピエールは失望していた。クリスに対するドミニクの態度は、まるで大きな力にすり寄るよう犬のように見えた。こんな軟弱な男は自らの上に立つにはふさわしくない。ならば代わりに俺が立つしかないだろう。
――ピエールは覚えていた。ドミニクが、クリスにとってその少女たちはとても大切な存在だと言っていたことを。ドミニク自体には既に失望しているが、彼の人や物を見る目は確かだ。それ故、クリスやレベッカと一緒にいたという娘たちの情報を集め、外見の特徴を知った。
――ピエールは決意した。その娘たちを誘拐し、身代金をクリスに要求することを。その罪はすべてドミニクになすり付け、あわよくばクリスとドミニクを相打ちにさせる。そして俺が新しい裏社会のボスになるのだ。
そう、ピエールにとって運命を左右する時がすぐそこに迫っていたのだ。
「要求をのまなかったらあの少女たちを売りさばくのもいいかもしれないな。良い値が付きそうだ」
ピエールがそう言うと、手下の三人が次々に下卑た笑みを浮かべる。
「売る前に一発ぐらいヤらせてくださいよ。俺は右の奴がいいな」
「金のついでにレベッカの身柄も要求しましょうよ。今度は逆らえないでしょう」
「そりゃいいな。あいつと一遍ヤってみたかったんだ」
「おいおい、レベッカは大切な商品だ。あんまりやりすぎるなよ」
ピエールも含めた四人はこの作戦が絶対に成功すると確信していた。成功した後の夢を見ているばかりに、ドミニクが常日頃大切だと言っていた、人を見る目が曇っていたのだ。
「じゃあ俺が二人を路地裏まで呼ぶから、隠れているお前たちが取り押さえろよ。絶対に逃がすんじゃねえぞ」
ピエールがそう言うと、手下の三人は黙ってうなずく。その顔はすでに真剣な表情になっており、彼らの本気具合が推し量れる。その表情を見て満足そうにうなずいてから、ピエールは大通りに出た。
二人に向かって歩くピエールの全身はかすかに震えていた。
彼女たちはその容姿ゆえにとても目立つ。連れ去る様子はおろか、話しかけている場面を見られただけでも、その印象は目撃者に強烈に頭に残ってしまうだろう。そして、誰か一人でも目撃者がいたならば、あのドミニクはピエールたちの仕業だとたどり着くだろう。そのくらいあの男はこのディアリスに精通している。
ゆえに彼女たちがこのディアリスに来ていて、なおかつ誰も周りを見ていない時間。つまり店も閉まって皆帰りを急いでいる、夕暮れ時のこの時間しかチャンスがなかった。今を逃したら次のチャンスはいつになるかわからない。今日は千載一遇のチャンスだったのだ。
ピエールは大通りを歩いていた二人、エンキとエンリルに向かってできるだけやさしい顔と口調で話しかける。
「あの、そこのお嬢さんたち、ちょっと話があるんだ。……クリスさんという方の事で、できれば人のいないところで話したいんだけど」
ピエールがそう言うと二人は顔を見合わせ、あっさりピエールの後ろについてくる。ピエールは作戦の成功を確信し、路地裏まで先導して歩いている最中も、にやけ顔を抑えるのに必死だった。
ピエールははだれにも見られないように早足で路地裏まで彼女たちを誘導すると、それまでの優しそうな雰囲気を一変させ、手下たちに命令を下す。
「今だ!」
路地裏に隠れていた手下の男たちが、二人を捕まえようと手を伸ばした。こんなに簡単に成功するのかと、ピエールも手下の三人も拍子抜けしていたところにその悪夢が襲ったのだ。
その瞬間、ピエールは目の前で起こったことが理解できなかった。頭から股間まで縦に両断された手下の一人。その断面からは臓物が流れ落ち、血が間欠泉のように噴き出している。血が全身に降り注いでいるが、ピエールと手下二人は呆けたようにその光景を眺めていた。
まるで現実味のない状況にピエールは何が起こったのかが理解できない。赤い液体が噴き出しているあのオブジェは何なのか。さっきまでそのオブジェがあったところにいた手下の一人はどこへ行ったのか。自慢の頭脳は全くと言っていいほど役に立たなかった。
「あっ、……変な奴に触られたからつい殺しちゃったけど大丈夫かな。お父さんに怒られたりしないかな……」
エンリルがちょっと失敗したかなといった表情で隣にいる少女に聞く。その手には真っ黒なグラディウスが握られているが、その刀身には血もついていない。
「……まあ、やってしまったものは仕方ありません。幸い、どうやら犯罪者みたいですし、殺しても問題ないでしょう。……ただ、こういう時は目撃者を全て消さなければ後々面倒になるらしいので全員殺しておきましょう」
エンキが屈託のない表情でそう言った。手に持っているカトラスが一瞬ぶれたかと思うと、頭のなくなった二つ目のオブジェが完成する。真っ黒なカトラスの刀身には同じく血が付いていない。
「了解~」
エンリルも心配事がなくなったような明るい表情で、斜めに両断された三つめのオブジェを作り出す。その表情はどこか、アリを踏み潰して笑っている無邪気な子供のような印象を受けた。
ピエールは既に一人きりになっていたが、未だに思考が停止して動けなかった。二人が近づいてきているが、そんなことも目に入らない。
(そうか、これは夢なのか)
ピエールがそう思った次の瞬間、彼の夢は終わりを告げた。




