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四話

 エントランスに着くと、そこは百人ほどの少女たちでごった返していた。目に入って来るのは色とりどりの花のつぼみ、香ってくるのは濃厚な少女特有の甘い香り。耳には小鳥のさえずりのような、少し騒がしいがずっと聞いていても飽きない声が響き渡る。そのエントランスはまさに乙女の園といった風情だった。


「なんだこれ……、いやこれが普通なのか?」


 朝からいままであまり会わなかったが、この屋敷には千人も娘がいるのである。てっきり自分の部屋にいるのだろうと思っていたのだが、みんな外出していたのだろうか。そんなことを考えていると、両腕に衝撃が走る。誰かに抱き着かれたようだ。目線を下げると二人の少女が腕を絡めてきていた。


「んふふー、……えへへー」


 右腕に抱き着いているのは、錆色のセミロングの髪を二つのおさげにした、少々釣り眼の少女ネフティスだ。現在はその釣り眼気味の目じりを下げ、何が楽しいのか分からないが笑いが止まらないようだ。……固い。いや、別に悪いというわけではないが。



「……気持ち悪いですね」


 左腕に抱き着いている、撫子色のロングヘアをツインテールにした、リボンが特徴の少女タウエレトがネフティスを見てそう呟く。自分も腕に抱き着いているが、ネフティスの様子には少し引いているらしい。……柔らかい、ネフティスよりも。いや、だからどちらがいいというわけではないが。



「もしかして二人も一緒に散策に来てくれるのか?」


 イヴに、暇そうな子も散策に誘ってくれないかと言ったことを思い出し二人にそう尋ねた。ネフティスからは未だにトリップしていて返事がなかったが、タウエレトが答える。


「ええ、一緒に行かせてもらいます。……もっとも、私たち二人だけではありませんが」


「えっ、それって……」


 タウエレトにその言葉の意味を尋ねようとしたとき、丁度イヴが小包を抱えながら小走りで近寄って来た。


「待たせちゃってごめんなさいお父様。準備できました」


 イヴは申し訳なさそうに眉を下げる。五分ほどしか遅れていないが、根が真面目だから気にしてしまうのだろう。とりあえずフォローしなければ。


「あ、ああ。昼食も用意してくれるのに一時間は短かったかな、ごめんね。それで、持っていくものはそれだけでいいのか?」


 イヴが遅れたことを気にしないように別の話題を振る。


「はい、お弁当とシートは持ちましたし、武器や防具は《アクティベート》のスキルでいつでも着替えられますから」


 《アクティベート》とは自動人形のスキルの一つで、普段着に設定している服と戦闘用に設定している武器や防具を一瞬で着替えるスキルである。普段着から戦闘着、戦闘着から普段着に一瞬で着替えられる《アクティベート》は、『エイジオブドラゴン』では、もともと自動人形専用スキルであったが、オシャレを追及する一部のプレイヤーから、ぜひプレイヤーのスキルにも追加してほしいという要望が殺到し、ついにはプレイヤーにも実装されたという経緯を持っている。

 もっとも、オシャレなどには気を使わなかった俺はスキルを覚えてはいないのだが。……便利だな、戦闘中だけだったら俺もあのド派手な絡繰師一式の装備を着ていいかもしれない。そんなことを考えていると、だんだん周りに娘たちが集まって来た。どの少女も満面の笑みを浮かべて近づいてくる。何か打算があるのだろうかと一瞬思ってしまうが、娘たちのなんの邪気もない笑顔を見ているとそんなことを考えた自分がとても汚い人間に思えてくる。


「そういえば、ここにいるみんなは今から外出するのか? 気を付けてな」


 未だに両腕を二人に組まれているから、手も振れないが、一応見送りの挨拶だけはしておく。


「何言ってるの、お父さん。お父さんの近くに集まって来てるのは一緒に行くからに決まってるじゃない。壮絶なじゃんけん大会を勝ち抜き、姉妹の怨嗟の声を踏み越えてようやく三十人に絞られたんだから」


 ようやくトリップから返ってきたネフティスが、さも当然のように言う。


「えっ、三十人も一緒に行くのか?」


 驚いて尋ねると、イヴは苦笑いしながら答えた。


「多すぎましたか? でもお父様の護衛にはそれくらい必要かなと思いまして。でも大変だったんですよ、三十人に絞るのも。全員が行きたいって言い出して。」


 そう言われて見渡すと、娘たちの中には俺の近くに来て嬉しそうにはしゃいでいる子とそれを少し遠くから羨ましそうに見ている子がいた。おそらく後者は一緒に行けない子たちなのであろう。その子たちの顔を見ているとなんともいえない罪悪感がふつふつと湧き出してくる。


「まあ、散策くらいだったらいつでも行けるから、今回いけなかった子はまた明日にでも行こうよ。一日三十人だったら一か月ちょっとで全員と行けるし」


 そう言った途端、エントランスのボルテージが一気に上がり、爆発した。


「本当!? お父さん!」

「約束だからね!」


 自分に向かってくるすさまじい熱気に、二の句が継げないでいるとイヴが混乱を収めようと大声で叫ぶ。


「あー、もー、静かに!取りあえず、明日からのことは帰って来てから決めるから、今日行かない人は帰ってください!」


 なんとかイヴが混乱を収め、エントランスには一緒に散策に出る三十人が残った。朝からイヴには世話になりっぱなしだなと、自分の甲斐性のなさを自嘲していると、イヴが少し申し訳なさそうな顔で尋ねてきた。


「ありがとうございます、みんなと行く約束をしてくれて。でもよかったんですか、約束しちゃって。何か用事があったりは……」


「別にかまわないよ、ここに引きこもっているのは体に悪いし、まだここで何をすればいいのかもわからないしね。それに一つだけ決めたことがあるんだ、父親になる努力をしようって。娘たちのかわいいおねだりくらい聞いてあげないとね」


 そう言って、組まれている両腕を引き抜き、イヴの頭をなでてやると、少女は嬉しそうに目を細めた。


「あー! ずるーい」


「私にも……」


 ネフティスが叫ぶと、タウエレトも控えめに主張する。その光景を見ていた少女たちも我先にと頭を向けてくる。


「も、もう早く出発しますよ」


 イヴは照れ隠しにそういうとさっさと出て行ってしまったので、残された俺は全員の頭をなでる羽目に陥るのであった。

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