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五話

 部屋の中に入ってきたのは二人の男だった。一人は老人でもう一人は商人のような姿をしている。一瞬だれか分からなかったが、すぐに記憶がよみがえってきた。


「覚えてるか? 一週間前、お前が行った武器屋と魔道具屋の店主だ。この二人が面白い客が来たと俺に教えてくれてな。そいつに会ってみようと思ったわけだ」


 そう。魔道具屋で魔石を売った老人と、武器屋でミスリル製の粗悪品を売りつけようとした商人風の店主だ。老人の方は下を向いておりどのような顔をしているのか分からないが、商人の方は相変わらず揉み手をして、こちらの、……いやドミニクの機嫌をうかがっている。


「そう言えばその日はレベッカ、お前が飛び出していった日でもあったな。そのお前が緑のローブ姿の男と、幼い少女たちと一緒にいたという目撃情報もある。その日のうちに男を捕まえるなんて、さすがはレベッカ・マルセルだな……」


 そう言うとレベッカから目線を外し、俺の方に目線を向ける。


「ならばその幼い少女たちっていうのはクリス、お前の身内か? レベッカには、自分を売った父親しか身内がいないはずだからな」


 娘のことを持ち出され、不快感とイラつきが最高潮に達する。もし次に娘たちのことを話題に出して、あまつさえ脅そうとするならば、後のことなど考えずにここにいる全員を皆殺しにしてやろうかという危ない考えが頭をちらつく。


「てっきり南地区だけの主だと思っていたんだがな」


 最悪な機嫌を隠しもせずそう吐き捨てる。ドミニクは、俺の感情を感じ取ったのか、それ以上娘たちのことを話題にはしなかった。


「これでも一応ディアリスの裏社会の王を自称しているんでな。……もっとも東地区は商人や職人同士のつながりが強いから、ほとんど配下に置けないんだが」


 そうして二人の方を向き、それぞれを俺に紹介する。老人のほうがジャック、商人のほうがフィリップというらしい。


「この二人もフィリップは俺の部下だが、ジャックは資金提供をしているだけの一般人で、俺の配下じゃない」


 こいつらがドミニクに関係していることを知っていて、レベッカはあの二つの店に俺たちを案内したのだろうか。そう思いレベッカの方を見ると、顔を青ざめさせていた。少なくとも俺には演技に見えない。だが、彼女は俺が見破れるほど単純な演技はしないだろう。


 ……いや、俺は一週間前レベッカを信じると決めた。その理由が娘たちがレベッカを信じたからというものではあったが、それでも一度信じると決めた人を疑うのは恰好悪い。娘たちの友人でもあるレベッカを疑うようなことはやめ、再びドミニクの方を向いて尋ねる。


「それで、面白い客っていうのはどういう意味だ」


 話を聞いていても、いったいなぜ俺を仲間にしたいのかがいまいち分からない。


「ジャックからはいきなり高級な魔石を惜しげもなく売った客だと聞いている。そして、フィリップからは、……ミスリルの武具の粗悪品を見分けるほどの目を持っている客だとな。……俺は強い奴と賢い奴が好きだ。弱い奴らや馬鹿な奴らも嫌いじゃないが、そいつらはあくまで俺の中では俺の配下に過ぎねえ。できる限りは守ってやるが所詮は配下、俺の命に並ぶほど重要な奴らはいねえんだよ」


 そう言ってドミニクは周りを見渡す。部屋の中には俺たち以外の者も多くいるが、一体どれだけの人間がドミニクのいう“仲間”なんだろうか。俺もドミニクにつられて部屋を見回しながらそんなことを思っていると、ドミニクは真っ直ぐにこちらを見つめ、ニヤリと笑う。


「俺は常々、そいつらを一人の人として尊敬できるような、そいつらのために命を懸けられるような、そういうやつらと仲間になりたいと思っている。だがそれには俺に匹敵するような頭の回転や腕っ節の強さがなければならねえ。……そこでクリス、お前のことを聞いたんだ」


 ドミニクは笑うのをやめ、真剣な表情で語りかけてくる。


「上質な魔石を惜しげもなく、値段の交渉もせずに売る。最初はただの金持ちの坊ちゃんが魔石の価値も知らんまま、家にあったものを売りに来たのかとも思ったがどうも違うらしい。なぜだか分かるか?」


 ドミニクはそう尋ねてくるが、俺には分からない。沈黙を守っているとまたドミニクが話し始める。


「なぜなら、その魔石は観賞用に研磨や加工がされていない、モンスターを倒して体内から取り出したままのような姿だったからだ。普通、金持ちが上質な魔石を手に入れた時は、より美しく見えるように加工をする。そもそも上質な魔石そのものが自分の富を表すような観賞用にしか使われることがないからな」


 ドミニクはそこでもったいぶるようにいったん話を止め、テーブルに置いてあったコップに瓶から液体を注ぐ。注ぎ終わるとそれには口をつけずに再び口を開いた。


「そこから導き出せる答えは一つ。お前が高級な魔石を落とすモンスターを、倒せるほど強いらしいという事だ。……そしてそれは実際にお前と相対して確信した。お前は俺よりも強いということをな……」


 ドミニクはコップに入っている液体を一気に飲み干す。多分酒なんだろう、アルコールの匂いがするが、俺が酒に疎いこともあって何の酒かは分からない。一気に飲み干して一息ついたようだった。


「そして、ミスリルの武具の粗悪品を見破れるほどの目利きができる。あの商品たちは、馬鹿な奴らから金を巻き上げ、俺たちの重要な資金源になっている。だが、フィリップの話では明らかに不審な目を向けていたと言うから、粗悪品だという事に気が付いて、買わなかったらしいな」


「……まあな」


「物事を見る目……生き残るのには一番必要な力だ。それにこうやって話していても、頭の回転は悪くなさそうだ。俺の前だと言うのに度胸もある。たいていの奴は俺のことを知らなくても、俺の姿にビビってへりくだるんだがな……」


 そこで再びドミニクは話をやめる。今回は酒を飲まず、何かを考え込んでいるようだった。口を開きかけ、それを途中でやめるなど、どうも何かを話そうか話すまいか迷っているような様子に見えた。


 すると、ドミニクはいきなり俺を手招きしてきた。ソファの一番手前に腰かけ、テーブルの上に身を乗り出すように近寄ると、ドミニクも同じようにして頭を近づけて囁く。


「……それからこれは未確認情報なんだが、ついこの間即位したアリシア女王には、とある懐刀がいるらしい。なんでもそいつは真っ黒なローブを頭までかぶっていていつも顔を見せず、素手で人をミンチにするそうだ。その配下の、同じく真っ黒な騎士たちは兵士たちを武器や防具ごと真っ二つにするらしい。……まあどこまで本当か分からないが、とにかく女王に軍部さえ相手にならない強力な配下が出来たことは間違いない」


 ドミニクがそこまで言い終わってから、またソファに深く座った。内緒話は終わりのようなので俺も同じくソファに深く座る。


「もし女王が俺たちを潰そうとしてきたらそいつらと戦わないといけねえし、それには強い仲間がいる。……クリス、お前はまさに俺の探していた、仲間になれる存在だ。どうだ、このディアリスの裏社会を一緒に支配してみねえか。……それがお前を呼び出した理由だ」


 そう言ってドミニクは話し終える。話したいことは全て言って、後は俺の返事を待っているようだ。いつの間にか、俺の中で一時最悪だったドミニクへの感情も落ち着いてきていて、冷静に考えられるようになっている。


 さて、俺はどうするべきだろうか。といっても答えは既に決まっているんだが。両腕を両隣の商売女の肩にかけ、返事を待っているドミニクに向かって口を開いた。

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