四話
案内された場所は、とある建物であった。ここにたどり着くまで静まり返った路地をいくつも通り、はっきり言ってここがどの辺りなのかさっぱりわからない。ぐるぐると同じところを回り続けているような気もしたし、そうではなく目的地に一直線に向かっているような気もした。とにかく今現在の位置が分からないほど歩いてたどり着いた場所だった。
建物は二階建ての石造りの家で、窓にはガラスもついている。使用されている石は皆均一な大きさと形、そしてベージュの色を持ち、遠くから見ると一体何で出来ているか分からないほど壁はきれいで滑らかだった。もちろん城や俺の家ほどではないが、明らかに今まで見てきた南地区の家々とは異なり、金がかかっていることが分かる。
よく見ると周りの建物も同じく石造りで作られていて、この建物ほどではなくてもきれいで清潔感がある。地面はきちんと石畳が敷かれており、道路も幅が広く馬車一台なら通れるほど大きい。少なくともさっきまでの木造の家が密集していた場所ではありえないほど立派な一画の中にその建物はあった。
本当にここはさっきまでいた場所と同じ南地区なのだろうか。……まあ、ここが南地区でもそうでなくても、それを知ることにあまり意味はないのだが。
金髪の男は入り口にいる用心棒のようなガラの悪い男たちと二、三言葉を交わすとその建物の中に入って行ってしまう。置いて行かれたような形になった俺とレベッカも、今更逃げ出すのもどうかと思い中に入ろうとすると、やんわりと前に手をかざされて制止されてしまう。
「今、ピエール様がドミニク様に来客を知らせに行ってますので少々お待ちください」
用心棒の方を見上げると、丁寧な口調とは異なり明らかにこちらを馬鹿にしたような、気に入らないものを見るかのような表情で睨んでくる。だが、ガラの悪い用心棒のような男たちが、形式上だけでもそんなに丁寧な言葉を使うのに驚いた。
心の中では、こちらを見下しているがそれを口調には出さない。つまり、そういう教育を上の人物から受けているという事だ。ならばその上の人物とは誰か。下っ端に言われたところでこの強面な男が聞き入れるとは思えないから、それはここの主にちがいない。ここの主は、慕われているのか恐れられているのかは知らないが、大きな影響力を持つのは間違いないらしい。
そのまま三分ほど待っていると家の中から金髪の男が出てきた。
「お待たせしました。それでは中にどうぞ」
先導されるままに家の中に入る。一階の廊下をずっと先に進み、階段を上って再び二階の廊下を進む。途中に部屋がいくつもあったが、扉が閉まっていたので内部の様子は分からない。外から見ると窓がたくさんあったのに、通っている廊下にはそれがなく、昼間なのに薄暗い。天井から吊り下げられた光晶石が照らし出しているが、その光も数が少なく弱々しいものだった。
金髪の男はとある部屋の前まで行き、その部屋の前にいる男と再び会話をしている。二、三言葉を交わすと今度は一人で中に入ることはなく、こちらを向いて話しかけてきた。
「さて、着きました。この中にいらっしゃるのが、ディアリスの裏社会の王、ドミニク・ガッサンディ様です。くれぐれも失礼のないように、でないとあなた方の命の保証はできませんよ」
そう言って金髪の男――名前はピエール・セルトーと言うらしい――は扉を開く、中に入るとまず香水の匂いが鼻をつく。その部屋には窓がなく、その代わりに光晶石がいくつか置かれているが、薄暗い。壁には武器が飾られているが、それ以外に変わったところは特になく、置いてある家具もテーブルとソファくらいだ。
入り口から見て正面にはソファ二つがテーブルを挟んで向かい合うように設置されている。さらに部屋の左右の壁際には屈強な男たちが立ち並んでおり、主の警護と客を威圧させる仕事を兼ねているのだろう。
入り口から見てテーブルの向こう側の黒い革のソファにはスキンヘッドの巨漢の男が、足を組み尊大な様子で座っている。座っているので身長はよく分からないが少なくとも俺よりは大きいだろう。だが、それより目を引くのはその厚みだ。横にも前後にもぶ厚く、腕や足も丸太のような男は、その体毛の濃さも相まってまるでクマのようだ。その男の両側には、ド派手なドレスを着たいかにも商売女といった雰囲気の女二人が巨漢の男にしなだれかかっていた。
「ようこそ、客人。俺がこの辺りの頭をやってるドミニク・ガッサンディだ。……それからレベッカも久しいな、あいかわらず、……いや前以上に美しくなってるんじゃないか?」
ニヤニヤ笑いながらドミニクが話しかけてくる。よく見ると顔は笑っているが、目は油断なくこちらを観察していた。
ソファに向かい合って座ると手を出してきたので、握手をする。その力はこちらの手が痛いほどだった。手を放し、何気なくレベッカを見ると、ソファには座らず立ったままだった。
巨漢であること、どことなく猛獣を思い起こさせることという点では、多少ジルベールに似ている。だが、ジルベールはあくまで貴族然とした品性を持った、どこか誇りある生き物――例えばライオンのような――のイメージを抱かせるのに対して、ドミニクは同じく強いことは確かだが、よく言えば知能的、悪くいえば狡猾な印象を抱かせる。
おそらく裏社会で生き抜き、トップに上り詰めるためには腕っ節の力だけではなく、人を見る目や政治力なども必要になるんだろう。
「……そんなことはどうでもいいから、なんでこの人も一緒に呼んだの。私の借金のことはともかく、この人には何の関係もないはずよ」
レベッカが表情を殺し、睨み付けるようにドミニクを見る。ドミニクはそのレベッカを見ると、何がおかしいのか笑い出した。
「くくく。……散々男たちを転がして金を巻き上げてきたお前が、一丁前に男の心配か。まるで恋する乙女のようだな」
「っ!」
レベッカは怒りとも羞恥ともつかない微妙な表情でドミニクを睨み付けるが、ドミニクは意にも介さない。
「まあ、お前にとってはそう悪い話じゃない。……まずは名前を聞いてもいいかな、客人」
ドミニクはそう言ってこちらを見る。
「……クリスだ」
俺がそう答えると、ドミニクはニヤリと笑う。まるで猛獣に獲物として狙いを定められたような気がして、背中にじわりと汗がにじんだ。
「ふむ、クリスか。……そうだな、単刀直入に言えば、クリス、俺の仲間にならないか? ……そうすれば、レベッカの借金は帳消しにしてやる。」
いきなりこいつは何を言っているのだろうか。冗談かと思ったが、ドミニクの表情はさっきまでのニヤニヤ笑っている顔ではなく、どこまでも真剣だ。
「お前の奴隷として、妾として囲おうが、前と同じく働かせようが、何しようが自由だ。こちらからはもう二度とレベッカについては干渉しない。俺たちの仲間になるだけでこの女が手に入る、悪い話じゃないだろう?」
「ふざけないで! この人は関係ないって言ってるでしょう。……借金なら私がすべて返すからこの人には関わらないで」
レベッカが切羽詰った様な顔でドミニクに訴える。だが、それを聞いたドミニクは何がおかしいのかニヤニヤと笑っている。
「どうやってクリスを落としたのかは知らんが、男をその色香で惑わし、騙し、狂わせる。父親からここに売られてからずっとやり続けてきたことと同じだろう。今更何をためらってるんだ。……もしかして本当に惚れたのか? まあそれならそれでかまわんだろう、クリスさえ俺たちの仲間になればすべては丸く収まる」
レベッカは俺をドミニクに関わらせまいとしているが、ドミニクはレベッカの主張を聞き入れる気はないようだ。俺の意見も聞かずに、既に俺が部下になる前提で話している。
俺が意見を言ってもいないのにまたしても俺を置いて勝手に進んでいく会話。俺に関係のない話ならともかく、むしろ俺の話なのに俺を除いた二人で白熱する会話。いろいろと気に入らないことばかりだった。
「なぜ、今日初めて会った俺をいきなり仲間にしようとする。仲間なら周りにたくさんいるだろう」
二人で白熱している会話に水を差すようにそう言った。これだけの配下に周りを囲ませないと安心して会話できないのか。そういった気持ちも込め、不機嫌な内心を隠しもせずに、低い声で吐き捨てるようにそう言ったが、ドミニクは気付いているのかいないのか、相変わらずニヤニヤとしている。
「ふむ、そうだな。それは……実際に見てもらったほうが速いだろう。おい、中に入れろ」
ドミニクはだれに向かって言うでもなく、大声でそう言った。三分ほどすると中に見覚えのある二人の男が入ってきた。




