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二話

「ねえ、お父さん」


「んあ?」


 南館の三階にある大部屋で寝転がりながらうとうとしていると、隣に寝ている深紫色のロングヘアをした比較的スタイルのいい少女エンキが話しかけてきた。大部屋には布団が敷き詰められ、ここはだれの布団だという区分けがなく寝る場所もごちゃごちゃである。


 隣に寝ていると言っても一緒の布団に入り込んでいるので右腕にエンキの温もりを感じるほど近い。最初はこの状況に慣れずなかなか寝付けなかったが、一か月もたつともうすでに特に何も感じなくなり、すぐ眠ることが出来る。


 時は既に十時を回っていて、暗い部屋の中には月の光が差し込んでいる。うとうとし始めたころに話しかけられたので、やや不明瞭な返事をしてしまった。


「どうしてレベッカをこの家に住まわせようと思ったんですか?」


 上を向いて目をつぶっていた顔を右に倒すと、エンキがじっとこちらを見ていた。


「……みんなはレベッカが来ない方がよかったか?」


「そんなことはないです。レベッカが来て楽しいし、初めて友達が出来ました。いろいろ教えてもらうこともありますし、私たちから教えてあげることもあります。でも……」


 その先を左隣にいる、縹色のロングヘアをした、エンキとよく似ているがスタイルは負けている少女エンリルが引き継いで言った。


「お父さんって信用した人しか私たちに会わせようとしないような感じがするから。どうして出会ったばかりのレベッカを信用して、一緒に住まわせようと思ったの?」


「う~ん、そうだな……。……強いて言えば、みんなとすぐ仲良くなったからかな」


 左を向くと、エンキと同じようにエンリルもこっちを見ている。そのエンリルに向かってそう言うと、エンリルは不思議そうな顔をした。


「私たちと?」


「ああ、俺の人を見る目より、みんなの人を見る目のほうが信用できる。だから、みんながすぐ仲良くなったなら、その人は悪い人ではないと信じられるよ」


 なぜかは知らないが、この子たちは異常に嘘を見抜くのが上手い。俺がどんな嘘をついてもたちどころに見抜かれてしまう。……もしかしたら、俺だけの嘘を見抜くのが上手いのかもしれないが、少なくともレベッカの色気によって惑わされかねない俺よりは、人を見る目があるだろう。その少女たちがすぐに友達の様に話しかけているならば、まあ少なくとも悪い人ではないのだろうというくらいには信用できる。


「それに、みんながレベッカともっと仲良くなりたいって思ってるんだったら、それを精一杯手伝ってあげようと思ったからだよ」


 本当は娘たちに俺以外の人間との人間関係を作ってほしかったからだ。別にレベッカでなければならない必要性はなかったが、レベッカがすぐに娘たちと仲良くなったという実績があり、一番適任だと思ったからである。住まわせるという事も、それだけ娘たちといる時間が長くなるので、それもこっちにとっては都合がよかった。でもまあ、そんなことを言ってもこの子たちには理解できないだろう。


「ふ~ん。レベッカの事、好きだからじゃないの? 結婚とかしないの?」


 エンリルはこちらを疑っているような目で見てくる。


「なんだいきなり。まあ、確かに容姿が美しくて色気もすごくて、性格も少し人をからかう癖があるが、性悪というほど悪くはない。もちろん嫌いじゃないし、どちらかといえば好きだけど……。あんなすごい人、俺の手には余るよ。こんな普通の俺にはね」


 そう自嘲するように言うと、エンリルが手を握ってきた。軽く開いていた俺の手に、小さな手のひらを乗せ、俺の指と指の間に細い指を差し込み絡ませてくる。


「そんなことないよ。男の人としてどうかは分からないけど、少なくとも私たちのお父さんとしては間違いなく世界一だから」


 エンリルは囁くようにそんなことを言った。こちらを見てくる目は純粋に俺を元気づけようとしてくれており、ただただその曇りない真っ直ぐな心が眩しく、そして自分の心が汚れているように感じた。俺も心の内では、娘たちのことを世界一の娘だと思っているが、それを口に出すにはあまりに年を取りすぎていた。いつの間にか、世間体を気にするような、言いたいことも言えないような、そんな大人になっていたようだった。


「あ、ありがとう」


 何のためらいもなくそんな気恥ずかしいことを言われ、どう反応していいのか分からない。とりあえず、お礼を言う。本当ならこの後に、俺も娘たちのことを世界一の娘だと思っているよ言ったほうがいいのだろうが、恥ずかしくて言えず頭をなでるだけで済ませた。エンリルは何やらからかうようにくすくすと笑っているので恥ずかしさから顔を天井の方に向き、何か話題を変えようとして、さっきのレベッカの話に戻った。


「それにレベッカの方もいくらでも相手なんか見つけられるし、……そもそも結婚なんてする気があるのかな。その気になれば一人でも生きていけそうだし……」


「……でも、レベッカって寂しがり屋だと思います」


 右隣から再びエンキの声が聞こえ始めたので、再び顔を右の方に向ける。一体レベッカが寂しがりやだと言うのは一体どういう事なんだろうか。


「えっ、レベッカが?」


「……レベッカの様子が日に日にだんだんおかしくなってることにはとっくに気が付いてますよね?」


 エンキは知っていて当然と言う口調でそう断言する。


「今日気が付きました……、すいません」


 今日気が付いたことを正直に話すと、エンキは少し呆れたような表情をした。


「はあ、お父さん……。私たちだけじゃなく、もうすこしレベッカの事も気にしてくださいね。まあ、それはともかく、レベッカをずっと見ていると、様子がおかしいのは何かに怯えているからのような感じがします。そして、……それは多分一人になること。私たちの部屋に来て、一日中ずっと話をしてるのは一人になりたくないからだと思います」


 そうなのだろうか。レベッカが一人になることに怯えるというのは、よくわからないが、まあこの子たちがそう言うならそうなんだろう。少なくとも俺より長く接しているしな。


「それでその、……明日からでいいから、ここでレベッカも一緒に寝ちゃダメですか?」


 エンキはエンリルと同じように、俺の右手に小さな左手を重ね、指と指の間にするりと指を差し込んでくる。右手も俺の手に重ねた後、自分の腕ごと太ももに挟み込み、そのまま駄々をこねる子供の様にゆらゆらと体ごと俺の腕を揺らした。エンキの寝間着はTシャツとホットパンツなので、太ももの感触がじかに俺の腕に伝わる。


 なんかおねだりの方法が上手くなっているような気がする、別に娘たちのおねだりだったら何もしなくても大体は実現してあげようと思うのに。……もしかして変なことをレベッカが教え込んだんじゃないだろうな。変なことを教えるなと、一回釘を刺しておいたほうがいいかもしれない。


 しかし、ここでレベッカも寝るのだろうか。なんかレベッカってとんでもない寝間着――例えばほとんど透き通っているようなネグリジェとか、ド派手なランジェリーとか着て寝ているようなイメージがあるが、この子たちの教育に悪いのではないだろうか。そう考えるが、一緒の屋敷に住んでいる以上今更かと思い、レベッカの良心というものに期待することにした。


「……別に俺はいいけど、ちゃんとレベッカの気持ちも聞いておくんだよ」


 そう言うと、エンキはその可愛らしい顔を無邪気に、喜色満面に湛えた。


「……はい!」


 よほどレベッカはこの子たちに気に入られたのだなと思い、僅かばかりの嫉妬もないわけではないが、娘に友達が出来たことに対して素直に祝福することが出来た。

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