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一話

 レベッカとの新生活は、それほど今までの生活とほとんど変わらなかった。レベッカは散策に出ないので、家の中でしか出会う機会がなく、会う機会と言ったらせいぜい食事の時くらいだ。もちろん食事の際には話をするが、その際にレベッカが一日にあったことを話し、俺の一日も聞きたがるくらいだった。


 俺とはほとんど会わないが、一日中娘たちの部屋を廻っているらしいので娘たちとはいろいろと話をしているようだ。レベッカ曰く、娘たちにいろいろと教えたりしているらしいが、一体何を教えているのだろうか。あまり変なことを教えないでほしいのだが。まあ、彼女のおかげで、俺が作った際とほとんど変わらず殺風景だった娘たちの部屋も、それぞれに個性というものが出てきたらしい。



「ねえ、明日デートに付き合ってくれないかしら」


「デート?」


 レベッカがこの屋敷に来てから一週間ほどたったある日の夕食の席で、レベッカが唐突にそんなことを言い出した。彼女の方を向くと、どこか表情に陰りがあり、なんとなくだがレベッカの歯切れが悪いように思える。いつもならもっと強引に迫るのに、今日は何だか大人しい。もっとも、そのイメージは初対面の時のことを多分に引きずっているが。


「そう、明日一緒に王都まで買い物に行って欲しいのよ」


 そう言うレベッカは物憂げな顔をしながら、持ってるフォークで夕食のトマトソースがかかったチキンソテーを食べることなしにつついている。

 そのフォークを持つ手は、あちこちに布が巻かれているが、料理を作る際包丁で切ったらしい。料理の腕は、娘たち曰く少しづつは成長しているらしいが……。


「明日王都に行けばいいのか?」


 それなら、明日の散策の目的地を王都にすればいいだけだが、……もしかして、また娘たちに服を買ってあげなきゃならないんだろうか。あれも結構な出費なんだが……。


 この辺のモンスターが落とす、中級や上級の魔石ならいくらでもあるのだが、下級ですら割と珍しいというのにそんなものを売ったら後々面倒なことになりそうな気がする。最下級と下級の魔石なんてわざわざ狩ることはなかったから、逆に最上級の魔石より持っている数が少ないので、あまり売るものがないのである。


 いったい何のアイテムがそれほど貴重というわけでなく怪しまれずに、なおかつそれなりに価値があって手に入れやすく資金源にすることができるのだろうか……。


「できれば、二人きりで行きたいんだけど」


「二人きりで? どうして?」


 その時、初めてレベッカがこちらを向いた。その顔は、俺に不満があるときのイヴとなんとなく似ている。


「だって、この屋敷に来てから一週間以上たつのに、顔を会わせるのは食事の時だけじゃない。寝る時だってあなたはみんなと一緒に寝ちゃうし、仲間外れにされた私は一人寂しく部屋で寝てるのよ。釣り上げた魚にだってたまには餌をあげてよ」


 レベッカは口を尖らせながらそう言った。だが目は不安げに揺れている。……どこか演技しているような印象を受けるのはなぜなのだろうか。少なくとも普段のレベッカなら、俺に対してそんな気配は微塵も感じさせないだろう。


「別に仲間外れにしているつもりでは……」


 とりあえずそう言うが、レベッカは俺の言葉を聞いていないように再び、ぼんやりと物憂げな表情をしフォークでチキンソテーをつついている。


「……それから、王都の南地区に行きたいところがあるのよ。ほ、ほら私って着の身着のままで飛び出してきたじゃない。だから、その……、忘れ物があったような、なかったような……」


 あのレベッカが、俺が簡単にわかるほど隠し事をしている。一体王都の南地区に何があるのか、そのことに疑問を覚えないことはなかったが、差し当たってそのデートの実現には解決しなければならない問題があった。


「とりあえず、明日一緒に散策するはずの娘たちの許可を得ないと……」


「それについてはもう話し合いが済んでるわ」


 相変わらずのコミュニケーション能力だ。父親である俺より同性であるレベッカのほうが娘たちといろいろ距離が近いのは仕方ないのかもしれないが、あまり仲がいいのも仲間外れにされているようで微妙な気分だ。


「ならいいけど……」


「一緒に行ってくれるの? ……ありがとう」


 その様子は、いつもの妖艶で蠱惑的、男を手玉に取る女という印象のいつものレベッカではなかった。俺に対してとても素直にお礼を言ったようだった。レベッカの普段とは違うしおらしい様子にすこし心が動かされた気がした。



 食事が終わってすぐに、レベッカは自分の部屋に戻ったようだ。レベッカの部屋は南館の二階にある客室の一つである。いつもなら食事の終わった後、レベッカは自分の食器だけではなく俺の食器も洗ってくれるのだが、そんなことも忘れて自分の食器を洗い終えた彼女はふらふらと自分の部屋に戻って行った。レベッカがいなくなった食堂で、後片付けをしているイヴに尋ねる。


「なあ、レベッカに何かあったのか?」


「う~ん、特に変わったところはなかったと思いますが。いつもと同じようにみんなと話したり、いろんなことを一緒にしたり、今日はディアリスには行ってませんが……そんな感じでした。……ただああいう言動は今日だけじゃなくて、初めてこの屋敷に来た時からちょくちょく見受けられました。それが日を追うごとに時間が長くなっているような気がします。……それから」


 イヴは何かを思い出したようにそう言った。その顔の動きに伴って、髪の毛も揺れる。長い髪の毛はポニーテールではなく、右肩の方から一房にまとめられ、垂らされていた。なぜか知らないが、最近イヴはレベッカの髪形をまねしているようだ。以前はアリシアの髪形にそっくりにしていたし、ヘアスタイルに興味が出てきたのだろうか。

 レベッカの場合はセミロングなので、胸元では髪の毛の毛先が踊っているが、イヴはロングヘアなので、おへそのあたりにまで髪先が達している。しかし、同じ黒髪だからかもしれないが、ヘアスタイルまで一緒にすると、まるで姉妹のようだ。


「それから?」


「……それから、私に『父親ってどんなものなの』と聞いた後から、様子がおかしかったような気もしました」


「……そうか」


 ヒントのようなものは得られたが、これだけでは何もわからない。とりあえず明日のデートとやらが終わってもあのままだったら、レベッカに直接聞いてみよう。



 なんとなく中庭に出たところ、ベンチに座っているレベッカを発見した。物思いにふけっているようでこちらには気付いていない。いつもなら夜の闇を纏わせて自らをさらに光り輝かせているのに、今日の彼女はそのまま闇の中に溶け込んで消えてしまいそうだ。

 近づいて隣に座ると、レベッカはようやく俺に気が付いたようで体をびくりと反応させる。


「隣に座ってもいいかな。……と言っても既に座っているけど」


「ええ……」


 隣に座ったが、何を話せばいいのか分からない。思えばレベッカとの会話は全てレベッカが話しかけてきたのに、俺が反応すると言った形でしか行っていなかったような気もする。そのレベッカはただぼんやりとしていて、二人の間にはなんとも微妙な距離感が合った。


「……明日のデート迷惑だったかしら」


 唐突にレベッカがそんなことを言う。目線は前を向いたままでぼんやりと虚空を見つめている。


「別にそんなことはないけど……」


 こんなレベッカにどう対応していいのかわからず、どうも調子が狂う。


「ねえ、……いえなんでもないわ」


 レベッカは何かを言いかけて口ごもる。


「なんだよ、気になるから言ってくれ」


「あの子たちって、……娘ってあなたにとってどういう存在なの」


 今度はこちらをはっきりと見ながら尋ねてくる。その眼はいつにないほど真剣だ。なら俺もふざけないで真剣に答えなくてはいけないだろう。


「娘たちがどういう存在か……ねえ。う~ん、なんなんだろうな。……娘は娘としか言えないよ。家族であり、俺にとって一番大切なものであり、……俺という存在が成り立つための一部でもある。……もちろんあの子たちの存在の一部も俺だろう」


「じゃあもし、その娘たちを何らかの理由で犠牲にしなければならなくなったとしたら?」


 レベッカが続けて俺に問いかけてくるその顔には、どこか悲壮感が漂っている。


「なんか抽象的すぎてよくわからないが……。とりあえず犠牲なんて認めないな、どんな理由があったとしても。もし、それで世界中が敵にまわったとしても、全てと戦うだろうな」


「そう……、あなたはいい父親ね。……うらやましいわ」


 レベッカがいつになく弱弱しい笑みを浮かべながら呟く。本当に一体どうしたのだろうか。


「……それじゃあ、私はもう休むわね。……明日のデート楽しみにしてるわ」


 そう言ってベンチから立ち上がり、南館に歩いて行ってしまった。さて、これからどうしようかと考えたが、とりあえずレベッカが来てから、かち合わないようにめっきり入るのが遅くなったお風呂に入ろうと考え、俺も中庭を後にした。


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