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三話

「で、どうやって取り出すんだ?」


 寝室に戻ったが、黒く長方形の箱型をしたアイテムボックスの前で途方に暮れていた。アイテムボックスとはそのなかにアイテムを入れておける道具であるが、魔法がかかっていて中にはいくらでもアイテムが入るし、その中のときは止まっているため生ものを入れておいても大丈夫な、プレイヤーに必須のアイテムである。

 もっとも、アイテムポーチという上位互換品、いわば持って歩けるアイテムボックスがあり、中身も共有しているため、アイテムボックスはインテリアくらいにしか使われなくなっていたのだが。


 アイテムボックスを開けてもそのなかは暗く、明かりを近づけても中を見通すことができない。とりあえず中にあるはずの【アナライズ/鑑定】の魔法がかかったアイテム、〈賢者の眼鏡〉を思い浮かべながら、アイテムボックスの中に手を入れた。

 【アナライズ/鑑定】の魔法とは、その名の通りに魔法をかけた対象の情報を知る魔法で、人やモンスターに使えばレベルやステータスなどを、武器や防具にかければその能力を、薬や素材アイテムにかければそればどういった効果を持っているのかを知ることができる。


 アイテムボックスの中に手を入れると手に何かが当たる感触を得たので、それを掴んで取り出すと手の中には〈賢者の眼鏡〉が握られていた。


「もしかして、中に入ってるものを思い出さなきゃ取り出せないのか?」


 かなり焦ったが、【アナライズ/鑑定】をアイテムボックスに使うことによって、中に入っているアイテムがすべて表示されたので、胸をなでおろした。アイテムの確認もしたいが、今から始めてしまったら一時間後の待ち合わせに間に合わないだろうと思い、それは帰って来てからにすることにした。


「何をもっていけばいいのかな。外に出るんだし、一応ちゃんと装備は整えていった方がいいよな」


 そうはいっても、『エイジオブドラゴン』では、あまり冒険していた方ではなかったので、レアで強い武器や防具を大量に持っているわけではない。悩むほど装備の種類があるわけではないので、いつも装備していた装備をアイテムボックスから取り出した。


〈絡繰師の服〉  特殊効果:自動人形の全能力値+10%

〈絡繰師のズボン〉特殊効果:自動人形の被ダメージ-15%

〈絡繰師の帽子〉 特殊効果:自動人形の自動修復 三秒毎に最大HPの1%

〈絡繰師の手袋〉 特殊効果:人形遣いの強化スキルの効果+50%

〈絡繰師のブーツ〉特殊効果:人形遣いの回復スキルの効果+50%


 いわゆる絡繰師一式と呼ばれる装備である。どれも、人形遣いが装備することができる防具の中ではかなり高い防御力を誇り、それ以上に自動人形そのものを強化したり、自動人形に対する回復・強化スキルを強化する貴重な特殊効果を持つ装備だが、それらを身に着けた後、俺は鏡の前で固まっていた。


「派手すぎるだろ、……これはないな」


 鏡に映っていたのは、真っ赤な生地に金色のボタンと刺繍がアクセントになっているジャケットと、真っ黒なズボン、金色で縁取られた黒い帽子、真っ白な手袋、膝のあたりまである真っ黒なブーツを着た凡庸な容姿の男であった。

 着る人が着れば立派な貴族のようにも見えるのであろうが、ごく一般人である俺が着ても、衣装に着られているようにしか見えない。ゲームでは装備は性能重視で選んでいたのだが、さすがにこれを自分が着るとなるとしり込みしてしまうのであった。


 そして、アイテムボックスの中をかき回すこと数十分。さっきまで着ていた何の魔法効果もないただの布の服の上に、特殊な効果はないが高い防御力を誇る〈深淵のローブ〉という漆黒のローブを羽織り、あらゆる被ダメージを十パーセント減らすという効果を持つ、飾り気のない銀色の〈守護天使の指輪〉を指にはめ、全ての能力値を五パーセント上昇させる、金の十字架の中心に小さなダイヤが埋め込まれている〈熾天使の首飾り〉を身につけた。さらに外出する時には、〈韋駄天の靴〉という、防御力はあまり高くないが、素早さを大幅に上昇させる効果のある靴を履く予定である。少々防御力に不安が残るが、いかにもファンタジー世界の魔法使いのような恰好を案外気に入ったようで、満足げな笑みを浮かべていた。


「まあいいよな、この辺はあまりモンスターのレベルが高いわけじゃないし」


 『エイジオブドラゴン』ではこのマイホームのあたりはレベル六十ほどのモンスターしか出なかったはずである。それくらいのレベルの敵ならばいくら人形遣いが弱いといっても一対一で十分倒すことができるし、ダメージもほとんど食らうことはないだろう。


 『エイジオブドラゴン』ではこのマイホームのあたりはレベル六十ほどのモンスターしか出なかったはずである。それくらいのレベルの敵ならばいくら人形遣いが弱いといっても一対一で十分倒すことができるし、ダメージもほとんど食らうことはないだろう。レベルはジョブごとに分かれていて、最高値は百レベルとなっている。クリスは人形遣いのレベル百であった。


「よし準備できたな。でもまだ集合の時間には三十分近くもあるし……、そういえばどこに散策に行くのか決めてなかったな。さっきイヴが買い物に行きたいって言っていたし、とりあえずルグミーヌに行ってみればいいか。」


 『エイジオブドラゴン』では、このマイホームに一番近い都市は亜人たちの都市ルグミーヌである。マイホームは、小高い丘の上に立っており、背後の北側には人形の材料となるイオレースが産出される山がある。この丘の上にマイホームを建てたのは、この山があったからであった。


「あ、イオレースも残り少ない……。遠回りになるけどついでに取って来るか」


 イオレースは人形を製作する時だけではなく、人形の体力がなくなって機能停止状態、プレイヤーでいう戦闘不能の状態から復活する際にも使用する。もっとも、人形遣いよりも先に人形が倒されることはあまりないのだが。


「これで準備は完成かな。あとはやることはないよな」


 そう言いながら、鏡に映った自分自身をもう一度よく見つめた。すると、さっきは気が付かなかったことが見えてきた。目を見開いたり、細めたりしたが鏡に映っている自分の表情が見慣れたものとは少し違っていることに気が付いた。


「あれ? これは……、よくみたらアバターの顔か……、まああんまり変わらないしすぐ慣れるだろ……」


 鏡に映っていたのは現実世界の顔ではなく、『エイジオブドラゴン』のキャラクリエイトで作った顔だった。現実とあまり変わらないように作ったが、多少は美化されていた。もっとも、元々が平凡な顔なので、少しくらいいじってもあまり変わらなくて、さっき見た時には気付かなかったのだが

「ほかにも変わっている場所はないかな?」


 全裸になって自分の体を調べるが、その他に特に変わったことは見つからなかった。キャラクリエイトで体に傷痕でもつけたら変わったのかもしれないが、あいにく現実世界と同じ傷一つない体である。外見には顔以外変化が見つけられなかったが、念のため自分自身に【アナライズ/鑑定】をかけてみることにした。


Name クリス・ピグマリオン

Job  人形遣い Lv100



「……ん? レベルしか見れない?」


 『エイジオブドラゴン』では、人に【アナライズ/鑑定】をかければ、詳細なステータスが見られるようになっていたが、名前とジョブレベルしか見えなかった。


「まあHPがなくなったら死ぬ。なんていわれても困るしな。気にしなくてもいいか……」


 ふとあることを思いつき、鏡の前でシャドーボクシングをする。今まではそんなことしたこともなく、どうやってパンチを打つのかも知らなかったが、鏡に映った姿はなぜか様になっている。どうやって体を動かせばいいかが自然と分かるのだ。


 人形遣いの戦闘スタイルは基本的に人形に戦ってもらうというものだが、人形遣い自身が戦えないわけではない。決して強くはないが、少なくとも後衛職よりはましである。もっとも、後衛職のように魔法を使えるわけではないし、遠距離攻撃ができるわけでもない。


 だが、自らが武器を持たない素手の状態に限り、《マニピュレート》というスキルが自動的に発動する。ゲームではこのスキルが発動すると攻撃力と素早さが上がり、打たれ強さはともかくとしても火力だけでいえば前衛職の中でも中の下くらいの力を発揮することができる。イメージ的には、目に見えない糸で自らの身体を自由に操るという感じなのだろうが、とりあえずこのスキルがある故に基本的に人形遣いは武器を持たず、素手で戦うものがほとんどであった。


 ……なぜ武器を持つと攻撃力が下がるのか、そしてそもそも自動人形を操るのに糸など使っていないのにこんな技を使えるのかはわからない。武器に糸が絡まるからだろうか、あるいは糸を手で操っているという設定だからだろうか。よくよく考えればおかしいのだが、まああまり気にしないことにしよう。



「これがジョブの力ってことかな? じゃあ余計な武器は持たないほうがいいかもな」


 そう言って鏡の前でいろいろな武術の練習をする。ボクシングのシャドー、空手の型、中国武術の演武。一度も武術など習ったことがないのに勝手に体が動くような感覚。自分が強くなったような感覚に酔いしれていたが、勢い余ってテーブルに手をぶつけてしまった。


「~っ!」


 手を抑え悶絶する。数分間地面に転がっていたがようやく起き上がれた。背中を壁に預けて座りこむ。


「今のは何ダメージかな。……あまり調子に乗るなということか」


 手を抑えながら自嘲するように言った。ふと正面にある時計が目に入る。


「うん? もうこんな時間か。そろそろ玄関に行こうかな」


 いつの間にか、五十分が経過して、待ち合わせの時間が十分後に迫っていた。


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