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十一話

 クロエとノエルの二人が再び後ろに立ち、彼女たちの仕事をし始めた後、再びアリシア、エレミア、クラウディア殿、三人との会話が再開した。


「そう言えば、君の娘たちが多いのは知っているが、あの黒いドレスの女性は一体誰なんだ?」


 アリシアがこちらをニヤニヤしながら厭らしい視線で見つめてくる。エレミアはそれを聞いた途端、明らかに落ち着きがなくなり、クラウディア殿は何がおかしいのか微笑んでいる。


「ああ、レベッカの事か。……さっき転移魔法でディアリスの南門前にしか転移できないって言っただろ。だから南門からディアリスの中に入ったんだ」


「でも、南地区と言えば治安が悪いと聞きました。……大丈夫だったのですか」


 エレミアは一転して、本当に不安そうな表情でこちらを心配してくる。アリシアの言う通りこの子はとても心優しい子なんだろう。


「そうだな、私が何とかしなけらばならない問題でもある」


 アリシアも一転として憂いを帯びたような表情をする。相変わらず真面目なことだ。


「それで、いきなりからまれたんだ。……レベッカに。三人組の男に追われてて、それを助けてやったらついてきた。それだけだよ」


「……本当にそれだけなのですか」


 なぜかエレミアが真剣な顔で尋ねてくる。それだけといえばそれだけなのだが、確かに彼女にも世話になったことはある。


「まあ、娘たちと仲良くしてくれていることには感謝しているよ。あの子たちは俺以外とほとんどかかわろうとしなかったのに、レベッカは今日あったばかりでもまるで姉妹みたいに自然に溶け込んでいるのは一種の才能だと思う」


 そう答えるが、エレミアはいまいち煮え切らないような表情を浮かべていた。何かを俺に聞こうとしては躊躇するような雰囲気を出している。


「ふふふ、エレミアが聞きたいのはそう言うことではないとは思うがな……。しかし、南地区のレベッカ、か。黒髪に紫の瞳……。……まさかレベッカ・マルセルじゃないだろうな」


「ああ、確かそんな名前だったと思うが、そんなに有名人なのか?」


 アリシアが呆れたようにこっちを見る。


「おいおい、レベッカ・マルセルといったらこの首都ディアリスの花柳界でナンバーワンの魔性の女じゃないか。ディアリスの黒い蝶、一目見るだけでも大金がかかるっていうあのレベッカ・マルセルか。……だが、確かにそう言われてみればあの色気というものを知り尽くしている姿、美しさは常人にはあり得ないな」


「そんな有名人だったのか。でも、仕事をやめたとか言ってたけど」


「なるほど、それで追われていたのか。確かに彼女は金のなる木だからな。多少強引でも連れ戻したかったのだろう。……やはり南地区は早急に何とかしないといけないな」


 アリシアは難しい顔をして考え込んでしまった。場に一旦沈黙が流れる。


「クリスさんはどんな女性がタイプなのですか。やはりレベッカさんみたいな大人の色気を持った女性ですか?」


 それまでずっと黙って俺たちの話を聞いていたクラウディア殿が、止まってしまった会話をつなぐように話しかけてきた。


「……そ、そうですね~。う~ん、とりあえず娘たちを受け入れてくれるような心の広い、包容力のある女性ですかね」


 どうもいまいちクラウディア殿との接し方が分からない。アリシアたちの母親だという事もあるのだが、そもそも以前の俺の近くにこんなにきれいなマダムなんていなかったからな。


「う~ん、少し厳しいかもしれませんね」


 クラウディア殿は頬に手を当てながらそんなことを言う。いったい何が厳しいのだろうか。……もしかして、俺が結婚する確率だろうか。確かにいきなり千一人の娘がいますなんて言って、引かない女性のほうが珍しいだろう。

 ……そう考えるともう、俺は一生結婚できないのかもしれないな。でもあの子たちの父親をやめられるはずもないし、まあしょうがないのかもしれない。気長に待っていればいいことがあるかもしれないし、期待せずに待つことにしよう。そんなことを考えていたら、クラウディア殿がとある提案をしてきた。


「みなさんお茶ももう終わりみたいですし、隣の部屋にいる娘さんたちも一緒にお話をしませんか?」


「別にかまいませんが……」


 もしかして気を遣わせてしまっただろうか。クロエが呼びに行くために隣の部屋へ行き、一分後、娘たちとレベッカを引き連れて戻ってきた。クラウディア殿と手を引かれたエレミアが娘たちのほうへ行き、その代わりと言っては何だが、レベッカがこちらに来て椅子に座る。


「ふふふ、まさかあなたが女王様と知り合いだとは思わなかったわ」


 何がおかしいのかくすくすと笑いながらレベッカは言った。しかし、よくよく考えてみるとレベッカはいつもこういう風に笑っているような気がする。まあ今日あったばかりなんだが。


「私も、君があのレベッカ・マルセルと知り合いだとは思わなかったよ」


 さっきまで考え込んでいたアリシアが、ようやく考えがまとまったようで再び話に加わる。


「あら、女王様が私の事を知っていてくれてるなんて思わなかったわ。私もずいぶん有名になったものね」


 レベッカはそう言ってアリシアに流し目を送る。俺が見られているわけではないのに、アリシアに送られている目線を見るだけで、何かがぞくりと背筋を駆け抜けた。


「……さすが王都一の妖女だな。私は女なのに思わず胸が高鳴ってしまった、そんな趣味はないのだが。……君が一日もせずに落とされたのも納得だよ」


 アリシアは腕を組みながらうんうんと頷く。というか落とされたってなんだよ。


「残念だけどまだ落せていないのよね。見かけによらず結構ガードが固いんだから。……でも、落としちゃっていいのかしら?」


「……確かにすこし困るかもな」


 アリシアが娘たちのほうを見てそう言った。それにつられて娘たちのほうを見ると、クラウディア殿は既に娘たちのなかに溶け込んで一緒に話し込んでいるが、エレミアはまだ娘たちと距離間があるようだった。おそらくクラウディア殿は子供がいるから、娘たちの扱いがうまいのだろう。……なぜ、レベッカも娘たちの扱いが上手いのかはわからないが。


「ふ~ん、まあいいけどね。私はどっちでも」


 なんだかよくわからない会話の後、話が止まってしまった。かといって何か気の利いた話題がすぐ出てくるわけもなく、なんとなく気まずい空気が流れる。その空気を嫌ったようにアリシアが口を開いた。


「……君は仕事をやめたそうだが行く当てはあるのか? 男に追われていたと聞いたが」


「ええ、クリスに囲ってもらうことにしたわ」


 レベッカはさも当たり前のようにそう言い放った。アリシアは目で俺にそうなのかと問いかけてくる。


「……勝手に決めるなよ」


「こんな可憐な女性を見捨てるっていうの? 私はあなた以外頼れる人もいないし、行くところもないのよ」


 レベッカは目に涙を浮かべてそう言った。まあウソ泣きだとはわかっているが、まるでこっちが悪いかのような口調で言われると、本当にこっちが悪いような気がしてくるのは彼女の演技力故か。


「そうは言ってないけど……。だいたい俺には娘たちがいるんだからその許可も取らないと」


「それなら既に取ってあるわ、少なくともあの子たちには。他にも大勢いるらしいけどきっとすぐ仲良くなれるわ、……私大家族っていうのに憧れてたのよね」


「え……。それならまあ……いいけど」


「それでいいのか……」


 アリシアが呆れた様な顔を向けてくるが、気にしない。俺の家は娘たちを中心に回っているんだ。だから娘たちがいいと言ったんなら大体のことはいいんだよ。


 なし崩し的にレベッカが一緒に住むことになってしまったが、まあそんなに気にしなくても家は広いし、一人分くらいなら食料も十分ある。ちゃんと街も発見したことだし、娘たちと問題さえ起こさなければ別に一緒に住んでも構わないだろう。

 何か問題があったら……、イヴに何とかしてもらおう。……最近何かあったら、全てイヴに丸投げしているような気がする。いや、最初からかもしれないが。



「じゃあ、そろそろお開きにしましょうか」


 娘たちのところから戻ってきたクラウディア殿がそう言った。その後ろにはなぜかがっくりと肩を落としたエレミアもいる。外を見ると既に空が夕焼けで赤く染まっていた。いつの間にかそんなに時間がたってしまっていたらしい。


「じゃあ俺は魔道具を置いてこないとな」


 そう言って立ち上がると、ノエルとクロエが近寄ってくる。


「案内しますよ」


「……魔道具」


 どうやら二人も一緒に行くようだ。


「それであの子たちと私はどうすればいいのかしら?」


「みんなは先に帰ってくれててもいいんだが、まあ俺やレベッカと一緒に魔道具で帰ってもいいぞ」


 そう言うと、娘たちは全員俺たちと一緒に帰ると言い出したので、三十人以上でその空き部屋へ行くこととなった。



 案内された部屋はどこか埃っぽく、中は倉庫のようにいろいろなものが置いてある部屋だった。武器や鎧、何が入ってるのか分からない大小さまざまな木の箱に、同じく木で出来た棚にはなんだかよくわからないようなものが乱雑に置かれている。どうやら使われていない物置部屋のようだ。


 その部屋の奥の隅まで向かい、とりあえず床をきれいにする。きれいにするとはいっても、床に積もっている埃を掃くだけだ。ノエルと一緒に作業をしたのですぐに終わった。ちなみに他は部屋の入り口でたむろしている。手伝ってくれるような心優しいのはノエルだけだ、そう思いノエルのほうを見ると、こちらを目を輝かせてというかもう血走らせて見てくる。そんなに転移の魔道具が見たいのだろうか、すごく怖かった。


 アイテムポーチからアイテムを取り出す。ノエルはアイテムポーチにも興味があったようで穴が開くほど見つめていたが、転移の魔道具の設置の邪魔はしたくなかったようで、見るだけで大人しくしていた。あとで詳しく見せてと言われるのかもしれないが。


 〈虚空の抜道〉このアイテムは二つがセットで一つ分になる魔道具で、それぞれを設置した場所同士をつなげるという魔道具である。使い方さえ知っていれば誰にでも使える分、置いた場所同士しか行き来できず、そもそも置いた場所に行かなければ使用できない魔道具であった。さらに同時に二セット以上設置することが出来ないので、ある場所を猟場にして毎日行っているなどの場合に一時的に移動時間短縮のため使うのが一般的である。ちなみに俺も『エイジオブドラゴン』ではラルズール山に設置していた。


 その、宙に浮いている青く透き通った、真ん中は六角柱で上下が六角錐になっている〈虚空の抜道〉を、きれいにした床の上に置き魔力をこめると宙に浮き、床の上に白い魔方陣が浮かび上がる。これで準備は完了だ。既にもう片方は家の方に設置してあるので転移することが出来る。


「……なるほど……理論はこういう…………でも実際に体験してみないと……」


 ノエルは触れるほど〈虚空の抜道〉に顔を近づけながら、またぶつぶつと独り言を言っている。


「よし、完成。みんなできたよ」


 そう言うと娘たちが一斉に〈虚空の抜道〉へ向かい、次々に消えていった。


「これは……、どうすればいいのかしら?」


 珍しく困ったような表情でレベッカが尋ねてくる。


「あの魔道具に触って転移したいって心の中で思えばいいんだよ」


 レベッカは恐る恐る〈虚空の抜道〉に手を触れると、直後には跡形もなくいなくなった。


「……私も一回やってみたい」


 ノエルがそう言うと、部屋の入り口にいたクロエは呆れたような表情をする。


「はぁ……、じゃあ私はもう帰るからな」


 クロエが扉を閉める音と共に、俺とノエルは〈虚空の抜道〉に触れた。



 目を開けるとそこはマイホームのエントランスだった。


「お帰りなさい……、それでそこの人は話にあったレベッカさんだとして、今隣にいる人はどなたなんですか、お父様」


 出迎えてくれたイヴがとても冷たい声で質問してくる。別に何もいけないことはしていないが背中に冷や汗が流れ落ちた。これは正直に話したほうがいいだろう。


「えーと、この人は親衛隊のノエルさん。魔道具に興味があるらしくて〈空の架け橋〉を一回使ってみたかったらしい」


 ノエルはマイペースに〈虚空の抜道〉を近くで眺めて、ぶつぶつと独り言を言っている。


「……なるほど……あっちとの違いは…………こうなってるから……」


「はぁ、そうですか。……お父様の知り合いはきれいな女性ばかりですね」


 妙に言葉にとげがあるが、どうにか納得してくれたようだ。


「じゃあ、俺は自分の部屋に戻るから夕食が出来たら言ってくれ」


 その返事も聞かずに早足でその場から逃げ出すように寝室に歩き出した。

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