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十話

 王城は王都ディアリスの中心に位置し、街から一段高くなった高台の上に立っている巨大な城である。周りを囲う城壁のようなものはなく、水の張った水路が周りを取り囲んでいるほかには、防衛機能をすべて都市の周りを囲う城塞にすべてゆだねており、都市の外から攻めるには非常に堅牢だが、都市の内から攻めるのには弱そうだ。


 その代わり王城自体が四つの巨大な塔と中央の本城から成り、本城を囲うように塔と塔の間がつながっているので、見様によっては王城の一部である塔とそれをつなぐ三階建ての建物が本城を囲う城壁に見えなくもない。


 ちなみに飛行船から飛び降りた場所は中庭と呼ばれる、塔と塔をつなぐ三階建ての建物の内側と本城の間の、木々や噴水などがあった空間である。そして、そしてそのまま突入し制圧したのは本城であり、その本城だけで俺の屋敷より大きい。


 本城は、白い外壁と精巧に飾られた屋根が特徴の城である。屋根はいくつもの装飾が煙突の様に突き出していて、非常に威圧感を与える外観となっている。その威風堂々たる外見が一番の特徴であるが、その実、城内の柱一つ一つにも彫刻がしてある、広い廊下の天井はアーチ型になっている、二重らせんの階段があるなど内部にもこだわりをもって作られている。


 この城に比べると、俺の屋敷はデカいだけの長方形を四つ並べただけの様にしか見えない。いくら大工スキルが高いと言っても、肝心の建築のことなど何もわからないのでデザインにもセンスがない。仕方がないと言えばそれまでなのだが。



 そんな本城の一階でお茶会が開かれていた。参加者は俺、アリシア、エレミア、アリシアたちの母親のクラウディア殿、玉座の間にもいた赤い髪をアリシアと同じくポニーテールにしている女騎士、そして紺色のローブを着た魔導師風の見たことのない少女だった。娘たちとレベッカは隣の部屋で話し込んでいるらしい。一応誘ったのだが、娘たちはお茶が飲めないから行かないと言い出し、レベッカは娘たちが行かないなら行かないと言い出したので隣の部屋にいる。


 お茶会に参加しないならなぜ城に来たのかと思ったが、一応俺の護衛もかねているらしい。何かあったらすぐに駆けつけられるような距離にいたいと言っていた。危なくなったら召喚すればいいだけなのにどれだけ信用されていないのかとも思ったが、アダマンタートルの時のことを持ち出され、何も言えなくなってしまった。


「よく来てくれたな、クリス。今日は私的な集まりだから肩の力を抜いてゆっくりしていってくれ。それからこの二人は……、私はいらないと言ったんだが護衛は必要だと言われてな。まあ、ジルベールに一杯喰わされた身では反論しずらくて……。同席させても構わないだろうか」


 アリシアはそう言って同年代と思わしき少女二人を連れてきた。赤い髪をポニーテールにした黄色い目の鎧姿の女騎士と、紺色のローブを着た青いセミロングの髪を無造作に伸ばしている赤い目の背の低い少女だ。


「ああ、できれば紹介してくれると助かるんだが」


「ありがとう、それじゃあ紹介しようか。こっちの赤い髪をしている方が親衛隊長のクロエ・ベルジュラックだ」


「……よろしく」


 クロエ・ベルジュラックと呼ばれた少女が握手するために手を差し伸べてくる。しかし、その顔はあまり歓迎している様子はなく、どちらかと言えば警戒しているような顔だった。目鼻立ちや髪形など、パーツごとではアリシアによく似ているのだが、アリシアがどちらかというと落ち着いた威厳のある、しかしながら柔軟な思考も持っているイメージがあるのに対し、このクロエはがどちらかというと生真面目で融通がきかない堅物の印象を受ける。……まあ、彼女からしてみればいきなり主君の近くに変な男が出現し、その変な男と主君が仲良くしている状況が気に入らないのだろう。


「それからこちらのローブ姿の方が親衛隊のノエル・クリステヴァ。彼女は親衛隊、いや国中で最も優秀な魔法使いと呼ばれている」


「……よろしく」


 ノエル・クリステヴァと呼ばれた少女は握手するために手を差し伸べてきた。こちらの少女はこちらに敵意のようなものは持っていないようだったが、まるで観察するようにこちらを見てくる。おそらく俺の娘たちと同じ位しかないほどの身長に、青いセミロングで無造作に癖のついた髪、眠たそうな目、ローブ姿でなければ一見しただけでは魔法使いだとは思わないような可愛らしい少女だった。



「それじゃ、始めましょうか」


 そうクラウディア殿が言って自分自身で紅茶を淹れ始め、お茶会が始まった。テーブルには俺とアリシア、エレミアとクラウディア殿が座っており、クロエとノエルはその背後に立ったままだ。クラウディア殿が何回かクロエとノエルにも参加しないかと話しかけたが、彼女たちはこれが仕事だからと言って応じなかった。


「まずはお礼を申し上げます。あなたのおかげでジルベールの凶行を止めることが出来、娘たちの命も救われました。どれだけお礼を言っても足りないほどの御恩を受け、これからどうやって返していけばいいか……。私たちにできることがあったらなんでも言ってください」


 クラウディア殿が自身で淹れてくれた紅茶のカップをこちらに運んでくれる。運び終えると深々と頭を下げそんなことを言ってきた。淹れてくれたお茶を口にするが、緊張して味が全く分からない。


「いえ、そんな……。もういいですから」


「ですが……」


 クラウディア殿はまだ食い下がって来るが、俺もどう反応していいのかわからないでいると、それを見ていたアリシアが助け舟を出してくれた。


「母上、今日は私的なお茶会ではなかったのか? そんなにかしこまってはクリスが委縮するだけだよ。お礼をするのはいいがクリスをあまり困らせないようにね」


 アリシアが苦笑しながらそんなことを言った。女王になってから数えるほどしか会ってないが、ほんの十数日の間にさらに威厳というか自信というかそう言うものが増したような気がする。これが“男子三日会わざれば刮目して見よ”というやつなのだろうか。まあ男子ではないのだが。


「あの! その緑のローブ姿、かっこいいです」


 何の脈絡もなく、唐突にエレミアがそんなことを言ってきた。その表情は真剣で、どこか追い詰められているような悲壮感も感じる。俺はいきなりそんなことを言われて戸惑い、アリシアとクラウディア殿のほうを見ると、二人とも驚いた様子でエレミアを見ていた。


「……ま、まあ俺が新しく自分で作ったものだから、そう言ってくれるとうれしいよ」


 いきなり美少女から褒められたので照れてしまい、しどろもどろになりながらそう答えると、エレミアはコクンと頷き、顔を赤くしてうつむいてしまった。


「……君、裁縫なんてできたのか?」


 アリシアがなぜか愕然とした表情で聞いてくる。クラウディア殿はそんなアリシアを見てくすくすと笑い声をあげていた。


「まあ、できるよ。裁縫のほかにも鍛冶で武具を作ったり、魔物の素材から武具を作ったり、貴金属や宝石などを使って装飾品を作ったり、魔道具を作り出したり、家を作ることもできるぞ」


「……君がそんなに多才だとは知らなかったよ」


 なぜかアリシアはがっくりと肩を落としてそう言った。



「……だが、これは一体何の素材で出来ているんだ? まるで金属みたいな触り心地だぞ」


 立ち直ったアリシアが俺の着ているローブを触りながら尋ねてくる。


「ふふふ、何だと思う? 正解は……、アダマンタイトだ。ついこのあいだ偶然手に入ったんだよ」


 自慢げにそう言うと、一番食いついたのは後ろの方で立っていたノエルだった。ノエルは俺のすぐ近くまで瞬時にやって来て、ローブを凝視している。クロエはノエルを元いたところに引っ張って行こうとするが、彼女は梃子でも動かない。ノエルは何か逡巡していたようであったが、意を決したように軽く頷くと話しかけてきた。


「……すこし見てもいい?」


 見たいと言うのは俺に脱げと言っているんだろうか。とりあえずローブを脱いで渡すとそれをもって地面に座り込んでしまった。クロエは立たせようとしているが、また梃子でも動かない。


「……すごい……本当にアダマンタイトで…………二層になってる…………これが魔法金属の王……」


 ノエルはなにやら一人でローブを見つめたり、頬擦りしたりしながらぶつぶつと呟いている。さっきまで眠そうだった眼は見開かれ、小さな指でローブをいとおしそうに撫でている。はっきりいって少々気持ち悪い。


「ふふ、すまないな。ノエルは優秀な魔法使いなんだが、魔法と名のつくものに目がなくてな。そういえばアダマンタイトで思い出したのだが、君にオリハルコンの剣と鎧を返してなかったな。今から持って来させようか?」


「……ああ、そんなのもあったな。別に返さなくてもいいよ、そもそも使う人がいないし。君の女王就任祝いだと思って受け取ってくれ」


「だが、……いや、ありがとう。君には世話になりっぱなしだな。……クロエ、ちょっとこっちに来てくれ」


 アリシアがそう言うと、ノエルに仕事させるのを諦め一人で立っていたクロエがこちらにやってきた。


「何ですか、アリシア様」


 クロエは俺に対する警戒した表情とは全く違う、柔らかい笑顔でアリシアに答える。


「今作っている鎧だが、あれはクロエの新しい鎧にしてくれないか? 体型はほとんど変わらないから問題はないだろう?」


「確かに体型はほとんど変わりませんが、アリシア様用の鎧ですからどうしても胸が少しきつい……、ってそんなことしたらアリシア様の鎧がなくなってしまうじゃないですか!」


 クロエは純粋にアリシアのことを心配して言っているようだが、アリシアは胸に手を当て、今の言葉に胸をえぐられたように肩を落とした。もしかしてクロエは天然なのだろうか。


「胸……。……私の鎧は、あのオリハルコン製の鎧をクリスがくれるって言っているからそれにする」


「あの鎧を……」


 そう言ってクロエは初めてこちらを向く。その眼には疑惑の色が浮かんでいた。


「……いい機会ですのであなたに聞きたいことがあります。……どうしてアリシア様を助けてくれたのですか? 当時あなたは魔の森の中に引きこもっていたと聞きます。アリシア様に助力を乞われたとはいえ、なぜわざわざ魔の森から出てきて協力する気になったのですか? ……一体何の見返りを求めているのですか?」


「クロエ!」


 アリシアが鋭い声で制止しようとする。さきほどからのクロエを見ているだけで、彼女がアリシアのことを守りたいと思っていることはとてもよく伝わってくる。ジルベールの件があったからさらに過敏になっているんだろう。


「まあまあ、とりあえずなぜ協力しようと思ったのかを答えればいいのかな? ……その理由は大きく分けて二つだな。一つはアリシアの人柄に好感を持ったと言うのが一点、もう一つは静かに暮らすためかな」


「静かに暮らす……?」


 クロエには、静かに暮らすためにアリシアに手を貸して戦う、その意味が理解できないようだった。


「俺はジルベールの人柄なんて分からない。もしかしたらジルベールがこの国を乗っ取った後、あの森に向けて攻め込んでくるかもしれなかった。それなら最初からアリシアに協力したほうがいい。どういう人柄か知っているし、アリシアなら信用できると思ったから。……これでいいかな?」


 多少納得のいく顔になったクロエであったが、まだ不信は消えていないようだった。


「……もう少しだけ尋ねてもいいですか?」


「かまわないよ、何が聞きたいの?」


「あなたは魔法使いなのですか? それからあの黒い騎士たちは一体何者だったんですか?」


「俺は魔法使いじゃないよ。まあいくつか使える魔法はあるけど、攻撃魔法とか回復魔法とかそういうのは使えないな。一番よく使うのは転移魔法かな。行ける場所は今のところ自分の家とディアリスの南門前だな。……それからあの黒い騎士たちは……一応俺の配下ってところかな、でも今後あまり使うつもりはないよ」


「そう……ですか。……疑って済みませんでした。私は親衛隊長のクロエ・ベルジュラック。困ったことがあったら何でも言ってください」


 とりあえず、聞きたいことは全て聞いたというような雰囲気でクロエは言った。まだ完全に疑いの目が晴れたわけではなさそうだが、とりあえず敵ではなく味方だとは思ってくれるようになったようだ。


「……転移魔法」


 いつの間にか隣に来ていたノエルが目を輝かせながらこちらを見ている。俺の転移魔法がどういうものか見たいのだろうか。だがここで見せてあげるわけにもいかない。そう考えていると、とあるアイデアが頭に浮かんできた。


「あ、そうだ。アリシア、後で城のどこかにワープポイントを作ってもいいか? 特に使ってない部屋の片隅とかでいいんだが、俺の屋敷とこの城を直接つなげる魔道具を置いておきたいんだ」


「ああ、空いてる部屋ならいくつもあるから後で案内させよう」


 アリシアがそう言うと、ノエルがさっき以上に目を輝かせながら何かを訴えるようにこちらを見上げてくる。まるで子犬が尻尾を振るっているようだ。


「……そんなに見たいなら後で作るところを見るか?」


「……ありがとう」


 初めて見たその少女の照れたような微笑みはとても可愛らしかった。

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