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八話

「ずいぶんと遅かったね、パパ。……で、誰なのこの人」


 路地裏で《コーリング》を使い呼び出した、蘇芳色のセミロングの髪をツーサイドアップにした少女、キアンは呼び出した瞬間から明らかに怒っていますといった表情で膨れていたが、レベッカを見つけるとさらに冷ややかな目でこちらを見てきた。

 一方、レベッカはキアンのあまりのかわいさに目を奪われているようである。……まあ、俺が生み出した娘なんだからかわいいのは当然だが。


「あら、ずいぶん可愛らしい子ね。本当にあなたの娘なの?」


 レベッカはキアンを抱きしめようとしているが、キアンはそれを嫌がって俺の後ろに隠れる。キアンに避けられ、レベッカは悲しそうな顔をしていた。気持ちはわからないでもないが、こっちの顔を見てくるのはやめてほしい。


「えー、この人はレベッカさん。今日はここら辺の案内をしてくれるんだ」


「……この人と話してたから私を呼ぶのが遅れたってわけね」


 キアンは恨みがましく見上げてくる。いろいろと言いたいことはあったが、ここは素直に謝っておくのが吉だろう。


「……ごめんなさい」


「……はぁ、まあ許してあげる。その代わりちゃんと私たちの買い物にも付き合ってね」


 いたずらっぽい笑みを浮かべ、キアンはそう言った。


「それじゃもう行くのかしら?」


 レベッカは物惜しそうに俺の背中に隠れるキアンを見ていたが、案内を始めようとしたのか俺の右手に腕を組んでくる。それを見て、一旦治ったキアンの機嫌がまた悪くなっていく。


「いや、一人だけじゃなくて実はまだ二十九人ほど……」


「……そんなに娘がいるの? う~んまあいいわ、私子供大好きだから」


 何がいいのか分からないが、納得してくれたようだ。



 三十分後、俺たちは東地区を歩いていた。レベッカと出会った南地区とは違い、この東地区は活気にあふれている。行き交う人々は老若男女様々で雑踏の音が響き渡り、大通りに面した店からは客を呼び込む声が騒がしく聞こえている。通りにはところどころに出店も立ち並び、あちこちで物を値切る声があがっている。まさに一国の首都にふさわしい繁栄ぶりとも言うべき賑わいがそこにはあった。


 そんな人でごった返している東地区であったが、若草色のローブを着た魔導師風の男、黒の扇情的なドレスを着て匂い立つ色気を出す女、そして色とりどりの天使のような少女たち。先ほどの南地区とは違い多くの人が行き交い、活気にあふれている東地区でも俺たちは、はっきり言ってかなり浮いていた。


「でも、本当にみんなかわいい子たちね。私の誘いに乗らなかった理由がわかったわ」


 注目されているのをかけらも気にせずにレベッカはそう言った。その言葉は今の状況に全くあっていないのんきな言葉だが、おそらく彼女はこうして人に見られることに慣れているのだろう。だからこんな針の筵のような状況でも何事もないように行動できるのだ。


「別にあなたに褒められてもうれしくありません。……それからパパ、誘いってなんのことですか」


 若竹色のロングヘアをを腰まで伸ばしている少女ミディールが、疑惑の目でこちらを見つめてくる。しどろもどろになりながらも、何もないことを説明すると、ミディールは不機嫌そうに鼻を鳴らしながらも追及をやめてくれた。そして、ほかの娘と同じようにキョロキョロとあちこちを見回している。見ている限りでは、娘たちも他人の目は気にならないようだ。


 ……他人の目線に慣れているレベッカに対して、娘たちは他人に興味がないように思える。俺と俺に関係している人間にしか興味が向いていないような、それ以外の他人は人とも認識していないような、そんな感じがした。ならば、不可抗力であったが、レベッカを俺の知り合いにしたことには意味があったのかもしれない。少なくとも、レベッカのことは人だと認識しているのだから。


「それで、どういう店に案内してほしいの? 服? 武器? 食事?」


「う~ん、とりあえず手持ちがないから買取をしてくれる店がいいな。できれば魔道具の店がいいんだけど」


 武器や防具はもう売るのがもったいなくて売れなかったものしか残っていないし、モンスターの素材はどこに売っていいのか分からない。だが魔道具の店なら、とりあえず魔石は引き取ってくれるだろう。最上級じゃない魔石、特に上級の魔石――レベル六十以上、七十九以下のモンスターが落とす魔石――と、中級の魔石――レベル四十以上レベル五十九以下のモンスターが落とす魔石――が家の周囲の開拓で大量に溜まっているのでそれを売ることができればいいのだが。


 別に最高級の魔石じゃないと娘たちの動力にならないわけではないが、バラバラの品質の魔石を動力に使うと、次の魔石の補給までの時間もバラバラになって把握するのが面倒なので、娘たちの動力には最上級の魔石のみを使用することにしている。


「魔道具ねえ……、まあ知らないことはないけど、なんか胡散臭い一軒だけしか知らないわよ」


「ああ、そこでいいから案内頼むよ」


 目利きには〈賢者の眼鏡〉を使えばいいから大丈夫だろう。そう思い、その店に案内してくれるようにレベッカに頼んだ。



「ここよ」


 広い通りから少し裏に入ったところにその店はあった。南地区ほどではないが、その道は薄汚れており、日が当たらないせいかじめじめしている。店は外壁がところどころはがれかかっており、壁にはツタも生えている年季の入った店だ。外から見てもこじんまりとしており、どうみても三十人も入れるようには思えない。


「うーん、全員では入れなさそうだしみんな外で待ってもらっていい? 次からはレベッカにみんなで入れるくらい大きな店を紹介してもらうから」


 そう言うと娘たちはみんな頷いたが、ただ一人レベッカだけは反対のようで俺に非難めいた目線を投げかける。


「いくら東地区が南地区より治安がいいとはいえ、裏道にこんなにかわいい女の子たちを三十人も待たせておくのは危険だわ」


 その純粋に娘たちのことを心配している言葉に、レベッカの印象を見直しながら、どうすればいいか迷ってしまう。娘たちの実力を考えれば危険などないのだが、外見があれだから実際に見てみないと納得できないだろう。


 でも実力を見せる相手なんて今いないし、そもそも秘密をレベッカに話すのは、まだ彼女のことをほとんど知らないので、信用できるのかもわからないから早いと思うし……。そんなことを考えていると、ミディールがレベッカの心配を無視して俺を急かすように口を開く。


「別にあなたに心配されなくても大丈夫です、自分の身は自分で守れますので。……パパ、待ち合わせの時間があるんですよね、私たちとの時間が無くなってしまうので速くしてください」


「……ああ、すまないな」


 そう言って店の中に入る。レベッカはまだ不満そうだったが、せめて娘たちと一緒にいることにしたようだった。案外彼女は面倒見がいいのかもしれない。



 店の中に入ると、中は雑多なものであふれかえっており、外から見たよりもさらに狭く感じられた。店内は静かでほこりっぽく、何かよくわからない匂いが漂っている。

 店内を一瞥した限りではそれほど欲しいと思えるような魔道具はなく、いくらでも水が湧いてくる水差しやら振ると風を起こせる扇やら晶石で代用できるクラスの道楽品ばかりで、どこにでもあるような魔道具しかなかった。そんな店内を見回しながら奥に行くと、机らしき物体の向こうに老人が物に埋もれるように座っている。しわくちゃの顔に、真っ白な髪の毛のおじいさんはこちらに気が付くと声をかけてきた。


「……いらっしゃい、何の用だね」


「……魔石が見たい」


 売るにしても魔石の相場が全く分からないので、とりあえず売っている魔石を見せてくれるように頼むと、店主と思わしき老人は奥から二つの魔石を取り出してきた。一つは最下級の魔石――レベル十九以下のモンスターが落とす魔石で、もう一つは下級の魔石――レベル二十以上三十九以下のモンスターが落とす魔石であった。


 老人は下級の魔石を恭しく手に持ち、最下級の魔石を机に置きながら話しかけてくる。


「ほら、これはそっちのより質がいいんじゃ。なかなか仕入れられないクラスの魔石じゃよ」


 そう言って下級の魔石をうっとりと見つめる。もしかしてこの世界では下級の魔石がそんなに貴重なのだろうか。一瞬そう思ったが確かにこのミゼリティ大陸は『エイジオブドラゴン』の中でも対象レベルが低い大陸だ。

 ラストダンジョンの世界の割れ目と付近の“竜の巣”“竜の墓場”を除くと一番対象レベルが高いのは俺の家がある付近のレベル六十ほど。その他はほとんどが対象レベル一から四十ほどの低レベル層であり、プレーヤーはこのミゼリティ大陸から冒険を開始して成長してから別の大陸に進出し、ラストダンジョンに挑むために帰ってくる。

 そんなわけで、低レベル層しかいないようなミゼリティ大陸では下級の魔石が高級な魔石なんだろう。


「それぞれいくらくらいなんだ?」


「そうじゃのう、そっちは五万ルコン、こっちのは……八十万ルコンじゃな」


 ルコンとは、『エイジオブドラゴン』でも使われているお金の単位であり、およそ一ルコンが一円ほどであった。最下級の魔石が五万ルコン、下級の魔石が八十万ルコンというとかなり高い気もするが、そこまで大きくお金の価値が変わっているというわけではなさそうだ。だが、最下級の魔石はともかく下級の魔石の値段が高すぎるような気もする。やはり下級の魔石を落とすモンスターを倒すことのできる人が少ないから、自動的に希少性も上がっているのだろう。


 ならば中級以上の魔石はいくらになるのだろうか。少し気になるが、ミゼリティ大陸ではその中級以上の魔石を落とすのは基本的に俺の家の近くか、あるいはドラゴンたちのすむ山脈に行くしかない。ならばどうやってその魔石を手に入れたのか怪しまれるのは確実だろう。


「じゃあ魔石の買取りをお願いできるか?」


 そう言って最下級の魔石を三つ、下級の魔石を一つ取り出し机に置く。老人はすぐさま手に持って眺め始めた。下級の魔石を見る目が、血走っているように見えるのは気のせいではないだろう。


「ぜ、全部合わせて八十万ルコンで買い取ろう!」


「ああ、それで頼む」


 八十万ルコン、まあそんなものか。すくなくとも、『エイジオブドラゴン』の中で売るときよりも四倍以上の値が付いたので良しとしよう。買取が終わったようで大量の貨幣が入った袋を手渡された。


 これだけ多いと本当に八十万入っているのかどうか分からないが、ここで調べてみても多分わからないだろう。袋の中にはいろいろな貨幣が入っていてそれぞれ価値が違うんだろうが、一瞥しただけではどの硬貨がどのくらいの価値があるかが分からない。あとでレベッカに確認しなければなと考え、他には特に用もなかったのでさっさと外に出た。さっきミディールに速くしろと言われていたからな。



 外に出るとレベッカを中心にして、娘たちが何やら内緒話をしていた。さっきまで仲が悪かったのにずいぶん仲が良くなったようだ。近づくと、彼女たちもこちらに気が付いたようでひそひそ話をやめてしまった。


「ずいぶんな額をもらってきたのね、一体何を売ったの?」


「魔石だよ。八十万ルコンだって言ってたけど、よく貨幣の価値が分からないんだよな。できれば教えてくれないか、後でいいから」


「貨幣の価値がわからないって……。本当にあなたはいったいどこから来たのよ。まあ、教えるくらいいいけど……、そうだその代わり今日はあなたの家に泊めてほしいのだけれど」


 レベッカは呆れたような表情をしていたが、すぐにまた獲物を狙う捕食者のような顔で舌なめずりする。妖艶な捕食者の提案をどうするべきかと考えていると、思わぬ方向からレベッカに援護射撃が入った。


「……ねえ、お父さん。今日一日ぐらいレベッカの事泊めちゃダメかな」


 キアンがいきなりそんなことを言う。俺の右腕に抱き着き、上目づかいで見つめ、甘えるような声で頼むと言うおまけつきだ。


「……お願いします、パパ」


 左腕には同じようにミディールが抱き着いて来て、周りを見るとみんなもそれに賛同するようにうなずいている。レベッカの提案ならともかく、娘たちまで賛成しているならダメとは言いづらい。


 しかし、まさかこの子たちがこんなに俺に関係すること以外の物事に関して自己主張をするなんてな……。キアンたちの様子はまるで友人をお泊りに呼ぶ子供みたいだ。


「……わかったよ。とりあえず今のところは君がお金を持っていてくれ」


 そう言って貨幣の詰まった袋をレベッカに渡す。彼女はそれをとても驚いた顔で受け取った。


「……私に持たせていいの? 持ち逃げするかもしれないわよ」


「娘たちが信用したんだったら俺も信用するよ」


「……ふふふ、その絶対的な信頼関係、妬けるわね」


 そう言ってレベッカは妖艶に笑う。その顔にどこか寂しそうな影が見えたのは気のせいなのだろうか。


「それじゃ、皆行きましょうか」


 どうやら行く場所は既に話し合いで決まっていたようで、レベッカが先頭を歩き出すと自然に娘たちがついて行く。どこへ行くのかはわからないが、俺もおいて行かれないように走り始めた。


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