六話
一時間後、俺はとある娘の部屋に来ていた。その部屋の間取りはシルヴァヌスと変わらない、というか娘の部屋は全員同じ細長い部屋であった。シルヴァヌスの部屋と違うところと言えば、シルヴァヌスの部屋には鉢植えが二つ置かれていたのに対して、この部屋には鉢植えがなく、その代わりに服を縫うための裁縫道具がテーブルの上に置かれている。部屋には多彩な服も飾られており、比較的鮮やかな色合いの部屋だ。クロゼットの中にはもっとあるのかもしれないが、勝手に覗くのはまずいだろう。
「じゃあ図るから動かないでね」
そう言ったのは部屋の主でもある、腰まで届く墨色のロングヘアでツリ目の少女ミーミルだ。そして周りにはその他にも十人ほどの娘たちがいる。どうしてこんな状況になっているのか。それは一時間前、海から娘たちが戻って来るのを出迎えたときにまでさかのぼる。
いかにもアダマンタートルごとき余裕で倒したというように娘たちを迎えたが、服がボロボロだったのですぐに嘘だとばれてしまった。なんで自分たちを呼ばなかったのかと問い詰められたので、この程度のモンスターに助けを呼ぶのも恥ずかしいからと正直に答えたが、それならせめて装備位はいつも整えてくれと娘たちに説教を喰らってしまった。
どうにか機嫌を直してもらおうと、アダマンタイトを手に入れたと話したらそれで防具を作るべきだと言われ、ついでにずたずたになった普段の服も一緒に新調するべく、娘たちの中で服作りを担当しているというミーミルたちと一緒に服を作ることにしたのである。
「それじゃあ私たちは普通の服を作るから、お父さんは自分のローブを作ってね」
俺の全身の測定を終えた、赤銅色のロングヘアで飛び跳ねたアホ毛が特徴の少女ユングヴィがそう言った。他の娘たちもそれぞれ作業に取り掛かり始める。どうやら一人一着作ってくれるようだ。彼女たちが作るのは俺の普段着であり、俺が今から作ろうとしているのはアダマンタイト製のローブであった。
娘たちは裁縫スキルを持っていないので、普段着を作る分には問題ないが、戦闘用の装備品を作るなら裁縫スキルを持っている俺が作ったほうがより強いものが作れる。それ故、俺がアダマンタイト製のローブを、娘たちが普通の布で普段着を作ることになったのである。
まあ、普段着は十着もいらないし、三着くらいあれば着まわすことが出来ると思うのだが、娘たちがやる気になっているのに水を差すのもどうかと思い、彼女たちに任せることにする。だが、一応あまり変な服にならないように釘をさしておく。
「あ、あんまり可愛らしくはしないでくれよ。普通の地味な服でいいからな」
「えーっ! ヒラヒラしたフリルとかスケスケのシースルーとかつけちゃだめなの?」
ミーミルががっかりしたような様子で嘆く。彼女が今着ているその洋服はごてごてしたフリルやら、腕が透けて見えているシースルーやら、とても女の子らしいかわいい服だ。……もしかしてペアルックでも作ろうとしていたのだろうか、あまりに恐ろしい想像に思わず身震いしながら答える。
「やめてくれ……、頼むから。……ほんとに地味な、全部同じようなやつでいいから……」
「それじゃつまらないよ……」
ユングヴィが不満げにこちらを見上げるが、上目づかいをされてもこれだけは譲れない。もしそんなものを着るくらいなら全裸のほうがまだましだ。どんなにお願いしてもダメという意志を込めて娘たちの目を見返す。俺と娘たちとの間には無言の戦いが繰り広げられていたが、俺の決意が揺るがないことに気づいたユングヴィたちは少々がっかりしたような様子で、大人しく服を作り始めた。
それを横目で見ながら俺も製作を開始する。まずアダマンタイトを柔らかくし、極限まで薄く延ばす。横から見ると目に見えないほどの薄さまで伸ばしたところで一番固くする。これでローブの一番外側が完成である。最も固く変化したアダマンタイトは極限まで薄くされているのにも関わらず、あらゆる斬撃・刺突を通すことはない。次にローブの本体部分を作る。今度も柔らかくするまでは同じだが、厚さは普通のローブと同じくらいにし、固さも柔らかいままでスライムの様に衝撃を吸収できるくらいの固さにする。
その両方を縫い合わせてできた布、アダマンタイト製の布でローブを作る。布が余ったらもったいないので全部使おうとしたがそれでも多少余ってしまい、ローブもやや大きめになってしまったが、普通に着る分には問題ない程度である。余った布をまた柔らかくしてアダマンタイトの塊に戻す。およそナイフ一本くらいが作れるくらいの微妙な量が残ったが、とりあえず今すぐ使うアイデアは思いつかないのでアイテムポーチにしまっておこう。
いつの間にか二時間ほどが経っており、外も夕焼けで赤く染まっていた。周りでは未だ娘たちが服を製作している。俺がこんなに早く作れたのはやはり裁縫スキルのおかげなのだろう。改めて完成したアダマンタイト製のローブをハンガーで壁に吊るし、いろんな角度から眺める。
若草色に染まったローブは、ゆったりとしたつくりになっており、どことなく森の中に住んでいるエルフがつけているようなローブだ。少々色に不満はあるものの、また黒いローブというのも何だし、それにこれなら熱を吸収しないので〈深淵のローブ〉よりは涼しいだろう。これで満足するように大きく頷く。そして、娘たちが俺の服を製作する様子を見守った。
「みんなが全員分の服を作ってるの?」
静寂を破るように尋ねる。集中しているのにすこし迷惑かとも思ったが、せっかく一緒の部屋にいるんだからコミュニケーションをとろうと思ったからである。それに自分の製作が終わったので手持無沙汰だったし……。
「私たちのほかにも自分で作ってる子はいるけど、ほかの子のぶんまで作ってるのは私たちだけだね」
ユングヴィがこちらを見ずに、手を動かしながら答える。ミシンはないのでみんな手縫いだが、その手つきはなかなか様になっている。
「服を作るのは楽しい?」
「うん! どんな服がかわいいか考えたり、完成させた服をみんなで見せ合ったり、どういう服が自分に一番似合うか着てみたり。一着の服を作るのは大変だけどそれでも楽しいよ」
ミーミルがこちらを向いて笑顔で話しかけてくる。話すのに夢中になって手は止まっているが、大丈夫なのだろうか。
「そっか、よかったね……」
娘たちが真剣に何かをしているというのは、父親として嬉しいものだ。それだけ真剣になれるというものがあるのはいいことだ。シルヴァヌスたちが植物を育てることに楽しみを見出したのに対し、ミーミルたちは服を作ることに楽しみを見出したのだろう。
「……だからもうちょっと服を褒めてくれるとうれしいな」
夕陽を見ながら物思いにふけっているとユングヴィが口を尖らせてそんなことを言ってくる。周りでは全員が頷いていた。一気に四面楚歌の状況に陥った俺は、ただみんなの機嫌をとるために褒めてあげることしかできない。
「いや、口に出してはいないけど、いつもかわいいと思ってるよ……」
「ほんと~? なんかお父さんってファッションに興味がないよね。みんなが毎日同じ服を着続けても気付かなさそうな気がする」
ミーミルが疑うような目つきで見てくると、ほかの娘たちも手を止め、同じく不審なものを見る目をする。俺はなんとか話題を逸らそうと必死になった。
「そ、そんなことないよ……、多分。そんなことより速く作らないと夜になっちゃうよ」
「もう終わったので大丈夫。それじゃあ着てくれるよね?」
ユングヴィがニッコリと笑って完成した服を手渡してくる。それと同時に他の娘たちも完成した服を手渡してきた。確かにフリルやシースルーなどはなく、見た目はこれまでの服と似ているが、南国の花や鳥の様に色とりどりの布が使われていた。夏用に快適性を追求したその服は、半そでで生地が薄くなっているので、どことなくアロハシャツを思い出す。
「こ、これを着るのか……」
今まで俺が着てきたのは黒・白・灰色などの無彩色か、あるいは黒に近い、紺色や茶色、白に近いベージュや薄い緑などの服であった。しかし、それと正反対の赤や黄色、オレンジやピンクなどの暖色中心の派手な洋服にしり込みしてしまう。
決して娘たちのセンスが悪いわけではなく一着の洋服としてみればかっこいいとも思うのだが、これを俺が着るとなると不安が拭えない。
「……こんなに派手な服は俺には似合わないんじゃないかな」
遠まわしに着たくないと言ってみるが、娘たちはこちらをじっと見つめている。その眼には拒否は許さないという意志が見えるので、仕方なく一着を手に取り、着替えてみた。
サイズはもちろんぴったりで、着心地は悪くない。何の素材で作っているのか知らないが、見た目よりもずっと涼しく、伸縮性も抜群で動きやすい。鏡で自分の姿を見て、思ったより悪くないなどと自己満足していると、いきなり体の向きを変えられ娘たちに言われるがままにいろいろなポーズをとらされた。正直かなり恥ずかしい。
「うん! 似合ってるよ! やっぱりお父さんは派手な色のほうが似合うと思うんだよね!」
「そうだね、やっぱり少し顔が地味な分、服くらい派手にしないとね。……あ、別にお父さんがかっこよくないとは言ってないよ。私は、見るとなんとなく落ち着くし、安心できるようなお父さんの顔が大好きだから。……ただ、どうしてもあのアリシアさんみたいな人と並ぶと、どうしてもこう……カリスマ性というかオーラというか覇気というか、そういうのが足りないと思うんだよね。だからせめて服だけでももうちょっと目立つように派手なものを着てほしいっていうか……」
ミーミルの言葉にユングヴィも賛成するが、発せられた言葉には少しとげがあった。
「まあ、アリシアと並んだら見劣りするのは分かってるけど……」
言われなくても分かってるからわざわざ言わないでほしい。
「あ、そうだ。お父さん、アダマンタイト製のローブできたんでしょ? その上から着てみてよ」
ミーミルがそう言った。どうもごまかされているような気がしないでもないがとりあえずアダマンタイト製のローブを着てみる。ゆったりとしたローブは動きを阻害することなく、しかも着ている事を感じさせないほど軽い。
「うん、お父さんの優しい感じにその緑のローブが似合ってるよ」
ユングヴィがそう言ってくれる。こんどは純粋に褒めてくれているようだ。……まあいろいろあったが服を作ってくれたことには感謝しないといけないだろう。
「みんなありがとう」
そう言って一人ずつ頭をなでてあげた。




