二話
モンスター区分において、ドラゴン族・ワイバーン族・ウィルム族などが竜科を構成する、おおよそファンタジーに出てくるドラゴンというモンスターならば、この目の前のモンスターが区分されるのは亜竜科という、いわゆる恐竜のようなモンスターが構成している分類であった。広義の竜とはこの竜科、亜竜科という二つの科を持つ竜目という分類に属するモンスターたちのことである。
目の前でこちらを睨み付けているのは、亜竜科ニュート族に属するプレシオニュートというモンスターであった。全長およそ十二メートル。首が体と同じくらいの長さで、四肢は完全にヒレ状に変化しており、尾は短く、水生生活に適応している。肌はドラゴンの様に鱗が付いているわけではなく、どちらかというとサメに似た肌をしており、背中側は青く、お腹側は白い。
そんな海中の王とも呼ばれるプレシオニュートだったが、こちらを睨み付けたまま動こうとしない。たしかにあのヒレのような手足じゃ陸上で動きづらい。尻尾も短いので攻撃には使えない。接近戦ではまともに動かせるのはあの長い首だけだろう。ならば、警戒すべきなのは……。
「これは……、まな板の上の鯉ってやつだね!」
すぐ隣にいた、髪は刈安色のロングヘアで一部をお団子にしている少女アポロンが我一番と突撃していく。すごい勢いで突撃していくが、迎え撃つプレシオニュートもアポロンのその姿をはっきりと目視しており、何やら力を貯めるように縮こまった。あの構えはまずいだろう、そう思い止めようとした。
「ちょっ、ちょっと待って、そいつは……」
プレシオニュートは基本的に水中でその巨体のみを武器に戦うことが多い。陸上でののろまな姿とは裏腹に、水中ではその巨体を自由自在に操り、その巨体のポテンシャルのみでほとんどの敵を打ち倒してしまう。しかし、同じニュート族の敵や、あるいは陸上に上がらなければならない時のために、一つだけ強力な切り札ともいうべき技を持っていた。それが通称水ブレスという技である。プレシオニュートは体の中に水を貯めておける器官を備えていて、口から高圧水流を噴射することが出来た。
アポロンを制止しようとするが、間に合わない。プレシオニュートの口から発射された強力な水流が、突出し今まさに斧を振り上げ飛び掛かっているアポロンを捕えた。
悲鳴を上げて後ろに吹き飛ぶ少女。ゆっくりと上空から落ちてくる少女を何とか受け止める。思ったよりずっと軽い。急いで無事かどうか確認するために顔を見るも、その端正な顔は苦痛に歪んでいる。
「うっ……パパ……私……もうだめ……みたい。……アポロンって娘が……いたこと……忘れ……ない……で……ね」
そう言ってがくりと力をなくす少女。あまりの出来事にただただ呆然とするしかなかった。冷静に考えればいろいろとツッコミどころはあったのだが、娘を失ったショックで頭が真っ白になってしまった。言葉も涙も出ず、ただ俺の腕の中にあるアポロンの力を無くした肢体を呆然と見つめることしかできない。
「……遊んでないで速く起きなさい、アポロン。腕の一本くらいどうってことないでしょ。……お父さんも速く《リペア》を使ってあげてください」
濃二藍色のロングヘアを二つのおさげにしている少女ウラノスが近くへきてそう言うと、いたずらがばれた時のような顔をしたアポロンが腕の中から起き上がる。あまりの驚きに少し涙が出そうになる。ウラノスはそのままプレシオニュートのほうに行ってしまった。
「えへへ、どうだった? 迫真の演技だったでしょ。心配しちゃった?」
「び、びっくりさせるなよ……。……はぁ、《リペア》使うぞ」
一気に緊張感が抜けたが、とりあえず怪我をしているのは確かなようなので、患部を見てみる。バトルドレスを脱がせ、アポロンが左手で抑えている右腕を見てみると、右腕の半分ほどまでざっくりと切り裂かれ、ピンク色の肉の中に白い骨のようなものまではっきりと見えた。その肉の断面からは血ではなく、何か霧のようなものが吹き出している。この世界に来たばかりの頃なら、この光景に気絶してしまったかもしれないが、ドラゴンなどの解体作業で鍛えられたからなのか、少しも吐き気を覚えることはなかった。
しかし、本当にリアルに作られてるな……。《リペア》をかけ、徐々に閉じていく患部を見つめながらそう思う。人形作りには魔石とイオレースしか使わないんだから、ピンク色の肉の部分も、白い骨の部分もおそらくイオレースで作られているはずである。そして、肉から吹き出したのは魔力で、血の代わりに全身を巡っているのだろう。
考えてみると、俺は娘たちの体のことを何も知らない。彼女たちを創り出したのは、あくまで『エイジオブドラゴン』のクリスである。俺は人形を作るようにプレイヤーとして指示していたが、実際に作っていたのは俺ではない。
体の内部がどうなっているのかとても知りたいが、健康体なのにわざわざ解剖するわけにはいかないだろう。この世界で人形遣いのジョブの力を頼りにもう一人作ってみればいいのかもしれないが、これ以上娘を計画性なしに増やすというのはどうなんだろうか。そう考えている間に《リペア》が終わり、回復したアポロンが立ち上がる。
「復かーつ! さてお返しはさせてもらうよ!」
そう言ってぶんぶんと斧を振り回し、イノシシのように突撃しようとしていたアポロンであったが、プレシオニュートのほうから戻ってきたウラノスが無慈悲な言葉を投げかける。
「もう終わったわよ」
そう言われて、プレシオニュートのほうを見ると既に解体まで完了している。その様子を見たアポロンは地面に手を突き落ち込んでいた。なぐさめたほうがいいのだろうか、そう考えていると両腕で何かを抱えたウラノスが話しかけてきた。
「それからお父さん、こんなものが……」
そう言ってウラノスが差し出してきたのはまごうことなき宝箱であった。木でできた茶色の箱で、上部は上部はアーチ型になっている。素朴な木の箱ながらも、圧倒的な存在感を放っている。これが……宝箱か。
「こ、これ、一体どこにあったの?」
ウラノスに向かって食い気味に尋ねる。いきなりテンションの上がった俺に少し戸惑っていたようだが、すぐに教えてくれた。
「倒した後、死体のすぐそばに魔力が集まっていたので何だろうと思っていたら、その場所にこれが現れたんです。もしかしてこれが宝箱というやつですか」
話しを聞いている間にもわくわくが止まらず、はやる気持ちを抑えられない。『エイジオブドラゴン』で宝箱などいくつもあけてきたが、こうして宝箱が目の前にあると冒険心がこれほどまで掻き立てられるものだとは知らなかった。今なら財宝を求め旅をするトレジャーハンターの心がよくわかる。宝箱にはロマンがあるのだ。
「そ、それじゃあ開けるよ」
震える手でゆっくりと宝箱を開ける。徐々に開いていく隙間からは光が漏れだす。宝箱のふたを完全に開けても中はあふれる光で見ることが出来ない。まばゆい光か見通せぬ闇かの違いはあるが、これはアイテムボックスみたいなものなのだろう。宝箱に入っていたものが、宝箱より大きいなんてこともあるだろうし、きっとドロップアイテムがどんな大きさであろうともこの宝箱から取り出せるようにこうなっているんだろう。中から漏れる光で内部は見えないが、とりあえず手を入れてみる。すると、手に何かが触る感触。それを掴んで取り出した。
「これは! ……水鉄砲?」
宝箱に入っていたものは、百円店で売っていそうな、透明な水色のおもちゃの水鉄砲だった。それを見た途端一気にテンションが下がる。さっきまでのわくわく感を返してほしい。宝箱は水鉄砲を取り出すと再び魔力に帰って霧散してしまった。俺の手の中にあるのは水鉄砲だけだ。……どっちかと言えば宝箱のほうが欲しかった、インテリアに。
「はぁ~……。とりあえずみんな汚れちゃったし、帰らない?」
海に引きずり込まれたせいで全身がべたべたしている。どっと疲れも襲ってきた。はやく帰って風呂に入りたい。そう思って提案するとみんな賛成してくれた。
「そうですね、そのままじゃ風邪ひいちゃいそうですし……。それじゃ一緒にお風呂に入りに帰りましょう」
どうやら一緒に風呂に入るのは確定しているようだ。ウラノスの言葉と共に【リターン/帰還】を使い、みんなで一緒にマイホームに帰った。




