二話
『エイジオブドラゴン』には大きく分けて三つの職業があった。一つは騎士や侍といったパーティーの最前線で敵と戦う前衛職。一つはウィザードやプリースト、狩人といった遠くの間合いから戦う後衛職。一つは忍者や獣使いといった特殊な立ち回りを必要とする遊撃職。
その遊撃職の一つに『人形遣い』というジョブがあった。生きた金属と呼ばれる特殊な金属イオレースを使い、自動人形を創り出すことができるジョブである。体も自由に大きさを決めることができ、まるで本物の人間にしか見えないような人形を作り出すことが出来る。
AIは五十種類の性格――例えば冷静、温和といったいいイメージのものから、傲慢、強欲といった悪いイメージのものまで――から五種類を選んで決めることができ、最初に決めた性格ほどより強く、最後に決めた性格ほどより弱く反映されるようになっている。ちなみに、クリスが作った人形たちは皆、その最初に決めた性格が孝行であったため、かなりファザコン気味な性格になっている。
自動人形は魔法が使えない分、前衛職よりも一回り強い能力値となっている。一方、人形遣いそのものは後衛職よりは上といったクラスの能力値であり、スキルも全て人形に関するものでダメージを与えるものがないなど、人形を強化、回復する以外は物理攻撃しか能がないのに、前衛としては弱く、後衛としては遠距離での攻撃手段がないという非常に立ち回りが難しい職業となっていた。だが、作りこみの深さのおかげでまるで生きている人間のような人形を作れることもあって一時期は人気を博した職業であった。
そんな人形遣いの中に一人の変人がいた。その男は冒険にも出かけず、マイホームでひたすら人形を作り続けていた。多くの人形を作っても冒険に連れていけるのは一体だけであり、ほかのプレーヤーは数体は作ってもそれ以上の人形を作ることはない。そんなに作っている暇があったら冒険に出るのである。
なぜそんなに多くの人形を作るのか、その男さえすでに覚えていなかったが、作ること自体が目的となっていた男は人形を作り続けた。男が作る人形はすべて十歳前後ほどの年齢に見える少女であり、どれもみな天使や妖精の様に愛らしい容姿をしていた。ほかのプレイヤーたちはその男を傀儡王、キング・オブ・ロリコンなどと呼んだが、男はマイホームからほとんど出ず、外出するのも近くの山に人形作りの材料を取りに行くときだけであったので、自らが何と呼ばれているかを知ることはなかった。作り上げた人形の数が千体を超えた、その人形遣いの名前はクリス・ピグマリオンといった。
「ずっと見られたままだと食べづらいんだが……」
何百人も一度に食事がとれるほど大きな食堂で、先ほど寝室に来たイヴと二人きりで食事をしていた。食堂は南館の二階の西半分を占めている。食堂には長いテーブルとイスがたくさん置かれているが、使われたような形跡はない。そのテーブルの中でも一番調理場に近いテーブルで二人、向かい合って食事をとっていた。
朝食のメニューは焼きたてのパンにふわふわのオムレツ、サラダに焼いたベーコンとソーセージ、シナモンのにおいが香るフレンチトーストに蜂蜜とバターがたっぷりのったホットケーキなど、朝食にしては少々多すぎる量が並べられている。二人きりで食事をしているとはいっても食事をとっているのはクリスだけで、イヴは何も飲食をせず、彼が食べる様子ををじっと見つめていた。
「ご、ごめんなさいお父様。……あの、おいしい、ですか?」
イヴは顔を赤らめながら目をそらしてそわそわと落ち着きなさそうにしている。そういえばこの食事はだれが作ったのだろうか。そう考えたがこの屋敷には彼と千一人の娘たちしかいないはずであり、自分が作ったのではない以上、娘たちの誰かが作ったものだ。そして、イヴの様子を見るにこの食事はおそらく彼女が作ったものであり、味についての感想を求められているのだろう。
「うん、おいしいよ。イヴが作ったのかな? ありがとう」
そう言うと、イヴは恥ずかしそうにうつむき、こくりと頷いた。隠し切れない笑みがまぶしく感じられる。やはり娘たちには笑っていてほしい、そのために頑張るのが父親なのだろうと少し娘を持った父親の気持ちがわかってきた気がする。今思えばきっと中庭であった三人も、もっと父親とコミュニケーションをとりたかったのだろう。そのことに気づいてあげられない未熟さ、父親としてまだまだだなという反省を胸に刻んだ。
「そういえば、この材料はどうやって調達したんだ? 食材なんてまだあったのか?」
料理の材料となる食材は、この屋敷にこもり始めてから手に入れてはいないはずであった。ならば、この料理はこの屋敷に来る以前、まだ最初に作ったイヴ以外の自動人形がいないころの冒険で、モンスターを倒したり採取したりして手に入れた食材で作られているはずである。少し賞味期限が気になったが、おそらくアイテムボックスに入っている間は時間が止まっているのだろうと納得することにした。
「お父様が食べる分だけですので、まだ数か月は余裕がありますが……。モンスターの肉や植物くらいなら私たちで取って来ることができるのですが、この近辺でとれるものにも限界がありますし、できれば近いうちに街まで買い物に行きたいですね」
そうか、自分が持ってるアイテムの確認もしなければいけないなと思いながら、クリスはふと気になったことを尋ねた。
「そういえばイヴたちは自分たちだけで外に出られるのか?」
『エイジオブドラゴン』では、人形遣いは一度に一人までしか人形を連れていくことができず、それ以外の人形はマイホームに残されていた。もちろんその残された人形は自ら外に出ることはなかったので、娘たちが自由に動けるのか気になったのである。
「ええ、できると思いますが……?」
イヴは質問の意図を掴みかねたようだったが、そのことについて追及することはなかった。そうなのか、まあ確かに俺と一緒にいないと外に出れないというのはおかしいしな、これもゲームから現実になった影響なのだろうと納得することにした。
「そうなのか。まあ、外に出る時は気をつけてな、できるだけひとりきりでは出るんじゃないぞ。少なくてとも二、三人のグループを作って、外出することを誰かに知らせておくんだよ」
「ふふ、わかりました」
自分よりも強い娘たちに対して言うことではないのかもしれないが、少し心配になってしまった。その様子に、イヴも少し困ったような顔をしながら微笑んでいた。
「さて、ごちそうさま」
娘が作ってくれた朝食を残さず食べ終えると、まず今日の予定を立てることにした。いったい何から始めるべきか、しばらくの間考えあぐねていると、朝食の後片付けを終え調理場から戻って来たイヴが不意に尋ねた。
「今日も新しい子を作るのですか?」
その声音に責めるような雰囲気はないが、少し寂しそうな想いが感じられるのは気のせいではないだろう。娘に寂しい思いをさせてしまったことに気が付き大きな衝撃を受けた。そう彼女たちを創り出したのは間違いなく自分なのだ。彼女たちのとって自分は父親だろうし、俺にとっても彼女たちは人形といえども娘と同じである。いくらゲームの中のことだったとはいえ、何も考えずに千体を超える人形を創り出し、作った後はろくに相手もせずひたすら次の人形を作り続けていたのはすこしまずかったのではないか。ゲームの中では何も思わなかったが、こうして話しているとちゃんとこの子たちが生きていることを実感し、何もしてこなかったことに対して罪悪感を覚えていた。
「いや、もうしばらくは作らないよ。……そうだ、暇な子だけでいいから誘って、散策にでも行かないか?」
良い父親になれるかどうかはわからないけど、一緒にいてあげることならできるだろう。マイホームの周囲を調査するため、そしてそれ以上に娘たちとコミュニケーションをとるために散策に行くことを提案した。
「も、もしかしてピクニックに行くということですか?」
イヴが目を輝かせながら尋ねてくる。可愛らしい顔には隠し切れない笑みが浮かび、溢れる喜びを押し隠すことができないようだった。こんなにいい顔が見られるなら提案したかいがあると思う一方、散策くらいでこんなに喜んでくれる娘に対して、今までかまってやらなくて申し訳ない気持ちが生まれる。
「まあ、そんな感じ。そうだな、いろいろ準備もあるだろうし一時間後にエントランスに集合ということでどうかな。暇そうな子にも伝えてくれると助かるんだけど」
「わかりました! 一時間後にエントランス集合ですね。お弁当も作っていきます!」
「あ、あぁ、頼んだよ」
あまりの食いつきぶりに、少々引いていたが、まあ喜んでくれたならいいかと思い、外出する際の準備をするため、寝室へと戻っていった。