エピローグ
ジルベール・バタイユという強力なリーダーを失った軍部は、もう抵抗しようとはしなかった。アリシアはその軍部を許し、ジルベール・バタイユ一人の死でこの政争を終わらせようとしたが、十二軍団の将軍十二人はジルベール・バタイユの死の報を聞くと、後を追うように自ら死を選んだ。
それ故、アリシアや文官たち、とくに宰相のファビオ・ダランベール――玉座の間にいた、頭髪が薄い、やせぎすの不健康そうな男――が後継を決めるのに奔走したが、それはクリスには関係のない話である。
クリスは本棚に囲まれながら、分厚い本を読んでいた。ここはマイホームの一階東側にある図書室で、『エイジオブドラゴン』でクリス自身が集めた本が一面の書架にぎっしり詰まっている。古い本が持つ独特な匂いが漂うその部屋の中には、ゲームの世界観設定に関する本から、魔術書、伝記や小説に至るまでゲーム内で手に入れることが出来る様々な書物が収められていた。
クリスはゲーム内でアイテムを集めることはあまりなかった。アイテムを集めようと思って集めたのは、せいぜい絡繰師一式という、人形遣いの防具一式くらいだった。その他の装備品はクエストの報酬や敵モンスターのドロップなどで、いつの間にか手に入っていたアイテムを装備していたので、もちろん最強装備などではない。
自分で集めようと思った絡繰師一式もその当時は最強クラスの装備品だったが、その後クリスがこの屋敷で引きこもっている間に他にも装備品がアップデートで追加されたりもしたので、もっと強い人形遣いの装備も追加されていたはずである。
だが、本だけは別で、この屋敷に引きこもる前も、引きこもってからも積極的に収集をしていた。その種類も、クエストに必要な書物や、魔術書などの特定の魔法の効果を高めたりするゲーム内で役に立つものから、設定資料や伝記のような世界観を深めるためのもので、実際には役に立たなそうなものまで様々なものがあった。しかし、一見役に立たなそうなものでも、中には強敵を倒すヒントのようなものが書かれているものもあったりして、じっくり読むと面白い。
装備品と違い、本は入手先の大半が本屋で買うだけで、格段に入手しやすいので、アップデートの後ちょくちょく本屋を覗くだけで大半の書物を手に入れることが出来た。実際にここに収められている本は、大半が店で買ったもので、本当にレアな書物は収められていないが、それでも読み切れないほど多くの書物が収められていた。
その大量の書物が収められている書架と書架の隙間の通路で、高いところの本をとるための脚立に座りながら、クリスは『エイジオブドラゴン』のレトナーク王国に関する設定資料を読んでいた。
クリスは本を集めることは好きだが、集めただけで読んだ気になって満足してしまう性格をしている。この図書室には大量の書物が収められているが、クリスが読んだことがあるのは精々一割にも満たないだろう。今読んでいる本も、買ったことは覚えているがそれをすぐにこの図書室にしまってから一度も読んでいなかった。
その空間では、クリスが本のページをめくる音だけが響いていたが、突如その静寂が破られた。三人の少女、ケレスとユノ、フォルトゥナが図書室に入ってくる。
「あっ、いたー! ねーねー、こんなところでなにしてるの?」
ケレスがクリスの腕を掴んで揺すりながら言うが、クリスは本に集中しているのか、あいまいな返事しかしない。
「あー、うん、そうだな……」
「図書室ですることと言ったら本を読むことに決まってます」
ユノがケレスをクリスから引きはがそうと悪戦苦闘しながら言った。フォルトゥナも一緒になって引きはがし、ケレスを諭す。
「パパは忙しそうだからまたあとで来ようか。じゃあまたね、パパ」
「あ、ちょっと」
ケレスがまだ何か言おうとしていたが、そのまま二人に引きずられていった。扉が閉まり再び部屋の中を静寂がつつむ。その静寂を破ったのはクリス自身だった。
「これはっ……!」
クリスはその本に書いてあることが信じられないような様子で目を見開く。そのレトナーク王国に関する設定資料の本には要約すると次のようなことが書かれていた。
アリシア・レトナーク(在位王国歴312~335)
レトナーク王国第十一代国王で、王国の中興の祖。聖女王という別称でも呼ばれる。初代国王のヨシュア・レトナークと共に、建国の父、繁栄の母とたたえられる。
高潔な人柄と慈愛に満ちた心で、国民に絶大な人気を誇った女王。現在のレトナーク王国の貨幣にも肖像が描かれている。その美しさにも定評があり、王国の白百合と呼ばれた妹のエレミア・レトナークと対比して王国の紅薔薇とも呼ばれた。
彼女の行った政策は、独創的なおかつ画期的なものばかりで、彼女の成した数々の事業の中でも特に偉大な三つの事業を聖女王の三大事業という。すなわち、当時四つの国に分かれていたミゼリティ大陸の統一、ジョブ制度の創設、そして始源龍ウロボロスの討伐である。
彼女には息子がおり、その息子が第十二代国王となったが、その父親はだれも知らず、彼女も一生涯他人に話すことはなかった。その息子が一人前になると彼女は王座を譲り、忽然と姿を消した。どこかで静かに暮らしたのか、はたまた誰かに暗殺されたのか。彼女のその後については一切不明である。
「王国歴三百年……。たしか『エイジオブドラゴン』では王国歴は千年から開始だったから……。七百年前!? まさかこの世界は……!」
クリスは愕然とした表情で叫ぶ。
「……ゲームの世界じゃなく、ゲームの過去の世界に来たのかよ……」
クリスは頭を抱える。しかし、数分後にはずいぶんすっきりとした表情で上を向いた。
「いや、ここがどこだとしても関係ないか。俺にできることはあの子たちの父親でいることだ。それから、……ほんの少しはアリシアを助けてやれるといいな。なんか大変そうな人生だし」
クリスは本を書架に戻し、さっき無視してしまった娘たちと遊ぶために図書室を後にした。




