七話
三十分後、装備を整えて玄関につくと、もうすでにみんなの準備が出来ているようだった。装備と言っても、いつも散策に行くのと同じ格好で、特殊な効果はないが高い防御力を誇る真っ黒な〈深淵のローブ〉を羽織り、あらゆる被ダメージを十パーセント減らす、飾り気のない銀色の〈守護天使の指輪〉を指にはめ、全ての能力値を五パーセント上昇させる、金の十字架の中心に小さなダイヤが埋め込まれている〈熾天使の首飾り〉をつけただけである。
一方、娘たちは異様な雰囲気を放っていた。〈深淵の鎧〉、全てを飲み込むブラックホールのような、一片の光も反射しないどこまでも深い漆黒のフルプレートメイル――頭の先から足の先まで全身を覆う鎧――を着た娘たちは、まるでその鎧自体が、呪いを受けて動いているような雰囲気を出している。知っていなければ絶対に中身があの天使や妖精のような娘たちだとは分からないだろう。
ちなみに、この〈深淵の鎧〉は、ラルズール山に出てくる、マスターデュラハンというモンスターがドロップするアイテムで、ラルズール山にイオレースを取りに行くたびに戦っていたので、かなりの量がアイテムボックスの中に眠っている。一緒に行く娘たちを百人にしたのは、この〈深淵の鎧〉を百個持っているからであった。
いかにも呪いを受けそうなアイテムであるが、実際に呪いを受けるわけではない。特殊な効果はないが、見た目は邪悪だが立派で、かなり優秀な能力値の鎧である。ちなみに、その鎧の見た目はマスターデュラハンとほぼ同じであるが、なぜかマスターデュラハンが持っていない兜もついてくる。
それから、エントランスには鎧をつけていない娘たちも大勢いた。果たして見送りのためなのか、それとも戦場に行きたかったのか。鎧をつけていない娘たちが、鎧をつけている娘たちを見つめる目を見る限り、後者の可能性のほうが大きいと思うが、まあ、気にしないようにしよう。
「……なあ、あれはなんなんだ? 森ではもっと普通の恰好をしていたと思うんだが」
アリシアが娘たちの異様な雰囲気を見て、恐る恐る聞いてきた。さきほど、鎧を貸してやると言ったので、今は鎧を着ていない。
「……あれなら、中身が娘たちだとわからないだろ?」
そう言って、娘たちのほうを見る。百体もの真っ黒な鎧が動き回っている様子は、とても威圧感があった。もし、あんなものが一斉に襲ってきたら、トラウマになるだろう。
「まあ、それは……そうだが」
アリシアはいまいち納得できていないようだ。
「俺は君のことは信用したが、君以外を信用したつもりはない。もしあの子たちがそのままの姿で戦ったら、間違いなく後でいろいろと面倒なことになる。娘たちにあれを着させて、俺がこのままで現れれば、俺に興味が集中するだろう。あの鎧たちは、あの男が指揮する軍隊だってな。……それからこの戦いはあくまで君が主役だろう、あの子たちが目立っては意味がない。黒子代わりだ」
そう、あの子たちはそのままでは目立ちすぎる、特に戦場では。あまりに強すぎる娘たちの力は、彼女たちに争乱を運んでくるだろう。そんなことにさせないため、とにかく彼女たちが強力な力を持っているという事は隠さなければならない。
それにあくまで俺たちはアリシアの即位に協力するだけの脇役、ジルベール・バタイユに勝たなくてはならないのはアリシアなのである。
「そうか……、まああれはあれで十分目立つと思うが……。いろいろと済まないな、私のせいで迷惑をかけてしまって」
そう言うと、アリシアは俺の装備を見て怪訝な表情をする。武器を何も持っておらず、鎧もつけていないからだろうか。
「……だが、君はその格好で戦うのか? というか君って強いのか?」
「む……、俺だって一応強いぞ、多分君には勝てるくらいには。まあ、あの子たちにはかなわないが。……それに娘たちだけに戦わせて、俺が一人見ているだけにはいかないだろう、父親として」
本当は俺が行かなくても、多分何事もなく終わるだろう。いや、俺がいない方が娘たちも何も気にしないで、より自由に戦うことが出来るのかもしれない。だが、娘たちを戦場で戦わせ、自分は安全なところにいるなど、俺のなけなしのプライドが許さない。なにより一緒にいるって約束したからな。娘たちとの約束は何があっても守らなくてはならないだろう。
「……全く強そうには見えないが。まあ、あの子たちも強そうには見えないし、君が言うならそうなんだろう。……それで鎧は用意してくれたのか?」
「ああ、すまん、忘れていた。少し待ってくれ」
そう言ってアイテムポーチの中に手を入れる。そして、手に触れたものを勢いよく取り出した。いきなり、小さな袋からその袋よりはるかに大きいものが出てきたことに、アリシアは驚いたようだったが、すぐにその中から出てきたものに目を奪われていた。
「……こ、これは……」
それは薄く金色に輝く鎧であった。〈深淵の鎧〉のように全身を覆う鎧だが、兜の部分はなく顔が出るようになっている。顔以外に肌が露出するところはなく、一見無骨にみえるが、よく見ると全身に細かな装飾が入っており、実用的なだけではなく美術的にもとても美しい一品となっている。
「昨日君が着ていたのと同じようなものにしてみたんだが、どうだろうか」
「……もしかして、私のために作ってくれたのか?」
「……まあ、昨日の夜、眼が冴えて眠れなかったからな、気にするな。あと、こっちがマントだ。」
そう言って再びアイテムポーチの中から何かを取り出す。黒の生地を金色が縁取っており、裏地は真紅のマントだった。マントには鎧ほど細かな装飾が付いているわけではないが、滑らかで柔らかく上品な手触りの布で作られており、しっとりと深い光沢を放っている。鎧の存在感にも負けていない立派な一品であった。
「帰ってきた王がみすぼらしかったら、絵にならないだろ」
「……本当に、ありがとう。この礼はいつか必ず……」
そう言って、アリシアはてきぱきと鎧を身に着けていく。プラチナブロンドの鎧、薄く白や銀にも見える金色と、マントの深い光沢を放つ黒と赤が、彼女の色の濃いはっきりとした金髪を引き立たせている。女で年若いのにもかかわらず、その姿は偉大な王にしか見えなかった。
「……軽い? ……まさかこれは」
鎧を身に着けたアリシアは、体を動かしていたが、不意に何かに気づいたようで、尋ねてきた。その眼には驚愕と畏怖の感情が交じっている。
「ああ、オリハルコン製だ。全身鎧だからそれなりに身体能力が上がっているはずだ。それと一応剣も作ったから持っていけ。同じオリハルコン製だ」
アリシアは鎧を着たまま、体をひねらせて隅々まで鎧を見ようとしていた。そんな彼女にアイテムポーチから取り出した、鎧と同じ色に輝く剣を渡した。刀身八十センチ、真っ直ぐな両刃の刃を備えた、あまり飾り気のない無骨な剣だった。だが、決してみすぼらしいと言うわけではなく、鎧とは違ってオリハルコンの金属としての美しさを最大限に生かしている。
『エイジオブドラゴン』では、装備アイテムは大きく二つに分かれる。
〈深淵の鎧〉などのユニーク装備は強さが固定されていて、強力なものが多い。オリハルコン製じゃなくてもほとんどの装備で能力が上がり、特殊効果もついている場合が多い。しかし、モンスターのドロップやクエストの報酬でしか入手できず、さらに一定のレベルがないと装備することすらできない。
一方、自作装備はその材料や作る者の生産レベルによって強さが変わり、高レベルの生産スキルを持ったものがレアな材料で作ればユニーク装備に引けを取らないほど強い装備が作れるし、つける特殊効果も自分で決めることが出来る。なによりレベルが低くても強い武器や防具を装備できるという点が大きな違いだ。もちろん、十分に装備の性能を引き出せず、弱体化するが、それでもレベルに見合った装備よりも強い場合が多い。
「……だが、一体これほどのオリハルコンをどこで……。魔法金属と言えば幻の金属なのに」
アリシアがオリハルコンの剣に目を奪われながら尋ねる。ちなみに鞘は今にも燃え上がりそうな真っ赤な色をしており、鎧と同じような装飾も入っている。実はこの鞘の素材はイグニートドラゴンの角で、正直オリハルコンよりも貴重なものである。
大量の在庫があるオリハルコンとは違い、多少もったいないような気もしたが、まだもう一本あるし、なによりこの剣にふさわしい鞘の素材を考えた時、竜の素材しかないと思ったからである。鞘を同じ金属で作るのはなんとなくつまらない様な気がしたし、何より竜の角で作った装備は、魔法金属の様にとある特殊効果を持つので、剣とも釣り合うような気がしたからだ。
竜の角というものは、竜の強さや生命力の象徴とも呼べるものであり、竜を殺した後でも力が角に残っている。それ故、竜の角で作った装備は、着けているだけで徐々に装備した者の生命力を回復する効果がある。さらにそれに加えて、竜の種類によっても更なる効果を有する場合がある。例えばイグニートドラゴンの角で作られたこの鞘には、竜の生命力の象徴として徐々に装備した者の生命力を回復する効果があるが、その他にもイグニートドラゴンの強さの象徴として、炎に対して大きな耐性を得ることが出来る。この二つ目の効果はどの竜の角にでもあるわけではないが、一つ目の効果は竜種の角ならすべてが持っている効果である。
だが、アリシアはオリハルコンの剣に目を奪われていて、鞘の特異性には全く気づかなかったようだ。
「あー、それはこの裏の山だ。あの子たちを作るのにイオレースという特殊な金属が必要なんだが、それを目的に掘っていると、よくその他の魔法金属も取れるんだよ」
そういうと、アリシアは少々残念そうだった。
「なるほど、あの山脈に魔法金属があるのか……。だが、君しかとって来れないからその情報にはあまり意味はないな」
「それじゃあそろそろ行こうか」
「ああ、これならいつまでも走れる気がする」
両手を体の前で握りしめ、大真面目な顔でアリシアはそう言った。これは突っ込んだ方がいいのだろうか。
「……まさか、ここから首都まで走っていく気なのか」
呆れたようにそう言うと、アリシアは至極真面目な顔で答える。
「本当なら馬に乗っていきたいが、いないならしょうがない。ここからは数日かかるだろうが頑張れば何とかなるだろう」
「……はあ、待て。わざわざ走って行かなくてもいいものがある。とりあえずみんな、外に出よう」
そう言って玄関から出た。時間は朝の九時前だった。




