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五話

 イヴの入れてくれた緑茶――クリスは紅茶があまり好きではない、コーヒーもだが――を飲んだり、用意してくれたクッキーを食べていると、いつの間にか三十分ほど経っていた。


「さて、そろそろ続きを話してもいいだろうか。どこまで話したか……。現在のレトナーク王国についてだったか……」


 現在ミゼリティ大陸には四つの国がある。ミゼリティ大陸の北西部を支配し一番大きな領土を持つレンブランク帝国。国土としては一番大きいが、気候は寒く、一年中雪と氷に閉ざされている場所もあり、大国として栄えてるとは言い難い。それ故、肥沃な平原の多い南のレトナーク王国はぜひとも手に入れたい地だ。


 ミゼリティ大陸の北東部を支配するのはブレジアス共和国。国土の大きさ的には二番目だが、このミゼリティ大陸で一番栄えている国だろう。国土の東側が湿地帯、西側が大森林になっていて、人の住める場所や農耕をする場所が非常に少ない国だ。だが、その湿地帯と大森林にはそれぞれ、全く違う多様な生き物や植物が生息しており、その生き物や植物をほかの国に売ることで栄えている。例えば魔法薬の原料は六割ほどがその大森林と湿地帯から産出されると言われており、この大陸の経済の中心は間違いなくブレジアス共和国だろう。その国柄故、ブレジアス共和国は商人の力が強く、有力商人の合議制によって国が運営されている。


 ミゼリティ大陸の南西部を支配するのはルズベリー教国。国土の大きさ的には一番小さく、国土も火山と砂漠が半分以上を占める。四国の中で最も小国だと言っていいが、厳しい環境の中で助け合って暮らしている分、元々団結力が強い。さらにそれに加えて、ミアラント教という一神教の宗教を国教にしており、宗教によっても結びついたこの国を征服するのは生半可なことでは上手くいかないだろう。火山と砂漠ばかりの国を征服しても旨味も少ないが。国の運営はミアラント教の神官が執り行っている。


「さて、こんなところで周囲の国の説明は終わりかな。まあレトナーク王国以外のこの三国は、今私がここにいる理由については関係がないのだが、一応説明しておいた。そして、南西部を支配する我がレトナーク王国。平原と森が国土の大半を占める、比較的栄えている国だ。この家から見ると、スぺリナ川を挟んだ東側に広がる国だな」


「じゃあこの辺もレトナーク王国の一部なのか?」


 気になっていたことを聞いてみる。もしこの辺が誰かの治める土地ならば税を払わなくてはならないのだろうか。


「いや、何度かスぺリナ川を渡って、南の海の近くを開拓しようとしたことはあったんだが、そもそも川の向こうに生息する魔物が桁違いに強く犠牲者が続出し、その魔物たちよりさらに桁違いに強い竜も北の山からがやってきた。もちろん開拓は失敗したので、この辺りはだれの土地でもないことになっている。この森も一度はいると二度と戻って来れない魔の森と呼ばれていたしな。ここには君以外は住めないし、君の土地にしてしまっていいと思うが……」


「そうか、それはよかった」


 土地になどはあまり興味がないが、この屋敷とイオレースの鉱山、さらに最上級の魔石――レベル八十以上のモンスター、ほぼ竜種のみが落とす魔石――が手に入る場所、サルグレット山脈を奪われるのはとても困る。


「さて、どこまで話したか。そうだな、そろそろ私が森にいた理由について話そう。それが力を貸してもらいたい理由にもつながるんだが……」


 始まりは先代の王、つまりアリシアの父親が三年前にはやり病で急逝したことからだった。レトナーク王国の王は、初代国王ヨシュア・レトナークの直系から選ばれるので、父が急逝した後、王になることが出来るのは当時十五歳だったアリシアと、十二歳だった妹のエレミア・レトナークの二人だけだった。


 レトナーク王国の王は代々一人しか伴侶を迎えず、王族の人数がとても少ない。別に、伴侶を一人しか迎えてはならないという決まりはないのだが、王族は皆ヨシュア・レトナークにあやかり、伴侶を一人しか迎えない。ヨシュア・レトナークがなぜ一人しか伴侶を迎えなかったのかは不明だが、一説には、二人の女性を愛するということに罪悪感を覚えたからだとも、そもそも“王家”などというものを続ける気がなかったからとも言われている。


 まあとにかく、アリシアの父王が急逝したとき、年の若いアリシアか、さらに幼いアリシアの妹しか王になれるものがいなかった。妹は幼かったし、性格も大人しく心優しい、まさに深窓のお姫様といったような感じだから、王としては少々頼りない。それに対して、アリシアは幼いころから男勝りで、剣術の腕も一流と言われていたらしい。


「……まあ、君の娘たちには逆立ちしても勝てないだろうが」


 そんなわけですぐにアリシアに決まるかと思っていたが、その決定に異議を唱えた者がいた。それが武官たちのトップだったジルベール・バタイユという男だった。


 レトナーク王国では、レンブランク帝国への反発から、貴族制という制度は取っておらず、武官も文官も実力主義だった。だが、レトナーク王国の建国に重要な役割を果たした三家、つまりディアリスの反乱の中心となったレトナーク、ジュリグでの反乱のリーダーとなったダランベール、ブルトワでの反乱のリーダーなったバタイユの三家は代々それぞれ国王、文官の長である宰相、武官の長である元帥を世襲することになっていた。


「国王はともかく、政治のトップと軍事のトップも世襲制って大丈夫なのか?」


「王に比べて、宰相と元帥はなるだけなら、その二家に生まれた者ならそれほど難しくはないが、そのまま居続けることが難しくなっている。三年に一度、実力主義で選ばれた配下の武官や文官によって投票が行われ、自分たちのリーダーである宰相や元帥にふさわしくないと判断されたら強制的に辞めさせられる。その場合、二家に他に候補者がいれば、その者が新しく就任するが、もしいなかった場合は、自分たちの中で最もふさわしいと思われる人物を投票で選び、その者が二家に養子に入るという形になる。ジルベール・バタイユも養子としてバタイユ家に入った男だ。もっとも、任期が終わったらその養子設定も解除され、その者の子孫が二家を名乗ることはないんだが」


「そんなことをしたら、自分が宰相や元帥になりたい武官や文官たちが毎回ふさわしくないに投票するんじゃないか?」


「宰相と元帥は、それほど権威が強くない。まあそれは王家もなのだが……」


 例えば文官では、宰相の下に各省の長官が存在するが、実際に重要な政務をおこなうときはその各省の長官と宰相による合議制をとる。あくまで、トップなのは名目だけで、実際には各省の長官と同じ位の権力しかない。宰相が各省の長官を兼任もできない。


 武官でも元帥とその配下に入る各軍団の将軍は、ほぼ同じ権力を持っている。まあ、文官に比べて武官は集まって会議をすることが少ないから分かりづらいが。元帥が各軍団の将軍を兼任できないのも文官と同じだ。


 この制度を作ったのはヨシュア・レトナークらしいが、どうもヨシュアは共和制にあこがれていたらしい。本当は王家や二家のような特権階級を作りたくなかったのだが、いろいろなしがらみがあって実現できず、このような妥協案になったらしい。


 だからこそ、強力なリーダーというものが生まれにくいのだが、ジルベール・バタイユという男は人心掌握の天才だった。ジルベールはとにかく配下とのつながりを強化した。簡単に言うと仲間意識を強固にすると言ってもいい。

 いつも部下と同じ釜の飯を食い、同じ訓練をし、同じ戦場に立つ。苦楽を共にすることで武官の中での連帯感が増し、武官がみな家族であるかのような信頼感が生まれる。だから、年長の幹部クラスになるほど、ジルベールと深い信頼関係で結ばれている。それによって、権力を得たいなどという欲を持つ“個人”を消して、国のために働くという“集団”を作り出す。それを自由に動かすことで軍事における独裁者となった。


「なるほど、では、ジルベール・バタイユ……だったか、その男の話をしてくれ」


「ああ、私の即位に関して、ジルベール・バタイユが異議を申し立てたというところからだな。異議を申し立てたと言っても、まだ即位するのには早いのではないかということで、十八歳になるまで王になるための勉学を積んでから即位してはどうかというものだった。当時、すでに十五年元帥を勤めていたジルベール・バタイユがそう言ったということは、軍部の意見がそうであるということでもある。無駄に波風を立てたくはなかった私は、それを断るだけの明確な理由もなかったので、その提案に同意してしまった。思えばあの時からジルベール・バタイユはこの現在の状況を狙っていたのだろう。そして、三年後の私の十八歳の誕生日の一月前、つまり先月についに行動を開始したんだ」


 そこで再びアリシアは一息をついた。その細められた眼と噛みしめた唇からは自分の無力感を嘆く声なき声が聞こえてくるようだった。しばらくそうしていた後、再び口を開く。


「先月、ジルベール・バタイユは私にとある提案をしてきた。来月王に即位するにつけて、王国の中を旅してはどうか、自分の治めるレトナーク王国をその目で実際に見て回った方がいいのではないかとな……」


 それに宰相であるファビオ・ダランベールは反対した、もしアリシアの身体に何かあったらどうするのかと言ったらしい。だが、結局アリシアが自ら賛成することによってその視察は実行されることになった。文官たちは最後まで渋っていたそうだが。例え何かがあったとしても、アリシアは自らの剣の腕に多少は自信があった。


「まあ実際、あまり首都ディアリスの中から出たことのない私にとっては、いろいろ学ぶことも多かったのだが……」


 宰相の反対があったことでアリシアを護衛するため、武官は多くの人数を割くことになり、視察は大々的なものになった。アリシアの侍女が五人、アリシアの親衛隊が十五人、文官が十人、その他が二十人ほど、残りの武官は二百人ほどであった。ジルベール・バタイユは参加しなかった。

 視察は順調に進んでいき、最後に南西にあるスぺリナ川付近まで行くことになったらしい。親衛隊は、スぺリナ川の付近は竜が飛んでくる可能性がないとは言えず危険であり、人も住んでいないことから、行くのは無意味だと制止しようとしたが、武官たちが強引に行くことを決めてしまった。


「ところで君はどの辺まで、山脈からドラゴンが飛んでくるのか知っているのか? 例えば、過去の失敗からスぺリナ川を越えた南の平原までドラゴンが来ることは分かっている。ではスぺリナ川を越えてレトナーク王国の方へは来るのか? 来るとしたらどのあたりまで来るのか。なぜ空を飛んでくるのに、山脈から東の剣山を越えてこないのか、わざわざ山脈から南の魔の森のほうにしか行かないのか……」


 『エイジオブドラゴン』では、サルグレット山脈とヤンクロット山脈の東端、つまりこの世界でいうレトナーク王国とレンブランク帝国との境界に、剣山と呼ばれる侵入ができない鋭い山々があった。つまりサルグレット山脈とヤンクロット山脈、ならびに世界の裂け目に行くには、南のラルズール山のほうからサルグレット山脈を通って行くか、北から、この世界でいうレンブランク帝国側の北西部からヤンクロット山脈を通って行くかの二つしかルートがなかった。


「いや、南の平原まで来るのは知っているが、スぺリナ川を超えたところまで行くのかどうかは知らない」


 そもそもゲームでは山脈から出てくることもないからな。


「我々も同じだった。それ故、親衛隊はスぺリナ川付近に行くのに反対したのだが、武官たちは、『南の平原まで来るのは過去の失敗から学んでいるが、スぺリナ川を超えたところまで来たことはない。それとも王女殿下はスぺリナ川付近はレトナーク王国ではないとおっしゃるのか』などと言ってきたものだから、私も女王になるならば王国の隅々まで行かなければならないだろうという義務感にかられ、行くことにしたんだ」


 事件が起こったのは、昨日の夜だった。スぺリナ川の近くで野営をしていたアリシアは、侍女以外の誰かが近づいてくるのに気が付いた。『何かあったのか』そうアリシアが問うと、近づいてきたまだ若い、アリシアとあまり変わらない年に見える青年たち十人ほどが、内密の話をしたいので一人でついてきてほしいと言った。


 アリシアは一度は断ろうとしたのだが、その青年たちの真剣な、鬼気迫るような眼を見て、その青年たちを信じることにした。スぺリナ川の本当にすぐそばまで来てから、その青年は話し出した。『私は分からないのです。この行動が本当に正しいことなのか、レトナーク王国のためになることのか。でもここで殿下を死なせてはいけない、殿下こそ我々の王である、この視察を通して殿下を見ていてそう思いました。だから全てをお話ししたいと思います』


 そう言って青年は、ジルベール・バタイユの国家転覆計画を話し始めた。『ジルベール・バタイユは、あなたを弑して政変をおこし、武官による国家運営をするつもりです。視察団は川に近づきすぎて竜に襲われたことにして、妹君のエレミア様を即位させ、自身は母君のクラウディア様と婚約し、義父として政治の実権を握り、文官もすべて粛清して独裁政権を作り上げる計画です』


 あまりのことにアリシアが脳が理解できないでいると、不意に怒号と悲鳴が野営のほうから響き渡り、暗闇が炎で赤く照らされた。『……もう時間がないようです。私たちが時間を稼ぎます。本当なら、反対の首都のほうに逃がしてあげたいのですが、あちらは警戒がきつすぎて私たちではどうにもなりませんでした』そう言って彼らはアリシアに背を向ける。『……死ぬつもりか』アリシアがそう言うと、彼らは苦笑した。『……計画では、視察団は竜に襲われて全滅するんです。つまり、もう私たちは死んでいるんですよ。この計画が成功しようが失敗しようが今夜我々は死ななければならないのです』

 そして青年たちは再び真剣な表情をして言った。『どうか、どうか生き残ってください。殿下が生き残っている限り、レトナーク王国は生きています』そう言って青年たちは闇と炎の中に消えていった。その後、アリシアは逃げるようにスぺリナ川を渡り、万が一追っ手が川を渡ってくるかもしれないから身を隠せる森に逃げ込んだらしい。


「……さて、これで私の話は終わりだ。そしてあらためて頼みがある。どうか力を貸してくれ。妹を、あの心優しい子を王になどしたくはない。あの子に王冠は重すぎる。ジルベールを止め、私が即位するために力が必要なんだ」


 アリシアは頭を下げる。すでに窓から見える景色は既に暗くなっていた。


「……なるほど、君の事情は分かった。だが、すこしだけ考えさせてくれないか」


「ああ、……でもできるだけ早く返事をしてくれ」


「明日の朝には返事をする。今日は泊まっていくといい。客室はこの応接室の隣だ」


「ありがとう」


 アリシアの礼を背中で聞きながら、部屋を出ていった。


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