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一話

 『エイジオブドラゴン』


 それはMMORPGの一つである。タイトルの通りに『ドラゴン』をメインモンスターにしており、その種類は二百種類以上、全モンスターの五分の一を占めているという。さらに、その竜種は総じてレベルが高く設定されているため、高難易度のダンジョンでは出てくる敵の多くが竜種になってしまうという、開発陣のドラゴンに関する並々ならぬこだわりが感じられる作品となっている。ドラゴン系に対するキラースキルや武器がないなど、露骨な竜族びいきや、出現するモンスターのバランスの悪さには反感の声がないことはなかったが、開発陣の「ファンタジーといえばドラゴンでしょ」という発言には少なからず賛同の意見が寄せられた。


 もう一つの大きな特色は作りこみの深さと自由度の高さである。武器や防具、キャラの外見や果ては自分の(マイホーム)の内外装まで、自由に決めることができ、同じ武器でも全く同じものはないとまで言われるほど細かく設定できた。もっとも、それらを自由に決めることができるのは、武器や防具だったら鍛冶スキル、建築物だったら大工スキルといった生産スキルなので、この『エイジオブドラゴン』を楽しもうと思ったら、まずある程度生産スキルを極めなければならないといった不文律があったのだが。


 『エイジオブドラゴン』に関することを必死で思い出しながら、朝日が差し込む、チリひとつない磨き上げられた廊下を歩いていた。部屋の面積を多くとるために廊下はあまり広くはない。大きな窓は、中庭に面しており木々がすぐ近くに見えていた。


「家をこんなに豪華にしたのは失敗だったかな。移動するだけで一苦労だ」


 自らの作ったマイホームのあまりの大きさに苦笑しながら、朝食を食べるために食堂へと向かっていた。

 屋敷というよりもはや宮殿や城といっても言い過ぎではないほどの大きさになっているマイホームは、真ん中をくりぬいた角の少し欠けたような正方形の形をしており、北館・南館・東館・西館の四つの五階建ての長方形の建物と中庭から成り立っている。そのうち東館と西館、北館は一階から五階まで全て娘たちの部屋で埋まっており、南館には五階にさっきまでいた寝室やマジックアイテムを製作するアトリエ、装備を作るための工房があり、一階から四階には、応接室や客間、食堂や浴場、エントランスなど生活に必要な、ゲームではあまり意味のないが、一応作っておいた施設が存在する。


「……少し一人になりたいな」


 そういってまっすぐ食堂にはいかず、南館の一階から中庭に出ると、朝の晴れ晴れしい陽ざしが彼を照らし、朝のすがすがしい香りが身体を包んでいた。つい深呼吸をすると、朝の寝ぼけた体がきれいな空気ですみずみまで起きていくようだった。


「現実……なんだよな」


 そういって中庭を見渡すと、そこには様々な花が色とりどりに咲いている。割合としては白い花が一番多く、まるで、白いキャンバスに色とりどりの絵の具で色を付けているようにも見える。木々もきれいに剪定されており、きちんと手入れされていることを感じさせる。中央には噴水があり、朝のしっとりとした空気を作るのに一役買っているようだ。


「はぁ……。これからどうしようか」


 クリスが中庭を眺めながら、中庭にあるベンチに座り少々物思いにふけっていた。すると、さきほどのイヴと呼ばれた少女より少し幼い、十歳前後に見える三人の少女たちが西館から中庭に出てくる。その少女たちはクリスを見つけると嬉しそうに駆け寄ってきた。


「パパー、おはよー」


 三人の中でも最も幼く見える、ゆるくウエーブのかかった淡紅梅の長い髪を腰まで伸ばした少女、フノスが少し間延びした口調で話しかけてきた。


「パパ……か」


 そう、先ほど寝室に来た少女と同じく、この少女たちは確かに『エイジオブドラゴン』の中で、俺が創り出した娘といえる存在だ。だが、いきなりそんなことを言われても、どう接していいかわからなかった。


「どうかしたんですか?」


 色素の薄い胡粉色の髪を肩のあたりまで伸ばしている、気の弱そうな少女シェヴンが心配そうに見つめてくる。

 そんな純粋な目で、本心から心配そうに見られると、何もしていないのだが何か悪いことをしているような気になってしまう。


「いや、なんでもないよ」


 少女たちに心配をかけないように、できるだけやさしい声で答える。父親になるとか、まだよくわからないが、この子たちには笑っていてほしい。そう心から思ったのは間違ったことではないだろう。


「もう朝ごはん食べたの?」


 癖のあるの照柿色の髪を後ろで縛ったパイナップルヘアの少女、フレイヤが尋ねてきた。


「いや、まだだよ」


 そう告げると、三人はそろって残念そうな表情を浮かべた。


「そっかー……じゃあ話をしてる暇はないよね」


 フレイヤは肩を落としながらそう言い、三人は立ち去ろうとしていた。少女たちのがっかりした表情を見ると、何かが胸にチクリと刺さった。このままこの子たちを落ち込ませたままでいいのだろうか。いや、それではだめだろう。


「いや、少しは時間があるよ。……そうだ、何か俺にしてほしいことはないか? 俺にできることならなんでもするけど」


 気が付いたら、そんなことを口にしていた。そう、これは贖罪なのかもしれない。彼女たちを生み出してしまったことに対しての。そして、今まで放置してきたことへの。


「してほしいこと?」


 フレイヤが不思議そうな顔をして首を傾げながら聞き返す。


「そ、そんなこと、ありません!」


 シェヴンが焦りを隠すように両手を体の前で振りながら、割合強い口調で言う。おそらく遠慮をして言っているんだろうが、その言い方は結構傷付く。心の中で少し落ち込んでいると、フノスがこちらにトコトコと歩いて来て、とてもかわいいしぐさでお願いをしてきた。


「じゃあ、ぎゅーってしてー」


「えっ? ぎ、ぎゅーって……」


 フノスが両手をこちらに向かって伸ばしてくる。ぎゅーって抱きしめればいいのか? なんでもするとは言ったが、結構恥ずかしいな。でも父親なら抱きしめることくらい普通なのだろうか。

 そんなことを思いながら、抱きしめてやる。思いっきり力をいれたら二つに折れてしまいそうなとても細くて柔らかい体、そしてほんのりと香る女の子の匂い。思わず心臓の鼓動が早くなる。


「も、もういいかな」


 そんなことを言って、フノスから離れようとする。フノスはまだ少し不満気だったが、手を放してくれた。


「うーん、まーいいでしょう」


 なぜか腰に両手を当て、真っ平らな胸を張り、とても偉そうだ。


「じゃあ、私もー」


 フレイヤがフノスと同じように両手を伸ばしてくる。フノスほどではないが小さな体、フノスとは違う女の子の匂い。娘だとは分かっていても少々緊張してしまう。


「はい、おしまい」


「うん、よろしい」


 フレイヤも腰に両手を当て、フノスほどではないが平らな胸を張りとても偉そうにしている。これはフノスのまねなのだろうか。


 ふとシェヴンを見ると、こちらをちらちらと見ながら、もじもじとしている。おそらくさっき、してもらいたいことはないと言ってしまったので、今更してほしいとは言えないのだろう。

 今度はこちらがシェヴンに向かって両手を広げると、恥ずかしそうにしながら胸に飛び込んできた。触覚と嗅覚、聴覚を通じて、この子たちがここにいるということを感じる。だんだん慣れてきたのか、抱きしめながら自然にシェヴンの頭をなでていた。


「むー、ずるい」


「な、なにが?」


 シェヴンから離れると、そこにはふくれっ面をしたフノスがいた。フレイヤもなんとなく不機嫌そうである。さっきまで機嫌がよかったのに何が起こったのか。

 シェヴンを見ても、俯いてもじもじしているばかりで手がかりにならない。何かまずいことをしたのかと考えても、何も思い浮かばず、冷や汗をかいていた。


「私頭なでてもらってない……」


「……私も」


 フノスが呟くように言うと、それにフレイヤも同調する。右手でフノスの頭を、左手でフレイヤの頭をなでてやると、お姫様たちは再び笑顔を取り戻した。



「じゃあまたあとでね、お父さん」


 そうフレイヤが言い残すと、少女たちは来た方とは反対の東館に入っていった。


「お父さん……か、そうだよな、ここはもう現実で、あの子たちは俺の娘たちなんだ。この状況を受け入れなきゃいけないか……。ゲームじゃないからなんて投げ出すのはあまりに無責任だよな……」


 これからどうなるかはわからないが、彼女たちを創り出してしまった以上、父親として責任を取って生きてゆかねばならないと心に決め、食堂のある南館へと再び歩き出した。


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