四話
「……力を貸してほしいというのは、娘たちの力を貸してほしいということか? だとしたらなんのために?」
そう尋ねると、アリシアは感情を殺した能面のような表情をして答えた。
「ああ、君の娘たちの力を貸してほしいということだ。その理由は……女王になるためだ」
「女王になるため……か。……女王になるために力が必要というのは、誰かと戦って勝つため、あるいは誰かを暗殺するために俺の娘たちの力が必要だということか?」
知らず知らずのうちに声が低くなっていた。目線も先ほどよりずっと鋭くなり、アリシアを睨み付けているようにも見えるだろうが、アリシアは表情をピクリとも変えず無表情を貫いている。
「ああその通りだ。私は君の娘たちに戦いに出て欲しいと言っている」
「……娘を喜んで戦争に送り出す親はいないだろう。それでもなお、力を貸してほしいというのか」
「ああ、それでもなお私は王にならねばならないのだ」
「……はあ、要件はわかった。とりあえず事情を話してくれないか」
根負けしたようにそう言った。アリシアは未だに無表情であるが、さっきよりは表情が和らいだような気がした。
「そうだな、君はこの魔の森の中でずっと一人、いや子供たちと生活していたのか? ……まずはレトナーク王国の事から話したほうがいいだろうか?」
「ああ、この森の中でずっと過ごしているから世間には疎くてな」
世間に疎いふりをして、アリシアから情報を引き出せるだけ引き出そうとしていた。俺が知っているのはあくまで『エイジオブドラゴン』の世界であり、この世界はそのゲームの世界にとても良く似ているが、同じ世界だと言うには相違点が多すぎる。本当ならなぜ、違っているのかを知りたいところだが、そんなに簡単に知ることはできないだろう。ならば、相違点がどんなところなのかを知って、とりあえず生活していくのに支障が出ないくらいの知識を身に着けようとした。
そしてアリシアはレトナーク王国建国の歴史を語り始めた。
レトナーク王国は三百年ほど前、レンブランク帝国の南部にある一都市であったディアリスという都市の青年、ヨシュア・レトナークが当時ディアリスで圧政を敷いていた貴族に対して反乱を起こし、帝国に独立を宣言したのがはじまりだといわれているらしい。レンブランク帝国は当時このミゼリティ大陸の西半分を支配する強大な国だった。ちなみにミゼリティ大陸の東半分は南北に二つに分かれ、北はブレジアス共和国、南はルズベリー教国となっていて、これは今でも変わっていない。
反乱は、初めは反乱とも呼べない、政治に対する小さな抗議集会のようなもので、参加者も数十人だったが、貴族がヨシュアを捕えて後顧の憂いをなくすべく処刑しようとしたところ、一気に都市内から不満が噴出し、反乱が起こったそうだ。なんでも、ヨシュアはおおよそ欠点と呼べるものがない完璧超人で、容姿端麗・頭脳明晰、性格も礼儀正しく誰からも好かれる人間であり、正義感が強く、政治や軍事の才能もあったらしい。どこまでが本当かはわからないが、少なくともヨシュアの処刑に反対して反乱がおきたのは確かなようだ。そして、ヨシュアが牢から助け出された時には、すでに貴族は市民たちによって殺されており、このままではディアリス市民がレンブランク帝国によってさらに弾圧・虐殺されると考えたヨシュアは遂に帝国と戦うことを決め、帝国に対して独立を宣言、自らはレトナーク王国の初代国王を自称した。
「ふむ、そのヨシュアさんも大変だな。圧制への抗議集会を開いただけなのに反乱軍のリーダーに祭り上げられてしまうとは。まあ、そこで市民たちを見捨てて逃げないところがいい人なんだろうが」
そんなことを言いながら、全く別のことを考えていた。レンブランクにブレジアス、ルズベリー。全て『エイジオブドラゴン』にある、ミゼリティ大陸の地方の名前だが、ゲーム内にそんな国家はなかったはずだ。ミゼリティ大陸はレトナーク王国が全て統治していたはずであり、首都だと言うディアリスという都市の名前も聞いたことがない。ゲーム内ではレトナーク王国はいつ建国されたんだったかを思い出そうとしても思い出せないが、そういえば図書室にゲームの設定資料集みたいなものがあったような気もする。とりあえず後でその設定資料を見てみようと思い、再びアリシアの言葉に耳を傾けた。
「ふふ、まあそうだな……」
反乱を起こされたレンブランク帝国側も黙って見てはいなかった。当時の皇帝は大陸統一を目指していて、日々戦に明け暮れていた。軍事の才に恵まれ、戦に長けていたその皇帝は、反乱の知らせを聞くとすぐに反乱の鎮圧に向かった。少数精鋭の兵を連れ、電光石火のようにディアリスへと攻めかかった。ヨシュアは、初めての戦ということもあってか、あるいはその皇帝が戦に強かったからか、相手より多い人数で都市にこもって戦う防衛戦でかなり苦戦したらしい。しかし、皇帝も結局、ディアリスを落とすことが出来ず、膠着状態に入ったので皇帝は攻撃を中止して援軍を呼ばなければならなかった。
「結果論かもしれないが、この皇帝の少数での進軍が、レトナーク王国の運命を決めたと言っていいだろう。もし最初から、多少時間がかかったとしても大軍で進軍していれば、レトナーク王国は滅んでいた可能性が高い。おそらく、皇帝は戦争に慣れていない市民の反乱など、少数でも鎮圧できると考えたのだろう。そういう意味では、やはりすぐ落とされず、皇帝が引くまで耐えきったヨシュアに軍事の才もあるのだろう。あるいは皇帝は、反乱が広がるのを恐れ、急いで鎮圧しようとしたのかもしれない。まあとにかく、その拙速が裏目に出てしまうんだが……」
「裏目?」
「当時、皇帝は大陸を統一するために戦に明け暮れていたとは言ったな。戦をするためには莫大な金がかかる。それを皇帝は重税によって賄っていた。これがヨシュアの抗議集会ともつながるんだが……」
ともかく帝国内部は重税による不満が高まっていたが、皇帝はその不満を武力、軍事力によって抑えていた。政治もほとんど皇帝の独裁状態で、諫言をした貴族もいたようだがすべて粛清されたらしい。そんな中でディアリスの反乱がおき、さらに一度は皇帝の軍を退けた。おそらく、武力によって築いてきた皇帝の威信が揺らいだと考えたのだろう。ディアリスと同じ帝国南部の二つの都市、ジュリグとブルトワの住人が、レトナーク王国に編入すると言って帝国に反旗を翻した。さらには帝国の脅威に脅かされていたブレジアス共和国とルズベリー教国もレトナーク王国に支援を始めた。
「……皇帝にとって一番の計算外は、ジュリグとブルトワの反乱だろう」
ジュリグとブルトワはそれぞれブレジアス共和国とルズベリー教国に一番近い都市で、言わば前線都市だった。皇帝は北から東のブレジアス共和国に侵攻しようとしていたから南のジュリグとブルトワには進軍しなかったが、攻め込まれてもある程度は持ちこたえられるように多くの兵を置いていた。その両都市が置いていた兵士ごとレトナーク王国に寝返ったからには、援軍が来ても二つの国の支援を受けた三つの都市を落とすのは厳しい。そう判断して、皇帝は北部にある首都ゲンベルクに帰り、二度と戻ってはこなかった。帝国では、あちこちで内乱がおき、ゲンベルクに戻った皇帝は、それらを鎮圧しようとしたが、その途中配下に暗殺され、帝国は弱体化した。
「それが三百年前のヨシュア・レトナークの乱と呼ばれている一連の事件だ。そのあと現在に至るまで小さな小競り合いはあるものの、いまのところ大きな戦争は起きていない。建国の経緯からレンブランク帝国とは仲が悪い。まあレンブランク帝国から見ればレトナーク王国は所詮、帝国の一部でしかないという考えなのだろう……」
区切りのいいところでアリシアはいったん話を止めた。時計を見ると、二時半を過ぎていた。集中力が散漫になってもいけないので、少し時間をおいてからまた話を聞くことにしよう。
「……もうこんな時間か。いったん休憩しよう」
「じゃあ、アフタヌーンティーを用意させますね」
イヴはそう言って、ほかの娘たちに指示を出している。……まだアリシアを警戒しているようだった。




