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三話

 一時間ほどして、ようやくアリシアが風呂から戻ってきた。すこし昼食には早いと思っていた時間がいつの間にかちょうどいいくらいの時間になっている。


「……すまない。見たこともないほど豪華なお風呂だったから……」


 アリシアが申し訳なさそうにうつむいたまま、ポツリとつぶやいた。フォルトゥナの話によると、お風呂にテンションが上がってなかなか出てこなかったらしい。鎧を脱いで、風呂できれいになったアリシアは、その美しさに磨きがかかっていた。先ほどの鎧姿と張りつめた表情からは女騎士や女将軍には見えても、あまり姫という印象は受けなかったが、鎧の下に隠されていた意外に華奢な体と今の緩んだ表情からは王女という可愛らしいイメージも十分合っている。


「……まあ、気に入ってくれたならなによりだよ。それより早く食べることにしよう」


 普段とは違い、食堂ではなく応接間で食事を、一緒にいるのはアリシアとイヴだけである。応接間は豪華な寝室と違い、家具も少ないさっぱりとした部屋であった。だが、質素というわけではなく、壁はベージュ、家具は木の茶色を基調にした、落ち着いた雰囲気のある部屋だ。


 昼食はペペロンチーノにマルゲリータ・ピザとサラダだった。食事が始まるとアリシアは一言もしゃべらず、一心不乱に食べている。どうみてもゆっくり話ができるような状況ではない。食事をしながら話そうかと思ったが、まあ終わってからゆっくり話してもいいか。俺からも聞きたいことはたくさんあるからな。そう思い、俺も食べ始めた。


 食事が終わると、いつもはイヴが片付けてくれるのだが、今日はイヴの代わりにほかの娘たちが来て食器を持って行った。イヴに視線を向けると、さっきからずっとアリシアのほうを見ている。食事中に気になったのでどうしたのか小声で聞いてみると、どうやらアリシアのことを警戒しているらしい。


 一応アリシアのことを、持ち歩いている〈賢者の眼鏡〉を使い【鑑定/アナライズ】の魔法で調べると、レベルは三十一、ステータスはやはり霧がかかったように見えなかった。ジョブの名前が見えないので、まだ特定のジョブについていないいわゆる“無職”の状態である。


 『エイジオブドラゴン』では、全てのプレーヤーがまずこの“無職”の状態で始まり、そのレベルが二十以上になると、ジョブを変更することが出来る。ジョブを変更するためには、職業ごとに決まっているNPCの元まで行き、特定のクエストをクリアすることが条件であった。クエストをクリアすると自動的にジョブが変更され、レベルも一に戻る。あるジョブから他のジョブに変更したい場合も同じく毎回クエストをクリアする必要があり、以前そのジョブになったことがなかった場合はやはりレベル一からのスタートであった。


 まあ、これくらいの相手だったら俺一人でも十分対処できると思うが……。そう思うが、可愛い娘たちが自分のことを思ってしてくれている行動をわざわざ踏みにじるようなことはしないほうがいいだろう。


 一方のアリシアは食事をとって少し落ち着いたらしく、キョロキョロと部屋の中を見回している。そして、とあるものに目を留めると、息を呑み目を見開いた。


「……もしかして、あれは竜の角か?」


 アリシアの目線の先にあったものは、メタルワイバーンの角だった。一日目に自分の力で倒したワイバーンの角を討伐の証として応接間に飾っておいたのだ。もちろん娘たちの助力もあったが、ダメージの大半は俺が与えたものだろう、多分。


「ああ、正確にはワイバーンのものだが」


「……君の娘たちは、竜種も倒せるのか? その絶対的な強さから世界には竜を神とあがめ、崇拝する人もいるというのに……」


「……崇拝のことは知らないが、まあ大体の奴は三人もいれば十分倒せるんじゃないか? 一対一だとドラゴンの種類によるが……」


「そこまで強いのか……」


 アリシアは何やら考え込んでしまった。


 

「さて、そろそろ話を始めてもいいかな。娘たちの話では私を訪ねてきたということらしいが……。と、その前にこの子が一緒にいてもかまわないだろうか」


 イヴの頭に手を置きながらそう尋ねる。一応許可をとっておいたほうがいいだろう。


「ああ、問題ない。それと話の前に少し尋ねたいことがあるのだが……、この子やあの子たちは皆、君の娘ということでいいのだろうか。君はずいぶん若いようだが、一体何人の娘がいるんだ?」


 神妙な表情でアリシアは尋ねた。まあ、この屋敷に招いてしまったので今更ごまかしても仕方がないだろう、そう思い正直に答える。


「ああ、彼女たちは間違いなく私の娘たちだよ、全員ね。人数はこの子を含めて千一人かな」


「千一人!」


 アリシアは目を見開き、驚きを体で表現した後、何かを考え込み始めた。少々の沈黙の後、真剣な表情で再び口を開いた。


「……答えづらかったら答えなくてかまわないのだが、一体君の娘たちとは何者なんだ? まるで天使や妖精のような愛らしさ、それとは裏腹な、竜さえ殺して見せるというあの神のごとき強さ、そして千人を超える人数。私にはどうしてもこの子たちが人間だとは思えない」


 少々の沈黙の後、イヴの頭に手を置くと、彼女は不思議そうにこちらを見上げてきた。イヴに向かって微笑むとイヴも少し恥ずかしそうに微笑む。


「……なるほど。確かにこの子たちは人間ではない。……そうだな、簡単に言えば自動人形だ。だが、私の娘であることには変わりはないよ」


「……自動人形? まさかこの子たちが君の創り出した人形だというのか!」


 アリシアは更なる驚きに包まれ、イヴのことを凝視し始めた。少し前まで機嫌のよかったイヴが鬱陶しそうにアリシアを見ている。


「どう見ても人間にしか見えない……。さ、触ってもいいだろうか」


 アリシアがイヴに向かってそう言うと、イヴが困ったような、迷惑そうな顔でこちらを見てくる。少し触らせてあげなさいと言うと、恨みがましい表情でこちらを見ていたが、やがて諦めたように大人しくなった。


「おお、ほっぺがプニプニしている。指も……。心臓の音はしないな……。あと、体があったかい……」


 アリシアがイヴの体を服の上からまさぐりながらいろいろ調べている。しばらくすると、イヴから離れた。イヴがこれで終わりかとホッとしているとアリシアはとんでもないことを言い出した。


「あの……出来れば服の下も見てみたいんだが……」


「絶対イヤ!」


 イヴに完全に拒否されたアリシアは少ししゅんとしていたが、すぐに立ち直り、また真面目な顔をして話し始めた。


「最後に一つだけ聞きたいのだが、さっきのケレスと同じくらいの強さを千人全員が持っているのか? 私も強さには少々自信があったのだが、どう頑張ってもたどり着けそうにない、あの神のごとき強さを」


「……ああ、そうだな。一対一で戦えば多少、武器による違いはあるかもしれないが全員がほぼ同じ強さだと思う」


「……そうか」


 再びアリシアが考え込み始めた。ここまでくれば俺にも大体アリシアの目的が分かってきたが、自分からは話を振らない。数十秒後、何かを決意した表情のアリシアが話し始めた。


「しかし、一体どこから話せばいいものか……、そうだなまずは、訪ねてきた理由に関してなのだが……、あの魔の森まで来たのは偶然だ。まあ色々事情があって、追っ手に狙われていたのだが、その者たちから身を隠すべく止むを得ず魔の森に入った。平原で襲われたら逃げられないが、森ならまだ身を隠せるからな。そして、魔物に襲われていたところをユノに助けられたんだ。……そして父親の事、君のことを聞いた」


「だが、今は別の目的があるのだろう?」


 そう言うと、アリシアは一瞬だけ苦笑いのような表情を浮かべたが、すぐにまた張りつめた様な表情へと戻った。


「ああ、頼みがある。……私に力を貸してほしい」


 そう言ってアリシアは頭を下げた。

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