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エピローグ

 月の光が静かに注ぎ込んでいる、寝静まった部屋には男の寝息だけが響いていた。その部屋には男以外の人影も沢山あったが、皆死んだように動かず、かすかな物音ひとつも立てない。異様なほど静まり返った部屋の中でも、夜の時間はゆっくりと流れていた。


「みんな起きてる?」


 突然死んだように動かなかった人影の一つが起き上がって話し始めた。かと思うと、男以外のかすかな物音ひとつも立てなかった全ての人影が動き出す。その光景はまるで、眠れる森の美女がキスされることで、美女だけではなく茨で覆われた城の中の止まっていた時間まで動き始めた様な、そんな光景だった。もっとも、まだ男は眠りについたままだが。


「うん、ちゃんと起きたようね。お父様を起こさないように、大きい声を出しちゃだめだよ」


 最初に起き上った人影、イヴが唇に人差し指を当てながらそう言うと、ほかの人影も声を出さずに頷いた。


「コホン。では、第一回、ピグマリオン家作戦会議を始めます」


 イヴは静かにしろと自分で言ったのにも関わらずわざとらしく咳払いをして、よくわからない作戦会議を始める。拍手をしようとする妹たちを目線だけで制し、イヴは続けて言った。


「今回のお題は、私たちは娘としてお父様に対していったい何ができるのか、またいったい何をすべきなのかということです」


 イヴはそこでいったん言葉を止め、全員を見回してから演技掛かった口調でその続きを口にする。


「私たちは皆、お父様の手によって誕生しました。お父様がいなかったら私たちはこの世界に存在することすらかなわなかった。つまり、私たちのとってお父様は偉大なる父であり、慈悲深い母でもあり、崇拝すべき創造主、神でもあるのです!」


 イヴは胸に手を当て、歌うように言葉を発する。陶酔しているのは、父親に対してなのかそれとも父親を敬う自分自身に対してなのか。


「そんな大仰に言わなくても……」


 ラハムが苦笑いしながらそう言いかけると、まるで烈火のように怒ったイヴが食って掛かる。


「なにが大仰なんですか! あなたたちはお父様に対して敬愛の心を持っていないというんですか!」


「そんなことは言ってないけど……」


 セレネが恐る恐る口に出す。だがイヴの怒りは収まらないようだ。


「じゃあ、どんなことを言ってるんですか!」


「ストップ、ストップ。先に進まないから。それにあんまり大きな声を出すとお父様が起きちゃうよ」


 ネヴァンが両手を前に突き出してそう言うことで、ようやくイヴも落ち着きを取り戻したようであった。すこし顔が赤いのはさきほどの熱くなってしまった自分を恥ずかしがっているのだろう。


「私たちが今日、お父様のためにしたことといえば、料理と、……せいぜいモンスターを倒したくらいです。それに対して私たちはお父様にピクニックに連れて行ってもらったり、一緒にお風呂に入ってもらったり、こうやって一緒に寝てもらったり。これじゃあバランスが取れていません」


「まあ、私はピクニックに連れて行ってもらってないけどね……」


 アルルが少し寂しそうにそう言うと、ダムキナも追従する。


「私も……。はぁ、行きたかったな。ねぇ、本当に私たちともピクニックに行ってくれるんだよね?」


「ちゃんとみんなと行くと約束してもらいましたから大丈夫です。お父様は約束を破ったりしません。そんなことより私たちが、何ができるのかということです」


 再び逸れそうになる話題を戻すようにイヴは言った。


「そういえば、お父さんはどんなことがしたいのかな?」


 メイヴがそう呟く。


「お父様のしたいこと……ですか、そうですね、今度聞いてみましょう。お父様は自分がしたいことを押し殺しているかもしれません。さっきもしてほしいことは何かと聞かれましたし……」


「それ、私たちも言われたー」


 フノスがそう言った。シェヴンが付け加えるように言う。


「朝、お父様が中庭にいたので少し話をしたんです。そうしたら、何かしてほしいことはないかって。だから、その……」


「三人でハグしてもらったんだよね。ついでに頭も撫でてもらっちゃった」


 フレイヤが自慢げに言うと周りから一斉に羨望の声が上がった。


「いいなあ、私も朝、中庭に行けばよかった……。でも、お父さんは中庭で何してたんだろう?」


 キシャルが呟くとフノスが首を傾げ、思い出しながら答える。


「うーん。なんか難しい顔して考え事してたみたいだった」


「そういえば、さっきも中庭で物思いにふけっていたようでした」


 イヴもその言葉に思い出したように付け加える。


「やっぱり、お父様もいろいろと不安なんじゃないかしら」


 テミスが憂いを帯びた表情でそう意見を述べると、ガイアも賛同する。


「そうね、もう少し私たちを頼ってくれるといいんだけど……」


 アスタルテが不思議そうな顔をして尋ねる。


「うーん、で結局私たちは何をすればいいの?」


「……とりあえず、お父様がしたいことのお手伝い、ってことでいいんじゃないですか。ただ私たちに何をしてほしいのかが分かりませんが……」


 タウエレトが悩ましげな表情でそう言うと、ネフティスがあっけらかんとした表情で答える。


「そんなに難しく考えなくてもいいんじゃないかな。特別何かをしようとしなくても、いつも一緒にいればお父さんが困ったときはすぐに手伝えるから」


 それまで悩んでいたイヴもその言葉には一理あると考えたのか、すぐに受け入れた。


「それもそうですね……。まあ、今はそんなところでいいでしょう。何か問題が起きたらその時にまた作戦会議を開くとして、今回は終わりにしましょうか」


 その言葉とともに、部屋には再び静寂が訪れようとしていた。エスリンが動きを止める前にポツリとつぶやく。


「……なんかあんまり作戦会議の意味がなかったような気がします」


 ブリジットもそれに賛同した。


「……結局家族会議っていうのをやってみたかっただけみたいだね」


 呟きは静かな部屋では案外響き渡り、彼女たちが誰かに叩かれたのは言うまでもないことである。


 その後、少女たちはすぐにまた死んだように動かなくなった……わけではなく、少女たちはけん制しあいながらじわりじわりと男に近づいて行った。朝になって男が起きた際には、少女たちに体中にまとわりつかれて起き上がれなかったという。

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