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十二話

 すっかり暗くなった外を窓から眺めながら、電球の代わりに光晶石が天井から輝く廊下を歩いている。七時になったので、朝食を食べた食堂へと向かっていた。食堂に近づくと、ざわざわとした話し声が聞こえる。どうやら、朝食とは違いイヴと二人きりではないようだ。まあ、二人っきりというのも何を話せばいいのか分からないし、人数がいた方が食事もおいしく食べられるかな。まあ食べるのは俺だけなんだが。


 食堂に入ると、イヴと十人ほどの娘たちが迎え入れてくれた。よく見ると服が変わっている。そういえば、服なんて普段の服一着と戦闘用の装備しか作ってやらなかったがみんなどうしてるのだろうか。今、娘たちが身に着けている服は見覚えがないものばかりなので、おそらく自分たちで作ったのだろう。娘たちは自動人形なので、裁縫スキルというか生産スキルそのものを持っていないはずだが、まあ料理スキルがなくてもおいしい料理が作れているので問題はないだろう。その代わりに、料理を食べた際の一時的能力アップはないが、それがスキルを持っていない影響なのだろう。


 夕食は、朝食や昼食とは明らかに違う量だった。朝食や昼食は量は多かったものの、頑張ればどうにか完食できるくらいの量だったのに対して、夕食は明らかに食べきれないとわかる量だった。イヴのほうを見ると少し申し訳なさそうな、苦笑いのような微妙な顔をしている。その周りでにこにこと笑っている十人ほどの娘たちの様子を見るに、おそらくこれはイヴだけじゃなくてみんなで作ったものなのだろう。大人数で作っていたら作りすぎてしまったというところか。まぁ、娘たちの努力を無駄にするのも心苦しいので、精一杯できる限り食べるしかない。


「いただきます」


 テーブルの上には所狭しと料理がのっているが、近くには何というのかよくわからない料理――野菜やハム、チーズなどがのっているものが多い――の数々が並んでおり、その外側には色とりどりのスープ、さらにその外側には魚料理と、どうやらコース料理のようになっているようだ。まずは、一番近くにある名前はわからないがおそらく前菜の料理を食べてみる。


「……おいしい」


「ほんと!? それは私が作ったんだよ。あと、それとこれも」


 蒲公英色のツインテールと八重歯が特徴的な、元気の塊のような少女アスタルテが料理を指さしながら屈託のない笑みを浮かべる。


「そ、そうなのか……。これ全部ここにいる子たちでつくったの?」


「うん! 今日は私たちの番って決まったからね」


 アスタルテが平らな胸を張って答える。どうやら、ピクニックと同じように食事当番も日ごとに決まったらしい。というかこういうことはいつ、どうやって決めているのだろうか。まあたぶんイヴがかかわっているのだろうが……。


 なんとか魚料理まで食べきった時には、もう腹がパンクしそうだった。だが、頑張って作ってくれた以上、一口も食べずに残すというのは申し訳ないだろう。そう思い、全て一口だけでも食べようとする。メインディッシュっぽい大きなステーキを食べてみると、どうも食べたことのない味と触感が感じられる。てっきり牛肉だと思ったのだが、どうも違うようだ。


「うん、おいしいけどこれって何の肉なんだ? 牛肉じゃないよな」


「さっき倒したドラゴンだよ。そっちがワイバーンので、あっちがウィルム、こっちがヒュドラだよ」


 アスタルテは料理を指さしながら教えてくれる。夕食の料理のことならなんでも聞いてくれと言わんばかりの得意になっている顔が、なんだか微笑ましい。


「そ、そうか……」


 『エイジオブドラゴン』ではちゃんとした料理の素材だったので、食べられることはわかっていたが、実際に食べるのは初めてで、どう反応したらいいかわからない。まあ美味しい肉が山ほど手に入ったので良しとしよう。


「うぷ……、ごちそうさま。もう食べられない……」


 頑張ったのだが全体の七十パーセントほどを食べた時点でギブアップしてしまった。


「ごめんね、ちょっと多すぎたかな」


 アスタルテはそういってすこししょんぼりとしている。ほかの娘たちも落ち込んでいるような気がする。さすがに食事を作ってもらって、さらに悲しませるというのは後味が悪い。こんな時は慰めなければならないだろう、もともと俺が全部食べられないのが悪いのだから。


「また明日の朝にでも食べるから、捨てないで取っておいて」


「ありがとう、お父さん……」


 アスタルテはまだ少し落ち込みながらも、俺が完食した料理の食器を片付け始めた。朝はいろいろと考えることがあったから忘れていたが、自分で食べたものだし俺も手伝うべきだろう。ただでさえ、食器の数が多くて片付けが大変そうだし。


「片付け、手伝うよ」


「えっ……、あ、うん。じゃあ一緒に……」


 食器をキッチンまでもっていくと、キッチンにいた娘たちは少し驚いたようだった。そのままキッチンで洗い物を始めるが、慣れない家事に悪戦苦闘し、結局、全ての食器を片付けるのに一時間近くかかってしまった。娘たちだけでやった方がもっと早く終わったようだったが、みんな楽しそうだったのでまあいいことにしよう。



 夕食が終わり、部屋でごろごろとしてゆっくりとしていたがどうも眠くならない。朝は早くから起きて、一日でいろいろなことがあったのに。時間は十時ごろだろうか。中庭でも散歩してくるか。そう考え、部屋を出た。


「……はぁ」


 月明かりに照らされた中庭は、朝の生命力あふれる雰囲気とは違い、とても幻想的であった。中庭に設置してあるベンチに座り空を見上げると、大きな月と煌めく星々がとても美しかった。ついぽつりと本音が零れ落ちる。


「こんなにきれいな夜空初めて見たかもな」


 そのまましばらくボンヤリと星空を見上げていると、誰かが近づいてきた。


「あれ、こんなところでなにしてるんですかお父様」


 やってきたのはネグリジェ姿のイヴだった。ネグリジェといっても、透けてる大人用のものではなく、白くて厚い、ふんわりとした生地で出来た、フリルやレースのついている子供らしいものである。月明かりに照らされたイヴの人間離れした雰囲気は、妖精かなにかのようだ。


「イヴか……、少し話でもしないか」


 俺がそう言うと、イヴは俺の隣にちょこんと座った。


「……今日はどうだった?」


 何を話すか考えていなかったので、とりあえず今日のことについて話そうと思ったが、とてもあいまいな質問になってしまった。


「はい! とっても楽しかったです」


「そうか……、楽しめたんならよかった。」


 会話が終わってしまう。よく考えたら何を話していいのかが分からない。父親って娘とどんな話をするんだろう。そんなことを考えているとイヴのほうから話しかけてきた。


「さっきはごめんなさい」


「……えっ?」


 いきなり謝られても何のことかわからなかった。横を向くと、うつむき加減なイヴの姿が見えた。


「夕食のことです。あの子たちが張り切っちゃったのを止められなくて。食料もどこで手に入れられるか分からないのにたくさん使ってしまって。あと、お腹は大丈夫ですか?」


「ああ、気にしなくてもいいよ、まだちょっと苦しいけど。それと、食料のことなら少し考えていることがあるんだ。今日森を開拓した分のところ、家を囲むようにぐるっと柵を作って庭にして、そこで作物を育てようと思って。どれくらい時間がかかるのか分からないけど、まあまずはやってみようと思う」


「私たちもお手伝いしますね」


「ああ、ありがとう。とりあえず肉は十分手に入ったし、南の海にいけば魚も捕れるだろう。庭で作物が取れるようになったら、しばらくは人と会えなくても大丈夫だな。調味料は海の塩くらいしかないかもしれないが……」


 そんなことを話しているうちに、また会話が止まってしまう。考えてみるとそもそもあまりしゃべる方ではない自分が、一日でこんなに会話したのは初めてのような気がする。確かにいま二人の間に会話はなく沈黙しているが、沈黙といっても落ち着いた雰囲気が流れているこの場所でそこまで必死に場をつなげようと会話しなくてもいいんじゃないかという気がしてきた。無理に会話しなくてもいいだろうと、二人でゆっくりとした時間を過ごそうと心の中で決めた時、たった一つだけ気になることが口をついて出た。


「もっと何か、してほしいこととかはないの?」


 それは朝、この中庭で三人の娘たちにしたのと同じ質問だった。この世界に来て、今日一日でいろいろなことがあった。それでも今、不安を感じていないのはこの子たちがいるからだろう。朝、守らねばならないと思っていた庇護対象がいつの間にか俺の心の支えになっている。だからこそ、この子たちのために何かしてやれることはないか。朝とは全く違う思いでその言葉を口にした。


「……一緒にいてほしいです」


 イヴは少し考えた後、そんなことを言った。


「一緒にいるだけでいいのか?」


「はい、別に特別なことをしてくれなくてもいいんです。ただ、一緒に住んで、一緒に戦って、一緒に笑って、一緒に泣いて、……一緒に生きたい。それが私の……、いいえ、私たち全員の願いです」


 微笑みながらそう言ったイヴの顔は、今まで生きてきたなかで最も美しいと感じた光景だった。この笑顔を守るためなら、どんなことだって苦にならない。そんな思いを抱かせる。見つめあうのが恥ずかしくなったのか、イヴがまた正面を向き夜空を見上げた。それにつられて空を見上げる。確かにさっきまでと同じく美しい光景が広がっているが、さっきのイヴの微笑みに比べたら色あせて見えた。



「それじゃあ、おやすみ」


 そう言って寝室に戻ろうとすると、イヴが呼び止めてきた。


「あの……、私たちは大部屋でみんなで寝ようって話になったんですけど、……その、お父様もどうですか?」


 イヴがためらいがちにそう提案してきた。お風呂のときも思ったが、娘たちの上目づかいでのお願いは反則だ。断るという選択肢がなくなってしまう。ちなみに、大部屋とは南館の四階にある、特に利用目的を決めていないだだっ広い部屋のことである。


「みんなって全員で?」


 一応一人ひとりにはベット付の個室を作ったが、やはりみんな一緒がいいのだろうか。


「ええ、みんな一緒に」


「入りきるのか?」


 確かに食堂や大浴場と同じくらい大きな部屋だが全員の布団を敷くには狭いから、一人一人がかなり密着することになるだろう。


「雑魚寝になってしまいますが、なんとか」


「そうか、じゃあお邪魔しようかな」


 そう言って、イヴと一緒に大部屋へと歩き出す。今一緒にいてほしいって言われたばかりだからな。



「そういえばみんなって寝られるのか?」


 寝室に向かう途中の廊下を歩きながらイヴに聞いてみる。


「正確には動力をオフにするといったところですね。人間のように眠ることや夢を見ることはできませんし、その必要もありません。でも、長い夜を一人で過ごしていても寂しいだけですし、それに一応中の魔石もすこしは節約できますので……」


 だからみんな一緒に寝ようとしたのか。夜にたった一人で過ごすなんてさみしいからな。


「……そう、なのか。オフにしたら自分ではオンにできないんじゃないのか?」


「基本的にはそうですが、何時になったらオンにするという設定をしておけばその時間になったら自動的にオンになります。たまに設定を忘れてずっと寝ている子もいますが、そういう時は気付いた人がオンにしてあげます。まあだからこそみんなで一つの場所に集まって一緒に寝た方がいいのですが」


 大変そうだがはたして、必ず寝なければならない人間とどちらがいいのだろうか。少なくとも俺には分からない。


 大部屋の前に来ると室内からざわざわとした声が聞こえてくる。夜なので声は抑えているようだが、千人も集まるとさすがにおとなしくするのは限界なのだろう。ドアを開けて中に入ると、一斉に目線がこちらを向く。そういえば、こうやって全員を一度に見たのは初めてかもしれない。色とりどりの髪の毛や寝間着がざわめいている壮観な光景だ。我ながらよくもまあこんなに娘を作ったものだ。


「お父様も一緒にここで寝ることになりました。お父様は真ん中で寝てください」


 イヴがそう言うと、なぜか張りつめた空気が生まれた。とりあえず部屋の真ん中に向かってみるものの、全員が動きを止め、一言もしゃべらない。いったい何が起こったのか。そう考えていると、不意にまた空気が緩み、凍り付いた時が再び動き出した。真ん中にいる俺に対して、あるものは近づいて、あるものは遠ざかり、俺を中心とする同心円状に娘たちが移動する。みんな寝る場所が決められているのだろうか、まるで軍隊のように統率された動きだった。もしかして今のは寝る場所を決めるための何かだったのか? そんなことを考えたが、少し怖かったので聞けなかった。


「おやすみ」


 娘たちとすこし話をしようとも思ったのだが、精神的・肉体的疲労から、横になるとすぐに寝てしまった。

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