十一話
家に帰ると家の周り三十メートルほどが更地になっていた。
「おかえりー」
紫檀色の長髪と比較的大きな身体、ほのぼのとした雰囲気が特徴の少女ラハムが迎えてくれた。
「みんなもお疲れ様。きれいになったね」
きちんといいことをしたら褒めてあげなくてはならないだろう。そう考え褒めてあげると集まっていたみんなが嬉しそうに笑う。
「ちゃんとやっていたようですね」
イヴも満足そうだ。そういえば、俺と話すときはそうでもないが、娘たちと話すときは妙に大人ぶった話し方をするのはなぜなのだろうか。姉としての威厳を出すためなのだろうか。そんなことを考えていると、セミロングの栗色の髪をポニーテールにした少女、キシャルがこちらを見上げ、腕を組みながらこんなことを言ってきた。
「土で汚れちゃった。お風呂入りたいな。……ねえ、お父さんも一緒に入ろうよ」
娘に上目づかいでお願いされるとどうしてもノーとは言えない気持ちになってしまうが、風呂といえば南館にある大浴場一つしかない。いくら大人数で入れるとはいえ、いきなり娘と一緒に入るには心の準備が足りなかった。
「え、お、俺はいいよ。みんなでゆっくり入ってきな」
さすがに、十歳の娘と一緒に入るのは……普通なのか? まあ十歳というのは外見であって、実際には一番年上のイヴでも生まれてから五年もたっていないが。そんなことを考えながら、娘たちに背を向けて家に入ろうとすると不意に浮遊感が襲った。
「うわ、ちょっと!」
どうやら娘たち数人に持ち上げられているようだ。足が地面につかず、自分の足で体を支えられないので、不安定でとても怖い。
「暴れちゃだめだよお父さん。それじゃお風呂に突撃ー!」
娘たちに持ち上げられたまま、屋敷の中へ連行されてしまった。暴れると下に落ちそうなのでそのままじっとしていると、すぐに浴場の手前の脱衣所に着いた。
「わかったよ。もう逃げないから下ろしてくれ」
さすがに服を剝かれるのだけは勘弁してもらいたいので、そう言うとあっさり下ろしてくれた。そのまま娘たちは躊躇もなく脱ぎ始め、脱ぎ終わるとさっさと浴場に入って行ってしまった。
「お父さん遅ーい! はやくはやく!」
キシャルのそんな言葉に急かされて、渋々脱ぎ始める。脱ぎ終わると、一応タオルで前を隠しながら浴場の中に入っていった。
湯気が晴れると、そこにあったのはまさに天国といってもいいような光景だった。その広さは大浴場というよりもはや小型の温泉ランドやスパといった大きさである。白を基調とした壁や白い石が敷き詰められている床に、少なくとも二百人は同時に入れそうなプールのような長い浴槽は、黒い石で貼られている。ガラス張りの大きな窓からは、もう日が暮れて暗くなっているが、森の木々が見え露天風呂のように風景を楽しめるようになっている。ちなみにサウナは俺が嫌いなのでついていない。
ちなみにその動力は晶石という石である。晶石は簡単に言えば属性の付いた魔石のようなものであるが、魔石とは違いモンスターをいくら倒しても手に入れることはできない。晶石はその属性ごとに産出される場所が決まっており、例えば火の晶石、火晶石は火山などの高温の場所に、水晶石なら川や海の底などから手に入れることが出来る。また、多少手間はかかるが自分で作り出すこともできる。魔石を燃える火の中に入れておけば火晶石を作れるし、魔石を水の中に入れておけば水晶石ができる。
この浴場では水を生み出すのに水晶石を、その水を温めるのに火晶石を利用している。なお、朝食を作ったキッチンでは、水道代わりに水晶石を、コンロ代わりに火晶石を利用しており、冷蔵庫代わりに使える氷晶石というのもあるが、中に入っているものの時間が止まるアイテムボックスがあるのであまり使われない。
魔石を使用する魔道具と、この晶石の違いは、燃費と使いやすさである。晶石は魔石に比べて属性に縛られる分一つのことしかできないが、その分長持ちするし、取扱いに関しては念じるだけで火晶石なら火が出るし、水晶石なら水が出るなど、誰でも簡単に扱える。魔道具は晶石に比べ属性に縛られない分いろいろなことが出来るが、燃費はあまりよくなく魔力の補充には付呪スキルがレベル五以上必要など、取扱いが難しい。よって人々の生活にとって欠かせないものは晶石で、魔道具は魔石を簡単に手に入れられる冒険者や富豪たちの嗜好品などになる場合が多い。
そんな『エイジオブドラゴン』の設定を思い出しながら大きな浴槽に浸かっていた。必死に関係のないことを考えて心の平静を保とうとしていた。その周りには五十人ほどの、もちろん素っ裸の娘たちが一緒に浴槽に浸かっており、わいわいがやがやとかしましい声が浴場内に響き渡っている。目線を窓の外に固定して、森の風景を見ているふりをしている間にもどんどん浴場内には娘たちが増え続けていた。
どうすればいいんだろうか。見たらいろいろとアウトな気がするが、恥ずかしがって見ないというのも変に意識してるみたいで返っておかしいような気もする。というかゲームの中では見えなかったけど服の中もこんなにリアルに作ってるのか。さっきちょっと目に入っちゃったけど大丈夫だよな、俺は父親だし……。なんかすごく恥ずかしい、俺の裸を見られることなんて全く気にならないくらい……。そんなことを悶々と考えていると、いつの間にかすぐ近くにいるイヴが話しかけてきた。
「お父様、お背中流しましょうか?」
「い、いや自分でできるから……」
とりあえずこの周囲の状況から逃げるべく、浴槽から出て洗い場に向かった。木の椅子に座って体を洗おうとすると、後ろから誰かが近づいてくる。
「お背中流しますね」
目の前の鏡に映ったのはキシャルだった。その手には既に体を洗うためのスポンジが握られている。どうやら俺の意思は関係ないらしい。
「……じゃあお願いするよ。」
目の前の鏡からも目をそらし、そう言った。これは終わったら俺も背中を流してあげなきゃいけないんだろうか。そして訪れる静寂。聞こえてくるのは、遠くの少女たちの笑い声とすぐ後ろの少女の吐息、そしてスポンジが肌をこする音。永遠にも思えた二分ほどの時間は、始まった時と同様にキシャルの声によって終わりを告げた。
「ふぅ……、洗い終わりました」
キシャルはそう言いながら背中をお湯で流す。するとまた誰かがこっちに近づいてきた。
「あー、ずるい。私も背中流す!」
背中を流し終わったキシャルを見つけてラハムは文句を言った。しかし、一仕事終えた雰囲気のキシャルは冷酷に告げた。
「もう終わりました」
「じゃあ、前洗うもん」
そう言って前に回り込もうとするラハムをどうにか押しとどめようとする。
「前は自分で洗えるから!」
焦って少し声が大きくなってしまったかもしれないが、それだけはやめさせないといけない。別にみられても構わないが、前を洗われるのは絵的にまずいだろう。まあここには俺と娘たちしかいないが。
「うぅ……じゃあ頭洗わせて」
すこししょんぼりとした様子のラハムに少し悪い気がしたので、頭は洗ってもらうことにする。そして、またも訪れる静寂。力が強すぎるわけでもなく、弱すぎるわけでもなくなかなか気持ちがいい。
「じゃあ、頭流すね」
頭から流れ落ちる温かいお湯。なんだかんだ言ってもスッキリする。やはり、お礼は言っておいた方がいいだろう。
「ありがとう二人とも」
その後、二人が自分の体を洗っている隙に前を洗い終え、一歩先に湯船へと戻った。できるだけ周りに娘たちがいないところで湯船につかり、誰かに話しかけられる前に脱衣所へと逃げ帰った。
「はぁ、なんかもう余計疲れた……」
一人の脱衣所で着替えながらそうつぶやく。一人用のお風呂を作ったほうがいいのかなと考える。だが、もしまた娘たちから一緒に入ろうと言われたら、きっと断れないだろう。自分の優柔不断な性格は自覚している。すこし、あの子たちに甘すぎるだろうか。たまにはビシッと言ってやったほうがいいのだろうか。でも、別にあの子たちが悪いことをしているわけではないし……。着替え終わるとちょうど、イヴが浴場から脱衣所へと入って来た。
「あ、そうだ。お父様、夕食は七時からでいいですか?」
髪の毛をタオルで拭きながら、全裸のまま見上げてくる少女の起伏の乏しい体からは湯気が立ち上り、水がしたたり落ちている。一片たりとも隠す気がないその堂々とした姿はとても男らしい。いや、まったく男らしくはないんだが。俺もこそこそとしないで、その姿を見習わなくてはならないかもしれない。
「あ、ああ、お願いするよ」
目をそらして、そう答える。ほかに誰か出てくる前に部屋に戻ろう。そう思って急いで脱衣所を飛び出した。




