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十話

 空から飛んできたモンスター、いやモンスターたちはそれぞれ、前肢が翼になっている竜族ワイバーン、前肢も後肢もなく蛇に翼をつけたような姿の竜族ウィルム、多数の頭を持つ竜族ヒュドラであった。


 まず、イヴの弓に蝙蝠のような翼を貫かれて地面に落とされた一体目は、背中側が真っ赤な鱗でおおわれているが、反対の腹部は銀色の金属のような光を放っている。この竜は、メタルワイバーン、レベルは八十三で別名は鉱翼竜と呼ばれ、鉱物を食べることで弱点である自らの腹部に金属をまとわせている。このワイバーンは防御力が高い一方、素早さは遅く飛ぶこともあまり得意ではない。


 次に、空を飛んでいる二体のうち一体目は、頭から生える緑色のたてがみ、つるりとした青く鱗のない体、虫のような左右四枚ずつの羽が特徴の竜であった。名前はフェアリーウィルム、別名妖蛇竜ともいい、レベルは八十六、魔法を使うのが得意なモンスターである。


 最後に、空を飛んでいる二体のうちの片割れ。三体目のアイスヒュドラ、別名氷頭竜の特徴は何といっても三つに分かれた頭とその頭一つ一つに二本生えているつららのような透明の角、鳥のような羽毛の翼、そして全身を覆う氷である。レベル八十二の、このモンスターは見た目通り氷を使った魔法や冷気のブレスを使用してくる。


 さっきの紅蓮竜もどこから来たのかと思っていたが、どうやらサルグレット山脈から飛んできたみたいだな。そんなことを考えながら、ステップを踏む。サルグレット山脈は、その異名の竜の巣の名の通り、とても多くの種類のドラゴンが生息している。『エイジオブドラゴン』ではそこから飛び出してくることはなかったが、これもゲームが現実になった影響なのかもしれない。


 空を飛んでいる二匹、フェアリーウィルムとアイスヒュドラは空中で旋回するだけでなかなか降りてこない。おそらくさっきのイヴの一撃でメタルワイバーンが落とされたのを見て警戒しているのだろう。それなら、先にメタルワイバーンを仕留める。


 いまだ落下地点でもがいているメタルワイバーンに一瞬で近づくと、無防備な腹にアッパーを食らわせる。メタルワイバーンは腹の部分が金属にコーティングされているため、斬撃や刺突に耐性がある一方、打撃にはそれほど耐性がない。


 素手で殴ってもそこまで痛くない、これもサブジョブの格闘家の効果かな。でも効いてるのかどうかわからないな。……○○ダメージって出ないから。

 そんなことを考えながらそのまま間髪入れずに左右の拳でラッシュを打ち込むと、メタルワイバーンは大きな咆哮を上げ尻尾を振り回した。尻尾を回避するためにクリスが大きく飛び退るとその隙にメタルワイバーンは起き上がった。


「ふぅ、さて、ここからが本番か」


 数瞬の間にらみ合いが続いたが、先に動いたのはメタルワイバーンだった。メタルワイバーンは大きく息を吸い込む動作をする。それは炎のブレスの予備動作だった。


「ブレス!」


 メタルワイバーンのブレスは範囲が広く、避けるのが困難である。たまにドロドロに溶けた金属も混じっていることがあり、殺傷能力も高い。このブレスによって動きの遅さをカバーするのがメタルワイバーンの戦い方であった。


 後ろに飛んでも避けられないと瞬時に判断し、両手を体の前で十字に構え体を小さくして一気にメタルワイバーンの懐に飛び込んだ。背中のすぐ後ろをブレスが通過し焼けるように熱い。懐に飛び込んだ勢いをつけた右のストレートを叩き込んで。すぐに横に飛び、懐から距離をとる。メタルワイバーンはわずかに宙に浮き、顔を上空に向け天にブレスを吐きながら後ろに飛ばされた。苦しそうなうめき声をあげるが、起き上がったメタルワイバーンの目には燃えるような怒りが浮かんでいる。まだまだ戦意は衰えていないようだ。


「……ふぅ」


 大きく息を吐き、戦いで興奮する思考を落ち着けようとする。臆病な気持ちになってはいけないが、冷静さを失って戦い続けてもいけない。無理に攻撃を叩き込むことはない。相手の攻撃を食らわないことを第一に、ヒット・アンド・アウェイを繰り返すのが軽装備の前衛の基本だ。だから、今のこちらが攻撃してくるのを待っているメタルワイバーンに対して、わざわざ飛び込んでいく必要はない。


 にらみ合いが続くも、メタルワイバーンは再び大きく息を吸い込む動作をする。メタルワイバーンは動きが遅いので、素早さを第一とする相手には、ブレスくらいしか当たる攻撃がないのである。


 先ほどは初めての実戦で反応が一瞬遅れてしまい、背中が熱いくらいぎりぎりでしか回避できなかったが、今回は十分に余裕をもって懐に潜り込む。


「……ッ!」


 メタルワイバーンはまさに翼で横に薙ぎ払うところだった。どうやらブレスを吐くふりをして、また懐に入ってきたところを狙う作戦だったようだ。風を切り、唸りをあげて翼が迫ってくる。避けられないと悟り、体の前で両腕を構え、衝撃に身を備える。しかし、いつまでたっても衝撃はやって来ず、かわりに甲高い金属音が鳴った。恐る恐る目を開けると、そこには翼をハルバードで受け止めている、滅紫色のショートヘアでボーイッシュな印象の少女ネヴァンがいた。


「大丈夫?」


 ネヴァンはそういうとそのまま翼を切り飛ばした。メタルワイバーンが血を吹きあげながらのたうち回っている隙に共に距離をとる。


「ああ助かったよ」


 助けてもらったお礼を言うと、ネヴァンははにかんだような笑顔を見せる。


「三人でコンビネーションアタックだよ!」


 いつの間にかそばに来ていた、柑子色のセミロングの髪で、底抜けに明るい雰囲気の少女メイヴがそう言った。その手にはグレイブが握られている。


「こ、こんびねーしょんあたっく?」


 ネヴァンはこちらに困惑したような視線を投げかけているが、もちろん俺もそれが何なのかは知らない。


「そう、疾風怒涛の三連撃! まずネヴァンちゃんが攻撃して、次にあたし、とどめがお父さん。どんな敵もいちころの必殺技だよ!」


 メイヴの大雑把すぎる説明に、ネヴァンはため息をつく。


「……私が初めに行けばいいの?」


「うんお願い。でも一撃で倒しちゃだめだからね。ちゃんと三回目で倒せるように計算して……」


「分かった分かった。はぁ、めんどくさいな……」


 そんなことを言いつつも、ちゃんとしようとするあたり、根が真面目なのか、それとも家族思いなのか。そんなことを話している間に、メタルワイバーンはまた体勢を立て直してこちらを向いた。翼の断面からはまだ血が出ているが、いまだに戦意がなくなっていない。もっとも戦意がなくなるのは死んだときだけかもしれないが。そろそろ話している時間は無くなりそうだ。


「それじゃあ、ネメクスペシャルいっくよー!」


 気が抜けそうなメイヴの号令とともに三人が走り出した。というかネメクスペシャルってなんだ、ネヴァン・メイヴ・クリスの頭文字か、などと走りながら考えているうちに、ネヴァンがもう一方の翼を切り落としていた。その痛みをメタルワイバーンが感じぬうちに、後ろに回り込んだメイヴが尻尾を切り落とす。翼と尻尾を切り落とされた痛みでメタルワイバーンが無意識のうちに咆哮を上げかけたそのとき、俺の拳がその腹に突き刺さった。


 《正拳突き》格闘家がレベル十で覚えるその技は、空手の基本技にして象徴ともいえる技である。手の甲を地面に向け、腰の横まで引いた拳を百八十度回転させながら目標を突く。同時に反対の手を腰の横まで引き、腰の回転も拳の威力に加える。腰の回転力と拳の螺旋回転の力は拳先に集中し、触れたもの――メタルワイバーンの体を正確に貫いた。巨体がゆっくりと後ろに倒れていく。倒れこんだメタルワイバーンはそのまま動かなくなった。


「はぁ、はぁ」


 生き物を殺したいやな感触が右腕に残る。さっきまでの昂揚感は消え去り、気分は最悪で、体は小刻みに震えているが、こんなことで弱音は吐けない。娘たちモンスターを殺させて、自分だけ手を汚さないわけにはいかない。きれいだった右手が、だんだん血に染まっていくようなイメージを思い浮かべながら自分の手を眺めていると、メイヴが能天気な声で話しかけてきた。


「ネメクスペシャル大成功ー! さっすが私たちだね」


 そう言いながらメイヴが抱き着いてくる。猫の様にじゃれついてくるメイヴを見ていると、いつの間にか震えも吐き気も止まっていることに気が付いた。下を見下ろすとくりくりとした青い目がこちらを見つめている。気付かれていたのだろうか、心の中を。


 そう思うと恥ずかしくなり照れ隠しに頭をなでてやろうとするが、一瞬血濡られた手で触っていいのかと考えてしまう。だが、この子たちが喜んでくれることならできるだけやってあげよう、そう考えメイヴをなでてやると彼女は嬉しそうに喉を鳴らした。それを羨ましそうに見ているネヴァンも一緒になでてやると、彼女は恥ずかしそうに下を向いてしまった。逃げようとしないのだから、決していやなわけではないのだろう。


 あれ、そういえば後二体はどうしたんだろうか。そう考え、あたりを見回すと少し離れたところに二つのモンスターの死体が転がっていた。


「もう倒したのか。速かったな」


「私たちが一緒に戦い始めたころには、もう終わってたけどね」


 メイヴが空気を読まずに言う。こちらの戦闘が終わったことを見計らってイヴたちも近づいてきた。


「お父様。コンビネーションアタック、素晴らしかったです」


 本気なのかいまいち分からない口調でイヴは言う。コンビネーションアタックといっても、順番に三回攻撃しただけと何が変わらないのか分からなかったが、倒せたので良しとしよう。


「疲れたしもう帰ろうか」


 そういうと、娘たちは元気よく返事をする。俺はもう疲れ切っているのに、娘たちはまだ元気があるのかと思いながら家路についた。

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