九話
三時間ほど歩くと丘陵地帯に乗る森を抜け、ごつごつとした岩の転がる山岳地帯が姿を現した。すぐ目の前に見えるはげ山が目的地のラルズール山である。正確にはイオレースが産出されるのはラルズール山ではなく、中腹に入り口のあるラルズール鉱山という洞窟であったのだが。
ここに来るまでの三時間に森の中で何度かモンスターと遭遇していた。しかし、それらのモンスターはみなレベル六十くらいの魔物で、紅蓮竜のようなレベル八十――クリスが一対一では勝てないくらいの危険なレベル――を超えているモンスターは出て来なかった。さっきの紅蓮竜は何だったのだろうと考えたが、答えが出るわけではないのですぐにあきらめた。
「無事にたどり着けたな。でもここからのほうが気をつけなきゃならないか。みんな準備は大丈夫?」
十分ほど山を登ると、目の前にぽっかり入り口を開けた洞窟が見えてきた。入り口からは中がどうなっているのか暗くてさっぱりわからない。今から入るのはラルズール鉱山、対象レベルは七十と今までよりも高いレベルのモンスターが生息しているはずである。さらに鉱山内はそこまで広くはないため、三十人を超える人数で入ると自由に動き回れないかもしれない。今までよりも注意が必要だろう。
「それじゃあ、中に入るよ」
そう言ってアイテムポーチから光晶石を取り出した。光晶石は魔石の一種で光を放つだけの効果しかないが、電気が入っておらず、中が真っ暗なラルズール鉱山には必須のアイテムである。光晶石が洞窟の中を照らし出すと記憶と寸分違わぬ光景が目の前に広がっていた。
「うん?……これは……」
入り口から入ってすぐの右手の壁に銀色の輝きが見て取れる。触ってみるとまるで鉱石ではないようにやわらかい。持ってきたつるはしで採掘してみると、それは目的のイオレース鉱石であった。これを精錬すればイオレースのインゴットにすることが出来る。
では、自動人形を作るために必要なイオレースはどういった金属なのか。それはよくわからない。『エイジオブドラゴン』の中でもイオレースがどういったものなのかは明示されておらず、銀色で柔らかい金属であり自動人形の素材になっているくらいしか情報がない。自動人形のほかに使われることはなく、そもそもその自動人形でさえこのイオレースからどうやって作っているのか分からない。いったい娘たちの体の中はどうなっているのか。疑問は尽きないが、それを考えるのはまた今度にしよう。ここはモンスターが出る鉱山内だ、急いで採掘しなければならない。
「それでは敵が来ないように周りを見張っていますね」
入り口の近くだけで山ほどの鉱物がすぐに取れた。イオレース鉱石だけではなく、同じく魔法金属の真っ黒なガルヴォルン鉱石や半透明のイシルディン鉱石、普通の金属として金鉱石や銀鉱石も少量であるが採掘できた。
ガルヴォルンとはイオレースと同じく魔法金属と呼ばれる、特殊な性質を持った金属の一つで、真っ黒な色をしている。その性質は魔法が効きづらいというものであり、この金属で武器や防具を作ると、攻撃魔法に対して強くなるが、強化魔法や回復魔法も効きづらくなってしまう。しかし、装備の魔法効果までは弱めないし、スキルに対しては何の影響もないので『エイジオブドラゴン』ではソロの前衛職が好んで装備に使うほか、設定では建築物に使用され魔法に対する耐久性を高めるらしい。イオレースと同じような場所で取れる鉱物で、イオレースを採掘していると自動的に溜まっていくので、クリスは娘たちの武器に使用していた。
イシルディンも、イオレースやガルヴォルンと同じく魔法金属で、その金属で作られたものは、透明で目に見えないという特殊な性質を持っている。『エイジオブドラゴン』では、持ち物から見失うことなどなかったが、この世界ではこの金属で作った武器や防具をその辺においておくと、見失ってしまうかもしれない。設定では、暗殺によく使われるらしい。ゲーム内では、主に装備のヴィジュアルを重視する人が、自分のお気に入り外見だがあまり強くない軽装備の上にこれで作られた防具を装備して、防御力を底上げするのによく使われた。
「これなら奥まで行く必要はなさそうだな」
『エイジオブドラゴン』では、いつも採掘していたせいで浅いところではほとんどイオレースが取れず、最下層のボスモンスターがいる場所の付近まで潜らなくては取れなかったが、ここでは入り口付近だけで十分すぎるほどの鉱石が取れた。
「よし、これで五十回くらいは《リバース》ができるな。それじゃ敵が来ないうちに帰ろうか」
《リバース》とは、機能停止に陥った自動人形を修理するスキルである。ゲームでは自動人形のHPがゼロになると、そのまま動かなくなったがこの世界ではどうなるんだろう。そう考えたが、娘たちが動かなくなる姿を想像しただけで背筋が凍るような寒気に襲われた。頭を振りそのイメージを振り払う。《リバース》はあくまで保険であり、使わないようにすることが重要なのである。そもそもゲームと同じく復活できるかはやってみないとわからないし、例えば体が消し飛んだ場合とかは復活できないかもしれない。だからこそ、そんな状況に陥らないことが重要なのだ。
洞窟内で戦闘がなかったことにほっとしながら、娘たちとともに外に出ると空が赤く染まっていた。長かったような短かったような一日を思い出す。今日は朝からとんでもないことばかりだった。
「夕方か、暗くならないうちに帰りたいな」
そんなことを話していると、いきなり娘たちが武器と防具を装備した。どうやら《アクティベート》のスキルを使用したようだ。ならば敵が近づいてきてるという事だろう。
「お父様、モンスターです」
娘たちの見ている方角に目を向けると夕焼けで赤く染まる空に何か黒いシルエットが浮かんでいる。その影は徐々にこちらに向かってくるようだ。
「お父様、さっきのドラゴンの時も言おうと思ったのですが、戦闘が始まったらどこかに隠れていてください。」
イヴがいつもより緊張した顔をしながらそんなことを言った。だが、娘に戦わせて自分だけどこかで隠れているなど親としても男としても耐えられることではない。ここは引くわけにはいかない、男としての、そして親としてのプライドにかかわることだから。
「いや、俺も戦えるぞ……まあ今日は装備があまり整ってないが」
そんなことを言いながら既に戦う気満々で、ボクシングのような構えをとる。そのまま軽くシャドーボクシングをする。拳が風を切る音が心地よい。喧嘩なんてしたことないのに、体の動かし方が分かる。これがサブ職の格闘家の効果かな。今ならそこらの人間になら負けない自信がある、まあこれから戦うのはモンスターだけど。準備運動をしている間にも空に浮かぶ影はどんどん大きくなっており、その姿もはっきりと見えるようになっていた。
「ですが、いくら敵を倒したとしてもお父様がやられたら私たちの負けなんですよ」
イヴが厳しい表情で説得しようとしてくるが、一人で隠れている気などない。その逆なら考えないでもないが、俺が一人であのモンスターを倒せる気はしない。だから、一緒に戦うしか選択肢はない。これでもかなりの譲歩案なのだ。
「だが、娘たちを残して一人だけ隠れているというのはできないな、みんなで逃げるというなら考えるが。まあ今から逃げるのは無理だろうな。家にまで飛んで来られたら困るし」
「はあ……分かりました。……その代わり絶対に死んだりしないでくださいね」
イヴは説得を諦め、武器の木でできた弓を手に取った。数瞬の後、引き絞られた弓から戦いの鏑矢が放たれた。




