落伍者のモノローグ その3
ウェンジ視点。次で回想は終わります。
『人類が宇宙に進出して、はや2世紀――――――。
我々にとって食料の継続的な確保は、生命を拒絶する不毛の真空空間で生存していくために無視できない至上命題です。
人類共通の命題を解決すべく、月政府はこの農業技術開発コロニー『ガイア』に多額の出資をしてきました。
そして今日というよき日、我々月政府の期待にあなた方優秀な研究者は見事に応えてくれました。
「RS-1」は従来のどの品種の小麦よりも優れています。
収量も栽培コストも十分満足できます!』
演壇では、端正な顔に魅惑的な笑みを浮かべたMデイビスの力強い演説が続いている。
ゲルマン系特有の逞しい身体にはグレーの高級スーツがよく似合っている。
スポットライトを浴びて彼のプラチナブロンドの髪がきらきら輝き、薄茶色の瞳はライトの光でゴールドに色を変えている。
とにかく華やかな男である。
『「RS-1」はまさに画期的な小麦です。
「RS-1」を開発してくれた優秀なあなた方に我々月政府もまた報いなければなりません!
これは、食糧確保品質向上委員会の主席を勤める私の責任でもあります!
これからも活発な研究開発を可能にする潤沢な予算を支出すべく政府に働きかけることを約束します!』
月面都市の未来のリーダーの頼もしい成約に、コロニー中の人間が興奮し、ホールに拍手が鳴り響いた。
このコロニーに居住するほぼすべての人間が集まり、セレモニーホールは常にない熱気に包まれている。
オレ、劉文智は主要研究員として客席の左最前列でデイビスのスピーチを聞いていた。
会場の要所に、デイビスが雇ったSPが相当数配置されているのが確認できる。
今のところ、タイムスケジュールどおりに行事は執り行われている。
オレは、右ポケットに突っ込んだ携帯端末を無意識になでた。
端末のディスプレイには、気密室に仕掛けたウイルスを発症させるキーワード入力画面が表示されている。
計画通りに進めば、2時間後にはオレはこのコロニーから消えているだろう・・・。
暗殺の段取りをもう一度心のなかで反芻し集中力を高めていると、視界の端にピンクの影が入った。
いつの間にか通路に、エバンス室長の孫、ルーシーが立っていた。
フリルのたくさんついたワンピースに大きな花束を抱えた姿は天使のようにかわいらしいのだが・・・。
顔は真っ赤。足は小刻みに震えている。
これから1万人の観衆の視線にさらされるのだ。
緊張するのも無理はない。
「ルーシー、スカートめくれてるぞ。パンツ丸見え」
「えぇ!」
驚いて取り落とした花束をオレはすかさずキャッチした。
ルーシーは緊張を忘れて、スカートを確認している。
「嘘だよ。びっくりした?」
「ひどい!お兄さんの嘘つき!いじわる!」
オレは笑いながらルーシーに花束を差し出す。
「ここから100歩進んで、あのおじさんに花束渡すだけだ。大丈夫、ルーシーならできるさ」
ルーシーは、眉間に皺をよせながらも花束を受け取った。
まぁやり方はどうあれ、緊張はほぐれただろう。
ルーシーはピンと背筋を伸ばして壇上に上がっていった。
大観衆の見守る中、ルーシーは笑顔で無事に花束をデイビスに渡した。
「やぁ、これはかわいらしいお嬢さんだ。どうもありがとう」
デイビスは花束を受け取り、ひょいとルーシーを片手で抱き上げた。
その男らしいしぐさに、ホール中の若い女性の黄色い悲鳴が上がる。
大観衆に向かいデイビスが笑顔で手を振ると歓声が沸きあがり、一斉に巻き起こったカメラのフラッシュに2人は包まれた。
セレモニーは予定通り無事終了し、デイビスは研究成果の詳細な説明を受けるため係員に従ってホールを後にする。
オレもいよいよ本番に備えるため、席を立った。
このコロニーの見どころといえば、やはり直径3キロに及ぶ半円構造の低重力栽培ブロックだ。
内部は、低重力下で試験栽培されているさまざまな小麦が全天に拡がっている。
デイビスの来訪時期に合わせてすべての小麦が収穫時期を迎えるよう調整されており、現在一面黄金色に輝く大パノラマが楽しめる。
出入り口は通常研究員が使用する気密エントランスと、主に運搬A.Iが使用する荷物搬入口の2か所だけである。
人間の身体は環境圧が低下すると組織や体液に溶けていた気体が気化し、体内で発生した気泡が血管を閉鎖する。
減圧症は、人間を死に至らしめる恐ろしい現象だ。
栽培ブロックに入室するには少しずつ圧力を下げ、減圧症を発生させにくい純酸素を吸入する必要がある。
そのための施設が気密室である。
この気密室は減圧処理中も栽培ブロックの景観を楽しめるよう、厚さ200ミリ3層構造の強化石英ガラスの壁で作られている。
石英ガラスは透明度が非常に高い。
だから栽培ブロック内にあらかじめ潜んでいれば、気密室内は外から丸見えだ。
誰が入室しているかを肉眼で確認できる。
確実に目標を視認できること―――――――オレの暗殺に有利な第一の条件だ。
このブロックに入室できるのは限られた研究者だけなので、もともとセキュリティーが厳重な区域だ。
加えて、爆発物等の危険物のチェックは事前にデイビスのSPがやってきて済ませているので、安全が確保されてると奴らは思い込んでいる。
その証拠に、今のところブロック内にいるのは作業用A.I とオレだけだ。
過信故に警戒が薄い―――――――これが第二の条件。
第三に、荷物搬入口には、廃棄物処理用に宇宙空間に直接出られるハッチがある。
万が一失敗した時のための脱出口も確保できるというわけだ。
好条件がそろっている。
準備に半年もかけているんだから当然だ。
オレは作業するふりをしつつ、さりげなく監視カメラの死角に入ってデイビスを待った。
デイビスの見学風景はコロニーのイントラネットでLIVE映像が流れているので把握は容易だ。
タブレット端末には、すぐ近くの研究室で品種改良の説明を受けているデイビスの姿が映っている・・・。
――――――来た。
端末の画面に、気密エントランスのガラス壁とデイビスの笑顔が映った。
デイビスの隣には案内役の研究者、背後には随行のSPが数人みえる。
音声はカットされているので何を言っているのかはわからないが、気密室の扉の前でSPの言葉にデイビスは何度か頷いた。
そしてSPの一人と案内役の研究者、最後にデイビスが入室し、気密室の扉がゆっくりと閉められた。
肉眼でもデイビスの入室をはっきり確認できた。
減圧処理に通常かかる時間は5分、ウイルスが発症して誤作動を起こさせるまでは3分。
オレは携帯端末の入力画面にキーワード『ボクの好物は上海亭の小龍包』を入力して送信した。
秀が決めた、ふざけたキーワードに少し笑った。アイツ手土産を強請ってるつもりかね?




