イケメン下院議員暗殺未遂事件
初回投稿時から読んでいただいている方へ。
ショーンのマンハッタンでの取材目的を変更しました。
「月の実力派若手議員マイケル=デイビスの出自を辿る」です。ご了承の上、お読みいただきますよう、よろしくお願いします。
「さっさと逃げたほうがいいのはわかった。けど俺は取材があるんだ」
俺は自分の名前を名乗った。
そしてマイケル=デイビスについての取材でトライベッカ地区に行かなければいけないことを手短に説明した。
「トライベッカっていうと、ここから更に南下した危険水位地域か。おまけに袋小路じゃん」
劉文智は、ため息つきながら反対した。
しばらく沈黙。
・・・うーん、確かに自殺行為かもなぁ。
無言の対立に、俺は気持ちが怯みかけた。
「・・・けど、まさか南下するとは処刑人も思わないかな?意外に行動を攪乱できていいかも」
俺は何も言ってないのに、劉文智は勝手に自分の意見を翻した。
・・・え、いいのか?
「よし、じゃあお付き合いしますよ。ご主人様」
劉文智は、非の打ちどころのない優雅なお辞儀で承服した。
芝居がかった振舞いは、まるでどこぞの執事である。
ただし、あきらかに目がからかっている。
「ご主人様って・・・やめてくれよ。『ショーン』でいい。敬語もなしで」
本気でサムい。鳥肌立つわ。
・・・かわいい女中がミニスカでお辞儀してくれたら、ちょっとうれしいけどね。
「じゃあ、オレのことも『ウェン』でいいよ。ま、どっちにしろ、オレたちが生き残れる確率は低いしね。気楽にいこうぜ」
ウェンは、極めて明るく、なかばヤケクソ気味に俺の肩を叩いた。
なるほど、どっちにしろ絶望的なわけだ。
そして、男2人、トライベッカ目指して『死の行進』を開始した。
マンハッタンを南北に貫くブロードウェイは、所々でマンホールから下水が噴き出して小さな濁流ができている。
無人の超高層ビル群が、アスファルトに暗い影を落としている。
かつて「世界一有名な交差点」といわれたタイムズスクエアは、電源と人通りを失って、まるで冥府の門のごとき冷厳な迫力で満ちていた。
俺たちは、かっての芸術地区トライベッカに向けてひたすら歩いていく。
「それにしても、まぁたマイケル=デイビスかぁ」
ウェンがしかめっツラしてつぶやいた。
「また」ってなんだろう?
「オレ、M.デイビス暗殺に失敗したせいで、ここで処刑される羽目になったんだよねぇ」
「は!?」
暗殺に失敗したとしたら、暗殺未遂?
けど、もし月の若手No1下院議員の暗殺未遂事件なんか起きてたら、地球圏全域にまたがる大ニュースになっているはずだ。
オフレコ含めて、そんな情報は報道関係の自分にすら入ってきていないぞ?
俺はウェンの顔を凝視した。疑念と好奇心を瞳にこめて。
ウェンは俺の眼力に負けて、しぶしぶ失敗談を話し出した。
「オレが一族の上層部からM.デイビス暗殺の指示を受けたのは、半年くらい前。これだけの大物相手の暗殺任務は初めてだったからさ。事前準備は入念にやったんだぜ。」
ウェンは言い訳した。
多分、ここにはいない誰かにむけて。
「相手は、いつでもSPが束んなって随行している月のVIP。暗殺成功のためには、そいつが一人になるタイミングを選ぶのがなにより大切なんだ。だから、一族が極秘で入手したM.デイビスの年間スケジュールの中から、オレは『農業技術開発コロニーの視察』に狙いをつけたわけ」
なるほど、技術開発系のコロニーなら、月面都市のような居住用空間よりも、精密な研究結果を出すために滅菌処理が厳重だ。
当然、赤外線処理ルームや気密室に入る機会が多い。
そういった隔絶空間だと、随行者も1人か2人に限られる。
おまけに、年間の事故発生率もゼロじゃあない。
手薄になったところを事故にみせかけて『殺す』ってわけだ。
あからさまな銃殺や毒殺といった方法より、利口なんだろう。
「ヤツの視察予定の研究区画の気密室の端末に事前にウイルス仕込んで、研究員になりすましてさ。あとは本人が入室するタイミングを見計らって実行するだけ。暗殺は成功確実だったんだ」
けれど現実は。
マイケル=デイビスは今も月面で元気に政界活動に勤しんでいる。
いったい、どんな不測の事態がおきたのか?
俺はウェンの話に聞き入った。