生首男、しかしてその正体は!
錆びた鉄パイプを放り出すと、俺はさっきの朽ちかけたベンチに座り込んだ。
・・・疲れた。
生首男を掘り出す作業は、思いのほか重労働だった。
水を吸った泥土を鉄パイプで削って、手で搔き出す。
ひたすらその繰り返し。
そして、なんとも無気味なことに・・・
生首男は穴埋めにされた上に、両手両足をワイヤーで縛られていた!
なにやらかしたんだ、この男!
正直、途中で何度か迷った。
ほんとに自由にしていいんだろうか。
とんでもない殺人鬼だったりして・・・。
結局、迷いつつも生首男の体を地上に引き上げてやった。
ザックに入っていた工具で、生首男を捕らえていたワイヤーを切ってやる。
生首男はよろけながらも自力で立ち上がった。
今は、ねじれた水道管から噴き出している水で泥にまみれた体を洗い流している。
「ゲホッ!しょっぱ!まず!」
派手にむせている。無謀にも生水を飲んだようだ。
「老朽化した水道管にも海水が流れ込んでいるんだろ。ンなもん飲んだら腹壊すぞ」
俺は、ザックから蒸留水が入った水筒と携帯食を取り出して、生首男に投げてやった。生首男はキャッチするやいなや、喉を鳴らしてゴクゴク水を飲んだ。
本人の言うとおり、本当に5日間も穴に埋まっていたのなら疲労と渇きは相当なもんだろう。
よくまぁ動いていられるものだと俺は感心した。
見た目は痩身の優男なんだがな。
俺はぼんやりと、生首男を観察した。
地面から顔を出していたときは泥だらけでわからなかったが。
すごく綺麗な容貌の男である。
おまけにモデルみたいにスタイルがいい。
本人が主張していたように東洋系だ。
黒目黒髪。
黒シャツとジーンズが水に濡れて体に張り付き、文字通り「水もしたたるイイ男」。
なんか「泥だらけの捨て犬を拾って帰ってきれいにしたら、実はハンサムなシェパードだった」みたいな意外性だ。
生首男は携帯食のパッケージをバリバリと音をたてて破りながら、こっちにやってきた。
栄養をつめこんだスティック状のビスケットをモグモグ食べながら、話しかけてきた。
「こんなトコでのんびりしてると、殺られるよ?」
「・・・は?」
生首男は、いきなり物騒なことを言い出した。
「オレ、処刑されてる真っ最中だったんだよね。いわゆる拷問系?穴埋の刑ってやつね。いやむしろ、水責めかな?とにかくジワジワ苦しめて殺すのが目的の極刑さ。死刑執行人ももちろん近くにいる筈だよ?たまたま執行人がここから離れてる最中にアンタが通りがかったんだ。アンタ運がよかったね。リウ一族の処刑を目撃て無事でいられるヤツはなかなかいないよ?」
リウ一族!
・・・マジですか。
リウ一族とは、ようするにアジア系の暗殺組織である。
ルーツは古く秦朝から続くとか。
もとは中国の皇帝御用達の隠密集団だったらしい。
宇宙世紀でも、各国の政治権力者相手に証拠を残さない正確無比な暗殺仕事を請け負っているという。
ありとあらゆる暗殺術に精通している血族集団で、爆殺・射殺・毒殺・刺殺だけでなく、呪殺まで可能だと言われている。
とはいっても、一般人には全くその存在を知られていない。
リウ一族の噂を知る、わずかな報道関係の人間すら、ただの都市伝説だと思っている。
実際に目撃た人間が誰もいないからだ。
俺も眉唾ものだと思っていた。
「死刑執行人が戻ってこないうちに、ここを離れないと。オレはもちろんだけど、アンタも殺られちゃうよ?リウ一族の掟、そのイチ、『依頼人以外の目撃者はかならず始末す』こと」
なんという迷惑な掟なんだ!
だから都市伝説になってるわけか!
「あんたはオレの命の恩人だ。オレの持つすべての暗殺術をもってアンタに報いよう」
生首男は、組んだ両手を顔の前に掲げて深々と頭を下げた。中国式の最敬礼だ。
「オレの名前は劉文智。請多關照」
「生首男」改め「劉文智」、彼は殺人鬼どころか、プロの殺し屋だった。