生首男と腹の虫
地面に生えた泥まみれの顔が、足元から必死に話しかけてくる。
人相がわからないくらい泥にまみれた黒い顔の、唇の赤だけが妙に目についた。
超シュールな光景である・・・。
だが、この時の俺はとにかく疲れていた。
普通ならぎょっとして飛び退くところだが、正直言って驚く元気も無かった。
「なんでもするって何を?」
つい、変なツッコミをいれていまった・・・。
だが、生首男の方は、俺の冷めた返事に対して大げさなほど喜んだ。
その表情はまぎれもなく、生きた人間のものだった。
それで俺は我に返った。
事情はわからないが、相手は首から下を地面に埋められて身動きとれなくなってんだ。
早く助けてやれよ、俺。
すぐに反省してベンチから立ち上がった。・・・のだが、しかし。
生首男の次のセリフを聞いた瞬間、助ける気持ちが失せてしまった。
「オレけっこう役に立つよ?・・・例えば、アンタ誰かに借金とかしてない?それなら返済の催促される前に、ソイツ人知れず行方不明にしてやるよ?それか、誰か惚れたオンナとかいる?いるなら、そのオンナがアンタに振り向くまで、邪魔なヤロウを片っ端から始末してやるし・・・って、おいおい、アンタどこ行くの!?」
水没まじかの無人の廃墟に取り残されて、穴埋めにされている人間が「まとも」な筈ないんだよな・・・。
俺は無言で反対方向に踵を返した。
さわらぬ神に祟りなし! 触り三百! Let sleeping dogs lie(ねてる犬はほっておけ)!
この生首男を助けたら、とんでもなくやっかいなことになる気がする・・・。
「頼む!ここから出してくれ!もう5日もここにこうしてるんだ!その間、通りがかったのはアンタだけだよ!首元まで水も上昇ってきたし!アンタに見捨てられたら、オレはいよいよ溺死か飢死だ!」
「や、掘り出すの大変そうだし・・・、掘り出したあとは、もっと大変になりそうだし」
必死にすがりつく声に、意味のよくわからない言い訳をしながら背を向ける。
そしたら今度は脅しが来た・・・。
「・・・呪ってやる。祟ってやる。アジア人種なめるなよ・・・中華4千年の歴史にかけて意地でも黄泉がえってやるからな」
本当に黄泉がえれるのなら、ここで慌てる必要ないだろ?
思わず突っ込みそうになったが、なんとかこらえた・・・。
俺を恨む声もつぶやきに変わり、その小さなつぶやきも聞こえなくなるほど離れたところで。
この廃墟には、あまりにも場違いで、「まぬけ」な音が、聞こえてきた。
俺は思わず足を止め、生首男の方を振り向いてしまった。
「腹減少了(腹減った)・・・想吃垃面(ラーメン食いてぇ)・・・」
生首男のでかい「腹の虫」が、摩天楼に鳴り響いた。
俺は結局、生首男を見捨てきることができなかった。
そしてこのあと、予想通り厄介ごとに巻き込まれたんである・・・。