ベンチの足元に生首男(なまくびおとこ)
ルート80をひたすら東進して、ニューヨーク・マンハッタン地区へ向かう。
自治体なんて名ばかりで実質とっくに崩壊してるから、道路整備なんてものはない。
陥没したら、地元の人間が有志を集って、穴を埋めるぐらい。
だからルート80は進めば進むほど人けが無くなり、とんでもない悪路になっていった。
俺の愛車はとうとう音をあげた。
有輪じゃここらが限界だ。あぁ、ホバーエンジンが欲しい。
無人の摩天楼がかすかに見える。ここからは徒歩である。
俺は、取材用の携帯端末や必要最低限の水と食料などをザックに突っ込んで、とぼとぼと歩き始めた。
「ええと、デイビスの住所はっと・・・トライベッカ、トマスst.200番地?レッドゾーンど真ん中かよ」
端末で取材場所を確認しながら、ひた進む。
海浜地区に近づくほど、泥土が増えて、足取りは重くなった。
しばらくしてようやく、マンハッタンの入り口ジョージワシントン橋が見えてきた。
アメリカ合衆国(今はもう存在しない国だ)の初代大統領の名前を冠した橋は、かろうじてまだ掛かっていた。
とはいえ老朽化が激しいうえ、路面の高さは海面すれすれ。
足を踏み外せば命はない。
全長1067Mの橋をおっかなびっくり渡り切った。
対岸にたどり着くと、俺は軽くガッツポーズを決めた。
そのまま南下してようやくセントラルパークに辿り着いたとき、俺の疲労はピークに達していた。
とりあえず休憩しよう。取材はそれからだ。
朽ちかけたベンチに腰かけた。
セントラルパークとは言っても、昔のような憩いの地ではない。だだっぴろいだけの只の沼地だ。
塩害の影響で、いまや一本の樹木も見当たらない。
大きなモニュメントはまるで墓石のようだった。
ねじれた水道管から噴き出した水が虹を作り、それだけがこのさびしい都市公園に奇妙な彩りを添えていた。
その時の俺は、それまでの長距離移動の疲労が溜まって、目を開けたまま気絶してたようなものだったんだろう。
最初はその弱弱しい小さな声に全く気づかなかった。
「ちょっと、そこのアンタ・・・イケメンのお兄さん・・・こっち向いてくれよ!イロオトコ!・・・なんでもするから!ご主人様!!!」
つぶれてかすれた小さな声が、足元から聞こえてくる。
目をむけると、少し離れた地面の上、大きな水たまりの傍らに若い男の顔が生えていた。