必要物資は現地調達で
ショーン視点に戻ります。
「―――――というわけで、オレは穴埋めにされてたわけ。・・・なんだよ、ニヤニヤして気持ちわりぃ」
長話に疲れたのか、ウェンは若干気怠げにこちらを睨んだ。
ウェンは誤解しているようだが、別に彼の失敗を馬鹿にして笑っているわけではない。
なんというか、安心したのだ。
ウェンが心底わるい奴じゃないと判明ったので。
得体のしれない『殺し屋』であるウェンをなりゆきで自由にしてしまったことに、正直言うと、俺は内心不安を感じていた。
けれどウェンの話を聞いて、ウェンは俺が勝手に想像していたような『殺し屋』ではないと感じた。
おまけに取材対象のMデイビスにも俄然興味がわいてきた。
デイビスもまた、俺が思い込んでいたような『政治家』じゃないようだ。
「ようし、行くぞ!」
「いや、無理っしょ?」
俺のやる気にウェンがすかさず水を差した。
うん、まぁ確かに、もうこれ以上徒歩でいくのは無理だな。
俺たちはブロードウェイを南下して、ソーホー地区に辿り着いた。
ソーホー地区は、かつて高級ブランドの路面店やレストランが立ち並ぶ華やかな商業地区だった。
しかし、今や、往時の栄華は微塵も残っていない。
ショウウインドウのガラスは粉々に砕かれ、高価な商品を並べていたディスプレイは流され、屋内もすべて汚泥に侵されたひどく惨めな有様だった。
ソーホー地区に至って、水位はさらに上昇し、とうとう腰まで水に浸かってしまった。
水をかき分けて進むのは、とんでもなく体力を消耗する。
足元を全く確認できないので、マンホールに落ち込む危険性もある。
ついでに水中にはワニやサメなど肉食水生動物が生息している可能性もある。
なによりここから先の水深はもっと深くなるだろう。
最終的には、泥水を泳いでいくことになる。
何か安全に進む方法が必要だ。
「作戦は?」
「ちょっと待てよ。確かこの辺にあるはずなんだから」
俺は携帯端末に、水没以前の古いマンハッタンのマップをひろげた。
観光目的で作成されたマップには、かってここで営まれていた詳細なショップ情報が記載されている。
俺は、泥にまみれた朽ちかけの読みにくいショップ看板とマップの内容を見比べた。
「えぇっと、あれがシャネルで隣がヴィトンで、その次がっと・・あれだ!」
俺は大通りに面した一際大きくて古い建物の2階を指差した。
そこはかつてセレブ向けのアウトドアショップだった場所だ。
かろうじて壁にひっかかっている看板に、ブランドロゴが描かれている。
「なにすんの?」
「なにって・・・必要物資の現地調達?」
俺は水をジャバジャバかき分けて、建物の中に入っていった。
キャストアイアン建築と呼ばれるソーホーを代表する建築様式で、もともと工場として建てられた建物を改築しただけあって内部は広い。
一階部分は浸水が激しく、独特の臭気が漂っている。
建物の奥までは光が入り込めず、階段と思しき辺りは真っ暗で何も見えない。
俺はザックからペンライトを取り出した。
「うぉ、臭っせぇ!なに、現地調達って?使えるモンなんて残ってんの?」
洪水で商品はすべて流されたらしく、ライトに照らし出された室内には陳列棚すら見当たらない。
かわりに壊れたバイクや折れた標識がフロアの片隅に転がっている。
「俺は仕事柄水没地区によく入るけど、意外に残ってるもんなんだぜ。お宝が」
俺はライトの光を頼りに奥に進んだ。
大きな姿見に光が反射して、一瞬ギョッとする。
暗闇の中では鏡ですら不気味な雰囲気を醸し出す。
鏡の隣にようやく階段を見つけ、俺たちは足元に注意しながら登った。
2階部分は浸水しておらず、採光窓が大きくとってあるため、ライトなしでもフロア全体の見晴らしが効いた。
マンハッタンに入って以来、久々に水に足を取られず歩くことができ、俺もウェンも自然に安堵のため息をついた。
俺はペンライトをスイッチを消し、屈伸して足を労りながらあたりを見渡した。
そして天井部分に、運よく目当ての品を見つけることができた。
「ほら、あれ。お宝発見」
かつて、このアウトドアショップの展示品だったのであろう。
高い天井からロープでつられた2人乗りの赤いカヌーが、俺たちを見下ろしていた。
女性向けの商品なのか、いたるところにハイビスカスの花が描かれている。
「マジ?本気でこれに乗んのかよ?公園のボート池じゃないんだぜ?」
「贅沢言うなよ。泳ぐよりはましだろ?」
俺はカヌーを降ろすべく、脚立や踏み台がないか辺りを見回した。
3Mほど高さがあるので、ちょっと手が届きそうにない。
きょろきょろしていたら俺の行動を察したのであろう、ウェンが片手を差し出した。
「踏み台ならいらねぇよ。ナイフあるか?」
俺はポケットに入っていた折りたたみナイフをゆっくりと投げ渡した。
ウェンはナイフをキャッチすると、刃を開いて口に咥え、少し後ずさって距離を取った。
体操選手の準備運動のように、ジャンプステップを踏んで身体をほぐす。
そして軽く助走して側の壁を蹴り、ウェンの身体が宙を舞った。
まるで羽のように軽く、音もなかった。
飛び乗った瞬間もロープに釣られたカヌーがほとんど動かなかった。
俺は称賛の気持ちを込めて、口笛を吹いた。
さすが、リウ一族。
身体能力ハンパねぇ。
「一本ずつ切るからな。支えてくれよ」
俺はカヌーの下に立ち、床に落ちて傷つかないよう、降りてくるカヌーを受け取った。
やれやれ、どうやら泳いで行かずに済みそうだ。
俺たちは真っ赤な花柄カヌーで進む。
トライベッカはもう近い。




