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二月三日

衝突されて尻餅ついて、顔に膝をめり込まれて激痛が走っている。しかも、周囲から「うわあ、あいつ顔蹴られたのに嬉しそうだぞ。キモい」なんて人を見る目が無いにも程がありすぎる言葉を浴びせかけられて少し凹む。

そんな被害者レベルマックスの僕は、明らかに加害者である女の子に「死ね」と言われた気がした。聞き間違い、だよな?

「死ねって言ったんだよ!お前のせいで電車乗り遅れた!」

聞き間違いではなかったみたいだ。誰がどう聞いたって、シとネを続けて言った。その言葉が日本語である限り、該当する単語は一つしかない。

いや、意外なところから「シネ」をローマ字表記して英語の「シャイン」だぜ光り輝けってオチかも。

「死ね!消えろ!命を落とせ!」

希望は潰えた。出るとこ出るかこの野郎。

「なんで僕が死ねとか言われてんだよ!僕だって電車に乗り遅れたし、顔蹴られたし、尻餅ついたし、晒し者だぞ!うっ……」

大声出したら顔が余計に痛んだ。なんか鼻の奥が水を吸い込んだみたいに痛む。しかも、頭痛までしてきやがった。

「それがどうした!私は膝が痛いんだ!」

「……………………。」

予想外すぎて言葉が出てこない。ここは少しでも反省してごめんなさいと言うところだろ。なんで人の顔に膝入れといてそんな強気で居られるんだ。

「謝りなさいよ」

「へ?」

聞き間違いではないだろうけど、聞き間違いであることを祈る。人間の良心はそこまで廃れたとは思いたくない。

「謝りなさいって言ったの。あんた何歳?若そうに見えて実は結構年いってんじゃない?耳遠いし」

「十七…」

勝ち誇った顔がすごく腹立つ。なんでだよ。

「見た目通りに高校生か。なんか運動しなさいよ。ものすごいもやしっこだし」

「はい……」

「まあ、そんなのどうでもいいから謝りなさい」

「ご、ごめんなさい…」

「許さん」

………え?なんで僕は謝ったんだ?僕が悪いところなんか全くとは言わないけどほとんど無いのに。しかも、僕は悪くないんだから許せよ。っていうか、許される必要のあることは一つもないじゃん。

「じゃあ、僕もう帰るんで……」

今日はただでさえ体調悪いのに精神的にも肉体的にも随分傷付けられた。今すぐ家に帰って眠りたい。

なのに、後ろから肩を掴まれた。

「ちょっと待ちなさい。許さないって言ったでしょ」

放してください。帰らしてください。振りほどく元気が今日は無いから。

「っていうか、あんた。学校行くんじゃないの?」

「今日は体調と機嫌が過去最悪だから安全策に休暇をとる」

原因はお前だ!とは元気が無いから言えない。また、なんだかんだで責められて心が傷付くのは嫌だ。

「じゃあ、今日はもう暇なわけだ。私も今日は暇なんだよね……。『電車に乗り遅れたから』」

そんな強調して言われたところで、僕は何も悪くないから罪悪感とか微塵も生まれない。

っていうか、その言い方からは悪い予感しかしない。ぼくの危機回避の本能が全開でこの女は危険だと告げている。顔面に膝蹴り入れられた時ですら働かなかったのに。

「そうっすか。じゃあ、さいなら。二度と会わないことを祈ってます」

「待ちねぃ、兄やん」

何キャラだお前。っていうか待ちたくないのに肩を掴む手を振りほどけない。少し強めに体を振っても全然放してくれない。

「………つっ………!」

………マジで頭痛がひどい。頭を動かしたら天地無用の痛みが襲ってくる。言葉の意味は不明だが、全部頭痛に関連してるはずだ。一体、頭痛の原因はどこにあるんだ。体調が悪いことか、大声出したことか、膝蹴りされたことか。たぶん三番だ。

「気分悪そうだね、あんた。どうかしたの?」

本当にわからないならお前は本物のバカだぞ。

「どういう原理か、顔が痛いんだよ。顔面を膝蹴りされたような激痛なんだけど、心当たりない?」

「ないない」

バカ認定。自慢していいぞ。勇気があるなら。

「あ、そういえば私も膝が誰かにヘッドバットされたみたいに痛むんだけど心当たりない?」

「ないない。それに膝にヘッドバットする奴なんていないだろうから、それはきみの膝が誰かを蹴ったってことじゃないかな?このクソ女」

「いやいや、私はおしとやかでか弱いから誰かをけったりなんかできないんだよね。っていうか…」

クソ女が周囲を見回し、僕の肩から手を放した。

あれ?やっと帰る許可が頂けましたか。まあ、本当はこいつに謝らせたいところだけど、帰って寝る方が優先度は高い。

っていうか、おしとやかでか弱いって何のことだ?

「なんか……周りの目がウザいから移動しない?あそこの大学生っぽいのとか目がヤバいし」

「………………。」

言われて周りに目を遣ると、確かに周りの人に奇異の目を向けられていた。そのうちの大学生っぽいのは、確かに人一倍ひどい目付き。はっきり言ってキモいレベルだった。

……なんで僕がそんな目で見られなきゃいけないんだ。

もう泣きたい……。






「ということで、今日一日私に付き合いなさい」

駅のホームから離れて、クソ女に連れて来られたのはファミレスだった。もちろん、僕が望んでやって来たわけではなく、クソ女に腕をがっちり掴まれてここまで拉致られたのだ。

はあ、頭痛いし体重いし顔痛いから早く帰りたい。でもこんな事態になるくらいなら多少無理してでも学校に行けばよかった。そうすりゃ今頃このクソ女ともお別れしてたのに。

「嫌だ」

っていうか学校にも今日は休むって旨を伝えてない。無断欠席は一ヶ月日直の罰が待ってるから連絡は必須だ。でもケータイに学校の電話番号なんか登録してないから、一旦うちに帰る必要がある。ああ、早く帰りたい。

「あんたのせいで電車に乗り遅れたんだから、そのお詫びだと思えば安いもんでしょ」

「いや、全然。僕の一日がどれだけ重大なものか知らないの?」

少なくともクソ女と共に過ごすより圧倒的に濃密で有意義なものだ。僕の人生は。

「知るわけないでしょ。……今日しか会ったこと…ないんだから」

そりゃそうだ。会って三十分も経ってないくらいだ。知ってたら怖い。

「っていうか、あんた十七歳なんだから敬語使いなさい」

「嫌だ。年いくつだクソ女」

精神年齢は五歳、いや十万歳くらいか。この不遜から察するにどちらかだろう。

「十九よ。誕生日は二月五日」

「ふーん」

妥当。見た目は。少し幼く見えるけど。それはクリーム色のコートと、ピンクの手袋の影響だろう。顔だけ見たら全然妥当。

「あ、ここはあんたの奢りだから、当然だけど」

「水ならいくらでも飲んでいいぞ」

「じゃあ、お言葉に甘えて」

ピンポーンとテーブルに備え付けられているボタンをクソ女が押した。

迅速に現れた店員に

「チョコレートパフェ一つとドリンクバー二つ」

「……おい」

かしこまりましたーと店員が下がっていったが、僕の様子を見たらキャンセルだってわかるだろ。空気読め。

っていうかなんで二つだ。僕はもう帰るのに。

「で、今日一日は私に付き合ってもらうわけなんだけど……どこ行きたい?」

「…………………。」

ああ、なんかそういう話してたな。すっかり忘れてたけど。っていうか、断っただろ。

「さっきも言ったけど、私は今日、東京に買い物行くつもりだったわけだし、その分の埋め合わせをしなさい」

このクソ女め。命令口調が限りなく腹立たしい。

ちなみにクソ女は今日、東京の街に繰り出す予定だったらしい。しかし、特急列車で片道三時間以上の旅になるため、時間指定、席指定で切符を予約していたのに、電車に乗り遅れたから無効になったのだとか。

だからってなんで僕がその埋め合わせをする流れなんだ。

「嫌だ」

「嫌だ嫌だが通用するほど世の中甘くないってなんかのドラマで言ってたわよ」

そんなの知るかよ。そもそも、お前が弁えろクソ女め。

「大体、レイ……あんたは我が儘がすぎるのよ。……あんた名前は?」

なんだ突然。しかもなにやら言いかけなかったか?ただの言い間違えか?エスパーか?

「葛木」

「下の名前よ」「零二」

「そう。私はアキバよ。アキバ様って呼びなさい」

「い「チョコレートパフェお持ちしました」

タイミング悪すぎるぞ店員A。今日は占い十二位だったからな。女難の相でも出てるんだろう。

「そうだ、ドリンクバーだ。レイジ、私コーラね」

「何言ってんだ?お前は炭酸飲料だったのか?むしろせんぶり茶だろ」

「どういう意味だ軟水野郎。あと、アキバ様と呼べっつったでしょ」

その後、十分近くお前がドリンク取って来いの掛け合いをした。

「ちっ、このクソ女め。二つ年上ってだけで調子乗りやがって」

「三つだバカ。そもそも私にタメ口で話すのを大目に見てやってるだけで感謝するべきだろ」

「お前は僕がお前を警察に突き渡してないのを感謝するところだ」

傷害、僕個人の感想としたら殺人未遂、あと脅迫もか。望んでないのに無理矢理金を使わされてるのも何かの罪になるだろ。

「つーか、さっきからお前お前って、アキバ様って呼べ。もやしレイジ」

更に十分近く言い合いを続けて、店員から迷惑そうな目を向けられ始めた。

「………もういい。僕が取ってくる。時間と金の無駄だ。これ以上は」

ってことで僕が折れることにした。熱くなって絶え間無くしゃべり続けていたから、目眩がし出したから。その影響で頭痛が更にひどくなったし。

「ふん、それでいいのよ。初めから大人しく私に従ってれば時間の無駄なんてなかったのに」

ソファに深く腰掛けてふんぞり返るクソ女の姿はまさにクソ食らえだった。

「コーラでいいんだよな?アキバ…あ、間違えた。アミバ様」

「この天才に間違いはない」

なんか言ってたけど無視してソフトドリンクコーナーに向かう。

後ろから「あー!アイス溶けてドロドロー!」って聞こえた気がするけど、気がするだけで空耳だろう。振り向く必要すらない。

ソフトドリンクコーナーでとりあえずコップを二つ取り、両方に氷を入れる。クソ女、もとい、アミバ様のコップに入れる必要なかったなあって気づいたけど、戻すのはマナー的にアウトな気がしたから諦めた。

一個目のコップにはオレンジジュースを注ぐ。僕のやつだ。

二個目のコップにはウーロン茶を……

「あ、間違えた」

コップの三分の一くらいで気がついたから慌てて止める。もちろん、飲み残し入れて捨てるわけもなく、継ぎ足しで今度こそオレンジジュースを……

「あ、間違えた」

コップの三分のにくらいで気がついたから慌てて止める。もちろん、(略

「よしよし」

最後の三分の一はコーラで占めた。三分の一注文通りなら文句はあるまい。

テーブルに戻るとアミバ様はカップに入った茶色いドロドロをかき混ぜていた。行儀の悪い。食べ物で遊ぶな。

「アミバさまー、コーラをお持ちしましたー」

三分の一程。

「でかした、プーアル」

三分の一はウーロンだぜ。

「黙れセンブリ」

ヤムチャを気取るには少々純粋さが足りませんな。別にアドバイスしてやるつもりはないけど。

いやあ、でもレイジがここまで尽くしてくれるとは思わなかったよ」

「………まあ、飲みなって」

僕がアミバ様に忠誠を誓うわけないだろう。僕は孤高キャラ貫いてるから。

「レイジストローナッシング」

「へ?」

最初、何を言われたのかわからなかった。

ストロー?ああ、ソフトドリンクコーナーから持って来ないといけなかったのか。だから?

「プーアル。ストローにへんし〜ん」

「脳ミソ腐ってんだろ、クソおん…アミバ様」

できるわけないだろ。それにストローなんかなくたってジュースくらい飲める。

「っていうか、アミバ?誰だそりゃ?」

「知ってるだろ、絶対」

結局、アミバ様はストロー無しでコップに直接口を付けて飲み始めた。……あれ、普通に飲んでる。間違いなくミックスジュース飲んでるのに。

「ん、何?顔になんか付いてる?」

「え……あー…」

ネタバレするのも面白くないし、別になんかあるわけでもない。

「……いや、実はアミバ様ってかわいいんだなあ、と。顔が」

別に思ったわけでもないけど思わなかったわけでもない。まあ、超絶美少女でないのは確かだけど。

性格はどっかのタイミングで思った覚えがあるけど、クソ食らえ。さすがはアミバ。

「…………………。」アミバ様は一気にミックスジュースを飲み干して、ダンっとコップを机に置く。僕の前に。おい。

「おかわりを注いで来なさい、のび太くん」

「僕のお酌がお気に召したかね。しずかちゃん」

せっかく事故を装って不味そうなミックスジュースを作成したのに。こんな反応じゃ作り甲斐がない。

きっと不味い物をもって不味い物を制す的な原理だ。さすがはセンブリ。

「まさかだろ。次、クソ不味いミックスジュースなんか出しやがったらクビだからね。作るならせめてみっくちゅじゅーちゅを作りんさい」

「後半は何語しゃべってんのか、わからなかったけど。たぶん、意外と癖になる味だったってことだろう」

もう一度作って差し上げよう。もしクビになるなら諸手を上げて喜ぶし。

後ろから何か物音がするけど、気にするまでもなさそうだ。季節外れの蝉でも鳴いてるんだろ。

まさかとは思うが頭痛の原因はそれじゃないよな?いや、それだ。







「どうよ?僕のオリジナルブレンドジュースは」

「オレンジ独特の酸味が損なわれ、ウーロン茶の臭みが強くなっている。そこに糖分と炭酸を混ぜるなど愚の骨頂。今すぐ人間を辞めた方がいい」

何原雄山だ貴様。一丁前に酸味だ臭みだ言いやがって。しかも、どれだけ辛口意見だバカ野郎。

「所詮、究極のメニューの良さは伝わらないか」

いまだにドロドロパフェが机の片隅で待機しているのがわかり合えない理由だろう。後付けだけど、パフェが可哀想だ。

「ふん。この程度が究極だと?ならば至高の料理を味わうがいい」

出されたのは僕のオレンジジュース。至高というより無難だろ。不味い要素は甘過ぎなことくらいだ。

一応、変な物が浮いたりしてないかを確認して、コップを手に取る。グビッと一口飲んで

「素材を活かすことばかり考えすぎだ。独創性にかける」

「至高の料理っすから。とりあえず全部飲み切りなさい」

言われなくても。

ぐびぐび飲んで、最後の一口のついでに氷を一つ口に含む。あれ?

「あっま……!」

「おや?ガムシロップの味は口に合わなかったかい?」

コップの底を見直すと、透明なドロドロした物が確認できた。

くそっ、沈殿でくるとは。油断した。

頭痛が悪化したのは気のせいではない。もう、ひどくなりすぎて後頭葉が耳から溢れ出しそうだ。

「アミバ様……苦しい……帰って、いいですか?」

「ん?なにやらマジの感じじゃないか。どれ、俺が一つよくしてやろう」

なんか、アミバ様が額に手を当ててきた。しかし、若干視界がボヤけて、アミバ様の表情は読めない。

「お止めくだされ…。僕にはトキ様が…」

「安心しろ。俺は天才だ。失敗はない」

そのまま頭をむんずと掴まれ、抵抗できないうちに、気がついたらアミバ様が隣に座っていた。

「ゲキシンコウだ〜!」

「何を………」

しやがるクソ女。は言い切ることができなかった。アミバ様に口を塞がれたから。ちなみに視界もふざかれた。

アミバ様の顔でいっぱいで、アミバ様しか見えない。いや、恋は盲目とか今どうでもいい。関係ない。違う。

問題は僕の口がアミバ様の口で塞がれたことだろ。どう考えたって。

お前、こら。初対面だぞ、僕たち。

僕が嫌がって離れようとする前に、アミバ様から顔を離して、

「じゃあ、この場は任した。また会おう!」

と言い放って店から出て行った。

「ちょ、ちょっと、……」

ちょっと待てよ。おかしいだろ、これ。

なんで、なんで僕が……

「奢らなきゃならないんだよ……」

テーブルの隅の伝票はそのままで、折り畳んだ隙間から『七百円』が見える。

「ふざけんなよ。クソ女!」

財布の中身千円なのに。

店内でも構わず叫んでみた。結構清々しいぜ。

何も好転はないけど。ああ、店員の視線がすごく痛い。走って逃げたいくらいだ。実際やったら食い逃げ犯になるからできないけど。

「助けて、ヤムチャさま〜」





家に帰ったら母さんがもう起きてて、僕の顔を見て驚いた。失礼だろ。

体調が悪いから休むと告げて二階にある自室に入る。そこで気づいたけど、もう一時間目が始まっている時間だった。ファミレスで初対面の女性とお茶したからな。言葉だけ聞くと少しまともになるなって思ったけど、どうでもいいか。

今から学校に連絡してももう遅い。既に無断欠席扱いされてるだろうから、連絡するだけ無駄だ。よし、連絡しない。

制服から私服に着替えてベッドに寝転ぶ。横になる時の振動で頭が割れそうだった。

しばらく頭痛に悶えて蹲っていたが、そのまま眠ってしまったらしい。

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