プロローグ
今回が初になります。至らない点、気にくわない点は、流すか指摘するかしてください。
いつまで続くかはわかりません。更新周期はかなり長くなります。遅くても週一は目指しますけど。
良くも悪くも、必ず未来はやってくる。必ず過去は未来に進む。
そう言ったのは確か、中学一年の時の理科の先生。
必ず未来はやってくる。
必ず過去は未来へ進む。
その言葉に続いたのは、
「光は一秒の何億分の一秒前のあなた達の様子を私に届けています。私は何億分の一秒後の未来であなた達を待っているのです。逆も然り。声などの音はゆっくりなため更に顕著です」だった。
分かりにくい言い回しをしているけど、言っていることはぼんやりとわかる。
いや、光の速さの話じゃなくて。理科嫌い。
未来とは先にあるもので、過去とは後にあるもの。これは絶対に変わることのないこの世の理。それこそタイムトラベルでもしない限り。
タイムトラベルのできない世界では、今以外は絶対不可侵。未来は変えられるなんて言うけど、変わったと思い込んだ未来だって元からそうなるように決まっていただけ。
私は未来の変化なんて信じない。過去の小さな変容が、今を大きく変えるなんて更に。タイムトラベルが巻き起こす問題なんて、捕らぬ狸の皮算用もいいところだと思う。
そう考えて生きてきた。
その考えは既に過去形に変わっていて、今は早く未来が見たい。
もう過去なんて、今なんて、見飽きたから。
明日って、どこにあるんだっけ?手を伸ばして届くモノだっけ?
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二月三日。
今日は体調が悪い。冬の寒さにとうとう負けたか、流行りのインフルエンザにかかったか。
這うようにしてベッドから滑り降り、机の上の目覚まし時計を黙らせる。
六時三十分、起床。
っていうか、寒っ!
ベッドから毛布を奪い取り、毛布で体を包む。部屋を支配する冷気から、体の僅かな熱を守る。
床が冷たい。フローリングの床に直接座り込んでいるせいで、足元から冷える。ベッドの上に昇る為に体を動かすのも、寒過ぎて億劫だ。それに、あまりのんびりし過ぎると電車に乗り遅れる。
毛布を巻き付けたまま制服を準備し、着替えた。
僕の体から離れようとしない毛布を力ずくで引き離す。何やってんだと自嘲して、鞄を持って部屋を出る。リビングに行けば、既に起きて朝食の準備をした母さんがリビングを暖めているはずだ。
階段を降りる時、足がいつもよりも重いことを実感する。一段ごとにドスンドスンと音が響く。やはり、今日は体調が悪い。
リビングに入ると、リビングは僕の部屋と同様に冷えきっていた。母さんはまだ起きていないようだ。つまり寝坊。
だからといって僕にはどうにもできないから、ひとまずテレビの電源を入れる。ポットでお湯を沸かしながら、オーブンで食パンを焼く。
しばらくして沸騰したお湯をカップに入れて、インスタントコーヒーを作る。食パンにはマーガリンを塗って、朝食の出来上がり。僕にはこれ以上の料理は作れない。友達には「そんなの料理とは言わない」って言われたけど。
ニュースを見ながら朝食を食べて、歯磨きして、占いを見てから家を出た。
星座占いで十二位。占いを信じているわけじゃないけど、少しテンションが下がる。まあ、今日は元から高くないから変動はほとんどない。
家を出ると更に寒い。気温自体は変わらないだろうけど、風が吹いているから寒くなったように感じる。
「マフラーしてくればよかった……」
耳が痛い。独り言の為に開いた口に冷気が入って体が震えた。
玄関先でじっとしていても寒い時間が続くだけだ。
いつもより重い足を上げて玄関の石畳を歩く。凍っているのかバリバリと音が響く。
寒さに震え何度も手に息を吐き掛けながら、近所の民家の屋根をぼんやり見つめて駅に向かう。十分程で住宅街を抜けて、国道に出る。
お、あの車カッコいい。
信号待ちの赤い車が目に入った。車体が低く流線型でヘッドライト周りのデザインが凝っている。見るからに高級車だ。
一度で良いから乗ってみたいと一目で想わされた。
「これが恋……一目惚れってやつか……」
いや、大事なところが違うのわかってるけどさ。それくらい赤い高級車がカッコいいって話。
車に心奪われ、我ながら気持ち悪い程不躾にジロジロと見ていると、車の運転席に人が座っていることに気がついた。いや、当然なんだけど、やっぱりこういう車乗ってる人って確かにいるわけで、とにかく羨ましい。一割くらいは嫉妬だけど。
運転席に座っているのは、ああやっぱり車は人を選ぶよな、な感じのおじさん。めちゃくちゃ車が似合っている。
社長もしくは会長とかで、気の良い雰囲気が車越しに伝わってくる。灰色の高級スーツ込みで二割増し。センスの良いネクタイ込みで五割増しだ。
向こうは僕の熱烈カーラブビームに気づかずに信号が青に変わると同時にエンジンを入れ、発進してあっという間にいなくなる。低いエンジンの響きが心地よかった。
「……アイドリングストップ」
カッコ良すぎる。あの高級車に乗りながらも高慢な態度に出ず、地球の環境問題にも気を向けるとは……。
異様に盲目な思考に気づいて覚醒のために頬を叩く。冬の寒さで引き吊った頬は裂けたように痛んだ。
でもヤバかった。車でなくおじさんに恋するところだった。何を馬鹿な、と自分の妄想を一蹴できないのが重症だ。体調が悪いからそこに漬け込まれたんだ、と無理矢理納得。
時間的にあまり余裕も無いから気を取り直して駅に向かう。乗り遅れたら次の便は二十分後になる。そっちになると授業に間に合わない。
しかし一歩踏み出そうとして気づく。信号が赤に変わっていた。高級車に気を取られすぎた。
「ああ、ヤバい……」
ここの信号は長い。あまり多く引っ掛かると時間が懸かりすぎて電車に乗り遅れる。そして、今日はもう余裕がない。朝食を自作したり、寒さで歩くのが遅くなったりしたから。
走れば間に合うが、今日は体調が悪いから無理。
「はぁ……」
たぶん間に合わないけど、諦めきれない。つい、交差する信号が赤に変わると同時に早足で駅に急ぐ。
銀行や商業ビル、コンビニの前を見向きもせず……
「あ!」
コンビニで思い出したけど昼飯が無い。学食は高いし不味いから遠慮したい。なら、コンビニで買うしかないが、向こうの駅から学校までの道中にコンビニは無い。だからといって、こっちでは時間が無い。
じゃあ、どうする?
諦める。
昼飯抜きくらい全然平気だろ。まあ、それに運…良く?悪く?電車に乗り遅れたら昼飯買う時間くらいできる。
止まりかけた足を前に滑らせ、早足に駅へ向かう。あと一ブロック越えれば駅のホームに着く。どうだどうだ?と寒いのに汗をかきながら、最後の信号を越えてホームに入る。そこで『一番乗り場に電車が入ります。危険ですので黄色い線まで……』と聞き慣れたホームのアナウンスが響いた。僕が乗る電車だ。
間に合う。と確信する。今までにも何度かこの場面に遭遇したことがある。そして、全てに間に合った。
切符を買っていたら間に合うわけがないが、僕には定期券がある。まあ、無くても車内で買えるんだけども。
とにかく、一番乗り場に向かって階段を駆け降りる。
大丈夫、間に合う。あとは右に曲がって改札を抜けるだけだ。
三十一段の階段を制覇し、右に体を向ける。一番乗り場に見える電車はちょうど、乗客の降りる流れと乗る流れが入れ替わったところだ。
見慣れた駅員が切符を切るのを見て、ホッとしつつも足の回転は緩めない。
「きゃあああぁぁぁ!!」
突然、ホームに悲鳴が響いた。
周囲の人が驚き、動きを止める。僕もそんな余裕は無いとわかっていながらも動きが緩慢になる。
悲鳴は僕のすぐ右隣にあるトイレから聞こえてきたから、人一倍驚いた。
「どぅぅえぇん、しゃああ!遅れるー!」
電車、遅れる…?それだけ?悲鳴に内容が伴っていない。にしたって程があるだろう。羞恥心とか他人への迷惑とか少しは考えないのか。声からして女性の誰かさん。
周囲で驚いて動きを止めていた人達も、拍子抜けした、なんだつまんねぇ、と口々に状況が状況なら不謹慎極まりないことを口走って歩き出す。……誰も「何もなくて良かった」とか言わないんだな。
にしても、電車に遅れる、か。よくその内容であそこまで……って、ああ!!
電車の方に目を遣ると、まだギリギリ間に合うか…?と言ったところ。
早く、行かなければ!
いつもより重い足を振り回すように前に向かって踏み出す。十秒以内に改札に行けたら間に合う。
吐き気が込み上げて来たが、そんなものに構っている暇はない。
しかし、僕は眼前の危機に翻弄され、側に潜む危機を見落としていた。忘れていた。
トイレがすぐ側にあること、中には電車に乗り遅れそうな人がいること、そして乗り遅れそうなら誰だって急ぐ。つまり、落ち着いて考えたら予想できたかも知れないが今の僕には予想外にも、トイレから悲鳴の主が飛び出して来た。
飛び出して来たのは声の雰囲気に違わず女性で、焦っているから周りの様子を確認なんてしていない。結果、トイレの側にいる人に衝突した。つまり、僕と。
ごっつんこ。
なんて優しくかわいい出来事ではなく、ゴシャッという悪夢のような事件もしくは事故だった。
出て来た女性の勢いを褒めるべきか、僕のモヤシっぷりを嘆くべきか。
いや、今日は体調悪いし片足上げてバランス悪かったし突然で踏ん張れなかったから仕方ないよね。
自分のモヤシの言い訳を頭の中で咄嗟に考えるが、倒れる僕の体が止まるわけじゃない。ホームのコンクリートの床がグイグイ近付いてくる。
そして、大して受け身も取れないまま床とごっつんこした。
「いった…!」
なんとか体を捻って尻餅をついた。まあ、痛いものは痛い。
「きゃっ」
痛みで瞑りそうになる目をかろうじて開ける。声の主は突然というかやはりというか衝突した女性だった。彼女は今、勢い余って倒れた僕に再度激突しようとしている。故意じゃないはず。理由が無い。
いや、なんかやけに時間がゆっくりに感じて状況説明とかしっかりしてるけど、回避するための行動とか全く取れない。指一本動かす前に彼女は僕にぶつかるだろう。
「危なああい!」
女性が声を上げるが、僕にはどうにもできない。できることならそちらがおよけくだぐはっ!!
ぐしゃ!
紙袋を握り潰したみたいな音が頭に響く。原因は女性が僕に激突した音だけども。
真に信じがたいことに女性の激突は僕に覆い被さるとか僕を支えにして体制を立て直すなんてものじゃなかった。
ひざいっぱい。膝が、女性の膝が僕の顔にめり込んだ。物凄く信じられない程の衝撃が脳を揺さぶる感覚がして、少し遅れて激痛が走った。
でも、もし僕が眼鏡をしてたらレンズが割れて刺さって大怪我なんて事態になってたかもしれないから、僕の視力が良くて助かったね、なんて思うわけないだろ。
なんだこの女、僕に恨みでもあるのか。
「あぁ!大丈夫!?」
大丈夫なわけないだろ。膝と顔がごっつんこだぞ。いくら女の膝でも顔じゃ勝てない。首から上が独立するかと思ったわ。
「あ、……はい、ギリギリ……」
アウト!と言いたいところだけど、ヘタレな僕は最後を濁して日和…
「あああぁぁぁぁ!」
なんだ今度はどうした!?確認したいが目が開かない。若干涙が浮かんでいるのは気のせいだろう。
「で、電車が……」
はい?電車ってあの電車ですか?トレイン?僕の辞書にはあの電車しか該当単語はありませんけど。声の雰囲気から、乗り遅れたんだろうね。それって僕もですか。
「……乗り遅れた」
はい、皆まで言ってくださって恐縮です。
僕も遅刻か。あ、でもこの殺人未遂事件を原因にして学校休んでしまおうか。よし、そうしよう。
うっすら開き始めた目で見えるのは、膝を抱えて唸る女性の姿だった。多分、僕の方が痛いと思うんだけど?
周囲からざわざわと通勤の喧騒とは違う、僕を晒し者に仕立て上げる声が聞こえてくる。
っていうか、本当、洒落にならんくらい顔痛い。
悶えていたら、蹲っていた女性が顔を上げて僕と目が合った。顔立ちから僕と同年代だと思う。女性というよりは女の子っていう表現がしっくりくる。
出会いは最悪で、痛みが伴うから思考回路は停止寸前。もし相手が男だったら出るとこ出るのも辞さないレベルだ。でも、この出会いが明日に繋がる架け橋となるなら、少しくらいの痛みもイベントの一つだ。この際、顔の痛みが少しじゃないってことは気にしない。
彼女との出会いがこれからの僕にどのように影響するかはわからない。
ただ、今言えるのは━━
彼女は目が合った途端、僕を睨み付けた。
「バーーカ!死ね!」
「はい?」
最悪。