TSUBASA♂ = TSUKASA♀(つばさ♂ イコール つかさ♀)
僕は今もまだ、夢の中の住人なのだろうか? 両手で頬を軽く叩いてみたが、夢の続きではなさそうだ。枕元の目覚まし時計を見ると、朝の6時。でも、このアナログ時計の表示はゼッタイにおかしい。ありえない。つぅーか、なんで、針の指す位置が左右逆なんだ? しかも、文字の向きまで左右逆じゃないか。それだけじゃない。この部屋は…… 確かに僕の部屋ではあるが、ベッドの位置が変わっている。というより、部屋のレイアウト自体がまるっきり昨日と逆になってる!
そう、窓が南向きの部屋だったはずなのに、なぜだか北向きになってるんだ。おまけに、カーテン開けたら太陽が西から昇っているじゃないか! ということは、太陽は東に沈むのか? 確か、懐かしのアニソン特番で、そんなヘンな歌があったような?
それはさておき、もうひとつ、重大な発表をしなければならない。って誰にだよ? そう、自分自身に言い聞かせ、この状況を冷静に受け止めるためだ。さっきから、ずぅーっと違和感を感じ続けているこの体、当然、僕のものじゃない。
っていうーか、なんで僕が女になってるんだ? 頬をかすめる長い茶髪、この胸の膨らみ、そして何もない寂しげな股間。目が覚めて早々、用を足そうとトイレに直行しては先制パンチを食らい、三面鏡でフィニッシュの脳天かかと落としでも食らったような衝撃を受けた。そして、頬を叩いてみても、元に戻らないってことは、これは間違いなく、僕自身に降りかかったとんでもない災難だ!
いや、考え方によっては、不幸中の幸いなのかもしれないな。自分で言うのもなんだけど、物事、ポジティブに考えるのが僕のいいところだ。
今、こうやって手鏡に写っている僕は、女の姿になったとはいえ、男の時の面影がほんの僅かだけど残ってるし、結構カワイイ顔してる。自分で言うのも恥ずかしいけど、元がいいからだろう。元が良くなければ、こうもカワイクはならないだろうし。っていうか、今頃になって気付いたんだけど、顔が双子のねぇーちゃんにソックリ! でも、ねぇーちゃんとソックリ体が入れ替わったというわけではなさそうだ。なぜなら、ねぇーちゃんには下唇の左下辺りに“ほくろ”があるからだ。
うぅーん、このまま、手鏡とじぃーとにらめっこ続けてても、何も進展しないのは分かってるんだけど、それにしてもねぇー。いったい、何分こうやって、手鏡とにらめっこ続ければ気が済むのだろう? この変わり果てた姿が、僕であったという決定的な証拠がどうしても欲しかった。
僕であったいう痕跡が、顔のどこかに残っていないか? 手鏡の角度を色々変えながら、くまなく探してみたが、顔にねぇーちゃんのような“ほくろ”は、僕にはなかったため、諦めることにした。
どうも納得がいかないっていうか、スッキリしないんだよなぁー。確かに、微妙に面影はあるんだけどなぁー。そう言えば、高一の文化祭の演劇でさぁ、僕がねぇーちゃんに似てて、女顔だからって、無理やり女役やらされて、女装させられたんだよね。その時の女装姿、それに近いのかも。
むぅー、しっかし、よくよく見ると、やっぱり全然違う。女装のような、厚化粧で作られたエセ女じゃなくて、すっぴんでリアルに女だ! 顔の作りから体つきまで、肌のきめ細かさ、頭っから足先まで、誰が、どう見ても女だ! しかし、身長は殆ど変わってないぞ? この事実、どう受け止めればいいんだ? 僕は……
いくら考えたところで、益々腑に落ちない。僕に、天罰でも下ったのだろうか? 僕には心辺りはないぞ? 他人に恨まれるようなことも、誰かを騙すようなことも、悪事を働いたこともないはず。
いやいや、ちょっと待った。昨晩、ねぇーちゃんが冷蔵庫に大事に取ってあったデザートのプリン、小腹が減ってたんで、たまらず勝手にいただいてしまった。その後、ねぇーちゃんと、ちょっとした喧嘩になっちゃたんだけど、それがいけなかったのか? それとも、性別が入れ替わる毒がプリンに盛られていたとか?
っんなわけ、ないか? 漫画や小説じゃあるまいし。
ひと通り、考えが尽きると、今度はネガティブな考えが僕の頭ん中を支配しようとする。
もしかして、僕は…… 既に死んでしまっていて、女に生まれ変わったとか? そして、ここは…… あの世の世界なんじゃあないんだろうか? もし、そうなら、早過ぎませんか? 神様。僕、まだこれからやりたいこと、いっぱいあったし、将来有望な若者だよ? それを、こんなカタチで終えるなんて…… そんなぁー。
思わず、両手で頭をくしゃくしゃにかきむしっていると、右手の人指し指にチクリとした痛みを覚えた。
右手を目の前にかざすと、人指し指に“ばんそうこう”が貼られていることに、今頃気が付いた。次の瞬間、今、僕が居るこの世界の原理みたいなものが、おぼろげながら分かってきたような気がした。
この“ばんそうこう”、昨日、夕飯の支度の手伝いをしてて、ついうっかり左人指し指を切ってしまい、貼ったもの。ところがだ…… 今は、その“ばんそうこう”が右手の人指し指に貼られている。ということは、この世界は、物体そのもの左右が、まるで鏡写しみたいに逆転する世界ってことなんだろう。そう、例え人間の性別さえもね。
んっ?“鏡写し“というキーワードに、ハッと我に返った。
なぜこうなったのか? やっぱ、あれは…… 夢じゃなかったってことか?
昨夜の夢? そうなんだろうか? とにかく、その記憶を辿ってみる。僕は、夜中の2時頃に急に目が覚めて、トイレに行きたくなったんだ。用を済ました後、喉の渇きを覚え、水を飲もうとリビングへと向かった。そして、喉の渇きを癒した僕は、二階の自分の部屋に戻ろうとしたそのとき、廊下に置いてある姿見に一瞬、女の影らしものが写ったのを目撃したんだ。
まさか幽霊か? そう思った僕は、恐る恐る姿見に近付くと、僕と同じように動く女が写っていた。一瞬、心臓が止まる程驚いたが、目を閉じて、ゆっくりと深呼吸した後、もう一度目を見開いて姿見を見てみると、今度は自分の姿がちゃんと写ってて、ホっとし、鏡に両手を付いたんだ。そこで、僕の記憶が途切れてる。
今、冷静になって思い出すと、あの姿見に写ってた姿、今の僕の姿になんとなく似てたような気がする。こんなこと、あり得るのかどうか? とても信じられないが、もしかして、僕は…… 鏡の中の別世界にでも引きずり込まれてしまったのだろうか? そう考えれば、アナログ時計の表示が、まるで鏡写しのように左右が逆なのも、“ばんそうこう”が逆の手に貼られていたことも納得がいく。
ついでに言うと、壁に掛けられているカレンダーさえも、文字が左右逆だ。しかも、その文字が違和感なく、ふつーに読めてしまうのだ。この世界に、いったい、何が起こってるんだ?
とりあえず、僕の頭ん中の整理は少しできた。自分で言うのもなんだけど、学校での成績は優秀な方だし、至って冷静な性格だ。こんな状況にもかからず、パニクらずに、こんな風に冷静に考えられるのも、姿は変われど、脳みそだけは変わっていないって証拠だな。
僕の、ここまでの推理が本当に正しいのか? それを確かめるべく、通学カバンの中の学生手帳を確かめてみた。当然の如くこの女、つまり、ねぇーちゃんソックリな姿の顔写真が貼られ、そして、名前は…… “夢咲つかさ” なんで、ねぇーちゃんの名前になってんだ? 僕は、“夢咲つばさ”のはずだ! やっぱ、ねぇーちゃんと体が入れ替わったのか? 生年月日は変わらず、16歳。高校2年生のままってことか。もし、ねぇーちゃんと入れ替わったとしたら、双子だし、生年月日は同じで当然か? っていうことは、時間は昨日からさほど経ってないっていうことなのか? 昨日が金曜日だったから、今日は土曜日のはず。携帯で確かめてみたら案の定、今日は土曜日だった。
部屋中見渡してみたが、部屋の様子はまるで女の子の部屋そのもの。だいたい、三面鏡なんて僕の部屋には置いてなかったものだ。そう、これはねぇーちゃんの部屋にあったもの。
さてと、これからどうすればいいのか? それを考えなきゃいけないな。まっ、それは、空腹を満たしてからにしよう。腹が減っては戦はできぬって言うしな。僕、結構楽天的なのかも。
おっと、その前に、ねぇーちゃんがどうなってんのか? 様子を確認しないとな。まさか、僕とは正反対に、男になってるじゃあないだろうな? ねぇーちゃんの部屋、覗くような趣味はないけどさぁ、事情が事情だけに、この場合は仕方ないっしょ?
ねぇーちゃんの部屋のまん前で、暫く腕を組み考え込む。そういえば、これと同じシュチュエーションが以前にもあったんだよねぇー。たまたま、ねぇーちゃんの部屋のドアが少し開いてて、珍しいよなって思ってさぁ、興味本位で少し覗いてみたら、ねぇーちゃんが着替の真っ最中で、偶然、目が合っちゃってさぁ。それ以来、このヘンタイ野郎! ゼッタイ部屋に入んなっ! 入ったら殺すっ!って釘刺されてるからなぁ。
部屋のドア、ちゃんと閉めてない自分が悪いくせに。まっ、そんときは、タイミングも絶妙に悪かったけどさ。たまたま、友達に借りたエロDVD、ねぇーちゃんに見つかったもんだから。いくら男女とはいえ、姉に対してそんなエロい感情、抱くわけないだろ? ふつーはさぁ。結局それ以来、ねぇーちゃんの誤解は解けないままだ。
大きく深呼吸をしてから気合を入れると、ドアのノブに手を掛け、ゆっくりとドアを押してみる。なんだか、イケナイことをしているような、不謹慎な気がしてきた。しかし、事が事だけに、今は緊急事態だ! そんな、悠長なことは言ってられない。
うーむ、どうやら、僕の推理は正しかったようだ。部屋の中を見渡すと、男だった僕の部屋そのものの雰囲気だった。ということは、ねぇーちゃんも男になってるはずでは? ねぇーちゃんは、まだベッドの中で爆睡中だ。
よし、布団、はいじゃえ。もし、ねぇーちゃんが本当に男なら、“きゃあぁーっ!”とか、“ヘンタイ野郎!”ってことはないだろうから、いいよな? じゃあ、遠慮なく行かせてもらいますよ、えぇーい。
バサっ
「誰だよぉーっ! ったく朝っぱらから…… って、つかさかぁー? 今日は土曜日だろ? いったい、何時だと思ってんだ? もうちょっと、寝かせてくれよぉー」
寝むそうな目を擦りながら、ねぇーちゃんは上体を起こした。
「へっ?」
がーん! ハンマーで頭をどつかれたような衝撃だった。現実は、想像を超えていた。
「どうしたんだ? つかさ、驚いたような顔して。しかも、頭ボサボサだし、みっともねぇーなぁ。もっと、女らしくしろよ!」
僕の予想通り、ねぇーちゃんは男になってた。しかも、かなり中性的な美少年。身長はっと…… あれっ? 男のくせに僕の身長とほんど変わらない? どうゆうことだ? 元々、僕とねぇーちゃんは、160cm前後で殆ど変わらなかったから当然といえば当然か。顔は…… やっぱ、双子だし、男だった僕に似てることは似てるけど、やっぱ雰囲気が、元のねぇーちゃんのまんまだ。それは、僕自身にも言えることだけどさ。
あれっ? おかしいぞっ! ねぇーちゃんの口元のほくろの位置が、左右逆になってる! やっぱ、ねぇーちゃんと僕の体が入れ替わったわけじゃあなんだ? このおかしな世界のせいで、それぞれの体のまま、性別が逆転したんだ!
「もしかして、おねぇーちゃんも、性別が入れ替わったの?」
あれっ? 勝手に女言葉になってらぁ。
「はぁ? 朝から寝ぼけてるのか? つかさ。何わけわかんない事、言ってるんだ?」
どうやら、ねぇーちゃんには、性別が入れ替わったという認識はないようだ。
「そうそう、ちょっと今朝、ヘンな夢見ちゃったの」
ほんと、この目の前で展開している現実が、夢の続きだったらいいのにさぁ。
「ったく、俺はもうちょっと寝るからさ、朝飯の準備が出来たら起こしてくれよ、つかさ」
「朝食って?」
それって、ねぇーちゃんの仕事だろ?
「はぁー? 休みの日は、つかさが食事作ってんだろ? 母さんから、もういい歳だし、そろそろ料理ぐらい覚えろって言われてさぁ」
「あっ、そう、そうだったね」
ちょっと、まったぁー。母さん? 母さんは3年前、病気で亡くなったんだ。我が家には、父さんしかいないはず…… どうゆうこと?
「なんか、おかしいぞ? 今日のつかさは」
「そお?」
やっぱ、ヘンな子って思われたのかなぁ?
「朝っぱらから、そんなボサボサ頭でいきなり俺の部屋に乱入してくるしさぁ。気が狂った可愛い妹に、朝這いでもされるのかと思ったよ。まっ、俺は大歓迎だけど……」
なに、ソレ? 冗談だよね?
「ごめん、ごめんね、つばさ兄さん。朝から叩き起こしちゃったりして」
「キモっ! つぅーか、つかさ、お前、何か企んでるのか?」
どーした? 何がキモイんだ? 僕が、男だとばれたの?
「どうゆうこと? つばさ兄さん」
「その『つばさ兄さん』って呼び方、やめてくれないか? 気色悪いんだけどさ。ほら、鳥肌立ってるしぃー」
なぁーんだ、そういうことかい! ラジャー。
「そうなの? じゃあ、何て呼べばいい?」
いっつも、“ねぇーちゃん”って呼んでたわけだし。
「つかさ、お前、本当に大丈夫か?」
僕は、正常だ! まぁ、体以外はね。
「だ・か・ら、何て、呼べばいいの?」
「いつも通り、呼び捨てでいいからさ『つばさ兄さん』なーんて呼び方、止めてくれよなっ!」
「うん、わかったわ、つばさ」
自分の名前を呼び捨てだなんて、妙な気分。
「つかさ、お前、今日、生理か熱でもあるんじゃないのか?」
生理って? それ、セクハラだぞっ! って、僕は男だけど?
「大丈夫だよ? どこが、おかしいわけ?」
「ぜぇーんぶ!」
「はぁ?」
「まぁいいや。俺、もう少し寝るから、朝飯の支度たのむよ」
「うん、お休みなさい、つばさ」
ちぇっ! 結局、僕が炊事当番に逆戻りってことかよ。ということは、もし、このまま元の世界に戻れないとしたら、休みの日の食事は、また僕が作ることになるわけ? 嫌だよぉー、せっかく父さんの口添えでその役割はねぇーちゃんにバトンタッチしたはずなのに…… また振り出しに戻ったのかよぉー。
まっ、それはこの際、とりあえず置いといてっと。次の問題は、その父さんだ。まさか、父さんまで性転換して母さんになったんじゃあないだろうな?
よしっ、父さんの仕事部屋を覗くことに決めた! 確か、新作漫画原稿の締め切り前って言ってたから、アシスタントの沢島さんと徹夜してたはず。音を立てないように、今度は慎重に、父さんの仕事部屋のドアをそっと開けて覗いてみた。
次の瞬間、僕の頭ん中に、稲妻のような衝撃が走った。そう、それこそ、どこぞの覚醒した新人類の主人公のように。
それは、見てはいけないモノを見てしまったというべきなのだろうか?
そこには、部屋の明かりを付けたまま、仕事机に突っ伏した中年らしき女性と若そうな女性が、軽い寝息を立てて寝ている姿があった。俯いたままで、顔まではハッキリとよくわかんないけどさ。
それにしても、いったい、どうなってるんだ? うちの家庭は。家族どころか、アシスタントの沢島さんまで性転換してるなんて…… もしかして、これって、うちの家庭だけの特異現象なんだろうか?
そう思っていたら、できたてホヤホヤの漫画原稿が机の端に置いてあるのが目に入った。その原稿が妙に気になった僕は、音を立てないようにこっそりと部屋に入り、漫画原稿を取り上げてみると、『TSUBASA♂ = TSUKASA♀』というタイトルが目に入った。
なに、コレ? もしかして、僕とねぇーちゃんがモデルの漫画? パラパラと原稿をめくってみた。やっぱ、漫画のコマ割りも左から右の流れになってるし、文字も左右逆だ。興味深々な僕は、夢中になってその漫画を読み進めた。そして、読み終わった後、軽いショックを受けていた。
そこに描かれていた内容は、まさに、今の僕とねぇーちゃんの間で起こってる性転換現象そのものだったからだ。
これは、偶然の一致なんだろうか? それとも、この漫画が僕達姉弟の未来を予言していたとか? まさかねぇー。しかし、いったい、この世界はどうなってんだ?
益々この世界のことが気になった僕は、真実を掴むべく、リビングへと向かった。そう、テレビを見れば、何かが分かると思ったからだ。とは言っても、今までの現象からして、いったい何が真実なのかさえあやふやだけど。
とくかく、テレビを付けてみた。時刻は午前7時を回り、土曜朝の人気情報番組『あさ@ごパン』が始まっていた。当然のことながら、画面のデジタル時計表示は左右逆で、数字も左右逆。僕は突っ立ったままの姿勢で画面を食い入るように見た。そして、目の前の映像はウソであって欲しいと思った。そう願いながら、何度も強く目を閉じては開いてみる。
しかし、目の前の映像には何の変化もなかった。次の瞬間、体の力が抜けて、へなへなっとなって床に両手をついてしまった。そんなバカな! いや、現在、我が家で起こっていた現象からすれば、目の前で起こっているテレビの現象は納得できるというか、当然のことなんだろう。冷静な僕がそう言っている。
が、しかーし、それには納得できない、断じて納得できないっていう僕もいる! なんで、笑顔のカワイイお天気おねぇさん“あさパン”が、イケメンの爽やかお天気お兄さん“あさヤン”になってんだっ! ゴぉらぁー、かえせぇー! 僕の“あさパン”!
くっそぉーっ! テレビ局にクレーム入れてやる。ゼッタイに! ちっくしょおー。床についていた手には、いつの間にか力が入り、握り拳になっていた。すると、
「なぁ、つかさ。パジャマ姿でテレビの前で床に這いつくばってさぁ、いったい、何やってんだ? お前。もしかして、新興宗教にでも目覚めたのか?」
その声に振り向くと、いつの間にかねぇーちゃん、つまり、“つばさ”が立っていた。見られていた? 猛烈な恥ずかしさが僕を襲う。瞬く間に顔面がかぁーっと、熱くなるのを感じた。
「いつから、そこに居たの? つばさ」
うぅ、僕としたことが、思わず取り乱してしまった。超かっこわりぃー。
「さっきだけど? つぅかさぁー、俺、腹減ったんだけど朝飯、まだ?」
しまったぁー! 朝食の準備、何もしてないやっ!
「ごっ、ごめん。朝食、まだ何も……」
「はぁ? 早朝から起きて、いったい、今まで何やってたんだよぉー。今日のつかさ、やっぱりヘンだぞ! ゼッタイにヘン! だってさぁ、朝這いには来るし、そうやって、朝っぱらからテレビ見ながら床に這いつくばってるし、どっかで頭でも打ったんじゃないのか? 医者でも行くかぁ? 精神科にでもさぁ」
「ふわぁー、ねむっ。どうしたの? つばさくん? 朝っぱらから、何の騒ぎ?」
背伸びをしながら、女性化した居候のアシスタント、沢島さんがリビングに入ってきた。うわぁー、ジャージ姿なんだけと、結構スタイルがよくて、なにげに美人! でも、元の男だった雰囲気は微妙に残ってるよなぁー。やっぱ、元がいいからだろうなぁ。
「つかさのヤツがさぁ、どうも、頭おかしくなったみたいなんだ。どうしょう? 沢島さん」
「はぁー? なに言ってるわけ? つばさ。わたしは正常よ! どこが、頭おかしいのよっ!」
立ち上がってそう抗議すると、沢島さんが、
「まぁ、まぁ、兄妹喧嘩は止めて、朝ごはんにしましょうよ。お腹減ってると、イライラして、怒りっぽくなるっていうし」
「それがさぁー、沢島さん。つかさのヤツ、早朝から起きてたっていうのにさぁ、朝飯の支度、なーんもやってないんだぜ! ったく、腹立つよなぁー。食いもんの恨みは、怖ぇーんだぞっ!」
むぅー、このガサツでデリカシーが無くて、横暴なねぇーちゃんの性格、なぁーんも変わってない!
「だから、それはごめんって言ってるじゃない!」
「コラコラ、二人とも、喧嘩は止めなさいって言ってるでしょ。それに、そんなに騒ぐと先生が起きちゃうじゃない。先生、徹夜だったんだから、そっと寝かせてあげて」
「わかったよ、沢島さん。一時休戦だからなっ! つかさ」
「そんなこと、言われなくても分かってるからっ!」
ぷいっと、つばさ(姉)に顔を背けながらそう答えた。ったく、性別変わっても喧嘩かよ。進歩ねぇーよなぁ、僕達姉弟ってさぁ。
「沢島さん、それよりさぁー、朝飯、なぁーんも無いっすよ。どうします? 今から、買い出しにでも行きますか?」
「それなら、ご心配無用よ、つばさくん。昨晩、夜食用にと思って買っておいたサンドイッチとおにぎり、沢山あるから、みんなで別けて食べましょ。つかさちゃんも、そんな所でいつまでもふくれてないでさぁ、こっち来てみんなで食べよっ、ねっ!」
「うん」
あぁー、ホントよかったぁー、我が家に沢島さんが居てくれて。くだらないことで姉弟喧嘩してたらさぁ、いっつも、仲裁しくれてたんだよね。そう、優しいお兄さんって感じで。それは、性別が変わっても、変わってないんだ? 何だか妙な気分。今は、お姉さんになっちゃったけど、心から信頼できる人が身近にいると、ホッとするっていうか、安心できるっていうか。
食事中、沢島さんが気を使って、色々話題振ってくれてたんだけど、つばさ(姉)は始終無愛想なまんま、黙々と食べてるだけ。ったく、精神年齢が低いっていうか、意地っ張りっていうか、いつまでも根に持ってグジグジ引きずってるしさぁ。僕と目線さえ合わそうとしない。そうゆうところ、ホント、なぁーんも変わってないみたいだ。まっ、こんなのはほっときゃ機嫌、直るっしょ?
「沢島さん。実は、新作の漫画原稿、盗み見しちゃたんだけどさぁー、『TSUBASA♂ = TSUKASA♀』って、わたし達兄妹がモデルなの?」
「コラっ、ダメじゃない。勝手に原稿盗み見しちゃ。現行犯で逮捕しちゃうぞっ!」
「刑期は、何年なんでしょう?」
沢島さんは、ボンっと手を打つと、
「うぅーん、そうねぇー。朝食の件も合わせて、本日の、トイレ掃除当番の刑に処す。ってのはどう?」
「おっ、それ、いいねぇー、沢島さん、ナイス! 朝飯の件、それでチャラにしてやるよ、つかさ」
沈黙を貫いていたつばさ(姉)が、突然、口を開いた。ったく、こうゆう時だけ口出しかよっ! 調子のいいヤツめ!
「えぇー」
とりあえず、抗議だけはこころみた。調子に乗って、ボケなきゃよかったよ。
「それで、兄妹が仲直りできるなら、安いもんでしょ? それとも、他の刑がお望み?」
ニタっと、沢島さんが、怪しげな頬笑みを向けてきたので、
「あっ、だいじょーぶです、はい、それで。ところで、さっきの漫画原稿の件なんですけど?」
「あぁ、そうねぇー、名前だけかな? あなた達、兄妹から拝借させてもらったのは。それ以外は、あなた達とは全く違ったキャラだし」
「ふぅーん、そうなんですか?」
と言いつつ、本当は、僕達姉弟、漫画と置かれた立場が同じなんですよってツッコミたかったんだけど……
「つかさちゃん? 漫画原稿の件、見なかったことにしてくれる? まだ入稿前だし、ネタバレすると困るのよねぇー」
「あっ、はい。もちろんですよぉー。こー見えてもわたし、口は堅いですから」
「ほんとうかぁ? つかさ。沢島さん、ネタバレされないように、今から重い刑を設定しておいた方がいいすっよ」
ったく、何を言い出すんだ! ねぇーちゃんは。ほんと、ロクなことを言わない。
「そうねぇー、約束破ったら、一カ月トイレ掃除当番の刑に処す。これでいいかしら? つかさちゃん」
「全然、へーきですよ、そんなの。絶対にネタバレさせないっていう自信がありますから」
「そっ、じゃあそういうことで」
「つかさ、ちゃんと、約束は守れよ! それが、人間の務めっていうもんだ!」
「そんなこと、つばさに言われなくっても、わかってるわよ!」
ったく、エラそーに。何さまのつもりだよ?
朝食後、急に猛烈な睡魔と共に頭がズキズキと痛みだした。うぅ、なんか頭がずーんと重いって感じ。睡眠不足なのかなぁ、それとも、朝っぱらから色々考え過ぎたし、ねぇーちゃんと喧嘩なんかしたもんだから、頭に血が昇り過ぎたのかなぁ。少し気分が悪いので二階の自分の部屋に戻り、ベッドに横になると、いつの間にか意識が薄れ、寝込んでいた。
どれくらい寝込んだままだったのだろう? おでこにヒンヤリとした感触を感じ、薄らと目を開けると、濡れタオルがおでこに当てられ、ボヤーンとしたハッキリしない視界の中で、目の前に見慣れないショートカット頭の中年女性の姿があった。
「気がついたようね、つかさ。熱はもう大丈夫みたいよ」
段々と視界が開けてくると、その中年女性が、父さんなんだと確信した。男性の時の面影が少し残ってたし、なにより、右目尻にほくろを発見したからだ。現実世界では、左目尻にほくろがあるんだけど…… でも、こうやって間近でマジマジ顔を見てると、結構美人さんだし、うん、なかなかイケテるねぇー。
なんて、呼べばいいんだろう? やっぱ、お母さん?
「お母さん、看病してくれてたの?」
「沢島さんがね、つかさが朝食後、少し顔色が悪そうで心配だからって起こしてくれたの」
「そう。ごめんなさい。徹夜明けで寝てたところ、起こしちゃって」
「私は大丈夫、こんなの、締め切り前のいつものことだもん。それより、つかさの方が心配。つばさが、今日のつかさがヘンだ! ヘンだ!って、言うもんだから」
ったく、アイツ…… 余計な事を言いやがって。
「わたし、もう大丈夫よ。だから、お母さんも休んでいいよ」
そう言って、上体を起こすと、後頭部にまだ少し痛みが残っていたが、大した痛みでもない。
「本当に、大丈夫なの?」
「うん、ずいぶん寝てたみたいだし、気分はいいよ」
枕元の時計を見ると、もう午前10時を過ぎていた。
「そう、じゃあ、お言葉に甘えて、もうひと眠りさせてもらうわね」
「うん、お休みなさい」
お母さん(父さん)が部屋を出た直後、まだ調べることがあることに気付いた。それは、友達や恋人の性別がどうなっているのかってこと。
さっそく、携帯電話のアドレスを調べてみたが、登録されている名前に愕然とした。名字は同じだが、下の名前は見事なまでに男女が入れ替わっていた。例えば、峰山美智は峰山美智子に、岬知美は岬知也といったぐあいに。念の為、その二名に電話してみたが、声で性別が入れ替わっているということはハッキリした。
やっぱ、一番ショックだったのは、二年になって付き合い始めたばかりの恋人 “岬知美”が男になってしまったという事実。いや、この世界の出来事自体が、夢なのか現実なのかさえ分からないんだ。そんな状況で、いったい何を信じればいいのか? 何が真実なのかなんて、全く意味を成さない事なのかもしれない。
結局、昼食と夕食の支度はお母さんがやってくれた。本来は僕の担当らしいけど、体調が悪かったので免除してもらうカタチになった。ついでに、お風呂もパスさせてもらった。女の子が毎日お風呂に入らないっていうと、不潔だと思うけど、まだこの体に不慣れな状態だし、1日ぐらい、いいでしょ? もし、キモチ悪くなったらシャワーで済ませればいいし。それよりも、お昼からずぅーっと考えてたんだけど、上手くいけば、この世界から抜け出す方法を思いついたんだよね。
この世界に僕が引きずり込まれた原因、それは姿見にあると見た。この僕の推理が正しいとすれば、元の世界に戻れるはず。但し、昨夜と同じ時間、深夜2時、姿見に両手を付けるっていう条件付きだけど。
就寝前、深夜1時50分にアラームが鳴るように携帯にセットしておいた。眠い目を擦りながら、姿見の前に立つ。いよいよだな! 姿見に両手を付いた。よし、準備万端だ! 鏡に写る僕の姿は、まだ少女のまま。いつ変化が現れるのかは分からない。さぁ、いつでもいいよ、カモーン。
この方法が正しいとすれば、男の僕が姿見に写るはずだ! 恐らく、昨夜は、男の僕が、鏡の中の女の僕と入れ替わったと思うんだ。だから、今度はその逆をやれば、元の世界に戻れるかもしれない。今はただ、じぃーと、変化が現れるのを待つ。それしか打つ手がないわけだから。
しかし、姿見には一向に変化が現れない。焦れた僕は、ポケットの中の携帯を取り出し、時間を確かめてみた。あれっ? もう深夜2時を過ぎている。どうゆうことだ! この方法は間違いだったっていうのか? 段々と焦ってきた。
いや、待てよ? そっか、たぶん、昨夜と全く同じ時間じゃないとダメなんじゃあないのかな? 確か、深夜2時きっかりってわけじゃなかったと思う。もう少しのガマン。今は、これに望みを託すしかないわけだから……
変化は、姿見にではなく、俺の方に急に現れた。猛烈な睡魔が襲ってきたんだ。ここで寝るとゼッタイに負けだ。重い瞼を辛うじて薄らと開けていると、ぼやーんとした視界の中で、鏡に写る男の僕が、ニコって笑ったように見えた……
チュン、チュン♪
雀の鳴き声で目覚めた。どうも私、机に突っ伏したまま寝てたみたい。スリープしてたパソコン画面を復帰させると、小説、書けたぁーっていう達成感と喜びが湧いきた。
よし、早速、『ノベルライターになろうっ!』に投稿しよっと!
完
りさりさより、読者の皆様へ
ヘタっぴな小説を最後まで読んでいただいて、ありがとうございます。
読んだ感想とか入れてもらうと、ちょっと嬉しいかも。
実は、この作品『TSUBASA♂ = TSUKASA♀ (つばさ♂ イコール つかさ♀)』は、
『小説家になろう』に投稿されている『記憶のダイアリー 』の『#42: 私がデビュー?』
http://ncode.syosetu.com/n0602r/43/とのコラボ企画として、私が書き下ろした作品なんです。
もちろん、『記憶のダイアリー 』の作者様には、事前にちゃーんと許可をいただいてから書いていますよ。
ちなみに、影の薄い脇役なんですけど…… 私、“飯島莉沙子”の役で、
『記憶のダイアリー 』http://ncode.syosetu.com/n0602r/本編にもチラッと登場させてもらっています。
もしよかったらでいいんですけどぉ、興味のある方は、そちらも読んでみて下さいネ。(下のリンクからどうぞ)
でわでわ、この作品読んでいただいた読者の皆様、次回作でまたお会いしましょう。
って、次回作、あるのかな? 余り、自信はなんですけど……