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神科学種の魔法陣  作者: なんごくピヨーコ
ハクロ王都編
99/148

クエスト94 全方位転送魔法陣起動

 深い森の『安全地帯』に巣を構えるゴブリンの群。

 簡単に思えたゴブリン討伐作戦は、切り立った岩の壁が行く手を遮み、足場の悪い細い一本道を進む事になった。


「たかがゴブリン相手と侮って、防具も着けずに来た連中が狙われているな。

 敵の動きは素早い。一度に3、4匹のゴブリンに襲われて手足を負傷すれば戦えないからな」


 そう呟く竜胆と討伐隊を岩影から飛び出してくるゴブリンたちが阻み、予想外の攻撃に合い苦戦を強いられていた。

 討伐隊は寄り合い所帯で、防具や武器も自己調達だ。

 五十人でギルドを出発したが、地の利のあるゴブリンとのゲリラ戦で既に五人ほど脱落していた。


「り、竜胆さん。何で俺も連れてくるんですかぁ。

 ゴ、ゴブリン討伐なんて、ひぃ、俺には無理っす」


 竜胆の後ろから情けない声でグチっているのは、大きな荷物を背負ったカマキリ顔のウツギだ。


「ウツギ、俺は一緒にゴブリンと戦えなんて言って無い。

 今日は深い森で野営の予定だ。お前の役目は食事当番。

 例え野営でも、俺様は家畜の餌のような料理はまっぴらゴメンだからな」


 しかし弱気で背の高いウツギは目立ったのだろう。

 三匹のゴブリンが岩壁を滑り降りて、ウツギに襲いかかってくる。

 声にならない悲鳴を上げたウツギは竜胆の後ろに隠れ、前にでた竜胆は軽くステップを踏むと、正面から飛びかかるゴブリンを拳で横殴りに払い落とす。

 そして左から刃物を持ち切りつけるゴブリンの攻撃を鉄の籠手で防ぎ、そのまま頭をわし掴むと岩壁に叩きつけた。

 残りの一匹が慌てて逃げるところを、仲間のハーフ巨人戦士が槍で仕留める。


「さすが竜胆さま、ゴブリン程度のモンスターなら素手で充分なんですね。

 もう十匹以上屠っていますぜ。

 へへッ、一番後ろから付いてくる陰気な巨人より、ハーフ巨人の竜胆さまの方がずっと強いですよ」


 ウツギを押しのけて竜胆の隣までやってきた愛想笑いの巻き毛男に、竜胆はツマラナイモノでも見るかのような視線を返した。


「何言っていやがる、貴様の脳味噌はゴブリン以下だな。

 この細い一本道で、ゴブリンの大群が俺たちの背後を狙って来ないのは、最後尾を務めている赤毛の巨人の威圧感、種族の強さを感じ取り手が出せないからだ。

 そうだ、お前が巨人と入れ替わって最後尾になったらどうだ。弱い獲物を見つけたゴブリンが大喜びで襲ってくるぞ」


 獰猛な笑みを浮かべた竜胆が巻き毛の肩を叩くと、男は笑顔を凍り付かせブルブル震えながら列の中に引っ込んでいった。

 竜胆たちの会話は最後尾の巨人まで聞こえていたが、相変わらず赤毛の巨人は無表情のままだ。

 この巨人の存在は、ゴブリン達のうんざりするようなゲリラ戦の中でも、仲間たちに背後を安心して任せられるという心理的余裕を与えた。




 一刻ほどゴブリンとの小競り合いが続いた後、目の前が突如開け、竜胆たちは岩場の頂上『安全地帯』ゴブリンの巣へとたどり着く。


「ギリッ、キキギィ、き、キイいいいぃーーイイ」


 敵を待ちかまえていた三百匹のゴブリンが、一斉に不快な歯ぎしりの威嚇音を発生させた。

 岩場に音が反響し空気が歪み、耳が潰れるような高周波が討伐隊を襲う。


「畜生、なんだコノ音は。耳をふさげ、鼓膜が破れるぞ!!」

「ひぃ、あ、頭が割れるように痛てぇ!!ご、ゴブリンの連中を、黙らせてくれぇ」


 思いも寄らぬ音の攻撃に、悲鳴を上げ耳を塞ぎうずくまる男。その背中に数匹のゴブリンが襲いかかる。

 平衡感覚を失い、立ち上がることさえ出来なくなった討伐隊はマトモに戦えない。



「ウォ、ウオオオォーーおおぉぉ!!」


 その時、まるで地を震わすような野太い男の吼声がゴブリンの威嚇音をかき消す。

 赤毛の巨人は人間では肺がつぶれてしまうような大声で、ゴブリンを威嚇し黙らせる。

 最後尾近くにいた討伐隊のメンバーはその迫力に腰が砕け、赤毛の巨人の仁王立ちを仰ぎ見た。


「やはり純血の巨人は凄い迫力だ。

 とても俺みたいな半人前とは比べものにならない、本物の力を持っている。

 さぁ野郎ども、狩りを始めるぞ!!

 ノルマは一人ゴブリン十匹以上、一匹金貨一枚で俺様が買い取る。どんどん倒してこい」


 それからは討伐隊の一方的なゴブリン大殺戮が始まった。

 特に最後尾にいたはずの赤毛の巨人が数十匹のゴブリンの中に飛び込み、次々と大鎌で刈り取る。

 ゴブリンたちは完全に戦意喪失し、悲鳴を上げて逃げ回るだけになった。




 日が沈む頃には、討伐隊はゴブリンの消えた『安全地帯』を占拠して野営の準備に取りかかる。

 竜胆の前に戦闘の成果として、赤毛の巨人はゴブリンの首を七十個並べた。


「俺の名前は竜胆、深い森での魔獣狩りのリーダーをしている。

 今日の作戦はアンタのおかげで成功したようなもんだ。

 俺たちハーフ巨人や人間だけでは、ゴブリンのゲリラ攻撃に手こずって負傷者続出だった。

 それにしてもアンタほどの巨人が、なんで俺たちみたいなハーフ巨人の狩りに加わっているんだ?」


 報酬の金貨を受け取った赤毛の巨人は、竜胆の質問にくぐもった声で言いづらそうに返事をした。


「すまない、その話は……。いや、話そう。

 俺の名前は桂樹ケイジュという。そのう、いろいろあって落ち込んでいた時に、王都の歓楽街で親切にしてきた白面の男に、ダマされたというか……。

 博打に負けて借金を作ってしまい、金が必要なんだ。

 身内に借金で迷惑はかけられない、しばらくココで獲物を狩って稼ぎたいんだ」


「なんだぁケイジュさん、詐欺ギルドにダマされたお人好しの巨人ってアンタの事だったのか。

 俺は色んなエリアを旅してきたが、最近は巨人でも本当に強いヤツはなかなか拝めない。

 アンタは本物だ、俺は純粋に巨人の力を見たいんだ。

 超レアモンスターで一攫千金借金返済を目指すなら、是非アンタと一緒に狩りをさせてくれ」


 竜胆は設けられた上座の席を何のためらいもなく赤毛の巨人に勧め、自分はその下座に腰掛けると桂樹が今までどんなモンスターと戦った事があるのか詳しく聞いてきた。

 相手が巨人でも構わず同等な態度の竜胆に、仲間たちは驚きながらも悪い気はしなかった。

 子供の様に楽しそうな竜胆の様子と、この赤毛の巨人がいれば深い森での狩りの最大の戦力になるのだ。




 赤毛の巨人、第十九位王子桂樹自身も、この竜胆という男が自分に接する態度に戸惑いを隠しきれなかった。

 何故自分のようなツマラナイ巨人相手に、これほど敬意を示し親しげに接してくるのだろうか。

 それに一見寄せ集めのようなこの集団は、竜胆の抜群の統率力で巨人さえて手こずる深い森の魔獣を狩る。

 もしかすると戦闘経験の少ない王都の巨人兵士よりも、彼らの方が力を秘めているのではないか。



 ***



 ハクロ王都巨人王宮の西の広場に、終焉世界最大の全方位転送魔法陣が再び姿を現した。

 縦に十二、横に十二の碁盤の中の魔法陣は白い石畳に描かれ、その上に金色の線で巨大なヘキサグラムと正円の組み合わさり、呪文の綴られた全方位転送魔法陣が描かれていた。


 金色に描かれた描線の上を青白い魔力マナが途切れることなく走り、今すぐにでも起動できる状態。そして巨人王巡行団約八百人は、今日の明け方から王都に帰還するため全方位転送魔法陣が動くのを待っている。


「これで全部、図面にもスペルの綴りにも何一つ誤りはないはずだ。

 なのに何処がマズい?なんで魔法陣は起動しない」


 巨人王帰還を迎える王宮の官や警備兵が待機し、修復に関わった職人たちが魔法陣の最後の仕上げを行っていた。

 終焉世界の支配者である巨人王の姿をひと目でも見ようと、大勢の群衆が巨大魔法陣を取り囲んでいる。


 一刻前から銀髪の優美な天女が、巨大魔法陣の上をゆっくりと歩き呪文を唱えていた

 

「なんかこの状況はパソがいきなりフリーズして、再起動を繰り返したりソフトをインストールし直したり、散々手を尽くしても直らなくて修理に出す直前の心境と似ているな。

 何処が悪い?くそう、どうして起動しない」


 ティダは手にした魔法陣の設計図百枚を、すべて入念に照らし合わせながら何度も繰り返し魔法陣の上を歩く。

 

「おーいティダ、まだ魔法陣は動かないのかぁ?」


 聞き覚えのある声に振り返ると、ギャラリーをかき分けやって来るウサギの面を被ったSENの姿が見えた。

 警備兵たちは神科学種のエルフに近寄ろうとする怪しいウサギ男を取り囲んだが、ティダはそれを制した。


「SEN、ゲーム廃プレイヤーのお前なら、転送魔法陣の起動方法に何か心当たりはないか?

 この巨大魔法陣は十年以上封印されているせいか、今まで修復した魔法陣とは異なるようだ。

 エリア移動の全方位転送魔法陣は金貨や銀貨、ダンジョン魔法陣は魔力マナで起動する。

 しかしコノ巨大魔法陣は、俺や王の影の魔力マナても起動しない。金貨を百枚ばらまいてもダメだった」


「そうだな、ゲームの中ではこういう魔法陣は何か特別な供物アイテムを捧げるとか。

 他に思い当たる方法は人間の生き血かな。それでもダメなら人柱、さすがにそれは無い……」


「生け贄に、ファイヤードラゴン一匹捧げても起動しなかった。

 残るは人柱だが、神科学種の噐なら首を落とされない限りデッドリーから完全蘇生できる。

 ふふっ、なぁSEN、ちょっと試してみないかあぁぁ」


 SENは気が付くと「人柱」と呟いたティダが禍々しい微笑みを薄い唇に浮かべ、目が据わり狂戦士モードに切り替わる。

 魔法陣を取り囲むギャラリーの目を逸らすため、二人の周囲に半円形のドーム状の結界が張られる。それはゲームの中でよく見かけるバトルフィールドのようだ。


「ティダてめぇ、最初っからそれが目的で俺を呼びだしたな。

 そう言えばゲームも仕事も、多少の犠牲は仕方ないっう完璧主義だったよな」


 SENの問いにティダからの返事はなかった。

 これがバーチャルならよくあるイベントの一種だが、今はゲームではない。例え不死身に近い神科学種の器でも五感はある。

 すでに愛用の鈍器を構え戦闘態勢に入った狂戦士を前に、SENは覚悟を決めたように自らの武器を取り出す。


「くくっ、お前とのPK戦は久しぶりだな。

 さっさと武器を構え、な、なんだそれはっ、まさかSEN!!やめろっ」


 SENはティダから一定の距離をとりながら手にした『極太マッキー(黒)』を見せつけ、ウサギ面の表情は判らないが禍々しいドス黒く歪んだオーラを全身から放ちながら、屈み込んで地面に描かれた巨大魔法陣に触れる。


「我らの血よりも濃い絆を捨て悪しきカルマに踊らされるなら、我は躊躇うことなく悪魔の詩(電波語:アニソン)と、我が愛する漆黒空間の電子精霊(深夜枠の魔法少女)の御姿.(アニメイラスト)を、全方位転送魔法陣へ印写す!!!!!」


 それは半月かけて五十人の職人たちが不眠不休で修復した魔法陣に、萌え萌え魔法少女痛イラストを落書きして、魔法陣を壊すという恐ろしいモノだった。


 SENなら、躊躇無く本気でやる!!

 SENの振りかざした極太マッキー(黒)が、ティダの目には自分を断罪する聖剣エクスカリバーに見えた。

 ティダは完全に気持ちが折れてしまい、狂戦士モードを解除し結界を解く。


「すまないSEN、降参する。

 これでもう手段はない、魔法陣修復は失敗だ」


 深くため息を付き天を仰ぐティダに、二人の神科学種の様子を見守っていた魔法陣修復に関わった職人たちから落胆の声があがった。



 ***



 ハルと萌黄が弁当を携えて、王都の外れにあるギルドから巨人王宮前の巨大魔法陣に到着したのは昼前だった。


 ハルたちが巨人の王都に入る城壁を過ぎたところで、SENからの念話チャットで魔法陣修復が失敗したと連絡が入る。

 朝は大勢の群衆に取り囲まれていた巨大魔法陣も、今は人もまばらで警備兵も引き上げていた。

 元は広場中心に据えられていた噴水は、魔法陣修復のため広場の入り口に移動し、そこでSEN達と待ち合わせをしていた。


「うわぁ、すごく大きくて綺麗な、まるでレース模様のような魔法陣だね。

 ここまで出来ているのに失敗したの?ああっティダさんゴメン!!」


 噴水の周囲に設けられたテーブルの上に顔を伏せていたティダは、ハルの声に反応して顔を上げたが、再び肩を落とすと突っ伏してしまった。

 疲労困憊ですっかり落ち込んでいるティダ、しばらくそっとしてあげようとハルは思った。


 警備が解除された全方位転送魔法陣の中は、自由に入れることができる。

 縦十二、横十二の合わせて百あまりのマス目の中には、某ブランドバッグを連想させる小さな魔法陣が描かれ、広場に残った人々はそれを眺めて楽しんでいる。


「ハルお兄ちゃん、見て見て。このちいさな魔法陣、おにぎりの花にそっくりだよ。

 ココには可愛いお星様が描かれている」


 幼い萌黄は美しく描かれた魔法陣の上で、まるでダンスを踊るように楽しそうに走り回っている。

 ハルはSENのために持ってきた高カロリー五段重箱弁当を抱えて、萌黄の後ろを慌てて付いて歩いていると、敷き詰められた石畳の角につまずいた。


「うわぁ、あ、危ないっ、重箱弁当を落とすところだったよ。

 ココの魔法陣の石畳って結構デコボコしている」


 全方位転送魔法陣は、百四十四枚の石版に描かれた小さな魔法陣修復する際に、ほとんどが土台の石畳から新しく取り替えられた。

 ハルはつまずいた端を踏むと、敷き詰められた石畳の間から乾いた音がして小石がひとつ転がり出てきた。


 隣の新しい石畳とぴったり合わさると、ハルの立つ一マスだけの小さな魔法陣から黄金色の光が立ち上がる。

 細い光の柱は遙か彼方の北の空方向まで、まるで空に金色の線が描かれたように伸びてゆく。

 魔法陣の光が金色から質感のある紺色に変化すると、人型に変化した。


「おいティダ起きろ!!これはまさか、巨大魔法陣はハルの持つ『祝福』の力に反応している」


「お姉さまやSENは風香十七群島でのバトル、残酷行為で『祝福』は枯渇している。自分たちがどれだけ巨大魔法陣に魔力マナを注ぎ込んでも起動するわけない

 そして魔法陣図式は完璧に出来上がっていると思っていたが、表面に少しの凹凸も許さない完全な平面図形でなくては成らない」


 小さな魔法陣一つで転送できるのは巨人一人。

 遙か彼方の北の海で巨人王と共に王都転送されるのを待機していた、紺色の鎧に身を包んだ巨人戦士が黄金色の光と共に現れ、魔法陣の上にいたハルはそのまま抱きあげられていた。


「全くいつまで待たせるんだ、また転送は失敗か。

 昼飯は取らせて、う、うわっ、ココは何処だ!!

 まさかハクロ王都、俺は帰ってきたのか」


 巨人王直属の兵である美しく磨き抜かれた紺の鎧を身にまとい、背中には王の近衛兵である印が刻まれ、巨人の中でもひときわ大柄な体格をした三十代後半の白髪の戦士だ。


「えっと、ここはハクロ王都ですよ。お疲れさまです、お帰りなさい。

 えっと、僕を降ろしてもらえますか」


今回は小ネタ満載の回

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