クエスト93 二人の王子
★ついに200万PV達成しました。ありがとうございます。
これからもハル達を応援してください。
「空木、今度はどんな厄介事を持ち込んできたんだ?」
ロクジョウギルド長の桔梗は、困惑した表情でカマキリのような風貌のウツギと、その隣に立つ男を見た。
出来損ないのハーフ巨人を雇うことで有名だった下級ギルドは、ひと月前にウツギが連れてきた男、竜胆が原因で今や百人を越える大所帯だ。
それからウツギは、十日前に詐欺ギルドに追われる歌姫の父親を、五日前にはミイラ男の入った衣装箱をギルドに持ち込んだ。
しかし今回ウツギが連れてきたのは多額の借金を抱えた赤毛の巨人で、これにはさすがのキキョウも戸惑う。
王都に住む巨人族は、人間やハーフ巨人を下級種族と見下し相手にすらしない。その巨人がギルドに頼って来るとは、よっぽどの事情があるのだ。
「すまない、貴方がギルド長のキキョウ殿か。
俺の名前は桂樹。
身内の祝い事で南のエリアからハクロ王都に来たんだが、その……歓楽街で、賭けに負けて出来た借金を返さなくてはならないのだ。
このギルドで雇ってもらえないだろうか?」
桂樹は自分の身分を隠し、そして巨人王に遣えていたキキョウも地味な顔立ちの王子を覚えていなかった。
ただ、見るからに礼儀正しく真面目そうなこの巨人が、歓楽街で賭事に興じる遊び人には見えない。
事の経緯を訪ねると、ウツギと一緒に男を連れてきたウサギ面の神科学種SENが状況を説明をする。
「キキョウ、どうやらこの男は、誰かに最初から仕組まれた謀にまんまと引っかかったらしい。
詐欺相手は、違法な幻惑香を使用して操り、コイツに法外な金額の借用書のサインをさせたようだ」
SENはティダとの念話から、桂樹の身分が竜胆より上の第十九位王子だということを知らされていた。しかしその事をキキョウに告げるのは後の事になる。
「判った、俺のギルドで良ければアンタを雇い入れよう。
深い森で狩りをしているのはハーフ巨人の竜胆という若い男だ。魔獣が狩りたければ、ソイツに直に頼んでみるといい。
アンタは見た感じ、巨人の中でも立派な体格をしているが、腕に覚えのあるやつじゃないと深い森での狩りは厳しいぞ」
「それは大丈夫、多少腕に覚えはある。俺が住む南のエリアでも頻繁に獣狩りをしていた。
俺は借金返済のためにも、高価なレアモンスターを狩らなくてはならないんだ」
話に納得したキキョウは、桂樹をギルドに案内をするようウツギに指示を出した。
広さだけは充分あるギルドのボロ別荘は、食事の時間になれば深い森の豊かな食材を使った料理が食堂で振る舞われる。
「キキョウさん、この海鮮スープの味見をしてもらえますか?
後宮の料理長から教わったモノです。青緑鯛のアラと沼主ウナギの出汁骨を煮込んだスープで、生臭さを消すために赤い花を加えるから、スープの色が綺麗なルビー色になるんだね」
鍋を抱えながらキキョウに話しかけてくるのは、緑の癖のある髪に頭巾をかぶりエプロン姿で、一見すると食堂の見習い料理人の少年。
「おおっ、これは王宮のでよく出されていた紅花スープだ。
王宮で飲んだスープはもっとあっさり味だったが、具材がたっぷり入った濃厚な味の方が食べ応えがあるな」
スープの感想を伝えると嬉しそうな笑顔を見せる少年が、ハクロ王都で女神降臨を起こし、古の巨大転送魔法陣を出現させたミゾノゾミ女神の憑代だということがキキョウには信じられなかった。
神科学種のSENからキキョウに詳細に語られた女神降臨は、水の枯れたオアシスで奇跡の泉を蘇らせ人々を救い、鳳凰小都では祝福を帯びた鳥の紙細工の輝きと温もりで人々を寒さから救い、猫人娘を生贄にしようとした海賊船には空から岩の雨を降らせる。
女神の憑代は誰も思いつかない方法で、まるでおとぎ話のような奇跡を起こす。
ハルは一度王宮に帰って女神の奇跡を起こし、再びロクジョウギルドに戻ってきた。
それはハクロ王都と巨人王族の運命が動く、嵐の前の静けさだった。
***
「体重が一キロ増えるには、約七千カロリー必要です。
二十五歳男性の一日に必要摂取カロリーは三千カロリーから、一日一万カロリー摂取すれば十日で元に戻りますよ。
SE、ウサギさん、がんばって食べましょう!!」
「うっぷ、げふっ!?俺は元々小食だから、そんなてんこ盛りの海鮮丼や大皿山盛りの焼き肉なんか食えないぞ」
「このエビはね、萌黄が捕まえて焼いたの。
あーん、ウサギちゃん、おいしいよ食べて」
「SE、ウサギさん、あーんしてあーん。
この白身魚の濃厚バター焼きタルタルソース乗せも全部食べて下さい」
今日の狩りを終えたメンバーがギルドの食堂に集い、旨い食事を楽しみ酒を飲み交わす宴の席。
その一角で、ウサギ面の男と左右にメイド服姿の愛らしい二人の少女が腰掛けて料理を食べさせるという、一見すると羨ましい光景があった。
(お子さまの夢を壊さないために、ウサギの中身がSENだという事を萌黄は知らない)
その三人が座るテーブルの上に並べられた料理はハンパない量で、しかも油をふんだんに使った高カロリー食を、ハルは情け容赦なくSENの口に押し込み、お残しは許さない。
「ぐふっ、ハーレムというには何か違うシチュエーションだが、ここでごちそうさまと断って萌えメイド&幼女の顔を曇らせては、変態紳士の名折れだぁぁ!!」
期待に応えようと意地で食べ続けるSENの顔には油汗が流れ、額には青筋が浮かび上がる。
「ぐぐっ、しかし、胃も腸も食べ物を詰め込まれ破裂しそうだ。
こうなれば我の肉体自身を操作し、摂取したモノをすべて燃焼消化させる」
「ダメですよSE、ウサギさん!!摂取カロリーは体に蓄えて下さい。
ほら、食後は牛のようにその辺に寝転がって、動いちゃダメですよ」
最初嫉妬混じりの視線で眺めていた男達も【完食するまで帰れま10】状態に同情し、苦しげにうめき声を上げるウサギ男を気の毒そうに見た。
そして満足げなハルが「SE、ウサギさん。夜食は何にしますか?」と愛らしく聞いてくる。
横で三人の様子を面白がって見ていた竜胆も、これはさすがに止めに入った。
「ハル、これはなんの罰ゲームだぁ。いくらSENが神科学種でも、胃袋には限界があるんだ。
そんなに暇なら、調理場で皿でも洗ってろ。
SEN、アンタには聞いて貰いたい話がある」
賑わう宴の中心で麦酒をがぶ飲みしていた竜胆は、半分酔っ払い気味にハルを調理場に追い払う。
グロッキーで起き上がれないSENの側にハクロ王都と深い森周辺の地図を広げると、竜胆は顔を上げ周囲の仲間の顔を見回す。
腹ごしらえをして酒が入り、にぎやかに騒いでいた男たちが一瞬で静まり返った。
「みんな、この地図をよく見てくれ。
元々ハクロ王都の城壁の外は巨人族の農地が広がっていた。ソコに人間たちが住み着き始め、数が増えて今のような人間の王都になった。
深い森との境にはモンスターが頻繁に現れる。特に最近はゴブリンの被害が多い」
明日の狩り説明を聞くつもりていたギルド員は、その内容に意外そうな表情をした。
「ああ、竜胆の言うとおりだ。特に最近はゴブリンの被害が大きい。
深い森にはゴブリンのような弱いモンスターは住めなかったが、何かのきっかけで現れたゴブリンが、人間の残飯を餌に増え始め、今は家や農地を襲うまでになっている」
横たわったまま発言したSENに、濃厚魚介スープを給仕をしていたウツギ恐る恐るたずねる。
「で、でもゴブリンは狩っても金にならないっすよ。
ここらの貧乏農家も、ゴブリンを駆除した礼金なんて払いませんよ」
竜胆の深い森での狩りに加わるのは、荒稼ぎをしたい腕に覚えのあるハーフ巨人の戦士や傭兵がほとんどだ。
ゴブリンは、一匹なら女や番犬でも追い払える雑魚モンスター。
まさか人間のために、一文の得にもならない狩りをするのか。ウツギに同意して、ほかのメンバーからも次々と不満の声が挙がった。
「ゴブリン達に人間が何人襲われても、どうでもいい事だ」
「人間たちに家畜同然に使われてきた俺たちが、連中を助ける必要はない」
今まで他種族に虐げられてきたハーフ巨人に、自信と共に反骨心も芽生えている。
これは良い傾向だと竜胆は思った。
さらに強い魔獣を狩り自信がつけば、差別で植え付けられた劣等感を克服して、人間を嫉む気すら起こらなくなる。
「お前ら、少し落ち着いて俺の話を聞け。
今の俺たちは、危険な深い森では夜を越せない。
日が沈む前に慌てて狩りを切り上げて、森の外のギルドに帰る毎日だ。
だが深い森の中には、弱いゴブリンでも住める『安全地帯』があり、連中はソコに巣を作っている」
これはバーチャルゲームの中で、何度も深い森のクエストをクリアした廃ゲーマーSENからのアドバイスだった。
深い森の中にはモンスターの嫌う植物が群生する『安全地帯』があり、地図上にギルドに一番近い『安全地帯』ゴブリンの巣が記されている。
「たしかに、日が傾けば狩りを切り上げないといけないからなぁ。
昨日は、あと半刻あれば仕留められた大物がいたんだ」
上級ギルドから来たハーフ巨人の戦士が悔しげに呟くと、数人の仲間達も同じように頷いた。
「人に近いゴブリン狩りは、疑似対人戦の実力を試すのにも丁度いい。
ノルマは一人ゴブリン五匹以上仕留めること。巣にいるゴブリン三百匹を残らず殲滅する。
ゴブリンのテリトリー『安全地帯』が手に入れば、俺たちは深い森の中でソコを中間拠点に、更に奥地までレアモンスターを求め狩りを進められる。
そのついでに、ゴブリン被害も無くなり人間達に恩を売れるんだ」
張りのある声で楽しげに語る竜胆に、やっと体を起こせるようになったウサギ面のSENが大声で告げた。
「深い森の奥には、七色の鬣に金剛石の蹄の馬や、鷲の頭に獅子の体のグリフォンが住んでいる。
お前たちに神科学種の俺が狩り方を教えてやる。運良く超レアモンスターを捕らえる事が出来れば、一生分の稼ぎが手にはいるぞ」
人々に恐れられていた深い森も、今や男達にとっては宝の眠る森だ。
これまでは一日必死に働いても家畜の餌もどきを買うだけの稼ぎだった。それが仲間と力を合わせ、多少の危険も覚悟して挑めば、これまで以上に豊かな生活ができる。
食堂に居る男たちから笑い声と歓声が上がり、宴の席はコレまで以上に盛り上がる。
仲間をすっかりその気にさせた確信犯の二人は、互いに目配せをした。
「明日のゴブリン狩りは、俺たちギルドメンバーだけで行う。
ハルにも、大殺戮の場面を女神の器に見せる必要はない。
俺はこの機会に、ゴブリンどもを一匹残らず完全に駆除する」
「ああ、その方がいいだろう。
ハルを連れて行けば、ゲテモノゴブリン料理を作ると言い出しかねないからな。
さすがの俺も、ゴブリン味のシチューなんてまっぴらゴメンだ」
隅の席に隠れるように座る桂樹は、ハーフ巨人たちが子供のように大声でハシャぎ回る様子驚いて見ていた。
「桂樹さん、あの黒髪の男が竜胆さんです。俺が紹介しますよ」
「ありがとうウツギ。すまないが、俺の事は彼らには黙っていてくれ」
一人きりの桂樹を気遣ったウツギが声をかけてきたが、それを遠慮がちに断る。
リーダー竜胆の本当の目的は、農地を荒らすゴブリンの駆除なのだと桂樹は理解した。
ギルドから一番近い『安全地帯』にあるゴブリンの巣。
しかしソコまでの道のりは岩場が多く地形が悪い。それより川沿いの一つ先にある『安全地帯』の方が地形も平坦で便利だが、竜胆はあえてゴブリンの巣を選んだ。
数人の仲間はソレに気付いている様子だが、竜胆の好きにさせて黙って従おうとしている。
人心を把握するカリスマ性と統率力を持つ黒髪のハーフ巨人。
彼はいったい何者だ?
桂樹はこれまで兄王子の言うがままに従い卒なくこなすだけの自分と比べ、真逆のタイプのハーフ巨人の竜胆が何をするのか興味を持った。
翌日、深い森で行われたゴブリン討伐作戦で、新顔の全く存在感の無かった赤毛の巨人が、上級ギルドの戦士たちを凌駕する戦いぶりで次々とゴブリンを刈り取った。
***
「YUYUさま、ご報告いたします。
第十九位王子桂樹さまと第二十六位王子竜胆さまは、深い森に住むゴブリン討伐に成功しました」
「ハルさまは毎日SENさまのために、三食プラス三時のおやつと夜食、真心こもった愛情料理をお作りになっています。
そして食事時には『はい、ウサギさん、あーんして』と、ハルさまは自らSENさまのお口まで料理を運び、お世話をなさっています」
巨人王帰還が三日後に迫り、更に書類の溢れかえる執務室で”くノ一”娘の報告を聞いたYUYUはどす黒いオーラを身に纏い、同じく魔法陣の図面に埋もれていたティダは銀の鎖を打ち鳴らす。
「まさかハルくんに『あーん』して食べさせてもらうなんて!!
羨ましすぎます、ゆ、許せませんSEN」
「お姉さまでもハルちゃんに『あーん』して貰った事はないぞ。
まさかSENのヤツ、趣向替えして男の娘もOKになったのか!?」
「YUYUさまにティダさま、お二人とも落ち着いて下さい。
巨人王鉄紺陛下の帰還式典にはハルさまも参加なされます。
その時に何か理由を付けて、ハルさまに『あーん』してもらえば良いではありませんか」
「水浅葱、それは良いアイデアです。
ハルくんに『あーん』してもらうには、どのようなシチュエーションがいいでしょう?」
王の影もエルフの天女も、興味の対象は女神の憑代だけで、肝心の二人の王子の事はどうでもいいのか!!
同じ部屋で書類に埋もれる第十二位王子青磁は、もはや意見する気力もそがれ、ただ黙々と仕事をこなし続けた。