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神科学種の魔法陣  作者: なんごくピヨーコ
ハクロ王都編
95/148

クエスト90 再び後宮ライフ

 女神降臨の日から、夕刻前になるとハクロ王都の後宮門前に人々が集うようになった。

 巨人王後宮の中央に建つクリスタル塔から、美しく透き通る鳥のさえずりのような女の声が聞こえてくる。

 それは人々の心と体を清め癒やす、ミゾノゾミ女神の慈愛に満ちた祝福の歌声。


 ハクロ王都に降臨したミゾノゾミ女神が居るのは巨人王の後宮だが、女たちを囲うハーレムというより優秀な娘たちの行儀見習いや女戦士として鍛えあげる養成所であり、人々にもその事は周知されている。


 女神降臨で出現した魔法陣修復のため公設マーケットは閉鎖されたが、後宮門前の広場に人々が集うようになると、それをアテにして屋台が現れ自然とマーケットが移動してきた。

 そして後宮門前広場は王宮警備の対象となり、王の影の計らいもあって、簡単な許可があれば後宮女官たちも外のマーケットで買い物できるようになった。

 色とりどりのテントと立ち並ぶ屋台の中に、あの果物かき氷を出す店もあった。




「俺も娘もハルさまのおかげで、詐欺ギルドの眼を逃れロクジョウギルドに助けてもらっています。

 ギルドでは空木カラキと一緒に、深い森に狩りに出かける連中の食事の世話をしてるんですよ」


「それは良かったです、オジサンから料理を教えてもらえればウツギさんも腕が磨ける。

 鈴蘭スズランさんは、足の怪我も綺麗に治って中で元気にしてます。

 今は巨人の王様が帰って来た時にお迎えする歌を、他の女官や姫に教えている歌の先生ですよ」


 後宮に連れてこられたスズランは、骸骨男に教えられた未知の歌に魅入られ人々が自分の歌を聞き入る姿に感動して、自ら進んで女神の声になると決意した。

 ハルの言葉を聞いて、店主は嬉しそうに後宮の中にそびえ立つクリスタル塔を仰ぎみる。女神の歌を歌う声の持ち主は、自分の娘だと知っているのだ。


 屋台からはケーキ生地の焼ける甘い香りが漂い、黒髪の女官少女と同じ服装をした子供が、クレープのようなデザートを嬉しそうにほおばっている。


「薄く焼いたパンケーキは、表面がパリッとしていて中はもっちり。

 アツアツパンケーキの中に冷たいベリー味の生クリームとフルーツシャーベットが挟まれていて、一緒に食べると不思議な食感で美味しい!」


「ハルお兄……お姉ちゃん。このパン熱いのに、中は甘くて冷たいよ。

 萌黄は中のクリーム食べてね、それから外のパンを食べるの。

 中でお仕事してるお姉ちゃんたちも、熱くて冷たくて甘いパンを食べたって話していたよ」


 珍しい甘味も、寒い冬に冷モノだけでは商売は厳しい。

 ハルはかき氷屋の店主に粉モノをコネて平たく伸ばすクレープもどきの作り方を教え、それをアレンジさせたフルーツロールが店の看板メニューになっていた。


「ああ、よく後宮務めの女官からもフルーツロールの注文を受けて、出前はウツギに配達させてるんですよ。

 ウツギの奴、どうやらソコで一目惚れした女官がいるらしく、娘の顔を見るために大喜びで配達しています」


「ええっ、あのウツギさんに好きな人が出来たの?

 それって後宮勉めの女官だよね、一体どんな人だろう」


 かき氷店主の話を聞きハルは思わず後ろを振り向いて、町娘に化け自分の警護をしている"くノ一"娘を見た。

 同じく話を盗み聞きしていた娘たちも不思議そうに首を左右に振るだけで、誰がウツギの想い人なのか知らない様子だ。


 屋台の前にはウツギの青い荷馬車が停められていて、彼女たちはまるで棺桶のような黒い大きな衣装鞄を、荷馬車の中に運びこんだ。


「おじさん、ごちそうさまでした。

 それじゃあウツギさんに、この衣装鞄をギルドに運んで中身を竜胆さんに渡すように伝えて下さいね。よろしくお願いします」


 黒髪の女官娘と妹のような少女は、店主に深々とお辞儀をして後宮に帰っていった。


 よっぽど大切なモノが入っているのだろうとウツギに忠告して、丁寧に運ばせた衣装鞄の中身が、その夜ロクジョウギルドで大騒ぎを起こす。



 ***



「魔法陣は現代リアルの私たちの知らない未来、DC2300 エルフの魔術時代に発明され、終焉世界ではすでに失われた魔法技術を用いて作られたもの。

 そして神科学種は、彼らによって魔法技術を維持管理メンテナンスするために作られた存在。

 しかし千年ミレニアム世界を作るはずのエルフ族自身は子孫を増やすことができず、僅か二百年で種が絶え滅んでしまいました」


 マーケット広場の中央に鎮座していた女神像の噴水が除かれ、その下に隠されていた魔法陣の中心が姿を現した。

 巨漢の巨人を数百人も一斉に転送できる巨大魔法陣。

 広場を跨いでそれに繋がる大通りまで、円の内部に立てられた建築物は全て撤去され、直径五百メートルの全方位転送魔法陣が修復される。


「魔法陣の詳しい仕組みは判らないが、正確な左右対称の図形とアスタリスクによって描かれていること判る。

 しかし正確な図形を描く知識が失われ、神官たちが適当に魔法陣もどきを作成しているのが問題なんだ。

 ゲーム内では四十七の転送魔法陣がエリアごとに設けられていたが、今まともに起動する魔法陣は二十あるか無いか。

 これを全部修復するとなると、かなりの労力が必要だ」


 霊峰神殿の神官たちが描く魔法陣は、見栄えだけは豪華だが全く役に立たない土産物の工芸品のようなモノ。

 ティダが魔法陣修復に集めたのは、建築の技術を持つ大工やモノ作りに長けた職人たちだ。


 王の影の館のサロンの大テーブルの上には、ティダが書き上げた巨大魔法陣の設計図が広げられている。

 正確に描かれた図式の線上を、青い炎のマナが巡る生きた魔法陣だった。

 それを三日間完徹で描き上げたティダの眼の下には、黒々と隈が浮いている。

 ティダはカップに注がれた爽やかな香りのハーブティを口に含むと、安堵混じりの声色で呟いた。


「あれほど必死に探しても見つからなかった魔法陣が、ハルちゃんが帰ってきた途端現れたんだ。

 全ての物事は、ハルちゃんを中心に動き出す。

 ハルちゃんが後宮で大人しくしている間に、何事もなく魔法陣が修復され、無事巨人王を迎えたい」


「ええ、何事もなく済めば良いのですが、モグモグ。

 ミゾノゾミ女神が後宮に居るという情報を聞きつけた役立たずのクソ巨人王子たちが、モグモグ、我先にと大挙してハクロ王都に押し掛け、いえ、訪問すると言い出してきました」


 テーブルを挟んでティダの向かい合わせに座るYUYUは、ハルからお土産にもらったフルーツロールを頬張りながらも、面倒くさそうな表情で報告してきた。

 後宮の全ての管理を任されている王の影YUYUは、巨人王帰還の前準備の他に、押し掛けてきた王子たちの世話をしなくてはならない、仕事が増えてしまうのだ。


 ハルが動くと神科学種たちに新たなクエストが課せられる、試練やトラブルが発生する。

 あの王の影が役立たずと断言する王子たちが、どのようなメンツであるかは伺い知れた。

 

 お気の毒さまと哀れむような視線を返したティダに、ちょっと眉を寄せたYUYUは、しかし思い直したように幼子のような純真無垢な笑みを浮かべ話を続けた。


「女神を我がモノにしようと企む愚かな王子には、私がミゾノゾミ女神の影武者として育て上げた"くノ一"が相手をします。

 お盛んな王子たちを丸め込んで籠絡させる、情報収集の良いチャンス。

 彼らに影武者五十人の正体を見破り、真のミゾノゾミ女神を探し出すなんて芸当は出来ないでしょうから」


「後宮にやたらと黒髪ロングの娘が多いと思ったら、彼女たちは女神の影武者なのか。

 ハルちゃんが人目を引かないように、念のため偽巨乳はやめさせよう」


 王の影の言うことにも一理あるとティダは思った。

 自分たちは末席王子の竜胆に付いた以上、他の王子を詳しく知る必要がある。

 

 そこで話は止み、YUYUは三個目のフルーツロールを食べ出す。側で控えて話を聞いていた水浅葱は、なにかを気にしてチラチラとティダのほうを見ると小声で話しかけてきた。


「実はティダさま、噂ではありますが、エルフ姫を略奪して自分のモノにすると意気込んでいる王子もいるそうです。

 寝込みを襲われないように御注意下さいませ」


 申し訳なさそうな表情の水浅葱としらばっくれてデザートを食べているYUYUが、王子の何人かを自分に押しつけてしまおうと考えているのが判った。


「やめてくれ、俺は竜胆一人で充分だ。これ以上他の王子の面倒まで見切れない。

 今は魔法陣修復だけに集中させてくれ」


 そういうとティダは席から立ち上がり、荒々しい足音を立てて部屋を出て行ってしまう。




 扉が勢いよく閉まる音が合図のように、王の影はゆっくりと水浅葱を振り返ると感情のない冷たい声で尋ねた。


「水浅葱、この半月の間ティダさんとSENを観察して、どうでした?

 彼らは人間のように眠りますか、それとも私と同じ、人形のように眠りますか」


「はいYUYUさま。

 ティダさまは眠りが浅く、どんなに疲れてもわずかな気配で目を覚まします。爪も髪も伸びる、私と同じ人間のようです。

 SENさまは、ほとんど眠ることなく図書館に籠もっていましたが、髪や髭は伸びています。

 そしてハルさまは……鳳凰小都でお会いした時から、そのお姿は全く変わりません」


 水浅葱の声は、最後の方こころなしか震えたように聞こえ、王の影は溜め息をつき椅子の背にもたれかかると目を閉じた。


「ではハルくんだけが、私と同じように就寝ログアウトすると人形のように目覚めない、人形のように成長しない、現実リアルと魂が繋がった存在なのですね」



 ***



「巨人王子に寝込みを襲われたら、いくらお姉さまでも清らかな身体を守れないのよ。

 ハルちゃんと一緒なら、身辺警護のくノ一娘もいるし安心だわ」


「ティダさんは、襲ってきた巨人王子を半殺しにする危険性の方が高いです。

 それに清らかな身体って……ティダさん、嘘はダメですよ」


「このネカマエルフ!!何ハルくんのベッドに上がり込んでいるんですか。

 アナタが一番の危険人物、ハルくんには指一本触れさせませんよ」


「萌黄知ってるよ、YUYUさまは子供のふりしてもダメ。もう大人なんだから自分の部屋で寝てね。

 ティダさんもなんか変、男の人みたいなカンジするからベットから出てソファーで寝てね」


「ハル、お父さんに会ってきてくれたんだって。様子はどうだった、詳しく話を聞かせてよ。

 女同士なんだから気にする必要ないじゃない、フワフワの上等ベットだね。隣に寝かせてもらうよ」


 ハルに与えられた広めの客室から、煩い女たちの騒ぎ声が聞こえる。

 忍び込んだティダと押掛けて来たYUYU、そして萌黄と歌姫スズランに"くノ一"三人娘が控えて、普通なら美味しいハーレム展開だ。

 しかし相手がハルでは話が異なり、イメージとしては子羊をぐるりと取り囲む肉食系女子(一名ネカマ)七人が、互いにうなり声をあげながら牽制して肝心の獲物に手を出せない状態だった。


「なんか、もう色々疲れたよ。

 お先に、オヤスミ、ナサイ、ぐぅ〜〜」


 結局ティダとYUYUは萌黄に部屋を追い出され、スズランも眠るハルのために子守歌をうたうと帰って行った。




 この泥沼ハーレムの様子を念話チャットで実況生中継されていたSENは、「なんでハルばかり、理不順だ!!断固抗議する」と叫びながら衣装鞄の中から飛び出し、魔物と勘違いされてロクジョウギルド員の総攻撃を受けることになる。



目次にティダイメージイラスト

身体にまとっているアクセサリーは銀の鎖

手にしているのは調教棒(木刀)

美形に描けば描くほど、残念感がこみ上げてきます(笑

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