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神科学種の魔法陣  作者: なんごくピヨーコ
ハクロ王都編
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クエスト89 うたを歌おう

 女官少女に助けられ、詐欺ギルドのロウクから逃れることのできた歌姫 鈴蘭スズランは、現在巨人王後宮の中に匿われている。

 一緒に荷馬車に隠れていた父親は、ハーフ巨人の空木ウツギのロクジョウギルドに保護された。


 スズランの血塗れの足は治癒魔法で癒えていたが、下をうつむいたままの娘の金髪は後宮内での暗殺防止用の変装解除の術により、染めた色が落ちて地味な灰色の髪になっていた。


 まさか連れてこられた先が、後宮の中でもアノ巨人王の寵愛を一身に受ける第四側室の館とは思ってもいなかった。

 今スズランの目の前にいるのは、繊細な花の刺繍が施された色鮮やかなガウンを身に纏い、背中に白い小さな羽が生えた愛らしい天使。

 その姿を王都で知らぬ者はいない。巨人王の右腕であり守護天使、ハイエルフのYUYU。


 一見無垢な幼子の姿をしたYUYUは、手鏡に映る人物と何度か会話を交わした後スズランの方を振り向いた。

 だが夜の歓楽街で様々な人物を相手にしてきたスズランは、王の影に得体の知れない巨大な力を感じ取り、身を強張らせ頭を上げることができないでいた。


「ふふっ、そんなに脅えないで下さい。

 私の姿に惑わされないとは、貴女も随分と勘の良い娘。鍛えれば色々役に立ちそうですね。

 貴女の命の恩人であるミゾノゾミ女神さまが、何か頼みごとがあるそうです」


 ハルの持つ祝福の力によって、マーケット広場に巨大な光の柱と失われた魔法陣を出現させた女神降臨。

 しかし窓を堅く閉じた荷馬車の中に隠れていたスズランは、その瞬間を見ていない。


「あのうYUYUさま、私を助けてくれたのは黒髪の女官少女です。

 ミゾノゾミ女神さまが降臨したという話は聞きましたが、まさかアタシに女神さまが頼みごとをするなんてありえません」


 驚いて顔を上げ否定するスズランの言葉に、天使の姿をした側室も背後で控える三人の女官も無言で目配せしただけだった。

 しばらくすると、波打つ鮮やかな水色の髪をした姫と絹糸のような流れる銀髪の姫が、大きな衣装鞄を抱えて部屋に入ってくる。

 染めた金髪がみすぼらしい灰色に戻ってしまったスズランはその美しい髪をつい羨んでしまい、目をそらした二人の後ろに見覚えのある少女の姿を見つける。

 女官少女は、嬉しそうにニッコリと笑った。


「良かったスズランさん。足の怪我を治してもらったんですね。

 ココなら用心棒たちも追って来れないし安心ですよ。

 あっ、僕の名前はハルっていいます。」



 ***



 ハーフ巨人の豊満な肉体を持つズズランは、自分より小柄な女官少女に駆け寄ると思わず抱きしめた。


「ありがとうハル。

 アタシはアンタのおかげで、詐欺師野郎のロウクに捕まって玩具にならずに済んだのよ」


「僕は用心棒から逃げ回っただけで、何も、ハフッ、パフパフッ!?」

 

 ハルは女装メイド姿だが、それを知らないスズランは感激して力一杯抱き締め、頭をふくよかな胸の谷間に挟み押しつけ大胆にスキンシップする。

 突然ハルは、弾力のある肉に鼻と口が塞がれ、身動きできないホールド状態に陥った。


「コラ!!ハルくんに何てことを。

 抱きしめて体を撫で回すとは何て羨まし……いえ、はしたない」


「王の影、感動の美しい抱擁シーンでヤキモチはみっともないぞ。

 あれハルちゃん、生命力ゲージが赤く点滅して?なんでデッドリーになりかけてるんだ!!」


 スズランに抱き締められていたハルを慌てて引き剥がし、巨乳で圧迫され呼吸困難に陥っていたトコロを間一髪で救出した。

 



「女官姿をしたこの方は、ミゾノゾミ女神の憑代であり神科学種。

 とてもか弱く繊細な女神さまの御体を、ハーフ巨人女の筋肉馬鹿力で乱暴に扱わないでください!!」


「そんな怒らないで、YUYUさん。

 スズランさんのパフパフがフワフワのもっちりで、気持ち良くて抵抗できなかった僕も悪いんだ」


 あれほど苦労してて手に入れた女神を、迂闊にも目の前で生命の危機に晒してしまったYUYUは、嫉妬と怒りの混濁したオーラを放ちながらスズランを睨みつける。

 しかしハルは、青白い顔をしながらもパフパフが堪能できて嬉しそうに、腹を立てているYUYUをなだめた。


 地味な容姿で可愛らしい雰囲気を持つ女官少女が、まさかミゾノゾミ女神さまの憑代だったなんて。


「歌姫スズラン、もう外の騒ぎは知っているだろ。

 ハルちゃんが貴女を助けるために囮として逃げた時、連中の攻撃に巻き込まれた子供が死にかけた。

 それでハルちゃんは子供の命を助けるために、大勢の人々の前でミゾノゾミ女神の力を行使した」


「ミゾノゾミ女神の憑代であるハルさまは、その力を悪用しようと企む霊峰神殿の法王に狙われているのです。

 貴女を助けるためとはいえ、コノ騒動でミゾノゾミ女神さまが巨人王後宮に匿われていることが人々に知られてしまいました。

 女神降臨に熱狂して後宮に押し寄せている群衆を、私たちは抑えなくてはなりません」


 銀髪の姫と水色の髪の姫からこれまでの経緯を詳しく説明され、スズランも自分の置かれる立場をやっと理解した。

 砂漠や鳳凰小都や風香十七群島で、女神は数々の奇蹟を起こした。

 黒髪の女官少女はその憑代であり、ミゾノゾミ女神を守らなくてはならない。

 でもどうやって?


「騒動の原因がアタシにあるなら、皆の前に出てアタシが話した方がいいの?

 でも後宮前に押し掛けている大勢の群衆は、降臨した女神の姿を見たいんだよね。

 アタシにも、何か女神様のために出来ることはあるんですか」


 彼女の一言に、目の前の少女は嬉しそうに微笑む。


「ありがとうスズランさん。

 ハクロ王都一の歌姫に、ミゾノゾミ女神の代理として皆の前で歌ってもらいたいんだ」



 ***



 歌姫スズランの伸びやかで艶のある美しい歌声が、王の影の館の中に響き渡る。

 しかしスズランが数曲歌い終えると、ハルは困った様なティダは複雑な表情、YUYUは眉間に皺を寄せていた。


「歌姫スズラン、確かに貴女の声は美しく歌は情熱的で心を揺さぶります。

 しかし歌詞の内容が男女の情事や裏切りや嫉妬、まるで演歌の世界。女神を讃えるには相応しくありません」


「声量もあるし完璧な美声だけど、セクシーすぎてエロいんだな」


 歓楽街で夢の一時を過ごす客を相手に歌ってきた彼女は、ケガレを知らない無垢な巫女乙女とは真逆の立場だ。

 女神の元に集い人々が求めるのは、オアシス聖堂の巫女銀紅の唄うようなみことのり、慈愛と癒しと許しの言葉だ。


「どういたしましょう、YUYUさま。困りましたね。

 巨人族のハクロ王都に聖堂は存在しません。ですから女神を讃える歌を歌える者は少ないのです。

 神科学種さまは、どのような歌で女神様を讃えたら良いのでしょうか?」


 困惑した表情の水浅葱に訊ねられ、YUYUとティダとハルは互いに目を合わせる。


「私はこの終焉世界に来て、もう二十年以上過ぎているのです。

 アチラの世界で聞いていたJーPOPも、ほとんど歌詞を忘れてしまいました」


 ティダとハルは、赤い右目を起動させ脳内HDに保存されている音楽ファイルを調べている。


「うーん、俺は洋楽メインだから、さすがにガガガなんて歌えないだろ」


「僕が良く聞いてるのはアイドルグループと友達お勧めのインディズバンドだから、ジャンルが全然違うよね」


 女神聖堂があり神官が居ればこのような問題は起こらないが、霊峰神殿と対立している巨人族の王都に聖堂は設けられない。

 巨人族も女神を信仰しているが、力こそ全ての実力主義の巨人は、人間のように盲目的に女神を信仰することは無い。


 ふと、ハルが思い出したような表情をして、小声でリズムを刻み始める。


「そういえば、家でおばあちゃんがよく演奏していた曲があるんだ。

 歌詞は判らないからメロディだけで歌えるかな?」


 ハルの器は女神モデルなので、ある程度女声も出すことが出来た。

 そのメロディはYUYUやティダにも聞き覚えのある、よくドラマやCMのBGMで使われているクラシックオペラのソプラノ曲。

 人の声というより鳥のさえずりのような高音の歌をハルが歌い、そのリズムをなぞるようにスズランが続けて美しいハーモニーになる。


「なるほど、歌詞のない歌の方が良いかもしれないですね。

 女神の言葉が歪曲されて、偽りの情報として伝わる危険も無くなります」


 YUYUの側に控える”くノ一”娘たちも、初めて聴くメロディに溜め息を洩らし、うっとりと聞き惚れていた。

 その歌が途切れ、ハルは喉を押さえてせき込むとスズランの方を見る。


「僕が覚えているのはココまで。もっと高い音域の声で唄う歌なんだ」


 ガタッ ガタッ ガタガタガタッ


 二人が歌を終え、僅かに沈黙が流れたその時、ティダが運んできた大きな衣装鞄が勝手に動き出した。

 慌ててティダが鞄を押さえつけようとするが、一瞬早く革バンドで括られていた鞄の蓋が開き、不気味な黒いブッタイが出てこようとしている。


「おいSEN,もう少し我慢してろ。今出て来たら大変なことになるぞ」


「そんな事どうでもいい、この曲を歌ったのは誰だ?」


「キャアーー、鞄の中に骸骨の化け物がぁっ!!」


 鞄の蓋を抑えるティダをはねのけて、生きたミイラ男が現れる。

 干からびて穴のように窪んだ目の眼球だけが赤く煌々と光りながら、ギョロギョロと周囲を見回した。

 この場に居るのはSENも知っている王の影と側近の水浅葱、そして”くノ一”三人娘。

 そこに只一人、SENの見覚えのない灰色の髪の女がいた。


「SENさん、彼女が広場で助けた歌姫スズランさんだよ。

 今のは、僕のうろ覚えの曲を彼女が真似て歌ったんだ」


「ああ、その曲なら俺も知っている。

 モーツアルトのアリア。モーツアルトの音源データは全部保存している。

 よりによってソプラノの2オクターブの最高音で歌えとは、女神さまも随分と高いハードルを要求する。

 しかも前もって鞄の中にこんな物が置かれ、準備されていたぞ」


 棺桶のような衣装鞄の中から這い出てきたゾンビ男SENは、薄汚れた黒衣の武士姿から喪服のような黒スーツに着替えている。

 その右手には、偶然鞄の中に納められていたヴァイオリンが握られていた。


「こ、この人は誰ですか?

 後宮には巨人王族の男性しか居ないはずなのに」


「スズランよく御覧なさい。

 普通の人間はこんなに干からびて、骨と皮の姿では生きられません。

 この男は古代図書館の本に魅入られ、その場で朽ち果てたミイラ。

 それがミゾノゾミ女神降臨によって聖霊として目覚めたのです」


 怯えるスズランに、YUYUは涼しい顔で嘘を吹き込む。

 ハルは女官少女と性別を偽り、ティダは中の人野郎なのに姫と偽り、SENは人間ではなくミイラと偽る。


「女よ、我は古代図書館を守護する結界として生きながら朽ち果てた魔物。

 漆黒の闇から目覚め、女神の威光により現世に蘇る。

 我に与えられた役目は、お前に女神の唄を授けることだ」


 SENの電波語が何故か真実味を帯び、スズランは畏怖の眼差しでミイラ男を仰ぎ見た。

 普段は猫背気味のSENがシャキッと背を伸ばすと、ヴァイオリンを構え弓をしならせる。


「ヴァイオリンを持つのも十年ぶりだ。

 神科学種の万能な身体なら現実リアルより巧く弾けるだろう。

 女よ、我の奏でる天上の神曲に合わせて唄ってみろ」


 ハルがうろ覚えだったモーツアルトのアリアを、SENのヴァイオリンは正確に奏でる。

 ハルの喉では出せなかったソプラノの最高音を、スズランは軽々と唄う。

 歌姫スズランは、複雑なメロディで演奏された曲を一度聴いただけで全て覚える絶対音感の持ち主だった。


「まさかSENのヤツ、アニソンしか聞かないと思っていたのに、ヴァイオリンを弾けるとは驚きだ。

 あれハルちゃん、涙ぐんでどうしたの?」


 付き合いの長いティダも知らない隠れた才能を見せつけたSEN、そのヴァイオリン演奏を食い入るように見ていたハルは、照れたように目元の涙を拭う。


「SENさんのヴァイオリンが、僕が中学の時に亡くなったおばあちゃんの演奏にとてもよく似ていて……。

 ちょっと思い出したんです」


「才能があると母親に無理矢理習わされていたが、まぁ中学の反抗期に色々あって辞めた黒歴史だ。

 古代図書館の中に展示されていたから保存状態もいい。

 弦は丈夫な神科学種の髪の毛、ティダの髪を使っている」


 元の精悍なイケメン姿ならSENに見惚れる娘も出てきそうだが、残念ながら娘達は棺桶から出てきたゾンビを警戒て遠巻きに眺めるだけだった。


「もう、歌の練習している時間はありません。

 後宮門前に押し掛けている群衆を鎮めるために、歌姫スズラン、女神の代理として頼みますよ」



 ***


 

「ミゾノゾミさま、我々にもその御姿を見せてください」

「女神さま、せめてお声だけでもお聞かせください!」

「おい、門の上に人影が出てきたぞ。あれは女神さまか?」


 押し掛けた大勢の群衆の前、後宮門上部の踊場に姿を現したのは、数十人の美しい女達だった。

 人々の中にザワメキが起こる。

 この中の誰がミゾノゾミ女神なのか?

 女達の一番先頭に立つ、長い銀髪の天女が声高々に告げる。


「ミゾノゾミさまは、心から救いを求める者の声に答え、このハクロ王都に降臨なさりました。

 高貴な女神さまは、容易に御姿を人前に現しません。

 ですが、コノ場に集った信心深い者達に、女神の慈愛をお与えになるそうです。

 ミゾノゾミ女神さま、祝福をもたらす天上の奇蹟の歌を、どうか我らにお聞かせ下さい」


 その言葉が合図のように、後宮門踊場に立つ娘たちは手にした祝福を帯びる紙細工の鳥を一斉に放った。

 後宮中央に立つクリスタル塔の上から、伸びやかで透き通る美しい女の歌声が聞こえてくる。


 人々が初めて聞く不思議な歌は、聖なる鳥のさえずり声と例える者も、神の楽器と例えた者もいた。

 女神の歌に合わせ、紙細工の鳥は七色に輝きながら空を漂い、歌に聞き惚れる人々の上に舞い降りる。


 


 それはミゾノゾミ女神と神科学種が、巨人王陣営を選択したと人々に知らしめた瞬間だった。

今回は某所ネタ、パフパフなお話でした。

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