クエスト88 ミイラを復活させよう
ハクロ王宮の豪華絢爛な宝石箱のような後宮群の最奥、手入れを放棄された木々の生い茂る林の中に、赤煉瓦造りの古代図書館はひっそりと佇んでいた。
その図書館を管理するのは第四位側室 王の影YUYU、神科学種の時代に刷られたと言われる呪の宿る古代禁書が保管している。
古代図書館の窓は硬い格子戸によって厳重に閉じられ、薄暗い内部は光石ランプのわずかな明かりがあるだけだ。
天井まで伸びる本棚には、ぎっしりと古今東西ありとあらゆる書物で埋め尽くされている。
「なんて薄気味悪い場所なの。
噂では、最奥の禁書保管庫から呪われた魔物の嘲笑が聞こえるっていうけど。
えっ、今のは、何の音!?」
それは古代図書館の内部を警備する女兵士の耳に……ハッキリと
「くっ、ふぁは、ひゃはっ、ぐひーー」
女兵士は腰を抜かし、悲鳴を上げて古代図書館の外へと転がるように逃げ出した。
その女警備兵の後姿を、申し訳なさそうな表情で見ていたのは、料理を乗せたワゴンを運ぶ女官少女と紺色のスリムなドレスに身を包んだ優麗な天女。
ミニスカメイド服を着たハルは、女兵備兵が泣き叫びながら飛び出した部屋をそっと覗くと、そこには机の上や床に乱雑に山積された古代禁書、その中心で禍々しいオーラを放ちながら座り込む黒いブッタイ、黒衣の死神、いやゾンビがいた。
全身を小刻みに震わせ、押し殺した笑いを漏らしながら、眉の繋がった派出所警官の描かれた古代禁書を読みあさっている。
「ええっ、まさかSENさん!?その姿はどうしたんですか。
髪も髭も伸び放題、頬は痩けて血走った目玉だけが飛び出して、服に何か蟲がまとわりついているし、全身骨と皮じゃないですか!!」
「ハルちゃん、辛党のSENは劇甘後宮料理が全く口に合わないんだ。
それに本の虫でマンガ&ラノベオタクの引きこもり体質だから、古代図書館の本に魅せられ寝食も忘れ読みふけり、お姉さまが何を言っても聞く耳を持たない。
その結果、こんなに痩せ細ったゾンビモドキに成り果てた」
神科学種の特殊な体でも普通に空腹を感じるが、躰も脳も魔力で起動いるため飢えて死ぬことはない。
生けるミイラ状態のSENは、本に夢中で部屋に現れた二人の存在にも気が付かない。本棚の間をカサカサと素早く動き回っている。
SENの様子に耐まりかねたハルは、食事を運ぶワゴンに乗せた鍋の蓋とお玉を手に取ると、勢いよく鍋の蓋を打ち鳴らした。
カン カン カンッ☆
本に埋もれた黒いブッタイは、けたたましい金属音と鍋から立ちのぼるスープの湯気と香りに、やっとハルとティダの存在に気付き本から顔を上げる。
「ちょっとSENさん、オタクが高じて人間やめちゃダメですよ。
ちゃんとご飯食べてくださーい!!」
「ハル、久しぶりだな。
昨日は横山三国志を読破したから、今日はギャグマンガを残り五十巻読み終えるまで……
ああ、そのスープは、カツオだしとシソのイイ香りだ」
ハルがほとんど涙目になって訴えると、ティダが説得しても全く聞く耳を持たなかったSENも実は胃袋を握られていて、否応なしに体が条件反射する。
ぐぎゅう〜〜〜Gugu〜〜きゅるるるぅ
腹の虫の鳴く音と痛みの様な強烈な飢餓感とがSENを襲い、思わず「アガガ」と声を上げ背を丸めて腹を押さえる。
ハルはSENの目の前で、ワゴンに乗せた湯気立つ鍋の中に卵を割り入れ醤油を垂らし、見せつける様に小皿に取って味見をした。
「ココの主食の粉モノで麺と、カツオに似た魚の出汁を組み合わせて讃岐ウドンもどきを作ったんですよ。
シソ入り野菜のかき揚げと半熟卵と魚のつみれをトッピングして、サクサクのトロトロのチュルチュルです。
でもその前に、SENさんはお風呂に入ってフケだらけの髪と垢まみれの体を洗って、汚れた服を着替えてください」
何度ティダが説得しても聞く耳を持たなかったSENも、今回は素直にハルの言うことに従った。
これで終焉世界に取り込まれた三人が、久々に揃ったことになる。
***
「ハルちゃん、本当に助かったよ。
SENのやつ、リアルでも何度か飢え死にしかけているんだ。
人の注意は全然聞かないし、お姉さまもリアルで二回絶食状態を発見して病院にぶち込んだことがあったよ」
「SENさんは全然食事を取ってなかったから、胃に優しい食べやすい物を作りました。
麺の作り方をハーフ巨人に教えたら、麺をコネる力が強いから美味しいウドンができたんですよ」
「旨い、少し黄色みがかったコシのある麺に半熟卵が絡んで、ツルリと咽に落ちて食べやすい。
あっさりしたカツオだし、蟹味噌と身を練り込んだつみれが旨いな。
ふぅ、マジで生き返る」
風呂に入って身なりは整えても、骨皮で顔色の悪いミイラ状態のSENにハンサムでイケメン武士だった面影はない。
その姿を見ながら、ハルは考え込んでいた。
現代のカップ麺とかスナック菓子のジャンクフードはカロリーが高いから、引きこもってもココまで痩せ細らないよね。
そういえば、アレを使えば、もしかしたら塩味の利いたスナック菓子が作れるかもしれない。
「SENさん、ちょっとお願いがあるんだけど。
刀で、この大根モドキを紙のように薄くスライスしてもらいたいんだ」
いつもハルが自分に頼み事する時、SENは嫌な予感しかしない。
その予想通り、ハルがアイテムバッグの中から取り出したモノを見て、SENもティダも驚いて言葉を失う。
形は大根そっくりの植物だが……しかし色が薄桃色で、まるで人間の手足のようだ。
地面からV字状に五十センチほどの長さで生える植物で、人の足が逆さに出てくるオカルトミステリーのワンシーンを連想させ、気味悪がられ避けられた植物。
そのナマ足大根を、ハルは平気な顔で両手に掲げてSENに突き付ける。
SENも気味悪いと思っても、料理オタクモードのハルに逆らう事はできない。
「くっ、俺の愛刀 ソハヤノツルギを、こんな下らない事に使うとは。
右のソハヤノツルギ 左のトモエノツルギ
百 千 万 億 兆 景
我の敵を 那由多に 切り刻め」
SENの二刀流によって、紙の薄さに輪切りされたナマ足大根。
それをハルは油で一枚ずつ揚げ始める。
出来上がったモノは、SENにも見覚えのあるアレだ。
「ナマ足大根って見た目より水分が少なくて、どちらかと言えば芋に近いんですよ。
だから油で揚げて塩を振りかけると、ほら、スナック菓子になるんです」
「これは、楕円形に折り重なりパリッとした食感と塩味の効いたオタクの主食、ポテチそのものだ!!」
「ホントだ、しかも揚げたてポテトって旨い。
えっハルちゃん、ガーリック味とチーズ味、食べるラー油味もあるの?」
大量に揚げたポテチの山にお茶やコーヒー、炭酸飲料水モドキをテーブルの上に準備していると、ハルは近くの本棚に目が留まった。
「わぁ美食界マンガも全館揃っている。三巻から続き読んでないんだよね」
ハルが駆け寄った本棚の側には、読書するのに最適な座り心地のイスが至る所に置かれ、無意識の内にそこへ腰掛けた。
気持ちを落ち着かせるオルゴールのようなBGMが流れる。
長時間書き物をしても疲れない高さに設計されている机に、宙に浮くランプは本を読みやすい明るさに二十段階光源調整できる。
「ポテチ、おかわり。パリポリ」
禁書保管庫の中は、ポテチを食べる音とページをめくる音だけが聞こえる。
「さて、お姉さまはどの本を読もう……
ハッ危ない!!この古代図書館は居心地が良すぎてマズい。
ハルちゃんまでマンガ本を読みふけらないで。
SEN、お前が忙しいハルちゃんをココに呼んだんだ。さっさと作戦会議を始めろ」
我に返ったティダが叫び、再び引きこもりモードに入ったSENの読んでいた古代禁書とポテチを取り上げる。
SENはしぶしぶ椅子から立ち上がると、仲間の方を振り向く。
痩せて窪んだ目の奥に、赤い髪科学種の眼球がまるで警告灯のように光った。
「では作戦会議を始めよう。
まず俺からの報告だが、我が知性の小宇宙は禁断のソルモン王の知恵との接触を果たし、膨大な天上の英知は我が虚無の深淵へと取り込まれた」
「えっとSENの電波語を解読すると、この古代図書館に貯蔵された全書物のデータ化を完了した。という事だよ。
その取り込んだ書物の中にはハクロ王都の現状に関する報告書もあって、色々と問題点も見つかったんだろ」
「SENさんは相変わらずだね。
ハクロ王都の問題点って、もしかして巨人の都なのに圧倒的に人間の数が多すぎる事?」
ハルの言葉を受けてSENが話を続けようとした時、ティダが唇に指を当て身振りで黙る様に指示を出す。
ゆっくりとテーブルの上に置かれた鏡を伏せると、壁に掛けられたステンドグラスにショールを掛け、鏡のように磨かれたお盆の上に本を乗せた。
自分たち三人の姿を映すモノを全て隠すと、最後にティダは鍋の蓋を手に取り、そこに映る自分の姿に話しかける。
「この図書館はやたらと鏡が多い。王の影、覗き見とは趣味が悪いぞ。
お姉さまは海賊王宮のエルフ美姫の覗き部屋で、この鏡によく似たモノを見ているんだ」
王の影の館から運ばれてきたワゴンと料理の入った鍋には、持ち主であるYUYUの魔法が組み込まれ、鍋の蓋に映るエルフの姿はブラウンの髪の愛らしい妖精に切り替わる。
「さすが、ティダさんの目は誤魔化せませんね。
でも私は、必要な時に様子を伺うだけで、覗き趣味の暇な美姫ではありませんよ。
貴方がたが、このままマンガ読書会に突入したらどうしようかと心配しました。
フフッ、私も同じ神科学種なのですから作戦会議に参加させて下さい。
ところでティダさん、ちょっと窓の格子戸を開けてもらえますか。
実は今、ハルくんがやらかした事が原因で、大変な事態になっているのです」
念話を通して語りかけるYUYUに、犬猿の仲のSENは眉をひそめた。
しかしいつもより余裕の無い口振りの彼女に、ティダは言われるがまま、堅く閉ざされた古代図書館の格子戸を引き開ける。
窓にはめ込まれた美しい色硝子が、なにかの振動によってビリビリと細かく震えている。
「メ…ガミ……マ …ガミサ…マ」
「ワレラガ…ミゾノゾミメ……サマ」
一気に開け放つと、地響きのような音の固まりが、脈打つように耳に飛び込んできた。
「うわっ、この爆音はなんだろう!?
いったいどうしたの。大勢の人の声が、誰かの名前を叫んでいる」
外部からの音は完全防音される古代図書館の中では、外の騒ぎに気付かなかったのだ。
SENは神科学種の赤い右目から脳内HDを5機を起動させ、グーグルアースモドキの衛星画像から地上の様子を確認する。
「おいティダ、鷹の目に切り替えてハクロ王宮周囲を眺めて見ろ。
女神降臨の噂を聞きつけた群衆が、マーケット広場から後宮の外まで大挙して押し掛けてきてる」
SENから送られてきた衛星画像を共有する、その光景にティダは思わず叫んだ。
「まさか冗談だろ!!
霊峰神殿と敵対する巨人の王都には、女神聖堂は存在しない。
それでも人間も巨人も他の種族も混じって、広間と大通りを埋め尽くすほどの女神信者が存在するのか」
これは、巨人王が王の影を遣わしてまで、女神を欲する理由もわかる。
女神の憑代であるハルがいれば、種族に関係なく全ての人心を掌握して支配できるのだから。
***
そして絶妙のタイミングで、王の影の使いである水浅葱が、美しい水色の髪を振り乱しながら三人の前に現れる。
「ハルさま、大変です。
大勢の群衆が、口々にミゾノゾミ様の御名を叫びながら後宮門の前まで押し掛けてます。
今は後宮警備兵と近護兵が人々を押しとどめていますが、このままではミゾノゾミ女神の姿を求めて、後宮門を突破して中に入り込まれてしまいます」
後宮最奥の古代図書館まで聞こえてくる、耳をつんざくような人々の歓声。
ハルをハクロ王都の後宮に隠したのは、霊峰神殿に奪われないように匿うため。
だが突発の事故で起こった女神降臨に、王の影すら何の準備も出来ていなかった。
後宮に押し寄せる群衆に紛れて、霊峰神殿の間者も潜んでいるだろう。
そのような状態で、女神の憑代であるハルを人々の前に晒すことはできない。
「女神の熱心な信者であっても、後宮に王族以外の者が足を踏み入れれば、兵は問答無用で切り捨てます。
ハルさま、コノ騒ぎをどう収拾したらよいのでしょうか?」
そういう水浅葱自身も女神信者であり、神に伺いを立てる様にハルに問う。
事態を把握しきれずうろたえるハルは、助けを求めてSENを仰ぎ見た。
「どれだけの群衆だ、数は何人いる?
3000、3500、4000……ダメだ、どんどん増え続けている。
水浅葱、とりあえず後宮にいる娘の中から小柄で黒髪の娘を集めてくれ。
一番似ている娘をハルの身代わりにする。
イザという時には、最上位睡眠魔法を行使し群衆を眠らせて押さえよう」
「待ってSENさん、僕の身代わりでその子が危険な目に遇うかもしれないよ。
ねぇ水浅葱さん、ミゾノゾミ女神さまって何をすればいいの?
歌って誤魔化すとかダメだよね」
今までハルは、自分自身が囮になって人を救ってきた。
だから自分の身代わりで、他人が危険な目に遇うコトを嫌がる。
思わずハルの発した言葉に、ティダが驚いた様に聞き返した。
「えっ、ハルちゃん。今なんていったの?」
「女神さまは、どう誤魔化したらいいのかなって。
歌を歌うとか、ダメだよね」
そうか、ココはハルが囮になって救い出した歌姫、鈴蘭の出番。
彼女の役目は歌って誤魔化す事、女神の声を代行させるのだ。
お待たせしました、久々の更新です。